71、町の異変
貧民街での戦闘は時間にして30分ほどしか経っておらず、数名の死者がでたものの民家への被害は無かった。ただ、爆発音のようなものがしたため人が集まるのは時間の問題だった。お面を被り、落ち着きを取り戻した紅鬼は、一度気を失うことで落ち着きを取り戻した鬼玖乃の手を掴む。
「ひとまず逃げよう。このままだと下手したら牢屋行きだ」
「いや紅鬼、どうやら俺たちはここまでのようだぞ」
紅鬼と鬼玖乃、二人の前に新たに三人顔を隠した者が現れた。今まで気配を隠して様子を伺っていたからか二人はたった今その三人に気づいた。
「まさかこのような事態になっていたとは…自身の目で確かめるのが一番だな」
「お下がりください、そこの鬼達は先程の惨劇を起こした張本人。迂闊に近づけば怪我を負います」
「いかにもいかにも」
二人は紅鬼と鬼玖乃を完全に危険人物と思っているため即座に下がるか、二人を倒すことを模索する。だが、庇われている人物はそんな守ろうとしてくれる二人の提案を却下して前に出た。
「いや、事態は思っていたより深刻だ。ここは防衛機構の協力を仰ごう。見回りがやって来たのなら話をしてこの二人を交えた対策会議を開く」
「しかし町長、こいつらは」
「そうそう」
お面を付けていた一人がお面を取るとそこにはこの町の最高権力者がいた。護衛の二人は正体を明かさないのかお面を付けたままだ。
「先程の戦いは見させていただいた。あれは正当防衛だ。だが、このままだと君たちは捕まり牢屋行きだ。それだとあの神隠しへの対処が遅れる。それはこの町に更なる犠牲者を生むことになる」
町長は片膝を地面に着けて紅鬼達に説明する。護衛の二人は紅鬼と鬼玖乃に疑いの目を向けて警戒を緩めないが、町長の命令なので手を出そうとはしない。説明を終えると町長は二人に手を差し出した。
「というわけで協力して貰えるね?」
「えと、はい」
「ちょっと休ませてほしい、です」
疲れが溜まっているため紅鬼と鬼玖乃は返事をすると壁に背を預けて休憩をしだす。
「どうやら来たようだ」
鎧を着た者達の足音が近づいてくるのを聞き、町長は護衛の二人に指示を出すとこの場の説明をするために立ち上がった。
『私が見たのはここまでです』
「濃ゆいな」
アンクロが見聞きしたことをクロロに報告し、一晩にそんなことが起こっていたことを知ったクロロはため息を吐いた。
「で、これから二人は町長の所で事情聴取か?」
『はい。それでクロロ…神隠しのことなのですが』
「…」
『貴方には何が起こったのか分かりますか?』
「さっぱり分からん」
紅鬼と鬼玖乃の話から鬼を探しているということは分かったが、それと神隠しが関わっているとは限らないため突き詰めることは出来ない。
「一番の問題は人を消す方法だ。突然目の前から居なくなるとかマジックやオカルトの分野だぞ」
『知りませんよ。魔石の能力は人それぞれですから突然人を消すなどということも充分あり得ます』
「怖」
クロロが元居た世界とは根本的に違う部分が多いため何が正しくて何が間違っているのかも分からない。だが、一つクロロでも分かるのはこのままでは被害が増える一方ということだ。
「消す方法も問題だが、そもそもなんで人が消えるんだ?」
『というと?』
「人を消す目的だ。確か、身売り人達は金を稼ぐためにそんな危険なことをしてたんだろ?だったら今回の神隠しにも裏には目的があるはずだ」
『ちなみにですが、貧民街を探索した結果今回の神隠しのような事例が数件起こっていることが分かりました』
「貧民街だけでか?」
『はい』
混乱を避けるためか町の上層部は意図的にこの神隠しを公表しないでいた。つまり、それほど今回の行方不明は異質ということになる。
「とりあえず無差別に起こっているのか共通点はないか調べるか」
『その間に解決してほしいのですが』
クロロは一瞬ベットで寝ているアルルカを見るともう一度アンクロに向き直った。
「アンクロ、とりあえず町長のところに行って話を聞いてきてくれないか?」
『盗み聴きしろと?』
「猫の見た目なら怪しまれないだろ?」
『猫?』
猫の見た目をしているというのに猫と言われるとアンクロは怒る。それも殺してやるという殺意の籠った目を向けてくるため死ぬ覚悟をもたなければいけない。
「いい加減慣れろ。誰がどう見てもお前は黒猫だ」
『この町など、私は余裕で吹き飛ばせるというのに…』
クロロは、大丈夫全て分かっているというような顔をする。それに腹が立ったアンクロはクロロに熱した肉球を押しつけた。熱したハンダゴテを当てられたようでクロロは飛び跳ねた。
「あちいいいいいいいいいいいい」
『あまりにも愚かな存在だと思ったので手が出てしまいました』
「うるさいな君たち。周りから苦情来ても知らないよー」
二人の睨み合いに割って入ったのはスフィアだった。彫刻をしている手を止めず、言い争う二人に目を向けることもなく声を掛ける。スフィアの言葉一つで二人は不毛な争いを止めるとクロロは火傷の痕を治し、胡坐をかいて座った。
「それで盗聴の方は行ってくれるか?」
『夜が明けるまでに片づけたい所ですが難しそうですね。アルルカ様が起きるまであまり時間もありません。ひとまず次の夜に行動しましょう』
「はー・・・」
さっさと解決して欲しいとクロロは神に祈る。だが、そう簡単にいかないからここまで被害が出ているのだろうとも思っているため、溜息を吐いた。
夜の内に戦闘が起こったというのに、町は平和なものであり相変わらず外に出る人は少ないが仕事に行くために町の住人は各々動き始める。クロロも朝から魔獣関連相談所に訪れて自身の仕事場へと向かっていた。祭りが終わったため人と魔獣の戦いは再開しており討伐依頼や苦情が書かれた掲示板には人が集まっていた。
「最近は森の方で行方不明になる奴が増えているらしいぞ」
「新しく主でも生まれたか?だが、そんな情報無いしな・・・」
「魔獣どもの戦い方も姑息だからな・・・死体すら残さず食いつくされるなんてこともある」
「とにかく気を引き締めねーとな」
会話を聞きながら後ろを通り、関係者以外立ち入り禁止のエリアへと入る。今日も死体処理の仕事が待っていることを考えてクロロは少し憂鬱になった。だが、働きながら免許を取れるため捨てるには惜しい職場である。そのため防具が暑苦しくて体調を崩そうとも酸や溶解液で道具が駄目になろうとも我慢するしかない。
「これで繁忙期じゃないとか勘弁してほしいんだが・・・」
愚痴を言っても聞いてくれる友達のような者はいない。基本的には責任者で教育係のサブール以外クロロに話かけるものはおらず、黙々と作業して終われば帰宅する人達ばかりだった。
「おーいクロロ、なんかお前に客が来ているぞ」
「俺にですか?」
「だぞー。なんだお前今日デートの約束でもしてたのか?」
「いや、仕事ですよ?」
「だよな。まあ待たせたら悪いだろうからさっさと行ってこい」
サブールのデートという発言で周りの人達がクロロに鋭い視線を送るがクロロからしたら寝耳に水なのでとにかく会ってみるしかない。道具を仕舞って作業着のままクロロは会いに来た客人の元へと向かった。
「…どちら様ですか?」
「私はただの使いのものです。クロロさんでよろしいですね?」
備え付けの椅子に座って待っていたのは四つの目を持つ女性だった。狩人と同じような軽装をしているため周りから浮くということはないが澄んだ綺麗な声をしていた。
「少しお話させていただいても宜しいですか?…キメラ」
「…」
自分のことをキメラと言ってきたためクロロは真っ直ぐに女性を見つめた。女性もまた臆することなくクロロを見る。
「ここではいけませんね。どうぞこちらに」
女性はクロロを置いて歩き出す。後ろから攻撃されるとは思わないからなのか足取りは軽やかで時折振り返りクロロが来ているか確認する。
「…はー」
クロロは一旦仕事場に戻りサブールに時間がかかることを伝える。サブールは仕事が減るわけではないことだけをクロロに伝えると作業に戻った。クロロは頭を下げると女性の元へ行く。
「仕事が溜まってるので急ぎましょう」
「ええ」
女性は今度こそクロロを連れて歩き出した。歩きながらクロロは愚痴を言うように話しかける。
「仕事中に来ないでほしかったです」
「宿屋に行った方がよかったですか?」
「こっちから出向きました」
「直接見て判断したいそうです。それならこの手段の方が確実かと」
クロロが逃げる可能性もある。確実なのは仕事中に無理やり会うこと。これが一番確実にクロロに会う方法だった。
(こんな無茶を通して会いたいということは…)
なんとなくクロロは自分がこれから会う人物が誰かを考え、予想する。やがてクロロ達は建物の奥の部屋である、応接室、それも格の高い人が支店長と話し合いを行うために設置された部屋にたどり着いた。
「うわ…」
クロロは今から面倒くさい話が待っていることを理解した。




