63,修理屋とお面屋
クロロが白目を向いて倒れる。突然剣が飛んできたため流石に気を失ってしまった。鬼の店員さんは剣を投げた張本人の方に向き直り怒鳴りつけた。
「お、おいおい紅!なにしてやがる!お客だぞ!?」
「・・・?・・・あ」
「あ、じゃねーよ。出てきていきなり剣を投げつける奴があるか!」
「ご、ごめん!自分の思うように完成しなかったからつい・・・」
「アホか!鍛冶をやるのは良いがのめり込んで衝動に呑まれるなと前にあれほど言ったよな!?」
突然のことで思わず素が出てしまった鬼の店員は旦那を叱るとハッとしてクロロの方に向き直った。クロロは舌を口から出して白目を向き、痙攣して気絶していた。鰐に近いため顔の重さに逆らえず、下顎を空に向けて仰向けに倒れていた。鬼の店員がクロロに近づき肩を揺さぶる。だが視線がクロロの頬から垂れて地面に付着した血へと向くと、固まった。
「血、血が!?血だああああああああああ」
「え、ちょっと先生!?お、落ち着いて!」
先生と呼ばれた鬼の店員さんはクロロから出ている血を見て恐怖に顔を歪め腰を抜かして後ずさりする。旦那さんはそんな奥さんを支えようと近づく。肩に手を置くも奥さんはその手を払いのけて暴れる。
「あ、ああああああああああああああ」
「ちょっとき・・・いたっ」
奥さんの手が旦那さんの付けている鬼の面に当たる。紐がプチっと切れて面が地面に転がる。旦那さんは面が外れると顔を抑え、面を探してあちこちに手を動かした。
「め、面。わ、私の面はどこ?どこ!?」
「何これ」
『私が理解出来るとでも?』
「ゲバ!ゲババ!」
叫び声を聞いてアルルカ、アンクロ、ミクが駆けつけてみればクロロは気絶、鬼の店員さんは暴れていたが最終的に失神し、大男が一人うずくまって面を探していた。クロロの元へアルルカとアンクロが駆け寄る。アルルカは周りの光景を見てポツリと言葉を漏らした。
「カオス?」
『よく知っていますね』
「クロロがよく言ってた」
『はぁ…』
二人がクロロを揺さぶる。一方ミクは地面に落ちている鬼の面を蓋で挟むと大男へと持っていく。
「ゲバ!」
「ん?あ、ミクありがとう!」
大男はミクからお面を受け取ると紐を補強し再び付けた。そこでやっと周りの惨状に気づいたのか慌てて自分の奥さんへ駆け寄る。
「鬼玖乃!しっかりしてくれ!」
「う、うーん」
薄らと目を開き、鬼の面が映ると相手の名前を呼ぶ。
「紅鬼?」
「よかった起きてくれた」
上半身だけ起こすと鬼玖乃は周りを見る。丁度側ではアンクロがクロロに猫パンチで往復ビンタをしており、それをアルルカが止めている所だった。
『なぜ止めるのですか?この方が手っ取り早いです』
「すぐ意地悪しない!」
「はうっ」
クロロは目を覚ますとアンクロとアルルカが覗き込んでいた。アルルカは嬉しそうな顔をするがアンクロは目を細めるだけ。
「な、なにが」
「クロロ!」
『ほーう、あなたにはまたお説教ですね。それはさておき、ここで何が起こったのですか?私達も先程来たばかりなので説明してほしいです』
クロロが思い出しながら話そうとすると原因の二人が近づく。二人は勢いよく頭を下げた。
「すみませんでした。うちのば…旦那が」
「す、すみません!本当にすみません!」
「え、あ、はい」
剣が飛んできたところまではクロロは覚えていたのだが、すぐに気を失ってしまったためその後を知らない。だからか、いきなり謝られても対応が出来ていない。
「えーと、とりあえず頭を上げてください…その、まずは話し合いましょう」
下手したら命に関わるミスをしたのだ。怒られて当たり前だ。だからか二人はクロロの言葉の通り頭を上げて話し合いに応じた。
「あの、本当にそれだけでしょうか?私達はお客様の命に関わることをしてしまったのですが…」
話し合いの結果に二人は困惑していた。横暴なのではなく、むしろ肩透かしを喰らうほどに軽すぎる要求だった。クロロは鬼の店員さんの意見を聞いて考え込むと思っていることを話した。
「実を言うといきなり剣を投げつけられてとても怖かったです。ですから、これ以上関わりたくないというのが本音です」
当然のことなのでどちらも黙るしかない。クロロは息を吐くと続きを話した。
「だからといって別に貴方達からお金を取りたいとも思っていません」
二人がは?というような顔をする。圧倒的有利な状況で何かを望まないというのが信じられないからだ。
「だから保留です。何かあったら頼むかもしれませんからツケにしておいてください。今回はとりあえずいい道具を揃えてもらえればいいですから」
ツケというのは決して甘い答えではない。何かあればそれこそ断わらせはしないという意味も込めているからだ。二人は差し出されるものはなんでも差し出さなければいけない。なぜならクロロは恩情をもってツケにしておくと言うからだ。断ればそれこそ二人に命はない。
「早速ですけど俺の提示した道具をください」
クロロが差し出した紙には仕事に必要な道具の一覧があった。それを読むと二人は難色を示した。それは金銭面でのことではなかった。
「大体はうちで取り扱っていますが二、三個余所で買う必要がありますね」
「ガス用のマスクに熱や毒から身を守るスーツ、あとミミックです」
「ゲバッ!」
ミミックと呼ばれてそばに居たミクが反応を示す。内心、クロロはとても嬉しかった。
(あれ?なんか上手く揃えられそう)
持っている所持金に不安があったため、他の人が負担してくれるのはクロロにとって大幅な費用削減になった。
「えーと、それじゃあ費用は全てそちら負担して、これらを揃えてくれますか?」
「お客様の意見も聞きながらですがおそらく大丈夫です。ただ…」
「?」
「あの、本当にいいんですか?私たちが嘘を言って逃げたりすると思わないんですか?」
「するんですか?」
「い、いえ」
クロロの黄金色の瞳に見つめられ二人は委縮する。そもそも物的証拠は刺さっている剣しかなく、アンクロとアルルカは剣が飛んできた場面を見ていないため、確定的証拠にはならない。だからクロロからしたら断わられたらどうしようもないとしか言えない。しかし、クロロの心配は杞憂に終わり、夫婦はこれらの要求を了承した。
『あれでよかったのですか?』
「というかあれしか思いつかなかった」
アルルカと手を繋いで歩くクロロの肩にアンクロが飛び乗るとコソコソと話しかける。アンクロが言いたいのはもっとキツい処分にしても良かったのではということだった。
(監視カメラとかも無いし、本当にやった証拠なんてこの剣からしか分からないしな)
自分の頬を掠めた剣はクロロが貰った。あの後どれだけクロロが叫んだとしても怪しまれて終わりだ。人に信じてもらうにはしっかりとした証拠と証言が必要てあるため、罰するのではなく、示談で終わらすのが妥当だと思い、あの結果になったのだ。
クロロ達はさっそくマスクやミミックを買ってもらうために夫婦に同行してもらい、取り扱っている店に向かっている。
「ミク可愛かった」
「あ、そう・・・うん」
アルルカは懐かれたのか、お留守番で店に残ることになったミクから置いてかないでと迫られていた。アルルカに撫でられて大人しくなったミクを見て店員さん夫婦は驚いていた。
(デカい蜘蛛に見えるから俺は嫌いなんだが…)
ミミックについて考えていると後ろを歩く夫婦がコソコソと話し合っていた。ちなみに二人はエプロンを外して普段着、しかも和装に着替えている。だが、お面だけはどうしても外したくないようで、男の方は鬼の面をしっかりと装着していた。
「あの、すみません」
「あ、はい、なんでしょう?」
「そちらの方はなんで面を着けたままなんでしょうか?」
「な、何か不味かったでしょうか?」
普通に謝る態度に問題があるのではとクロロは思ったが、こっそりとアンクロがクロロに教えてくれた。
『あなたは人のファッションに文句を言うのですか?』
「あれが、ファッション?」
『ええ。あれを見てみなさい』
アンクロが顔を向ける先には以前行った所とは違う服屋があり、隣には帽子屋やアクセサリーショップ、そしてお面屋があった。そこから鴉の面を被った人が出てくるが、周りは見向きもしない。その人だけが特別というわけではなかった。
「どういうことだ?」
クロロのこの世界での知識の源は主にアンクロからである。スフィアはいないことが多いためあまり聞く機会がない。
『身売りした者や姿が醜いと言われてきた者たち、素顔などに自信がないもの達が発明したのがあれらのお面やマスクです』
「つまり、お面とかを付けていても可笑しくはないと?」
「人に見せられない程に酷い場合もあるため、お面を付けておくことを大体の国は了承しています」
他人に見せるだけで不快と思われる場合もあると聞いて、クロロは後ろの鬼を見た。赤い肌、後ろに纏められた髪、大きな体、そして鬼の面。街を行き交う人々の中には頭部が包帯で見えなくなっていたり、ピエロのような格好をしていたりと仮装パーティーのような光景が広がっているため、目立つが変には思われてはいなかった。
「この世界、頭おかしいぞ」
『なんのことを言っているのですか?』
見ているだけで頭がおかしくなりそうな表通りを眺めていると鬼の夫婦はクロロ達をお面屋へ入るよう促す。なぜかというと、仕事で使うマスクがお面屋で売っているからだ。
「マジかよ…」
クロロが店内を見渡すと、壁や天井など隙間なくお面や覆面が飾られていた。まるで生首のようなものもあるため気味が悪い。そんな店の店員も頭に変なものを被っていた。
「いらっしゃいまーせー」
「!?」
「おいアルルカ!後ろに隠れてろ!」
最近表情の変化が乏しくなってきたアルルカでも、目の前の店員の頭には驚いた。店員の頭は…蠢いていた。髪の毛の代わりに触手が生えており、そのうちの一本が口なのかそこから声が出ており、目はつり上がっていた。一番特徴的なのは色だ。肌は浅黒く、触手はピンク色だった。気持ち悪くてクロロは吐きそうになる。
「どうもグランさん。パラもこんにちは」
「相変わらず寄生されてるね」
『おい紅鬼!鬼玖乃!今回はなんのようだー?』
「こらこらパラ、知り合いとはいえお客さんだぞ・・・落ち着いてくれ」
『グラン、最初が肝心だって言ってるだろうが!嘗められたら終わりなんだよ』
「お前のその態度のせいでお客さんは減り続けちゃうから言うんだろ・・・」
お面屋さんと修理屋さんが軽い挨拶をしている間クロロ達はどう反応すればいいのかと固まっていた。お面屋さんはクロロ達の方を向くと首元に手を寄せる。そして張り付いている何かを剥がした。
「ふう」
「覆面?」
「あ、はい。いや、覆面というか生き物です」
『誰が覆面だ馬鹿野郎!』
店員さんの素顔は爽やかなイケメンの人間だった。その手には引き剝がした何かを持っている。それは未だにうねうね触手を動かして喚き散らしていた。
「これは…」
「魔人?」
『いえ、魔物では?』
『んだとこら!俺をそこらの奴らと一緒にすんじゃねえよ!』
「この子はイソギンチャクの魔獣です」
そう言われてパラと呼ばれた存在を見てみる。ウネウネ動く触手やその先についている口、なんとなくイソギンチャクに見えないこともなかった。
「さて、お客様方、今日は何ようで?」
「ああ実は私達がヘマを…主に旦那が命に関わることをしたから、償いのために必要な道具を買って渡さないといけなくて」
鬼玖乃の話を聞いたグランは関心を示し、パラは触手を動かして笑っていた。
「紅鬼、相変わらずなんだね」
『ギャハハハハ、真面目に馬鹿なことしてっからそうなんだよウケるぜー!!!!!』
グランが持っていたパラを引っ張り、そこに紅鬼がチョップを入れる。そしてグランは徐にクロロ達の方を見た。
「お客様、何が必要なのでしょう?」
「・・・ガスマスクですかね。解体の仕事をしているので」
「なるほど、了解しました!それではさっそく寸法を測らせてください」
クロロは蜥蜴人の中でも珍しい形をしているため、顎先から首まで正確な長さを図るために店の奥へと連れてかれた。一方アルルカとアンクロは・・・
『てめえらやんのか!』
「ブヨブヨ」
『凄いですね、このような種族がいるとは私も知りませんでした』
『こら、やめろ!おい紅鬼、鬼玖乃!こいつらを離せ!』
「アルルカちゃん達はよく触れるな、私はいつも見るたびに少し怖気づくのに」
「ははは、まあ子供の好奇心というやつだろ?」
お面が置かれているテーブルに乗ったパラに興味を示して遊んでいた。それを見て修理屋の二人は微笑ましい表情をする。
『あ、こら触手を引っ張るな!やめろー!!!!』
パラの絶叫が店内に響いた。




