40.あっけない死
ドゴン!
クロロはその場で踏ん張る。背中に生える八匹の蛇を支えるためには体重を重くする必要があり、蛇の全長が伸びれば伸びるほどクロロにかかる負荷も大きくなった。
「シャアアアアアアアアアアアアアア」
背中に生えた蛇達は、その体を鞭のように縦横無尽に振るい、魔獣達を襲った。小型の魔獣に関してはそれでなんとかなったが、大型の魔獣や防御の厚い魔獣にはあまり効果がなかった。
「死ねえええええええええええええ」
驚くことにクロロは動いた。一歩動くごとに踏みしめた地面には砂塵が舞い、蛇達は荒れ狂う。かなりの無茶な変形をしているためか鱗のすき間からは血が出ており、それでもクロロは笑って魔獣達に近づいた。
「ははははははしねええええええええええ」
蛇達は大型の魔獣に巻き付くと、なんとその体を持ち上げた。必死に抵抗しようとする大型魔獣を蛇達は武器として使った。
ドゴンドゴンドゴンドゴン!
金槌をてきとうに振り回しているかのように滅茶苦茶に扱われ、蛇も、魔獣達も被害を出していく。特に小型の魔獣達は大型の魔獣が降ってくるだけで圧死するため、悲惨だった。
ベキン!
とうとう大型魔獣に巻き付いていた蛇の骨が折れた。力がなくなり、大型魔獣の亡骸とともに地面に倒れる。だが、クロロはそれで終わらせはしなかった。
「あああああああああ」
倒れた蛇の体を無理やり正しく戻すと、再び暴れさせる。クロロとは背中で繋がっているため、再生の恩恵も当然受けられた。そして、クロロの考えや意思もある程度入っているのか、蛇達はクロロの命令に従い、敵を倒して回る。
「いてえええええええええええ」
鎧竜、地竜、シャープクロウ蜥蜴なども使い、再び戦闘状態へと変形していく。そして、地響きすら起こるほどの重量を持ちながら、クロロは走り出した。
「ぐあああああああああ」
一歩一歩が災害を起こしかねないほどの被害を出しながらも、とんでもない速さで魔獣達へと向かっていく。クロロが近寄ったことによって地面が揺れ、それによりふらついた魔獣達は、クロロに思うように反撃が出来なかった。それでも何とかクロロに一撃を与えようとした魔獣もいるが、クロロの堅い鎧と、増えた重量はちょっとやそっとの攻撃では押されも引かれもしない。
「しねえええええええええええええ・・・・!?」
しかし、そんなクロロにも弱点はある。それは足元だった。土竜のような魔獣がクロロの足元から現れ、クロロを地面に引き込もうとする。だが、既にクロロが地面を踏むことで与えた振動で被害を受けたのかその体はボロボロだった。そんな必死の攻撃にもクロロは有り得ない方法で抵抗した。
「があああああああああ」
腕が伸び、再び翼竜のような翼が現れる。落ちかけていたクロロは、上半身の筋肉すら改造し、無理やり飛べるようにする。一度飛ぶだけで周りの魔獣は風圧で吹き飛ばされ、脚を掴んでいた土竜は蛇に丸呑みにされた。
蛇達とクロロは敵を殺すために、暴れ、その攻撃は外部のものにまで及んだ。
『む!?クロロ、なにをするんですか!』
あまりの光景に立ち止まってしまっていた獅子化したアンクロの方にも大型魔獣の振り回しは届き、アンクロを襲った。さらに、砦の上部で戦況を見ていたシスとラザーには蛇から投石機のように投げられた大型魔獣がプレゼントされた。
「なにあれ、滅茶苦茶だよ」
「目についた奴は誰彼構わず襲うのか」
(まだ、まだいるな…もっと殺さなきゃな)
「くらえええええええ!!!」
クロロの体に再び変化が起こる。外見的には変わっていないが、蛇達の牙からはどろりとした液が漏れ、今までは鞭のように振るっていた蛇達が口を開けて敵へと向かっていった。
「ぐ、おええええええええええ」
クロロは体の変化によって呼吸困難と、嘔吐を起こした。今、クロロの体の内部には毒を生成する臓器が新たに生み出され、それにより、周囲の内臓を圧迫していた。
「い、があ」
クロロは体のバランスを取ろうと体自体の巨大化を図る。安定しないなら拡張しようという魂胆だったが、それだけで問題は解決しない。
「はあはあはあ・・・・」
身体が大きくなるということはその分、血の巡りや心臓の活動に影響を与えるためその分の清算を取れなければ崩壊してしまう。長く保つことが出来ないのは明らかだった。
「死ねえええええええええ」
蛇達は魔獣達に噛みつき、毒を体内へと注入していく。十分量を送り込むと、別の魔獣へと向かう。毒を送られた魔獣はというと。
「グル?ギィ!?」
特に何もなかった。確かに何かを送り込まれたような気がした魔獣はなんの異常も確認できないことに戸惑うが、それも数秒。
「グルルルルルル」
噛まれた魔獣はクロロを倒そうと体内の魔石の力を使って、身体能力の向上を図る。魔石のエネルギーが全身に回り、所持者の意思に応えようとしたその時、それが起きた。
「グ・・・グバ!」
全身から血を噴き出すと、倒れたのだ。体の再生をしようとした魔獣も再生するどころか傷がひどくなり、身体の自由が利かなくなった。
その毒は、麻痺ではない。その毒は、酸ではない。その毒は通常時に影響を与えない。その毒が破壊するのは、身体ではない。その毒が、破壊するのは、この世のありとあらゆる存在が持つ石、魔石のエネルギーである。
「ギャウ!」
「バア!」
「ギ・・・・ギャ」
身体を強化、または再生、もしくは能力の行使をしようとした魔獣達は次々と体から血を噴き出し、倒れる。それに気づいた魔獣達は大人しく地力で戦うことにした。だが、その毒は甘くなかった。
「グ、ガ、ガ?」
なにもしていないのに、身体が思うように動かなくなる個体も現れたのだ。それに抗おうとするも、次に呼吸が苦しくなり、咳が止まらなくなった。
「ゲ、ゲホン」
咳が出る個体が現れた。咳が出ない個体も苦しそうに口を開けていた。咳に血が混じり、口から泡を出し、どんどん悪化していくと多くの個体が倒れ、よくわからないままに死んだ。
何が起こっているか分からない。だが、この状態はこの世界の真実を教えていた。魔石の活動を破壊するその毒、だが、魔石の活動が止まるだけであって、それ以外に害は起こらない。であれば、魔石の活動が止まればなぜ生き物は死ぬのか。それは・・・・
「死ねええええええええええ」
クロロの攻撃はやむことなく続き、大量の死体を作り出す、身体が鎧のようなもので覆われている魔獣がいても、関係なかった。蛇が胃液を吐き出したのだ。それは、ヒュドラと同じ能力だ。だが、ヒュドラとはサイズが違うため、一部を軽く溶かすことしか出来ない。それだけで十分である。なぜなら胃液を浴びて防御が薄くなった場所に蛇は牙を突き立て、毒を送るのだから。
『見境なく攻撃するとは・・・呆れました…それにもしても、あの毒はいったい。ヒュドラの胃液とは違いますね。他の魔獣の毒?それとも、あれのオリジナルですか?』
蛇達の攻撃を躱しながらアンクロはクロロを睨みつけた。体が形を保っていられないのか、節々から何かが潰れる音や折れる音が発生し、それでもなお叫んで戦っていた。更に、周りの死んだ魔獣達を蛇が飲み込むことでエネルギー回復が出来ているのか終わる気配がなかった。
『哀れですね』
「姉さんどうしよう。こっちも安全とはいえなくなってきたよ」
「ああ、あの蛇の胃液や牙に当たると無傷じゃ済まない。下手したら死ぬぞ」
八匹の蛇のうち一匹が常にシスとラザーを狙っており、胃液を水鉄砲のように噴射してしつこく追いかけまわしていた。足場に飛び散った液からは蒸気が上がるため踏んでもも安全なのか分からない。そのため砦の上部からはどんどん安全圏が奪われていく。そろそろ下に降りなければジリ貧だと二人が感じ始めたころ、砦の城壁の向こうから閃光弾が打ち上げられた。それはすぐ近くまで味方が来ているということだった。
「でも、いくら彼らでもあいつは・・・」
「ああ、だが、あの人がいれば」
「そうだけど、あの人来てくれるかな?」
「大丈夫だ、あの人は・・・・暇な時は来てくれる」
「ぐああああああああああ」
クロロが暴れまわっていると、空に光が突如現れた。眩しさに目を細め、光に注意を向けていると近くで声がした。
「へえー、面白いことになってる」
突然のことに驚き、クロロがそちらに顔を向けると、その存在は魔獣達の死体の山に立っていた。地獄のような光景となり、地面の踏み場がないほどの死体に溢れたこの空間にはありえないほどの軽い口調だった。
「暇だったから試しに来てみたけど、来た甲斐はあったかなー」
そういって死体の検分をしているその存在はこの死体まみれの地に似つかわしくなかった。黒装束で口元には白マスクをつけており、銀髪の襟足を紐で結んでいた。
「それで君、誰?」
クロロの方を見るその存在はあまりにも警戒心がなく、異様な姿をするクロロに対して気軽に話しかけた。死体をものともしない軽やかな足取りでクロロへと近づくその存在は・・・とても幼かった。
「ぐ・・・・・が」
「ん?何?」
十代前半くらいの子供だった。朝日が昇り、クロロの血に濡れた黒い体と、子供の黒装束、そして、二人と死体群の黒い影が鮮明に現れた。
「死ねえええええええええええ」
クロロは目の前の子供ですら敵と判断し、攻撃を繰り出す。かぎ爪、背中の蛇達による噛みつき、そして胃液と毒液。あらゆる死に直結するような攻撃を前に、子どもは笑っていた。
「凄いねー、キマイラの一種?」
子どもはひらりとそれらの攻撃を躱すと、へらへらとした態度で興味津々にクロロを見た。顔全体が見えずとも、目だけで笑っているのが分かるため、それがとても異常だった。明らかに子供の身体能力ではなかった。
「死ねええええええええ」
「あはは、元気がいいね」
クロロの攻撃はことごとく外れ、息が乱れ、疲弊するクロロに対して子供は余裕だった。他では見ない銀色の瞳でクロロを一心に観察していた。やがて、当たらない攻撃に音を上げたクロロは蛇達を集合させ、一斉に胃液の噴射を行った。
「気持ち悪い液を掛けないでほしいかな」
そういうと子供は、拳を握り、力を込めると正拳突きをした。その結果は驚くべきもので、迫っていた胃液の塊が空気の弾でも当たったかのように途中で弾け、飛散した毒液は、子どもを避けて、子どもの出した衝撃波のようなものに耐えていたクロロや周りの死体を濡らした。
「ぐううううう」
「へえ、身体が溶けかけてる。もしかして諸刃の剣なのかな?」
身体の表面を胃液が溶かし始め、焼かれるような痛みがクロロを襲う。悶絶しかけながらクロロは地面を踏みしめながら子供へと近づく。腕を引き絞り、かぎ爪が子供の体を貫通するように位置を調節する。
「ああああああああああああ」
「ごめんけど、ちょっと死んでてもらえる?」
クロロの爪が子供の体を杭のように刺す。そうなる直前でも子供は余裕の態度を崩さず、自分へと刺さるクロロの爪を眺めていた。
「ぐ?」
「残念でした」
クロロのかぎ爪は確かに子供の体を貫通している。だが、それにしては音も、感触も、何より血も出ておらず、本来の結果とまったく違った。空を切ったかのように手ごたえがなかった。クロロはゆっくりと爪を抜く。抜き終わり、分かったのは全く傷がないことと、服にすらダメージがないことだった。
「それじゃあ、終わりだね。グッドデッド」
そういうと、子どもはマスクをズラす。顎までズラすことで張りのいい頬と薄紅色の唇が露になる。そして、子どもは口を近づけると、そっと息を吹きかけた。
「が・・・・・あ」
子どもの息がクロロの顔に当たり、クロロの呼吸とは関係なく体内に侵入する。そして、クロロは白目を向くと、あっけなく倒れた。痙攣すらせず、安らかに眠っているように見えるその姿から麻酔か何かなのかと思われるが、実際はそんなわけなかった。
「死んだね」
クロロは死んだのだ。




