4 僕とお祖父様と秘密の話 その2
「大人しくお休み下さいね若様 お食事の最中に横倒れになって眠ってしまうなんて部屋まで運んだ給仕のものの方が
死にそうな顔をしていましたよ」
のろのろと服を脱ぐ僕を見かねて乳母やのニナが
ボタンを外すのを手伝ってくれながら言った
「はい…ごめんなさい」
「また夜遅くまで御本でも読んでいらしたのでしょう 若様は夢中になるとそれだけになってしまわれますから」
「そ!そそそうなんだ ついうっかり」
「少し微熱もあるような気もします 薄着なさいませんでしたか?」
「うっ…したかも……」
「もう 若様は仕方ありませんねぇ
今回のお誕生日はお身内だけとはいえ特別なものなのですよまだお会いしてなかったような親族の方々も遠くからお祝いの為に大勢いらっしゃるんです それなのに主役の方が出られなくなってしまったら皆困ってしまいますよ」
乳母やは上布団を掛けてくれながら
今日は大人しくなさって下さいね すぐハチミツ入りの温かいミルクをお持ちしますと言い部屋のカーテンを引いてから静かに扉を閉めて出て行った
昨日ーーお祖父様の部屋から戻ったのは明け方近くだった
帰りは屋敷内の廊下を子供部屋まで走り抜けるだけなので比較的に楽にすますことができた
部屋に着くとすぐにベッドに滑り込んだけどいつもの起きる時間まで到底眠ることはできなかった
朝ご飯はなんとか頑張ってつめこんだけど午前中は何もする気がおきず部屋で大人しく出されていた宿題をやっていると知らぬまにうつらうつらと舟を漕ぎ始めてしまった
(今日がローレンス先生の来る日じゃなくて本当によかった)
お昼頃にはもう吸い込まれるような強烈な眠気に勝てず昼食のひよこ豆のスープを力なくすくい取ろうとした瞬間に意識がなくなってしまった
薄暗くなった子供部屋の寝室
ベッドの天蓋を見つめながら僕ははああーーっと
今日何回目かの溜息をついた
「お前の乳母やは甘やかしすぎだ もう10にもなろう子の
着替えを手伝うとか」
「……尻尾で人の頬をはたかないで下さいーーーグレイ卿」
横になった僕のちょうど顔のところに鎮座して
乳母やの閉めた扉を見ながら意見を述べたグレイ卿は返事が気に入らなかったのかそのフサフサとした尻尾で僕の頬をさらにはたき続けた
ペシペシペシペシペシペシ…
「…気持ちいいだけだから……やめて……ホント」
弱々しい声しか出ない
お祖父様はコレと50年かーーー
「今何か失礼な事を考えなかったか?」
尻尾の反復運動がさらに激しくなった
たぶん僕は今遠い目をしている
…ああ……気持ちいい
「だっ!!誰か誰っ!!??うえっだっ」
「まあ落ち着きなさいアルフレッド」
お祖父様が立ち上がった僕の肩に手を置いた
いつもの穏やかな優しい声
促されるままソファに座り直した…けど!
「…何方かいらっしゃるのですか?」
恐る恐る小声で尋ねた僕にお祖父様は
「うん居るね それこそが今日お前を呼んだ理由だよ」とにこやかに答えてくれた
「紹介するよアルフレッド
こちらは私のーーー私達の古い友人のグレイ卿だ」
自然と視線を追う
ぽっかりとあいたお祖父様の横の空間を見た僕は
また頭の中が疑問符でいっぱいになった
???
「お祖父様?」
「ああもう少し目線を上げて そのまま横に」
いわれるままにする ちょうどお祖父様の肩辺りだ
ーーーリスが居た
ごくごくありふれた、森の何処にでも居そうな可愛い灰色リスが
「えーーっ!?かわいい!!えっどうしたんですかこの」子と言い切る殆ど同時に
「だから騒がしいと言っているのに」
諫める声がした
素晴らしく柔らかであろうリスの被毛に伸ばしかけた手が固まる
いや全身が石のように強張った
「……今のお祖父様ですか」
「残念ながら」
「腹話術が出来るなんて…知りませんでした
すごいなぁ」
「わかるよアルフレッド 私もそうだった」
「………」
「………」
ぎ
悲鳴を上げる瞬間にお祖父様が僕の口を手で塞いだ
「…難しいとは思うが落ち着いて静かにして欲しいアルフレッド 彼はけっして我々の敵ではないよ大切な友人なんだ」
口を塞がれたまま顔を見上げると困ったように微笑む顔のお祖父様と目が合ってゆっくりと頷かれてしまった
お祖父様の肩にいた灰色リスは今ちょうど目の前にいる
改めてまじまじと見つめた
大きさは大人の掌くらい 思わず指を差し入れたくなる柔らかそうな灰色の被毛はお腹の部分だけ白くつやつやと輝いていた
そしてなんとまあ見事な尻尾!普段森で見かける
リス達よりもみっしりと毛が詰まって倍のボリュームがあるそれはくるんと先っぽが丸まって形よく背に収まっていた
くりくりした黒い目がこちらをじっと見つめ返している うんやっぱり
「かわいいなぁ〜〜」
思わず声に出してしまった 顔がにやけているのが自分でもわかる
そんなこと言ってる場合じゃないのもわかりますとも!!
「…これはお前達の家系故のものなのか?
それとも人間というものは皆こうも同じ為人を
受け継いでいくものなのか?非常に興味深い」
小さな口の隙間から齧歯類特有の立派な前歯がチラリと見えた
もう完全に認めるしかない
話しているのはこの小さな動物だと
「かわいいものが嫌いな人間は少ないが状況よりも優先させるのは我が家の家系かも知れない……自分のときは理解出来なかったが今回目の当たりにして うん、よくわかったよ」
二人から(正確には一人と一匹から)なんともいえない微妙な視線を感じるのは気のせいかな!?
僕は大きくごほんと咳払いをしてからソファに座り直した
これは夢ではないーー落ち着いてちゃんとお話を聞こう
「改めて紹介しようアルフレッド
此方は灰色リスのグレイ卿 私の古い友人だ」
色々ーーーほんっとうに色々まくしたてて聞きたかったけどぐっと堪えた
「初めまして お祖父様の孫のアルフレッド・ウォードです 御目にかかれて光栄です……グレイ卿」
きれいに揃えられたグレイ卿の小さな前足の前に指先を丸めてそっと握手?を求める
グレイ卿は少し考えるように小首を傾げてから
そっと僕の指先にその小さな前足…手を乗せた ぺちっと冷たい肉球の感触が伝わってくる
と同時に身体がさあっと光に包まれて
頭にーー僕のなかに「何か」が入ってきた
えっ?何か何…これ……
森だ
この感触は暗やみ森ーーーー
頭のなかに森での四季が一瞬に駆け巡った
夏の鮮やかな緑 キラキラ光る小川のせせらぎ
秋の色濃く染まる葉 枝を垂らして豊かな豊穣を皆に分け与える木々
全てが真っ白な雪と静寂に包まれる冬
大半の生き物はまどろみ眠り そうでないものには澄みきった空気が身体を心地良く刺した
そして巡る春ーーー
命の息吹が堰を切ったように溢れだす
柔らかな若芽 温かな芳しい風 咲き乱れる花々
なんて美しいんだろう
生きる喜びと力が身体を満たす 圧倒的な多幸感
ーーーああ これは
「かみ…さま……?」
「…継承は上手くいったようだね
地母神セラヴィータ様に心からの感謝と祈りを」
いつの間にか僕の隣に来ていたお祖父様は膝をついて小さな灰色リスに最上の敬意を示していた
暫くそうした後
「今までありがとうグレイ卿」と言い
優しく両の掌でその身体をすくいあげるとそっと抱きしめて愛おしげに頬を寄せた
グレイ卿も身体をすり寄せる
ーーーお祖父様の瞳に涙が滲んでいる
月明かりの下で寄り添う二人は何かしらの美しい物語のように僕の目に映った