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自由奔放なキメラ達  作者: 日和見兎
3/81

虎と遭遇

 数分後・・・


「っあああああああああ!?」


 彼は再び目を覚ました。鰐になり、虎に噛まれるという悪夢を見たため飛び起きた。彼は激しく動く自分の心臓の鼓動を感じながら体を確認する。良かったのは自分が生きていること。最悪なのは、先ほど見た物が悪夢ではなく現実だったこと。彼の体はやはり鱗だらけだった。顔の辺りを触ってもやはり鰐のものになっているようだった。ここまで現実だとしたら、当然ながらあれも現実ということである。


「!?」

「ぐるるるるるる」

「ぐるるるる」

「・・・」

「・・・がるるるるる」



 隣では虎たちが彼だったものを一心不乱に食べていた。もし、彼が静かに起きてひっそりと移動していれば危険を逃れることが出来たかもしれない。だが、大きな声を出して飛び起き、身体をゆっくりと確認してしまった。つまり、虎達は彼が生きていることに気づいた。

 目と目が合ったら挨拶をしよう。そういった風習がある。しかしそれは人同士で行われるもので、獣とは出来るわけがない。猛獣と目があったら襲われるのは時間の問題である。


「ぐるるる」「ぐるるるるる」「ふっ」「ううううう」「ぐうううう」                  


 五匹の虎がじりじりと彼に近づく。彼を獲物と認識したからか五匹とも涎を垂らしていて、一匹は唸り声ではなく腹の音を鳴らしていた。自分が危機的状況に陥っているのはよく分かった彼は、虎の動きに合わせてじりじりと下がる。しかし彼のギリギリ保っていた防波堤は一匹の虎が飛びかかってきた時に決壊した。


「ひいっ!」


 彼はくるりと回転して逃走を試みた。もとより虎と駆けっこで勝てるとは思ってはいないがそれでも殺されたくない、食われたくないという一心で走る・・・・はずだった。


「え?」


 いくら地面を思いっきり蹴ろうとも一歩も進めなかった。ついでに今まで感じたことのない場所からの痛みがあった。徐々に後ろに引っ張られる感覚で彼は自分の状況を察した。後ろを振り向く。そこでは虎が彼の尻尾に噛みつき、足で地面に固定して動けないようにしていた。彼は逃げられなかった。


「なんで尻尾なんてつけたんだよ畜生!」


 残る四匹の虎も飛びかかる。彼に逃げ場など無かった。四匹の虎は彼の体のあちこちを噛み千切ろうとし、尻尾に噛みついていた虎はいつの間にか取れてしまった尻尾をおもちゃのようにして遊んでいた。鱗があることなどお構いなしに食らいつく虎達。暴れて抵抗しても虎四匹に対抗できるはずもなく、彼の悲鳴は一匹の虎に首元を噛みつかれるまで続いた。

 彼は死んだ。



 どれくらいの時間が経ったのか彼には分からなかったが、彼は意識を取り戻した。目の前は真っ暗で上には少しばかりの光があった。彼はどこか心地よい感覚を味わいながら息を吸い込もうとして、


「むごごごごご」


 溺れた。

 彼が起きたのは水中だった。鰐は本来水中でも問題ないはずだが鰐になったばかりの彼にはやり方が分からない。彼は鼻や口から大量の水が浸入してきて溺れそうになっていた。


「む!むんんんんん!」


 彼は地面を蹴ると平泳ぎをするように上半身を動かす。尻尾が重いため思うように上がれない。だが、彼はとにかく上へ上へと必死に泳いだ。


「っは!おえぇ」


 なんとか水面に顔を出すと飲み込んだ水を吐き出す。息が出来るくらいには吐き出した後、陸を探した。上がれる場所はすぐに見つかった。今度は犬掻きのような泳ぎ方でそこへと向かった。水から上がると呼吸を整える。整えている間に彼は全身をくまなく見る。意識は飛んだが記憶はしっかりとあった。自分が虎に食われていたということを理解していた。しかし、傷跡はどこにもなく、千切れた尻尾もしっかりと生えていた。


「夢?いや、にしては鮮明に覚えてるしな・・・」


 息が落ち着いた彼はなぜ生きているのか考えてみたが、そもそも鰐になったことだけで脳の許容範囲を超えていたため、答えが出るわけがなかった。彼は自分が出てきた場所が先ほどから見ていた湖だと分かると途端に怖気が走った。先ほどと同じ場所ということは虎達もいるかもしれないということだからだ。今すぐに逃げたいが、先ほどはそれで失敗しているため、しばらくは湖の傍でじっとしていることにした。


「はっ・・・はっ・・・くそ」


 また虎に襲われるかもしれないという恐ろしさから彼は周りに注意を向けることを止められない。だが、彼の心配は杞憂に終わり、呼吸が落ち着くまで待っていても虎は現れなかった。ひとまずは安堵した。


「ひとまず、どうするか。いや、でもな・・・」


 近くに虎がいるかもしれないため動くに動けない。だが、動かないと何も出来ない。そのため、彼は死ぬ覚悟で森を抜けるしかなかった。その時、聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。


「ぐるるるるるる」

「ぐぎゃお!」

「るるるる」


 思わず彼は木の陰に隠れる。思わず目を瞑ってしまったが、意を決してゆっくりと木の陰から覗くと、先ほど彼を食べていた虎たちがどこかへ向かって走っていた。おそらくは住処に帰るか新しい獲物を探しに行ったのだろう。そう判断した彼は、四匹が遠くへ行ったのを確認してようやく息を吐いた。どの程度時間が経っているのかは分からない。彼の体内時計はとっくに壊れている。だが、確かなのは、ここにいてはジリ貧だということ。そういうことなので少しずつ移動をすることにした。


「・・・一応確認しておくべきか。いや、でもな」


 彼はどうしても確認しておきたいことがあった。それは、本来有り得ないことで、確認したいなど恐ろしくて出来ない人もいるだろう。だが、彼は真実を知っておくことで先に進めると感じていた。

彼は自分の記憶を頼りに移動する。これだけは確かめておきたかったからだ。同じ湖、何度か見た太く長い木の幹、そして虎達と同じ大きさの足跡、ごくりと唾を飲み込みながら彼はゆっくりと自分が虎に襲われた場所を見る。


「これは・・・」


 そこは言わば事件現場だった。飛び散って辺りの木や地面を濡らす血、肉が付いたままの骨、齧り取られた内臓、そして、鰐の頭。


「これは俺・・・なのか?」


 鰐の頭を持ち上げる。早くも肉が硬直して白目を向き、舌が口から垂れ、半分ほど齧り取られていた。黒い鱗も頭の形も今の彼自身と同じだった。その瞬間、気持ち悪くなって彼はその場で吐いた。何も食べてはいなかったがそれでも吐いた。吐いた後のふらふらとする体や頭痛のせいで思考が纏まらない。ここが先ほどの現場だとするのならさっさと移動しなくてはならない。安全圏をまだ見つけられてないからだ。だが、そう判断するほどの冷静さが今の彼には無かった。


「ぐるるるる」


 すると、聞き覚えのある鳴き声がすぐ傍の木の裏から聞こえた。ひょっこりと裏から現れたのは先ほどと同じ剣歯虎だった。口には遊ばれて唾液で汚れた彼の尻尾があった。どうやら他の虎が食事をしている間も遊んでいたようだった。仲間と逸れたのに気づき、顔を上げた所に彼がいたというわけだ。


「ああ、夢にして欲しかった」


 その虎は銜えていた尻尾を地面に置くと、吠えた。


「グオオオオオオオオオオ!」


 すると周りからも同じ音が聞こえ、いつの間にか彼の周りは先ほどよりも多い十頭近くの剣歯虎に囲まれていた。群れは五頭だけではなかったようだ。


「嘘だろ・・・もういやだああああああああ」


 そう叫ぶと彼は虎たちの間を抜けて後ろの湖に飛び込んだ。泳ぎ方など滅茶苦茶だったがそれでも泳いだ。いつ虎が湖に飛び込んで襲い掛かって来るか分からなかったが、結局彼がしばらく泳いでちらりと後ろを振り返り、陸の方を見ても虎たちは追ってこなかった。虎たちは涎を垂らしたまま彼の方を向いて停止していた。しばらくして悔しいのかひとしきり咆哮をあげると茂みに入っていった。


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