城内には・・・
廃城の中は崩れかかっており酷い有様でまるでお化け屋敷だった。引き裂かれて捨てられた布や、倒れて埃を被ったままの甲冑など、昔はさぞ豪華絢爛だったのだろうが今はその面影は内部の暗さも相まって無くなり、静寂が支配していた。無駄に大きい扉には鍵など掛かっておらず、むしろ人を歓迎しているようにすんなりと開いたことに彼は怖くなった。
「可笑しいな。地球にこんな場所有ったか?俺の学が無いだけなのかそれとも・・・」
彼はまだ、この世界を異世界と決めつけてはいなかった。虎は新種で、彼の体も人体実験の結果だと脳内で無理やり処理されていた。生き返ったことに関しては謎が解けそうもないので考えることを辞めて後回しにすることにした。今は、そういうものなのだと無理やり解釈して生き残ることに集中する。
湖のある森には獰猛な獣(今のところは虎)が群れで動いており、人には不幸にも会っていない。彼には危険が蔓延る森で生き抜く知識などないので食われて死ぬか、飢えて死ぬ。死という言葉が何度も脳裏をよぎるも、気持ちで参るわけにはいかないと頭を叩くことで追い出した。まだ決まったわけではないし、廃城で地図でも手に入れば一応解決の余地はあるのだ。
「物色、するか・・・はぁ・・・こんな所さっさと出たい」
気合のまったく籠っていない言葉だが、とりあえず城内を見て回ることにした。しばらくして廃城には頭を抱えて悩んでいる二足歩行の鰐がいた。
「駄目だ・・・何も無い」
彼は落ち込んでいた。城にある比較的無事な部屋を一つ一つ丁寧に漁っていったのだが泥棒にでもあったのか、ほとんどの物は壊れて床に散らばっており、無事な物も汚れていたり使い方が分からない物だったりといった内容で何一つ進歩は無かった。唯一、調理場を見つけたことだけは朗報だったが、食べ物は一つも無かったので大した意味はない。個室などもあったのでもう少し詳しく調べたかったのだが、カーテンを開けたところで濃い霧が日光を遮断しているため、日の光が城内にはほとんど入らず、じっくりと目を凝らさなければ碌に探索も出来ず、一つ一つの確認に時間をかけ過ぎた。
「この体に夜目は無いのか・・・」
部屋を回っていくにつれて愚痴ばかりが増えていった。彼が探索したのは城の一部分であり、地下に続く階段も見つけたため、この城の大きさは思っていたよりも大きいと分かった。愚痴を言いながらも身体を動かし、食料確保のために地道にではあるが探索してはいた。やがてとある部屋の中を確認して彼は驚いた。
「え、また調理場がある・・・まあ大きい城だしな。あっても不思議じゃないか」
鍋やまな板、包丁のような物、炊事場などがあり、冷蔵庫や電子レンジなどの電化製品は見当たらないが食器などが見受けられることから料理に関する場所なのだと彼は推測した。さっそくと期待を含んで調べたが、徐々に彼の表情は(鰐なりの)不満げになり、隅々まで見た後には絶望していた。
「神などいない」
缶詰などの長期保存の出来る食品があるのではと思っていたのに、缶詰どころか腐った食材すらなく、腹の足しになるものは何一つ無かった。城に入ったころのような期待や希望は既に尽き欠けており、背筋を曲げて目線を下に向けていた。ただ、お腹の音だけは元気にグルグルと鳴り続け、より彼の心は沈んだ。
「飯・・・暖かいものが食べたい」
美味しいご飯を思い出すだけで、この現状への不安と絶望が大きくなってしまい、彼の目からは光が無くなり、代わりに涙が出かけていた。不安で彼の心が壊れてしまいそうになっていた時、彼は視界の端でそれを捉えた。廊下の角から彼をじっと見つめている二つの影。
どちらも自分よりも身長が低いということしか今の距離では分からないが、彼はそんなこと気にも留めなかった。
「あ、あの、すみません!」
ようやく人に会えたと思った彼は嬉しくて手を振る。しかし、二つのシルエットは驚いたのか慌てて逃げ出した。ここで逃げられるといつまた会えるか分からないため彼もまた走り出した。生きる気力が沸いた。
「待ってくれ!」
しばらく追いかけたが地の利は向こうにあるようで彼は見失ってしまった。穴のようにしか見えない耳を澄ませても何も聞き取れず、既に近くにいないことを悟った彼は溜息を吐くと自分の体を見て反省した。
「そりゃそうだよな、俺のこの体も問題だが、いきなり変な男が話しかけて、更に追いかけてきたら誰でも逃げ出すよな・・・」
自らの反省点を見直してもう一度、今度は姿勢を低くして話しかけようと決め、探索を再開することにした。城内にいればまた会えるだろうと楽観的な思考になり、余裕も生まれた。誰かいる。まだそれが人間だとは断言出来ないが自分が一人ではないと知れたことは彼にとって朗報だった。何個か近くの部屋を確認し、次の部屋のドアを開けると、小さな影が飛び込んできた。彼は踏ん張ろうとするも尻尾の使い方がうまく出来なかった彼は勢いのある突進を受け止められずにあっさりと押し倒されてしまった。
「ぐは!」
彼は懐に飛び込んできた存在を見る。そして驚いた。その正体は人間の子供だった。紅い髪をボサボサに伸ばし、青い瞳で彼を見ていた。そんな男か女か分からない小さな子供の顔に次の瞬間血が掛かった。
『見事です!急いで離れてください!』
子供の後ろから声が掛かると、その子供は急いで離れた。
「なに、ぐっ!」
起き上がろうとして彼は自らの異変に気付く。彼の腰にあたる部分には先ほどまで無かった包丁のようなものが刺さっていた。動かすたびに痛みが走り、注意力が散漫になる。そのため彼は自身が危害を加えられたという単純なことに気づくのが遅れてしまった。冷静さを欠いている彼の前に突如光が現れ、光は眩しさと熱さで未だ尻餅を着いている彼を包んだ。
「なっ!何が、あつ、熱い!」
彼は腰の痛みに顔を歪めながらも自身を熱している光の発生元を見た。
「・・・・は?」
彼は自分が今見ている物を理解するのに時間が掛かった。既に虎たちである程度の耐性が付いた彼でもそれは目を見開き、動きを止めてしまうものだった。
「燃えた、ライオン?」
ぽつりと呟いて、彼の命は終わった。呟いた瞬間には火を纏ったかぎ爪のようなものに彼は首を跳ねられていた。