45.人質
『いいですか、この状況を打開するためには人質が最も有効です。誰か捕まえましょう』
「・・・分かった、アンクロはサポートお願い。こっちでやってみる」
アルルカはナイフをしっかりと持つと、駆け出すために足に力を込める。アルルカに考えがあるとは驚いたが、アルルカが人質を作ってくれるならばアンクロの負担が減るため、敵の攻撃を防ぐことに全力を注ぐために、猫の姿のまま火を主体に戦うことにした。
黒装束の子供こと団長がクロロの輸送に付き合うことになったため、シスは現場監督として部隊の指揮をとり、砦の調査、そして掃除をしていた。先ほどの戦いで足の踏み場もないほどに死体が転がっており、とにもかくにも魔獣や人の死体を処理することが最優先だった。ある程度の死体を一か所に固めて燃やすことが一般的だが、私物の調査や魔獣の素材の剥ぎ取りなど、面倒くさい工程があるため、一向に進むことがなかった。
「団長・・・帰ったら覚悟しておけ!」
「シスさん、魔獣の解体などが新たに十体ほど終了しました」
「ああ了解。魔獣の解体などやってる暇などないというのに。このままでは疫病が起こるぞ」
「はい、だからあまり肉が飛び散らないように気を付けたり、解体を簡略化して効率よく行っています」
見た目は子供だが、中身は三十近いためシスは子供がしないような顔を平気でする。例えば、仕事が増えてイラついた時に出る皺などだ。
「こっちは潜入任務が終わって直ぐに駆り出されクタクタだというのに、あのチャランポランの団長め・・・」
「心中お察しします」
隣にいる同僚であり、王都直轄部隊の後処理を担当しているディスポがシスのサポートをしながら軽く微笑む。優男の印象を持たせる彼は、よく団員の愚痴を聞いており、なかなかの聞き上手だった。
「あと、何度も言うが、敬称をつけるな。私たちは同僚だぞ?」
「しかし、皆さんが命を賭けて戦っているというのに、私はこのように危険がない仕事しかできません。自分の実力の無さを実感しているからこそ皆さんには敬意を表したいのです」
「・・・そうか」
手慣れた手つきで魔獣の腹を切開し、毒袋を切り取って瓶に入れ、蓋をして小型冷凍庫に入れているディスポを見ながらシスは溜息を吐く。死体などを扱うのにも危険はあるのにと。黒装束の子供が暇つぶしだというとんでもない理由で鍛えられた王都直轄部隊の構成員たちだが、全員が戦闘に向いているわけではなく、自分の能力を生かせる部門で働いている。同僚のため上下関係は無いはずだが、一部では起こっていた。
ドカーン!!!
「なんだ!?」
突如、砦の一角で爆発が起こった。そこは子供たちを移送するための馬車がある場所に近かった。シスの脳内に嫌な予感がよぎる。シスは、ディスポを置いて、爆発が起こった場所へと急いだ。
多くの人が各々の武器を持って爆心地へと向かっており、シスもそれに加わった。たどり着いた場所には、銃を構えた人が複数おり、その先にはアルルカと黒猫がいた。
「ラザー!」
「!姉さん」
自分の弟を見つけ、シスが駆け寄る。ラザーの隣にはボンもおり、小型爆弾を手に持っていた。二人は一瞬シスを見るが、直ぐにアルルカへと目を移す。
「何があった!?どうしてあいつに銃口が向けられている?」
「それは・・・」
ラザーが答える前に、アルルカが動いた。シス達の方へ走り出したのだ。手にはナイフが握られており、子供とはいえ危険だった。
「止まれ!」
銃を構えた構成部隊の隊員が声を上げる。一瞬怯んだが、アルルカは止まらず、どんどん近づく。
ダンッ
発砲音がした。隊員の誰かが撃ったのだとシスは思ったが、発砲音は非常に近くから聞こえた。
「ラザー!?」
シスは隣にいる弟を見る。その手にはリボルバーのような銃が握られ、銃口からは煙が出ていた。
弾丸がアルルカへ迫る。命中は確実の弾道であり、弱いアルルカが食らえば死は濃厚だった。
『手伝います』
アンクロの口内に光が現れ、そこから火球が吐き出された。火球はよほど熱いのか、空気を熱し、命中した弾を融解した。火球は消滅したが、次も来ることを考慮し、アンクロは今度は火炎放射をして、隊員たちに目くらましをした。
「ふ、伏せろ!」
隊員たちが慌てて火を避ける。その中動けるのは、子どもサイズの人だけ。ラザーは再び撃とうと構え直すが、シスがその手を掴み、銃口をアルルカからずらす。
「ラザーなにしている!?」
「姉さん、あれは悪者の仲間、つまり悪だ。だから倒さなきゃ」
「子供を殺すのは正義ではないぞ!」
そんな問答をしている間にアルルカはラザー達に近づき、ナイフをシスの喉元に当てた。
「!?」
シスが唾を呑み込み、ゆっくりと目を動かすと、背中にぴったりと張り付いているアルルカと目が合った。深海のような暗さを持つその瞳を見ていると吸い込まれてしまいそうで、シスは身震いを起こした。それほどその子供に恐ろしさを感じた。
「・・・」
「それ、渡して」
「僕の銃を?」
「そう、それは危険」
火炎放射が終わり、アンクロはアルルカの傍で周りを牽制していた。ボンも、自分の爆弾ではシスも死ぬと分かっているからか手を出せない。実質、アルルカとシスとラザーの三人の舞台になっていた。
「君には使えない」
「そっちも使えなくなる」
ナイフをしっかりとシスの喉元、頸動脈近くに当てると、ラザーとにらみ合う。ラザーは、歯ぎしりすると、銃の弾を抜いて渡そうとする。
「駄目、そのまま渡す」
「・・・わかった」
ラザーは銃口を握り、持ち手をアルルカへと向ける。アルルカはシスに受け取らせると、ナイフを左手に持ち替えて、右手で銃を持つ。
「これ、どうやって使うの?」
「・・・目的は、なんだ?」
「返して欲しい」
「?」
「私の幸せを返して」
アルルカは銃をあちこち触って、どうやれば撃てるのか試す。なんとなく引き金を引けばいいと思ったが実際にしてみなければ分からないため、とりあえず持ち方だけラザーの真似をして銃口をシスの頭に当ててみた。
「!?」
「こうしておけば下手に動けない」
何かの拍子で発砲が起こるかもしれないため、シス達は息を呑む。ラザーや隊員たちはどうすればいいか頭がぐちゃぐちゃで案が出ない。
「なぜ、クロロの味方をする?」
「・・・クロロとアンクロは私の幸せ。二人は私に必要な存在」
「幸せ?」
銃口を向けられたシスだけが、逆に若干冷静さを保てており、交渉を試みる。だが、状況は劇的に動いていく。
「・・・?」
「天気が曇った?」
シス達が状況を打開しようとしていると、突如として、空が曇った。鼠色というより、黒に近い色をした雲が太陽を隠し、地上を夜のような暗闇が支配した。全員が不安になる中、シスやラザー、王都直轄部隊の人々は誰が来たか理解した。そう、来たのだ。イレギュラーな存在が。
「雲が降りてきた?」
アルルカの呟きは事実を語っていた。雲から細い糸、まるで綿あめのような雲が地上へと下ってきたのだ。
モコモコモコ
地面に雲の端が着地すると、雲が形を変えていく。それに伴い、上空にある暗雲は小さくなっていき、まるで地上の形を変えているそれに吸い込まれていくかのようにして消滅していった。
雲は人の形になり、服の形の雲を纏わせ、色が現れる。太陽が再び姿を現し、地上に降り立った雲に光を向けた。そこには、黒装束を身に纏い、白い紙マスクを付けた子供がいた。
「ふう、みんなさっきぶりだね」
そういって世にも珍しい銀色の瞳で周りにいる王都直轄部隊の隊員に挨拶する。都市から派遣されてきた隊員たちは黒装束の子供を見て恐怖を込めた声音で言う。
「王都直轄部隊の軍団長、死神」
自分のことを説明してくれた隊員にその子供はにこりと、マスク越しにだが笑みを返す。
「よろしくね」




