13.クロロの覚悟
飛び兎は自らの体重のせいで陥没した地面から、大きな体の割には短い足を使って起き上がる。そして、自分の降下で潰れた存在を口に銜えた。
「バキバキ」
『クロロ、先ほどの落下をまともに受けたのですか・・・』
骨を折るような音を立ててその存在、かつてクロロだった肉塊を噛み砕いて咀嚼した。その際、長い尻尾の先の方は口に入らず地面に飛び兎の涎と共にゴトりと落ちた。その尻尾は直ぐに切断面の肉が盛り上がり、結合、分離を繰り返して体の組織を形作り、元のクロロの身体へと変化を遂げた。その時間、僅か3秒だった。
「ぷはあっ!」
長く息を止めていたかのような呼吸をすると動揺しながら自らの横にいる存在を見る。飛び兎はゴクリとクロロだったものを飲み込むと三日月型の口を更に歪め、まるで笑っているかのような表情を作る。
『ふっ』
クロロが目を見開いて呆けている中、アンクロは飛び兎の顔に向けて火球を吐いた。火球はまったく外れることなく飛び兎の顔面に直撃した。本来なら燃えるはずの毛はまったく変化なく、縮れ毛すら無かった。瞑っていた目を開けると新たな標的をアンクロ・・・の近くにいるアルルカに定めた。
「ああああああ」
クロロはなるべく大声を上げて飛び兎の目に向けて拳を振りかぶった。大きな体でも顔の位置はウサギと同じなため大柄なクロロであれば目まで拳は届く。だが、クロロの体は拳が当たるよりも前に飛び兎のかぎ爪の付いた腕で弾き飛ばされた。その際、胸にはかぎ爪のひっかき傷を受け、血を噴き出した。
「さっさと逃げろやあああああああああああ」
アルルカは走れる状態ではない。だからこそ誰かがおとりになり誰かが担いでアルルカを運ぶ必要があった。一度殺されて再生の際頭がリセットして冷静になったことと、アンクロがクロロをおとりにしようとしていることには気づいていたため、叫ぶんで目立ち、アルルカを逃がすために動くということが出来た。
『言われなくても』
「まっ・・・」
はっとなったアルルカが何かを伝えようとする前にアンクロはアルルカの股下から巨大化すると、鬣の炎を消してアルルカを背中に乗せた。そして一目散に逃げだす。そんな様子をクロロは冷笑いで表した。自分で言ってなんだが置いていくのかと。自分が逃げるためにアルルカを囮にすることも出来たが、変な所で人の良さが出てしまった。
「なに良い人ぶ・・・ぐっ、痛い」
既に胸の傷は消えかけていた。だが、やはり神経をグチャグチャにするような感覚は無くなることはなく、再生をするたびに気分は悪くなった。標的が消えたため近場にいるクロロを狙おうと飛び兎は目を向ける。その恐ろしい顔を見て、クロロは、
「ひ、ひいいいいいいいいいい」
恐怖が蘇り自分が何をしたのか理解し、助かるために逃げた。アルルカ達が逃げた方向とは逆の方へと・・・
「・・・ねえ」
アンクロに揺られながらアルルカは言葉を零す。だが、急いでいるためアンクロは聞く耳を持たない。アルルカはアンクロの弱点である鬣の部分を掴む。燃えていないときの鬣は唯の赤い毛であるためアンクロはたまらず立ち止まった。
『・・・どうしました?』
「クロロが来てない。待とう」
『それは無理です。戻れば殺されます』
「でも、一人でこの森を抜けることは出来ない」
『はい無理です。私の案内無しだと間違いなく迷います』
アンクロは確かに飛び兎の巣を目印として動いていたが、それは出口までのおおよその距離を測るためであり、それがあっても森の知識が無いものは確実に迷うようになっていた。つまり、アンクロ達は森を抜けられてもクロロは一生森を彷徨うことになるのだ。強力な再生能力を持つ彼には死ぬことすら出来ず森の魔獣達に殺され続けることになる。だが、それもクロロが望んだことだとアンクロは弁明する。
『クロロは生きて幸せになってもらうためにおとりとなったのです。ここで立ち話をしている方が裏切りですよ』
「・・・なんで」
アルルカは会ってそこまで時間も経ってないのに自分を助けようとするクロロに理解が追いついていなかった。最初は殺し合いという最悪な出会いだったのに、クロロはアンクロを殺さず自分には殴ることすらしなかった。そして、交渉と言えるのか分からない条件で和解し、先ほどは飛び兎に狙われた自分を助けようとしておとりになった。贖罪をしたいと言っていたが、それでここまで出来るとは思えなかった。
『あの男は自分の欲望にしたがっていました。だからこそあそこまで出来るのでしょう。人の欲は時にとんでもない決断をさせるものです』
そこまで驚くこともなくアンクロは言う。アルルカは置いてけぼりにされた感覚になった。たった数か月の時間ではアンクロの心の中まで読めるには至らなかった。
そんな折、アンクロの耳がピクリと動いた。
『不味いです』
話し声に引き寄せられてか、十数匹の虎が姿を現した。今度はなんとなく目標の場所が分かるのか顔はしっかりとアルルカ達の方を向いていた。
五匹はそれぞれ太い枝の上に跳んで上空から奇襲をする手筈を整え、五匹程がアルルカ達を囲み、後方では更に多くの虎が追撃の体制を整えていた。逃げ場は無かった。
「ごめん、もっと周りを見るべきだった・・・」
『私も迂闊でした』
アンクロはアルルカを腹の下に隠せば勝てるか考える。広範囲の攻撃は鬣を燃やす必要があり、どうしてもアルルカを巻き込む。一匹ずつ火球とかぎ爪で仕留めるしかなかった。
『だが・・・』
アルルカ達にエネルギーを送り続けていたため余裕というには心もとなく、少し厳しい状況だった。
しかし囲まれたからにはやるしかなかった。
「びいいいいいいいいいいいいいいい」
虎達が襲い掛かろうとしたとき、轟きが森に響いた。それはアンクロの中で最悪な鳴き声だった。
虎達も何事かと音のした方を見る。すると森の奥から木がなぎ倒されて何かが迫ってきていた。それは二体いた。前方を走っている方は血だらけで目や口からは血や体液が溢れており、満身創痍といった状態の二足歩行の鰐だった。一方後ろから追ってきているのは巨大な顔が怖い兎だった。時折兎がかぎ爪を鰐に振るっては鰐の背中は傷跡が付き、血が噴き出す。だが、それでも鰐は走るのを止めない。兎はそれを面白がって更に痛めつけていた。鰐、もといクロロは止まっても地獄、止まらなくても地獄の状態にあった。
「いたいいいいいいやだああああああああ!」
兎の視線が虎達の方を向く。するとクロロという玩具に飽きたのか、突進でクロロを弾き飛ばすと一度大きく跳ねて虎達が集合している場所にダイブした。
着地によって発生した振動で周囲の虎やアンクロ達はたたらを踏み、行動できなかった。飛び兎は自分の着地の下敷きになった虎を器用に前足で掬うと食べ始める。仲間が殺されたことに怒ったのか他の虎達が止めるのも聞かず、六匹の虎が飛び兎に襲い掛かる。体や首に噛みついたり、脚をかぎ爪で引っ掻いたりした。虎達の牙や爪は鋭く長い。たとえ象であろうと仕留めることが出来るだろう。
「バキバキ・・・ビイイ!」
しかし、飛び兎には邪魔なだけなのか前足で体に噛みついていた虎を引っ掻くと、長い耳を広げて首を回した。まるで巨大なヌンチャクのようになった耳は虎達を飛ばして木に打ち付けた。邪魔者が居なくなった飛び兎は何事もなかったかのように食事を再開する。周りにはまだ虎達がいるというのに全く害していない。
「ピイイイ・・・」
しばらくして飛び兎は虎にも飽きた。クロロはどれだけ痛めつけても再生する。飛び兎からしたらよい遊び相手だ。しかし、虎達は痛めつけると死んでしまうため、またクロロで遊ぼうと虎を咥えたまま吹き飛ばしたクロロを探しに周囲を徘徊し始めた。




