73、選択肢など無い
無理矢理なのは理解しています
この神隠しが人為的に行われていると言われクロロは唖然とする。花粉が原因で起こると言われている今回の神隠しに人の意思は関係ないと思ったためだ。
「花粉を人が操っているとでも言いたいんですか?」
「出来ないことではないので…」
「え?」
「そちらにおられる死神様に聞かれてみてはどうでしょう?」
「…だそうですが?」
「黙秘」
「「「「…」」」」
スフィアは喋るつもりがないということが全員に伝わったため、町長は仕方なく話し出した。
「古き者達はそれぞれが世界を滅ぼせる程の力を持っていますが、死神様はその…」
「黙秘って言ったのになー、まあいっか。言えば?自分達の自業自得だって」
「「「…!」」」
クロロとスフィア以外の全員が苦虫を噛み潰したような顔をする。室内を浮遊している死神はそんな町長達を見ることなく興味もないのか壁をすり抜けて部屋から出ていった。
「死神様が管理されているのは空気…あの方は我々のご先祖様が生み出した大気汚染を操ることが出来るのです」
「大気汚染?あの浮かんだ子供が大気汚染?」
「ねーびっくりでしょ?」
スフィアはクロロの背後におり、マスクで顔全体は見えないが目元だけで笑っているのが分かる。黒い頭巾を被り喪服を着た子どもにしか見えない存在が本来意思を持たない大気汚染の擬人化などと誰も思わない。
「僕はね、大気中に散っている毒の濃度を調節してあげてるんだ。じゃないと君たちの魔石で分解出来る量を超えちゃうからね」
「噓だろ・・・」
スフィアはクロロの周りを自由に飛ぶと、目の前でとまり真っすぐに目を見つめた。灰色のマスクを外すとそのマスクは空気に溶けるように消えると、死神の顔がはっきりと見える。十代前半に見えるその顔は笑っていた。小さい口から手元に黒い息を吹きかけると小石のようなものが手に乗っていた。
「これ、僕の魔石」
「・・・」
「君にやってほしいこと、期待していること、しっかり言ってなかったね」
スフィアの手に乗っていた黒い石はマスクと同じように空気に溶けるように消えていった。誰も口を挟めない。大事な場面であると理解しているからだ。死神と呼ばれる大気汚染の擬人化した存在が何を願うのか誰もが興味を持っていた。
「僕を終わらせて?この星に充満している僕を全部消し去って?たとえどんな手段、どんな犠牲を払ってもいいから・・・それが僕が大昔からこの星の人々に伝えている願いであり、役目だよ」
諦めているのかスフィアは悲しそうに笑っている。だが、それを馬鹿にしてしまうほどクロロには度胸が無かった。笑い飛ばして男気溢れる言葉をかけてあげる人もいただろうが、クロロはただの凡人なため出来なかった。
「・・・やってみます」
それを言うだけで精一杯だった。いいことを言おうとしても正解など分からないため、本心を伝えるしかない。嘘をつくのが苦手なクロロには曖昧な言葉で返すことしか出来ない。
「で、まあ、こうやって僕みたいに、空気中に散布された自身の欠片を、操る能力もあるってことだけ言っておくよ」
スフィアの願いを聞いたクロロはため息を吐いた。言っていることは分かるのだが、途方もないものであると知ったためだ。
(何か事情があるとは思ったが…期待が重いな)
人に頼むような内容ではないが、このためにクロロ、この場合はキメラを引き取った理由だとすれば納得もしてしまう。異質な存在でも何でもいいからスフィアは自分を死なせてほしかったのだ。
「それで、敵は花粉を操って人に幻覚を見せているということでいいんですね?」
「念のため言っておきますが、花粉を自由自在に操るとなると、それは自身が生み出したものだけです。つまりは、意思を持つ花や木が今回の犯人である可能性は高いと考えています」
クロロの頭の中には幾つかの候補があった。まだテイム達の砦に行く前、飛び兎との激闘の後に何度か見かけたことがある。
「トレント、アルラウネ辺りですか?」
どちらも木や花に意識が宿った生物だ。人のように話したりすることも出来るため人権が適応されるか未だに議論されているが変異した植物であるため、狩りや採取の対象になっている。
「確認出来ていないのでなんとも・・・」
クロロは頭を掻くと外の景色を見る。相談所は様々な施設を併設しているため、幅も高さも他の建物とは比べ物にならないほど大きい。だからこそ、上の階にいけば町の全体を見ることも出来る。クロロが見た方向には町長の屋敷があり、門の前には多くの人々が集まっているのが確認出来た。
「あれは?」
「今回の事件で行方不明になった人々の家族や近しい人たちです。徐々に数が増えてきているため民衆もそろそろ限界です。いつ暴動が起こっても可笑しくありません」
「大変だねー」
死神からは先程の影のある雰囲気は消えており、我関せずと浮遊している。
「時間が無いのです。話を進めましょう」
「報酬はなんですか?」
「その前に、キメラ様に贈り物が届いています」
「?」
町長の指示で後ろのシールドが恭しく小箱をポケットから取り出し、クロロに渡す。役目を終えたとシールドは定位置に戻る。クロロは一度町長に確認を取ると開けて良いとのことなので包装を剥がして蓋を開けた。中には紫色に鈍く光る小石が入っていた。
「…これは?」
「魔石です。火山地帯に生息している魔獣のものです」
「なんという名前の魔獣ですか?」
「サラマンダーです」
「…贈り主は?」
「ぼくでーす」
死神からの飄々とした声に皆黙る。当の本人は周りに目を向けてくれない。クロロは手元の魔石を眺めた後、町長を見つめた。
「それで、報酬は…」
「そちらの魔石に掛かった費用の帳消し、解体士の免許取得への斡旋、その他にも・・・」
「あの」
「はい?」
『オエエエエエエエエ』
クロロは頼めるか試してみるために腰に付けたミミに手を入れ、とある請求書の束を町長へと渡す。それは、スフィアがクロロ達のために投資したお金であり、クロロが返していかなければいけない借金だった。ミミの出す音に全員驚愕と不快感を出すが、町長はクロロの渡した紙の束を読んで顔を青くした。
「あの、これは?」
「借金です」
「どんなことをしたらこんな天文学的借金が出来ますか!?」
「・・・え?」
「キメラ様は、国・・・いえ大陸を買おうとでもしたのですか!?」
「・・・そんなに?」
「この国・・・いえ世界中の財産をひっくり返してもこの金額を集めることは出来ません!」
クロロがスフィアのことをジト目で見ると、他の面々も頭の可笑しい死神を見つめる。スフィアはくるりと回転してクロロを見ると笑顔を作った。
「返済頑張ってね!」
クロロは膝から崩れ落ちた。亡霊のように生気の感じさせない様子を見せながらクロロは町長に渡した請求書の紙束を掴むと部屋を出ていこうとする。慌てて町長や護衛二人はクロロを止めた。
「待ってください!これはいくら何でも詐欺です。訴えるなり交渉するなどして相手に折れてもらうしか・・・」
「あれからですか?」
クロロの指さす方向には暴君のような死神がいる。町長達の見ている前で死神は煙のように消えた。残されたのは何とも言えない静寂だけ。クロロの視線を受けて町長達は掴んでいた手を離した。
「借金地獄・・・はははははあははははははははは」
クロロの壊れた声が部屋に響く。誰も慰めたり出来る者はいない。事件についての話をしなければいけないのは分かっていても、口を挟める雰囲気ではないため進展の兆しは無い。すると突如クロロに口を開くものがいた。
『何、笑う、理由』
「もう全部嫌になったんだよ」
『金、必要?』
「当たり前だ・・・そうだ、当然なんだ」
何かを覚悟したような、もしくは諦めたような、そんな目をしたクロロは一縷の望みをかけて試してみることにした。
「…死神…さん」
クロロは最後の力で何もない空間に話しかける。まだスフィアがいることを願ったが、声は聞こえない。傍から見れば完全に頭が可笑しい人であるが、状況を知っている者が見れば同情と憐みの視線を送っていたはずだ。
「何ー?」
「俺に借金を背負わせたのはなぜですか?」
「だってそうじゃないと君、真面目に僕を消そうとしてくれないじゃん?」
「そんなこと」
「だから借金という分かりやすい形で君を焦らせようかなって。その魔石も僕からのメッセージを込めたものだよ。大切に使ってね!」
クロロは手にあるサラマンダーの魔石を見るとひと思いに飲み込んだ。死神の譲らない精神を悟ったのか、ただ単に冷静な思考を失っているのか結局クロロには分からない。
「・・・これは」
魔石から入ってくるサラマンダーの能力や生態などの情報、体内構造を把握したクロロは死神に対して心底軽蔑するような視線を送る。だが、死神はそんなクロロを見てくるりと回転して笑う。
「じゃ、頑張ってねー」
クロロは選択肢など無いことを悟った。
「町長さん」
「はい?」
「報酬金はいくらですか?」
しばらく話し合ってクロロが受けた話をまとめると、森に行って花粉を撒き散らす木、花を伐採し、それを報告する。報酬は後払いで事前準備の協力はするという内容だった。また、今回の討伐には他にも参加者がいるとのことだったが、出来るだけクロロの情報を秘匿するために同行はしないで別々に行動することになった。
「行ったか?」
「はい」
「そのようです」
クロロと死神が帰ったのを見届けた町長は部屋に護衛の二人しかいないことを確認すると、肩の力を抜いた。死神とクロロの私情がかなり含まれたが無事に依頼を受けてくれたため、町長は心臓を撫でおろす。
「それでシールド、キメラを見てどう思った?」
「戦いの素人、凡人、見た目だけ・・・といった所でしょうか」
「シールドさん、それは流石に」
「ヒットもそう思っただろ?なにせ、お前じゃなくて俺のことを警戒していたからな」
「顔を隠しているんだから警戒されますよ」
シールドはそう言われ、フードを外し、お面を取る。お面の下の顔は・・・無かった。その顔には皮膚が無く、筋肉が露出しており歯茎も丸見えであり、目玉がギョロギョロと動いている。彼も身体の一部を売った身売り人の一人だった。今では護衛になった際に町長から与えられた様々な機能が付属されたお面を付けていなければ生活出来ない。
「確かに、ヒットを女性だからと警戒を緩めるのは素人でしょう」
「そうですそうです」
「お二方とも私を過大評価しすぎています」
「狙った獲物は逃がさない君なら、そうなるさ」
「町長・・・」
「ですです」
ヒットという名前の四つ目の女性は二人からの評価に少し頬を緩める。雇い主と同僚、三人の姿は信頼関係がしっかりと築かれていることを表していた。
「さて、私も準備を急がなくては・・・」
「やはりですか」
「ええ、魔獣達の領土に行くんです。しっかりと準備しておかなければ・・・鬼の二人を呼んできてください」
未だ謎の部分を残しながらも、時間は過ぎていく。




