72,お話合い
四つ目の女性はクロロの方を一度見て確認すると扉をノックして中の人を呼ぶ。
「はい」
「連れて参りました」
「入ってくれ」
「失礼します」
女性は部屋に入ると扉を開けたままクロロに入るよう促す。少し迷い、クロロは意を決して部屋に入った。中は煌びやかな装飾が施された家具が置かれており、クロロは居心地が悪く感じた。
「君、名前は?」
部屋には男が三人おり、二人は高そうなソファに座り、一人は壁に沿って立っていた。
「クロロです」
「ご要望の人物ですか?」
「ああ、大丈夫だ。手間をかけた」
「いえいえ、それでは私はこれで」
座っていた男の一人が立ち上がると、部屋から出て行く。その際クロロを値踏みするように見ていたが、時間は短く、結局何も言わずに去っていった。
「まずは座ってはどうだ?」
「…えっと貴方は?」
「私はこの町の長だ。これ以上の話はそこに座ってからしよう」
クロロに対面のソファに座ることを提案した町長を名乗る
若い男。彼はクロロの動向を伺うだけでそれ以上何かしようとは思っていないようだった。クロロは男ではなく、男の後ろに立っている帯剣をした護衛のような人物に警戒を向ける。
「ふっ」
帯剣した人物はクロロが自分に警戒を向けていることか分かるからか鼻で笑った。
「シールド?」
「はっ!」
「ここは話し合いの場だ。そのような行動は相手への侮辱になる」
「はっ!誠に申し訳ありませんでした!」
「それは私にかい?」
「いえ、クロロ様にです」
シールドと呼ばれた男は町長からの指摘を受けてクロロに頭を下げ謝罪する。クロロは確かに少しは不快になったが、相手が対話を望んでいるため、垣根を残さないために首を振る。
「気にしてませんので。それにしても町長、こちらの二人は貴方の部下ですか?」
「ええそうです。彼の顔を見せた方がよろしいですか?」
「隠しておきたいならどうぞそのままで」
帯剣をしているシールドは顔をマスクで隠していた。顔を隠している人は多いため別に見せたくないのであればクロロはそれでいいと思っているため気にしないことに決めた。
「感謝します。それではどうぞ」
クロロが座ると町長はクロロの目を見て話し始める。シールドは町長の後ろに控え、四つ目の女性はドアの横に立っていた。
「この度はお忙しい中来てくださりありがとうございます」
「…はい」
「先にお伺いしておきたいのですが、クロロさんはキメラで間違いないですか?」
「そこの女性もおっしゃってましたが何故私をキメラだと?」
「死神様から色々聞いてますから」
「…」
クロロはなんとなく察してはいたが、死神がこの町のトップに何かを言ったことを理解した。町長はクロロから目線を外すことなく注意深く観察している。恐怖心を持っているかもしれないが、町長はそれを顔にだしていない。何か話さなければとクロロは頭を掻く。
「それで、要件はなんでしょうか?」
「依頼したいことがあるのですが、それを引き受けてほしいのです」
「内容によります」
「この町に害を及ぼす存在の排除です」
「詳しく話してください」
「今起こっている神隠しはご存じですか?」
「・・・はい」
町長の話を短くまとめると神隠しの犯人を特定して捕まえるか殺すかしてほしいといったものだった。
「あの、そちらで対処していただくのは?」
「勿論、出来ればこちらで対処したいのですが・・・」
「どういった問題が?」
「それよりも、依頼を受けていただきますか?」
「質問に答えてください」
クロロは町長と護衛の二人を睨みつけると、少し苛立った口調で話す。要点を得ていない会話、遠回しな言い方にクロロは不機嫌になりつつあった。仕事が溜まっているのに更に依頼を受けるなど御免だからだ。
「…犯人がどのような存在かは分からないのだが潜伏場所には心当たりがある、ということです」
「つまりは、その場所に問題があると?」
「はい」
「…その場所は何処なんですか?」
「森です」
それを聞くとクロロは頭を抱えた。思っていた以上に面倒くさい状況だったためだ。森は魔獣達の棲家であり、狩人や研究者以外が容易に踏み入れて良い場所ではない。たとえ交流の多い町の長から命令をされても受ける必要はない。
なぜなら魔獣達の棲家と人々の棲家は停戦状態のようなもので違う国といっても過言ではない。無闇矢鱈に踏み入れれば最悪、国家間の問題になる。
「根拠はなんですか?」
「以前、衛兵達が子供を保護したのですがその子供の話を聞くと不可解な部分が多かったのです。子供の声が聞こえた、何かに連れ去られた、気がついたらここにいたと」
「…そうですか」
可笑しなことがあるものだとクロロは思うが子供の情報であるため何処までが本当なのかは分からない。声が聞こえたからといって簡単に出歩いたりするものではないと思っているからだ。
「念の為その子供を検査してみたのですがね、幾つか謎を残す結果になりまして」
「…」
「一つにクロロさん、貴方の指紋が検出されたのです」
「…え?」
突然自分の名前を言われたためクロロは目を白黒させて固まる。自分がいつ、子どもと接点があったのか見当がつかないからだ。アルルカと宿屋のリョウという子供以外クロロはほとんど子供と話さない。怖がられているためそもそも近づこうとする子供自体が少ない。
(嘘だろ、一体いつ・・・・ん?)
一つだけ心当たりがあったことをクロロは突然思い出した。スフィアに呼ばれて森まで移動している途中、夜道に子供が一人でいたため危ないと思い、誘拐まがいのことをして衛兵たちのいる所まで送り届けた。その後の森での戦闘が苛烈であったためクロロはすっかり忘れていた。
「えっと、本当ですか?」
「はい、検査の結果、保護した衛兵達以外の指紋で一番近い時間に付着していたのが貴方の指紋でした」
「どんな技術ですか…」
「犯罪が多いですからね。捜査の手段は年々進化していますよ。イタチごっこなのは否定出来ませんが…」
「監視カメラとかは無いのに…」
「はい?」
「いえ、お気になさらず。ちなみにそれでは私を疑うことは出来ないのでは?」
「法廷で争ってもいいのですが、犯罪の大小によっては私にある程度の権限が与えられていますので無理やり牢屋に入れてもいいですよ?」
「・・・正直に言うと心当たりはありますが、その時は忙しくて記憶が曖昧なんです」
自身の不利を悟ったクロロは正直に打ち明けた。だが、何故突然この記憶が蘇ったかは分からなかった。その時の状況や後に起こった森での出来事も話した。森に入ったという辺りで町長の顔色が悪くなり、森で戦闘を行ったことを言うと頭を抱えた。今更なことだが、周りの迷惑も知らずに森で死闘を行っていたことをクロロは申し訳なくなった。だが、元はといえば呼び出したのは死神なのでクロロも悪いが死神はもっと悪い。
「・・・それは本当なんですか死神様」
「そーだよ」
町長の呼びかけに何もない虚空から返事がきた。いつの間にかクロロの真上には空中に浮いて横になっている死神スフィアがいた。室内には風も無いのにスフィアは浮いたまま漂い、クロロ達を見ている。町長は溜息を吐くとクロロとスフィアを交互に見た。
「どうして森で争い事をしたのか聞いてもよろしいですか?」
「暇だったから」
なんの迷いもなく答えてしまう死神の答えに室内の全員が唖然とする。暇だったからと森を破壊されるのは迷惑以外のなにものでもない。
「クロロさん、いえキメラ様、依頼を受けていただけますか?」
「・・・はい」
クロロは森での戦闘を思い出し、町長の依頼を受けてしまった。暇だという死神のためにクロロは何度も死に、森の木々をなぎ倒し、動植物に迷惑をかけた。死神のせいだとはいえ、あまりにも酷い状況であったためクロロは償いのために受けることにした。身から出た錆ともいえる。
「それで、森に犯人がいる証拠を教えてください」
「ああ、そうでしたね。実はその子どもを診察して問診なども行ったのですが、とある症状が見つかったのです」
町長は後ろにいるシールドから小瓶を受け取るとそれを机の上に置く。小瓶の中には何も入っていないように見えた。
「何が入っているか分かりますか?」
「全く分かりません」
「花粉です」
クロロは瞬きをすると小瓶を見つめる。そんなことをしても花粉が見えるわけないため周りに笑われるだけだった。
「くしゃみや鼻水などの症状があったので調べた所花粉症になっていたことが分かったのです」
「え?」
「しかもこの花粉にはそれ以上に恐ろしい効果がありました」
「・・・それは?」
「一定の量を吸い込むことで対象に幻覚を見せるようなのです」
つまり、犯人は木、もしくは花であると言っているのだ。それであればどうしても犯人が見つからないのにも納得がいってしまう。町長の話を信じるのであればこの国の技術は予想以上に高い。それでも犯人を捕まえられないのは犯人が森に生息しているからなのだとしたら秘密裏にそれを伐採する必要がある。
「ん?待ってください。それなら神隠しの真相は幻覚を見せる花、もしくは木が原因なんですか?」
いくら幻覚を見せるとはいえ流石にここまで人が行方不明になるとは思わないだろう。町には防衛のために壁が設置されており、外に出るには門を使うしかない。当然、門兵がいるはずであり、真面目に仕事をしているのなら出て行く人がいれば気づくはずなのだ。クロロの場合は壁をよじ登るという荒技を使ったが、そういった例は希少だろう。
「そこが謎なのです。独自の調査の結果、私は神隠しの現場を目撃しました。しかし、まさか…本当に人が消えるとは思っていませんでした」
「人が消えたんですか?」
「はい、突如として」
全くもって意味が分からない。花粉には人に幻覚を見せることは出来ても人を消すことは出来ないはずなのだ。つまりは何かの法則があるはずである。
「あの、その花粉はこの町の人全員が持っていますか?」
「私達も合わせて30人ほど検査しましたが、全員持っていました。つまり…はい」
「誰でも神隠しに遭う可能性があると?」
「ええ」
クロロは目の前が真っ暗になりそうだったが急いで宿に戻る必要があった。アルルカも件の花粉を吸っているはずなので、神隠しに遭遇しても可笑しくない。花粉症は空気中に漂う花粉の量によってはアレルギーを持っていない状態でも発症する可能性がある。クロロが話を切り上げて帰ろうとすると、町長が止めた。
「待ってください、まだ決まったわけではありません。それに、一度花粉を吸ってしまったのならどうしようもありません。今出来ることをするべきです。キメラ様は不思議に思いませんでしたか?」
「・・・何がですか」
「なぜ私達はまだ大丈夫なのかという部分です」
「さあ・・・偶然では?」
「私が思ったのはこれが人為的に、誰かの意図して行われているのではないかということです」
長いので分けます




