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女性が奮闘する物語

何故私にお尋ねに?

作者: 悠木 源基

「婚約破棄された瞬間に、何かがプチッと切れました」

「当然私を雇って下さいますよね?婚約破棄の慰謝料を支払うかわりとして・・・」

「絶縁された古本好きな妻は、聖女様と共にスローライフを目指す!」

に続く、女性の地位向上を目指す、強い女性を描く第四弾の短編です。


上記の作品を新たに読んで下さった読者の皆さんに感謝します。

 

余計な言葉を書いてしまったので、その部分を削除しました。以後気をつけようと思います。

「来月の王家主催のパーティーまでに、君がその体型をどうにかしないならば、君との婚約は解消させてもらう」

 

 放課後の学園のカフェテラスで、ブラウニー子爵の嫡男エルマンが、青い顔をして少しふるえながら、婚約者である男爵家のご令嬢に向かってこう言った。

 告げられたご令嬢は、青を通り越して顔面蒼白になって、その場に座り込んだ。

 

 アリシア=デューリング公爵令嬢は、半月ほど前から似たような光景を何度か目にしていた。これで八回目? いや九回目だったかしら?

 こんなの普通じゃないわ、とアリシアは思った。

 

「クレール=ハルトムーナ様、座り込んでいたら、ドレスがしわになりますわよ」

 

 アリシアが片手を差し出すと、顔を上げたクレールが、涙を溢れさせた眼を大きく見開いた。

 そこには、学園の真紅の薔薇と称される、華やかで非常に美しい淑女が優しく微笑んでいた。

 

「アリシア様・・・・・」

 

 どうして私の名前をご存じなのかしら・・・

 そう疑問に思いながらも、今まで口をきくどころか、恐れ多くて近づくことさえできなかった公爵令嬢の手を、クレールは震えながら取ったのだった。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 アリシアはクレールを生徒会室へ連れて行った。

 

「ここなら誰も来ないから大丈夫よ」

 

「今日は生徒会の活動はないのですか?」 

 

「試験の一週間前は活動中止なの。もっとも会長、副会長二名は普段から滅多にここへはいらっしゃいませんけれど」

 

 アリシアの言葉に、クレールが不思議そうな顔をしたので、アリシアは生徒会の実情を説明した。

 

 生徒会役員は成績で決まる。つまり、生徒会長及び副会長ニ名は各学年の首位の者がその役職に就く。

 

 どうせならその他の役も成績順で選べばいいものを、会計三名と書記三名は先生達の推薦で決められる。そしてそのほとんどが女子生徒である。

 

 つまり、生徒会長と副会長職は男子の卒業後のステータスのためのもの。故に彼らはやる気のないただの飾り物で、実質は会計と書記が生徒会活動をしているのだ。

 

「生徒会役員が真の成績順で選ばれるなら、本当は全員が女子になるでしょうね。

 もしそうなれば、役員一人分の仕事量がもっと減るでしょうに。ほんと腹立たしいわ」

 

 ちなみにアリシアは三年生で、会計係である。

 

 アリシアの言葉に、クレールはあの噂は本当なんだな、と思った。

 

 

 アリシアは入学して最初のテストで全教科満点をとって、ぶっちぎりの一番だった。

 しかし、どうせカンニングをしたのだろうとか、ズルをしたんだろうとか、女のくせに生意気だとか、男をたてろとか、周りからさんざん罵られ、屈辱的な思いをした。 

 

 それ以降アリシアは、試験ではきちんと七十点ぴったりをとり続けているという。

 

 全ての試験において、テスト用紙の最初の七割を回答した後、残りは無回答のまま、開始十分経たないうちに、先生に提出して教室から出て行くというのだ。

 残り五十分以上何もする事なく、ただ座っているだけなんて拷問だし、またカンニングしているなんて言われたらたまらないので。

 

 そもそも、最初のテストも開始十五分で退出したのに、カンニングって、一体誰の解答を見たのでしょう? さもなくば、カンニングペーパーから、どうやってそんなに素早く答えを写せたんでしょうかね? 

 そんな事すら疑問にも思わないなんて、教師も生徒も馬鹿ばっかり。

 

 いや、女生徒達の多くはその不合理さに気付いていたが、みんな黙っていた。

 

 一、二年生の女生徒達は入学すると、すぐにこのアリシア先輩の話を教訓として聞かされたのだ。

 高位の公爵令嬢ですらあんな目にあうのだから、女生徒はおとなしく、目立たないようにすべき。けして男子生徒に勝とうなんて思ってはいけないと。

 

 それにしても、あれだけ優秀な方が、あんな馬鹿連中にただ従わなければいけないなんて、なんてお気の毒!とみんなは思っていた。男にさえ生まれていたら、きっと天下をとっていたでしょうに・・・と。

 

「生徒会の仕事をしないで、会長様達が何をしているかご存知? 紳士倶楽部の活動をなさっているんですって」

 

「紳士倶楽部ですか?」

 

 クレールが初めて聞く名前に首を捻ると、アリシアはニッコリと笑って言った。

 

「平たく言うと、勝手に女性の品評会をしたり、理想の女性とはいかなるものかを討論をしている倶楽部ですわ。

 さすがに退学になる恐れがあるので、ナンパはしていないようですが」

 

 それを聞いてクレールがひいた。しかし、アリシアは平然と微笑んだままこう続けた。

 

「私の破廉恥な兄が昔作った倶楽部なのですが、確か、貴女のお兄様もメンバーでいらしたはずよ」

 

「えっ?」

 

 クレールは固まった。あの真面目な兄が? ムッツリだったのか・・・

 

 アリシアはクレールにフルーティーな香りの紅茶を勧めながら、こう尋ねた。

 

「先程、何故貴女の婚約者があんな事をおっしゃったのか、心当たりはございますの?」

 

 するとクレールが目を伏せ、悲しそうに言った。

 

「ダイエットをしろ、という事だと思います。先日ブラウニー様から来月のパーティー用にとドレスを頂いたのですが、その・・・ウエストがきつくては入りませんでしたの。私太っておりますから」

 

 やっぱり・・・

 と、アリシアは思った。

 クレールは確かにややぽっちゃりとはしているが、みっともないというほど太っている訳ではない。それにとても愛らしくてかわいい少女だ。

 柔らかくふんわりしている、彼女のような体型を好む男性は、むしろ多いのではないだろうか?

 

「婚約者の方は細身の方がお好きなの?」

 

「いいえ。今までは痩せろと言われた事は一度もありませんでした。

 確かに兄からは太っていて醜いから、痩せろと常日頃から言われておりますが」

 

「それで、貴女はどうするおつもりなの?」

 

 アリシアの問いにクレールは瞳を潤ませながらこう言った。

 

「私は、ブラウニー様の事が好きですから、婚約を解消されるのは嫌です。

 でも、あと一月で今より痩せるのは、現状では無理だと思います」

 

 クレールが無理だというその理由を聞いて、アリシアも納得して頷いた。そしてその後でこう言った。

 

「私、以前から貴女を学園のカフェでよくお見かけしていて、親しくさせて欲しいとずっと思っておりましたのよ。是非、私主催の淑女倶楽部に入って頂けませんこと? 

 ああ、この倶楽部は勝手に男性の品評会をしたり、討論会をしている倶楽部ではございませんから、どうか安心して下さいませ。

 女性が淑女として生きやすくなる為の、まあ勉強会のようなものですの」

 

 淑女倶楽部の事はもちろんクレールは知っていたので、アリシア様に直に誘って頂けるなんてと、彼女は感激してすぐに承諾した。

 

「入会して頂けて嬉しいわ。これで貴女は私達のお友達、仲間です。ですから、貴女のお悩みにもご協力させて頂きますわ」

 

 アリシアは極上の微笑みを浮べてこう言った。そして、彼女はすぐ様行動に移ったのだった。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 エルマンは学園を出た後、そのへんをあてもなくうろうろした挙げ句、結局いつものように学生街にあるとあるカフェの一番奥の席に座った。そしてコーヒーを注文した後に項垂れ、深いため息をついた。

 

 傍目からも大分落ち込んでいるのがわかる青年に、一人の若い女性が声をかけた。

 彼は顔を上げるとすぐ様瞠目した。何故なら、そこには学園一高貴な女性が、侍女二人と供に立っていたからである。

 

「ごきげんよう、ブラウニー様。少しお話がありますの。ご同席してもよろしいかしら?」

 

 アリシアの言葉にエルマンは条件反射的に頷いたので、アリシアが彼の正面に、そして侍女二人は彼女の両脇に座った。

 

 彼女はとても忙しいので、すぐに本題に入った。

 

「私、貴方の婚約者クレール様の友人です。ですから、先程学園のカフェでの件につきまして、お伺いしたい事がございますの」

 

 ークレールのご友人? この公爵令嬢様が? そんな事聞いてないぞ!ー

 

「彼女が痩せられずに、貴方が贈られたドレスを着られなかったら、本当に彼女と婚約を解消されるおつもりなの?」

 

「・・・・・」

 

「彼女の事がお嫌いなの?」

 

「とんでもないです。クレールの事は大好きです。ですから、彼女にはより美しくなってもらいたいんです。彼女も僕を好きでいてくれるなら、きっとそれくらいの努力はしてくれる、そう信じているのであのように言ったのです」

 

 彼の言葉は誰かに言わされている感が半端ない。予測はしていた。やはり、今まで接してきた連中と同様な返答である。

 

 女性が、婚約者の好みに近づける為に努力するのは当然だという思考・・・ 

 好きな者の為に尽くすのが女性の、淑女の嗜みだと信じて疑わない・・・

 

 しかし、目の前の青年にはまだ微かに望みがあるようにも思える。今までの男性の中で、婚約者をはっきりと大好きだと言ったのは彼だけだったので。

 

「私、彼女から伝言を頼まれましたの。

 ブラウニー様の事はお慕いしておりますが、あと一月で頂いたドレスを着るようになるのは到底無理ですので、どうか婚約を解消して下さい、そのお手続きを進めて下さい、との事です」

 

「えーっ!」

 

 エルマンは非常に驚いて、勢いよく立ち上がり、テーブルがその衝撃でガタンと揺れた。飲み物がまだ置かれていなくて良かった。

 

「何故そんなにすぐに諦めるんですか? まだあと一月もあるのに?」

 

 彼は慌てて座り直しながら、アリシアに向かって声を張り上げたので、侍女二人が眉を釣り上げた。しかし彼女は顔色一つ変えずにこう言葉を続けた。

 

「後何ヶ月あろうと、今の体型を維持するだけで精一杯だそうです。むしろ、貴方との婚約を解消すれば痩せられる、とおっしゃっていましたよ。

 意味はおわかりになりますよね?」

 

 エルマンは目を見開いて、小刻みに揺れ始めた。そして縋るような目になって、同級生とはいえ初めて口をきいたばかりの高貴な方に、こう懇願した。

 

「僕は一体どうすればいいのでしょうか? 

 本当は、僕は今のままの彼女が好きなんです。いや、もっとぽっちゃりしても構わないくらいなんです。でも、彼らの命令をきかないと、この店を訴える、商売の邪魔や妨害すると脅されたんです」

 

 彼らとは紳士倶楽部の連中。エルマンはクレールの兄に無理矢理にあの倶楽部の会員にさせられた。しかし、参加率が悪くて何かと虐めを受けているのだ。

 ちなみにクレールの兄には婚約者がいない。だから親に隠れて、妹を理想の女性像に仕立てようとしているのだ。


 そして、訴えると言われた理由は、甘くて美味しいデザートを提供して淑女を太らせたという罪だという。馬鹿馬鹿しい。

 

 今いるカフェはブラウニー家で経営している店で、紅茶やコーヒーはもちろんなのだが、甘味デザートが美味しい事で有名である。特に、若い女性に非常に人気がある。

 

 彼は自分の家の商売に熱心で、一つ年下の婚約者を連れて、放課後毎日のようにライバル店に敵情視察に行っていた。

 

 毎日のようにカロリーのあるデザートを食べていたら太るのは当たり前。しかし、その他の食事を減らそうにも、彼女の家は農園を経営していて、農家の苦労を知っていたので、お残しは許されていなかった。

 その結果、彼女はランチを抜き、かつ必死で、隠れて運動をしていた。そしてようやく現状の体型を維持していたのだ。それを今以上ダイエットしろとは無体な話であった。

 

「贈られたドレスを見て、ハルトムーナ子爵ご夫妻も大変憤っていらっしゃるそうですよ。娘を蔑ろにしていると。

 これ以上娘にどうしろというのだと。これ以上無理難題を押しつけるのなら、こちらから婚約解消する! 商売の取引も止める! だそうですよ」

 

 エルマンは椅子から崩れ落ちた。この店で提供している人気の有機野菜は、ハルトムーナ家で栽培されている特注野菜。収穫量数が多くはないのに、それを優先的に卸してもらっているのだ。

 

「どうすればいいのかは、ご自分でお決めになってくださいね。

 えっ? 何故、私にお尋ねに?

 何故、女であるこの私に?」

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 定期試験が終わった翌日、生徒会室には、役員の他に淑女倶楽部のメンバーが集まっていた。

 

「皆様、こちらが新しく仲間に入って下さったクレール=ハルトムーナ様です。仲良くなさって下さいね」

 

 アリシアの言葉にみんなは微笑んで歓迎した。

 そして、自己紹介をした後すぐに、みんなで活動報告を始めた。

 

「先月の教会のチャリティーと、貴族専門の高級紳士服店、それとホテルで書いて頂いたアンケート結果の集計が、ようやく纏まりました」

 

 と、二学年の会計役員でジョフィエル伯爵家ご令嬢、ルチア。

 

「痩せ型3 、やや痩せ型15、標準40、ややぽっちゃり35 、ぽっちゃりが7パーセントでした」

 

 と、一学年の会計役員でフレディ伯爵家ご令嬢、エレナ。

 

「「まあ。意外とややぽっちゃりの女性が人気なんですね」」

 

「まあ、既婚男性も多かったですからね。未婚男性だけだと、結果は違ってくるかもしれませんが」

 

 と、二学年の書記役員でマイヤーホフ侯爵家ご令嬢、ユリア。

 二つ年上のアンドレス王太子の婚約者でもある。

 

「そうね。女性をただの異性として見るのか、それとも家の為とか、母性として捉えるかでは違うかもしれないわ」

 

 と、三学年の書記役員でランタン侯爵家ご令嬢、イザベル。

 デューリング侯爵の嫡男で、王太子の側近、そして、アリシアの兄マセルの婚約者でもある。

 

「ええ。でも意外と、女性の体型にはあまり拘らないと、わざわざ余白に記入して下さった方が多かったのには驚きました。健康体で性格の良い方なら体型は気にしないと。予想外で、私は嬉しく感じました」

 

 と、一学年の書記役員でオグマ伯爵家ご令嬢、カルロッタ。

 

「まあそうですか。それを知って私も嬉しいですわ。男性の皆様が、皆あの紳士倶楽部の方々のような人達ばかりではない、という事がわかって」

 

 アリシアは本当に安心したように微笑んだ。そうして、両手をパンと叩いて、みんなを見渡した。

 

「早速伯母に頼んで、ぽっちゃり好きな方を集めたパーティを開いて頂きましょう。ねぇ、皆様。何度か開けば、今の婚約者の方より、きっと素敵な方に巡り会えますわ。

 それが成功したら、体型だけではなく、一つの趣味に特化した方々の為の、そんなパーティーも開いてもらいましょう。たとえば、本好きの方、音楽好きの方、絵画好きの方とか・・・」

 

「まあ、素敵ですわ。ありがとうございます。

 本来の自分を誤魔化して、相手の好みに無理矢理合わせるより、ありのままの自分を受け入れて下さる方と結ばれた方が、ストレスが溜まりませんわ。

 もちろん、自分磨きは大切ですけれども」

 

 と、ダーナ嬢。

 

「本当ですわ。ダイエットをしてもそのストレスでまた食べては自己嫌悪。それで食べて太ってまたダイエット・・・

 まるで底無し沼でもがいているようで、ずっと苦しかったんです。でも、こちらの倶楽部に入れて頂いて、同じ悩みの方々とお話が出来て、本当に救われました。もう、卑屈にならず、前を向いて生きていけそうですわ」

 

 と、リリィアナ嬢。

 

「ええ、そうですわ。もし、良い方に巡りあえなくても、女性が独身でも暮していけるという事を知りましたわ。同じ努力をするならば、自分の為にしたいですわね」

 

 と、エイダ嬢。

 

 これらの発言をしたご令嬢達を見て、クレールはようやくこの倶楽部のメンバー達に抱いていた、既視感の正体に気付いた。

 彼女達は自分同様に、学園のカフェで、婚約者から婚約解消を言い渡されていたご令嬢達だった。

 

「私達の婚約者とは違って、貴女の婚約者はその日のうちに詫びに来て下さったのでしょう? 良かったですわね」

 

 サリエル男爵家ご令嬢のキャロルが、微笑みながらクレールにこう言った。

 

「はい。前が見えないほどの色とりどりのカラーの花束と、私の好きなケーキをホールで持って来てくれました。そして両手をついて私と両親に謝ってくれましたわ。

 今のままの君が好きです。

 今のままの君でいてください。

 カフェよりも君の事が大切です、と・・・・・・」

 

「「きゃ〜!!!」」

 

 と、カタリーナ嬢とローゼ嬢が抱き合って、黄色い悲鳴をあげた。

 

 生徒会室は俄然(がぜん)賑やかになった。

 

「ありきたりの薔薇じゃなくて、ちゃんと恋人の好きな花束を持ってくるなんて、ポイント高過ぎ!

 うらやまし〜い!」

 

 と、キアラ嬢。

 

「私もあそこのカフェのケーキをホールで食べてみたい!」

 

 と、アンナ嬢。

 

 クレールは真っ赤になって暫くアワアワしていたが、やがてみんなに向かってこう言った。

 

「皆様の新たな婚約が結ばれました際には、お祝いに、お好きなホールケーキをこちらにお持ちします」

 

 と。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ある日の事、アリシアは父親に呼ばれて、彼の書斎へと向かった。

 

「何のご用でしょうか、お父様」

 

「先日の王家主催のパーティーで起こった騒ぎの事は知っているな」

 

「もちろんですわ。あの日のパーティーには私も参加しておりましたもの」

 

「陛下のお怒りは大変なものだ。このままでは長い歴史を持つ我が国の将来にも、暗い影が差すと」

 

「・・・・・」

 

 そうでしょうね。

 

 王太子殿下を始め、宰相の嫡男でアリシアの兄セサル、近衛師団長の嫡男、その他重鎮達の息子四人、生徒会役員の三人、総勢十人の王族と貴族のご子息が、婚約破棄のつまらないお芝居を、パーティー会場で披露したのだから。

 

 デューリング公爵家嫡男が主催する紳士倶楽部のメンバーと、彼らと親しかった王太子殿下は、政略結婚として親に決められた婚約者に対し、以前から不満を持っていた。

 

 傍から見ればどちらのご令嬢達も、皆さん文句の付けどころのない方々だったが、それでも彼らの理想とは違っていたらしい。主に容姿の面で。

 そして、彼らは婚約者に対して、自分の理想に近づくようにと要請した。

 

 男尊女卑のこの国では、女性は男性に求められ、命令された事には逆らえない。彼女達は彼らの要求に応えようと出来る限りの努力はした。しかし、容姿ばかりはどうしようもない。

 

 髪の色は毛染めをし、癖毛はストレートパーマをかければ、暫くは持つ。

 顔も化粧でどうにか誤魔化せるかもしれない。

 しかし、胸を大きくしろと言われても、寄せて上げても限度があるし、腰のくびれは容易にはつくれない。長い脚と言われたらもうお手上げだ。

 

 それなのに彼らは、自分の理想とする女性の体型に合わせて作らせたドレスを婚約者に寄越して、そのドレスを着てパーティーへ出席しろ。それを着てこれなければ婚約破棄をする!と、人前でわざわざ宣言をしたのだ。無茶苦茶過ぎる。

 王太子とその側近はさすがに体面を気にしてか、人前ではやらなかったが。

 

 いくら男尊女卑社会の貴族とは言え、娘の健康を損なうような無理難題を押し付けてきた婚約者に、ご令嬢の父親達は酷く腹を立てた。

 故に、娘達が立てた計画を薄々察しながらも、彼らはそれを止めずに見て見ぬ振りをした。

 

 蟻も軍勢。

 一貴族の家では対抗出来なくても、十にも及ぶ家が一斉に立ち向かえば、そう簡単に害も及ぶまいと。

 

 そして、王家のパーティー当日。

 

 王太子、デューリング公爵家嫡男、そしてその他紳士倶楽部のメンバー達は、パーティー会場に現れた婚約者を見て絶句した。

 

 彼らの婚約者達は誰一人として、彼らの用意したドレスを着てこなかったのである。

 

 彼らは、ブラウニー子爵家のエルマン以外、全員怒り狂った。そしてその場で婚約者達に婚約破棄を言い渡した。

 すると、謝って許しを請うと思っていたご令嬢達が、全員口を合わせたように、

 

「ご希望に添えずに本当に申し訳ありませんでした。私などでは貴方の理想の婚約者には到底なりえませんので、謹んで婚約破棄をお受けします」

 

 一言一句違わずにこう言うと、十人の令嬢達は揃って会場から退場し、姿が見えなくなった。

 ホールはシーンと静まり返り、王太子を含めた十人の紳士が、その場に立ち尽くした。

 

 王太子及び高位貴族の子息十人がしでかした事は、前代未聞の出来事だったので、王族や関係者達がどう対処していいか分からず右往左往しているうちに、この醜聞はあっという間に世間に広がった。

 

 その結果各地で、貴族や平民に関わらず、虐げられていた女性達から、婚約破棄を希望する声が一斉に上がったという。

 

 

「このままだと、婚約破棄どころか、女性からの離婚の申し立てが増えてしまうかもしれない。

 それに婚姻数が減れば、子供の数も減る。そうすれば、近い将来国力が弱まる。どうすればいいと思う? アリシア」

 

 父親であるデューリング公爵は酷く焦って、娘にこう尋ねた。しかし、アリシアは相変わらずゆったりとマイペース気味に、

 

「私にそんな難しい事を尋ねられても、わかるわけがございませんわ」

 

 と、にこやかな微笑みを浮べて答えた。

 

「いや、女性に関する問題は女性に聞かねばわからない事もあるだろう?」

 

 へぇ? 今までお母様や私の意見を聞いて下さった事なんてありましたか?

 私に今更何をさせようというのですか? 図々しい。

 

 陛下のご命令ですか?

 

 我が国は先日の国際会議で、今どき時代錯誤の女性差別なんかをしているから、女性が反乱を起こしたのではないですか? と、他国から散々笑いものになったそうですからね。


「申し訳ありません。私は女ですし、そのような国家政策に関わる重大な問題がわかるはずがございませんわ」

 

 アリシアは頭を下げた。

 

 本当は、アリシアが伯母に頼んで開いたいくつかのパーティーのおかげで、婚約破棄されたご令嬢達の多くが、新たに素晴らしい出会いをされて、お付き合いを始めた方もいた。しかし、その情報を父親に知らせるつもりは毛頭なかった。

 

 デューリング公爵は、娘の優秀さをわかりすぎるほどわかっていながら、今まで一切それを認めてこなかった。

 試験で満点をとった時も、男を負かそうとするなんて、男をたてようという慎ましさはないのか、と叱りつけ、娘が辛い目にあっていた時にもなんの助けも出さなかった。

 そんな自分が、今更娘にどう協力を求めてよいのか、彼にはさっぱりわからなかった。たとえ強気に命令しても、先程のように、出来ませんと言われたらそれでお終いなのだ。

 

 しかし、このままでは能無しと宰相の座を追われるかもしれない。

 

「出来る範囲で構わないんだ。良い案があったら教えてくれ」

 

「ですから、私ではなく優秀なお兄様にお聞きになって下さいませ」

 

 相変わらずアリシアはのんびりとそう答えた。しかし、父親は思いもかけない事を言った。

 

「お前の兄セサルは廃嫡して平民にした。王太子アンドレス殿下のご廃嫡に伴い、連座制が適用されて皆処罰されたんだ。まあ、そうでなくてもセサルは先日の事件の発案者だから、投獄されても文句は言えなかった。むしろ恩情の裁きだった」

 

「・・・・・

 この公爵家の後継はどうなさるおつもりなんですか?」

 

「もちろん、お前に継いでもらう。もし、結婚相手をお前が選びたいのならそれでもいい。それに、お前自身が女公爵となっても構わない。今回は特例として認めると陛下もおっしゃって下さっている」

 

「女公爵。確かに美味しい話だわね。でもその場しのぎの特例なんかに意味はないわ」

 

 アリシアは父親には聞こえないほど小さな声で呟いた。それから顔を上げて、父親に向かって力強くこう告げた。

 

「私は女公爵にはなりません。もちろん家も継ぎません。いえ、継げません」

 

「そんなことはない。お前はその辺の男どもよりよっぽど優秀だ」

 

 まあ! 生まれて初めて父から褒められたわ。と、アリシアは酷く冷めた心でこう思った。そして微笑むのを止めて父親を見つめて言った。

 

「褒めて頂いてありがとうございます。たとえおべっかでも嬉しいです。

 しかし、私がこの公爵家を継げないのはそういう意味ではありません。

 お忘れかもしれませんが、私には婚約者がおりますので・・・」

 

 アリシアの言葉に父親は「あっ!」と声を呑んだ。

 

 そう。誰もが皆もう忘れていたが、アリシアは陛下のご側室がお産みになった、二つ年上の第一王子ライオネル殿下と、七歳の時に婚約をしていた。

 しかし、ライオネル殿下は十二歳の時、考えが革新過ぎて危険思想の持ち主だと睨まれ、母親の母国である隣国へと追いやられてしまっていたのだ。

 それでも二人は、ずっと手紙のやり取りを続け、心を通わせてきたのだ。誕生日には必ずプレゼントと花を贈ってもらっていた。

 

「ご正室様のお産みになった第二王子のアンドレス殿下が廃嫡になったというならば、第一王子のライオネル殿下が王太子になるという事ですよね。

 つまり、私はいずれ王太子妃になるという事です。婚約解消はされていませんでしたので。本当は隣国で二人でのんびり暮していきたいと思っていたのですが・・・

 どちらにしても、私はこの公爵家を継げません。ですから親戚の中から、どうかご養子でもお迎え下さい。

 

 あと先程のご質問ですが、

  

 何故、私にお尋ねに?

 何故、女である私に?

 何故、学年で三十番の私に?」


アンケートの結果は創作です。


クレールの兄は婚約者がいなかったので、もちろんパーティーで婚約破棄などはしていないので、公には罰せられませんでした。しかし、紳士倶楽部に入っていた事がばれて、職場で冷遇され、妹とその婚約者を虐めたとして、親からの信用をなくしました。


読んで下さってありがとうございました。

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