行動開始
クロロが目を覚めるのを待ち、準備が進められた。何時間寝たのかは分からないが、気分が良く、体にも異常がないため熟睡出来たことだけは分かった。相談をしながら森の外に出るために行動を始める。アンクロとアルルカの目的は天使探しでクロロはその支援だ。アルルカに幸せになって欲しいという冗談のような願いが今の彼の生きる目的になろうとしていた。しかし、綺麗ごとだけでこの森を抜けられないのはアンクロからも聞いていた。落下してすぐに虎に襲われた時とは違い、獣一匹出会えないかもしれない。奇跡的なことではあるが、そうなると食料の問題がある。何も捕まえることが出来ないままではいずれ力尽きる。それに森の中で獣を捌くには設備や経験など足りないものが多い。そのため、食料が手には入らなかった場合の対応策をアンクロが考えたのだが、それはとても悲惨だった。
「ほ、本当にやるのか?」
『他にありますか?食べられる物が必要なのです、我慢してください』
「虫とかいるだろ!」
『ほとんどが毒虫ですし、食べられる部分が少ないので処理に対する効果が小さいです。よって、この方法が一番安全ですし、栄養価が高いでしょう』
「だからって・・・だからってさぁ」
『仕方ないことだと諦めてください、では痛いでしょうがいきますよ』
炎獅子の姿になったアンクロが前腕を振り下ろすとクロロの尻尾が切断される。その瞬間、お尻の周りで激痛が走り、クロロは叫びそうな声を我慢するために腕を噛み続けた。噛んだ腕から骨の軋む音と、血の湿り気を感じるが尻尾が再生するまで離さない。数分後、切断面の筋肉が盛りあがり、新しく生え、伸びていく骨を覆うように尻尾が作られていく。数分後には完全に元通りになったため、ようやくクロロは口から腕を解放した。腕の傷も即座に再生し、血が腕に付着してはいるが無傷の状態にまで回復する。
「くそぉ痛かったぞ」
『仕方ありませんよ。貴方が蜥蜴人や蜥蜴のように自切出来れば問題なかったのですが、出来ないのでしょう?』
「この体になったのは最近だぞ!?分かるわけないだろ!」
クロロの犠牲によって手に入れた物を二人は見る。無理やり切断された尻尾が血を出し続けていた。不気味な光景だが、これがクロロ達の食べられるご飯であるため放置はしない。
『さっさと焼きますよ。臭いが残るのは嫌ですから』
「・・・っ」
クロロはアンクロを殺したい衝動を何とか抑える。そして、自分の尻尾だったものの解体作業をアンクロの指示に従いながら粛々と行った。
数週間が経過した。
「準備はいいか?」
『よく言いますよ』
「・・・行こう」
蜥蜴人のクロロ、精霊のアンクロ、堕天使のアルルカは城の裏手にある馬小屋のような場所に来ていた。そこには古びた木製の渡し船があり、穴があった場所には応急処置をして塞いだ跡があった。おそらくは、以前ここに住んでいた人が施したものなのだろう。最初の会合から数日、空腹を凌ぐ為にクロロは多くの尻尾を犠牲にしたが、流石に限界だったため、急いで準備は進められた。厨房にある包丁を使って手製の槍を作ったり、中華鍋にドアノブをアンクロの炎で溶接して盾のような物を作ったりと、城にあった大きめのリュックに使えそうなものを詰めてようやく準備が完成したのだ。ちなみに食料は焼いた肉と飲み水が少ししかない。干し肉にしようとアンクロは言ったがそうなると準備期間が長引くことと、肉の正体の恐ろしさにアルルカとクロロが断固として拒否した。水はアンクロが湖の水をろ過したためかなり手に入ったが、すぐに無くなるだろう。そのため、余裕はない。
クロロが城に来るまでに天使を探しに行かなかったのは二人だと不便、不安、不十分だと判断したからだ。しかし、クロロが行かなくても限界が近いアルルカは近々出発する気ではいた。アルルカとアンクロが天使を待っていた時間は分からないが、クロロが来るまで何も食べず、アンクロのエネルギー付与だけで耐えていたそうだ。クロロの肉を食べて飢えを凌いだことをアルルカは気にしており、一刻も早くこんな生活を終わらせないとアンクロはともかくアルルカの心が壊れる可能性がある。
クロロが湖に船を運んで浮かぶかどうかを試す。最悪クロロが船を押すか、船下から支える、もしくはクロロが背中にアルルカとアンクロを乗せて対岸まで運ぶことになっていた。子供と小猫ぐらいであれば今の筋肉質なクロロの体に乗せても安定して運べるからだ。しかし、その心配は杞憂に終わる。アルルカ達が軽いため、クロロが乗っても船は沈まなかった。
「さて、着いたけど、どうするか」
魚が一匹も泳いでいない湖を渡り対岸に辿り着いたクロロ達は、早速選択を迫られていた。乗ってきた船が沈没してしまったのだ。アルルカがバケツで水を掻きだす作業を繰り返し、クロロが精一杯オールを漕ぎ、アンクロが開いた穴を小さい手で塞いでくれたことで岸に着くまで耐えきれた。一息ついたクロロは周りの風景を見て不気味に感じる。湖の周りにしか霧は発生していないため視界はある程度確保できるが、森は森で大小様々な木々が邪魔をして日光のほとんどを遮っているため、クロロ達は木漏れ日しか頼ることが出来ず、薄気味悪かった。
『この辺りの地形は一応頭に入ってはいますがかなり年月が経っているので多少誤差が生じるでしょう』
「それ、案内の意味ないな。でも、今はそれしかないから早く教えてくれ。ここにいると寒気がする」
多少不安なアンクロの案内で進むこと数時間、歩行距離は大して稼いでいない。周りに気を配って進んでおり、思ったより進行速度がゆっくりだからだ。いい加減、食料を手に入れたいとクロロは考えているが、虎のように群れで活動している猛獣もいるため、出来れば単独で狩りやすい相手が出てきてくれないかと願いながら進み続けた。そんな中、正面の方からドサドサと物音が聞こえたため三人は停止した。
「・・・」
三人は目で合図してクロロが様子を見に行き、アルルカとアンクロがその場で待機をするということでお互いに合意した。クロロはなるべく音を立てないよう這って進む。茂みをかき分けて音のした方を向くと、一匹の獣の食事風景を目撃した。それは言ってしまえば兎だった。だが普通の兎ではなく、口は裂けて三日月型になっており、目は横にではなく、人間のように前に二つ付いていた。また、耳は長く、地面に垂れさがり、体長は五メートル近くあった。見ただけで恐ろしく感じ、腰が引けてしまう風貌だった。触り心地の良さそうな体毛を持っているが、それは雨風や泥で汚れて乾燥しているため絶対に触りたくない。大きな目には白目が無く、黒一色であるため空洞のようにも見え、余計に恐怖を煽った。
「やばい」
そのような結論に至ると、クロロは大きな蜘蛛のような虫を食している兎からゆっくりと離れ、アンクロたちの所に戻った。
『それは飛び兎です』
「補足説明よろしく頼む」
アンクロから説明を受けたことでクロロは最悪な存在と出会ってしまったことに嘆いた。今が危機的状況であり死ぬかもしれないことを理解して目眩がする。
『あれはこの辺りの主です。・・・今も君臨しているのならですが』
森の主。つまり、虎よりも上であるということ。大きさや存在感から既に虎とは別格ではあったが、主である理由は他にもあるようだった。
『飛び兎は大きな耳を使って飛び回り、獲物を定めると落下に合わせてその巨体で押しつぶすという技を使います。さらに、毛皮は刃物や打撃の衝撃を大幅に吸収し、大した効果がありません。あと、毛皮に火が燃え移らないので耐火も強いようです』
アンクロの火が通用しない時点でクロロ達は絶対に勝てない。雷は利くのかとクロロが質問すると、一度空中で撃たれたが元気に飛び回っていたという答えが返ってきた。今のクロロにとっては無敵に近い存在だ。
『主に奴は森の深層を狩場としているので居ても可笑しくはありません』
アンクロからの説明はクロロを怯えさせ、行動を遅らせる。恐怖に震えているクロロをアンクロは含みを持って見つめる。アンクロがクロロを仲間に入れた理由の一つは飛び兎に対してアンクロの炎が利かないため、囮に使いたいと思っていたからだ。頭が無くなっても再生するクロロは盾役にぴったりだ。そのため、何かあれば平気でアンクロはクロロを使うし見捨てるだろう。
「なるべく迂回して進む。それでいい・・・よな?」
囮はともかく、出会わないに越したことはないため、クロロは恐る恐る提案する。生物といきなり会ったことでクロロの心拍数は上がりっぱなしだった。
『それでいいですから、もしもの時は頼みましたよ?』
「・・・ああ」
もしもの時、それはクロロが囮となりアルルカ達を逃がす時であり、本当に避けたい事態だった。そうして地道に進むこと数日、落下してすぐに虎に襲われた時とは違い、獣一匹出会えていない。食料に余裕はないため、彼らはひたすら進み続けた。徐々に気力がなくなり、話しておかなければ気が滅入ると思い三人は会話を始めた。
「アンクロはどうやって道を調べているんだ?」
『簡単なことです。森の深層を抜けるためには飛び兎の巣を通るので奴が飛んできた方向に進んでいきます』
「・・・ちょっと待て。それって、あの化け物兎と戦闘になる確率が上がるってことか?」
『ええ、ですが迷いませんし、これが一番の近道です』
「勘弁してくれ・・・」
数日歩いて一番体力を消耗したのは飛び兎の行動を把握することだった。飛び兎は垂れた耳を翼のように広げて力強く森を飛んでいる。飛び兎が餌を咥えて、もしくは器用に腕で挟んで飛んでいる時、それは自分の巣に戻っているということであるため、アンクロは背の高い木に登り、隠れながらではあるが時期を見逃さないために注意深く、動向を探り続けた。そのおかげで目指すべき方向だけはしっかりと定まっている。
『奴が深層で最強だとしても子供はそうとは限りませんから、森の浅い方に巣を作るのです』
「子供、ていうことはあんなのがまだいるのか!?」
『巣の世話は雌がしますから雄はおそらく別の雌を探しに旅でもしているでしょう』
「魔獣は浮気し放題なのか」
魔石のある動物を魔獣と呼ぶ。アンクロが城にいるときに教えた知識の一つだった。また、この世界には人間、亜人、魔人という人種があり、クロロは魔人なのだという。
亜人は人間に何か外見的特徴を足したような人たちを言い、魔人は化け物に人間を足したような人のことを言うということだった。さっぱり分からない。
「結局こうなるのか・・・」
どれくらい歩いたのかは分からないが、魔石にエネルギーを供与するというのは偉大なことで焼いた肉が無くなり体は空腹を訴えていたが行動に支障はあまり出ていなかった。しかし、それでどうにかなるのは体調問題だけである。目の前には別の問題が起きていた。
「グルルルル」
「ギャウ!」
クロロたちの周りを囲む十数体の虎、サーベルのような牙を持つそれは間違いなく、クロロを何度も殺したものと同じ種類の虎だった。




