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陥没都市  作者: 島倉大大主
C2:6/17:栃木県居種宮市『自宅に向かえ!』
8/53

1:帰宅パーティ

「……何だこれは?」

 大根田はそう呟くと呆然と立ち尽くした。

 目の前にあったのは崖としか呼べない物だった。

 野崎派遣会社が入っているビル、その通りを挟んだ反対側に、『アルコ』という大型デパートが入っていたビルがある。

 時代の波には勝てず、今は十二階建ての廃墟となったそのビル――その向こうに巨大な土の壁があった。

 幾重にも重なった色の違う地層。その隙間から顔をのぞかせる大小様々な石。

 大根田の視線がゆっくりと上がっていく。


 崖――いや、隆起した?

 さっきの地震で?

 どれだけ大きな地震――


 大根田の動きが止まった。

 おかしい、とは思っていた。

 何かがおかしい。

 視界がおかしい。

 認識がおかしい。

 常識がおかしい。

 何もかもがおかしいのだ。


「……はは、嘘だろこれ」


 崖の幅は廃デパートと同じくらいだ。

 だが、高さは違う。

 遥か上方まで続いている。

 それも十や二十メートルなんて生易しい高さではないのだ。

 山を下から眺めているようなものじゃないか、と大根田は呆然とした。。

「……な、あっただろ……」

 野崎に肩を叩かれ、大根田は乾いた笑い声をあげた。

「あったなぁ……」

「ねだっち、見てみろって」

 野崎はにやにや笑いながら、手をゆっくりと横に動かす。

 勿論大根田も気づいてはいた。

 だが、認めたくなかったのだ。

 異常な事になったと頭で理解したつもりだったが、『現実』はそれをはるかに超えて来たのだ。

「崖、いっぱいあるなぁ……」

 右斜め前方の寂れたアーケード街、カシオペア通りの向こうにも崖があった。こちらはやや斜めに傾ぎ、マンションにもたれかかっていた。

 その奥にも、更にその奥にも、崖はあった。

「それと、あっちだ――」

 野崎は右を指差す。

 大根田達が今までいたビルの右側には北関東最大の神社、三荒山神社がある。

 鉄製の巨大な鳥居がたつ石畳の広場から、小高い丘の上に作られた社殿へ向けて石階段が続くのだが、ここから見る限り、全く無事なようだった。

 流石、霊験あらたか、と感心する大根田。

 それに比べ、その向こうにある銀行は酷い有様だった。

 屋根が落ち、壁は崩れ、割れた電光掲示板らしき物が石畳の広場まで飛んできている。よく見れば床から水道管らしき物まで飛びだしているようだった。その上に鳩が数羽とまって、何かをつついてうろうろとしている。


 その向こうにも崖が見えた。


 ただしそれは酷く遠い。

 大根田は、ゆっくりと道路側に数歩移動する。

 晴れた日には、居種宮市の北西には男峰山(なんぽうさん)人体山(にんたいさん)が遠く青く見えるはずであった。


 しかし、傾いたビルや(そび)え立つ崖の透間から見えているのは、巨大な壁だった。

 いや、正確に言えば迫って来る津波のように、連なっている崖。

 延々と続く土の壁だ。


「あれは――山じゃないよなあ……」

「違うな。あんな山肌が全部(えぐ)れてる山脈、栃木にはねえよ」

 大根田は視界をぐるっと回していくが、北西以外は建物や崖に阻まれて遠くまでは見えなかった。

「あの遠くの崖……どこまで続いてるんだろうな」

「さあなあ……もしかしたら栃木が丸ごと――いや、今はいいや」

 野崎は頭を振って、煙草に火を点ける。

「禁煙してたんじゃなかったか?」

「ああ。奥様に今晩ぶん投げられるのは間違いないが、お前、こんなの吸わずにいられるか?」

「……俺にも一本くれるか?」

「いいともさ。お前も麗子さんに叱られろ」

 二人は煙草を吸いながら、ようやく近場を観察した。

 道路も勿論酷い有様だった。車道は大小様々な地割れが走り、それが隆起と沈降を繰り返し波のようになって、その間から円筒状の下水管が飛びだしている。

 乗り捨てられた車がそこかしこにあり、電柱は軒並み(かし)ぐか倒れていた。

 歩道は更に酷く、ガラスや瓦礫(がれき)が降り積もり、切れた電線がだらしなくとぐろを巻いていた。


 だからだろう、無事だった人々は、道路の中央にいた。

 呆然と歩く老人。

 足元を見ながら小走りで進む若者。

 ママチャリを押して進む男子高校生。


 大根田達の前の道路には人だかりがあった。 

 大声で何かを話し合っている。

 余震の恐れや、電線の事もあるし当然か、と大根田は考えた。同時に自宅までの帰路に駅地下通路があることを思い出す。

 多分あそこは通れない、となれば遠回りするしかない。五十メートル南にガード下を通る道があったが、あれも駄目だったら、最悪線路を横断する事になるかもしれない――

 野崎が長く紫煙を吐く。

「ふーっ……差が、よく判らんなあ」

「差?」

「壊れていない車がいっぱいあるだろう?」

 大根田はあちこちに目をやる。

 成程乗り捨てられた車は、『ほとんどが無傷』に見えた。

 野崎が歩道の端にある車を指差した。

「あれは、何がどうなって、ああなったんだ?」


 その車は明らかに壊れていた。


 窓ガラスは全て割れ、『全体的に歪んで』いた。しかし、屋根に圧力がかかったような形跡はないのだ。

「……なんか……いや……うん、判らん」

 言葉を飲み込んだ大根田も煙を長く吐いた。


「あ、鉄パイプの侍おじさん!」

 道路の中央の一団から、少年が手を振りながら走ってきた。小一時間前に自販機の下から少女を救い出したあの少年だ。その後ろには、当の少女もいる。

 大根田は、やあ、どうもと頭を下げた。

「君達大変だったね。ご家族の方は?」

 少年は、うちに居ると思いますと不安気に辺りを見回した。

「うちカフェなんで……メールもできないんで判らないんですけどね……。ところで、おじさん達はどっち方面ですか?」

「ああ、家の方向か」

 大根田は成程と中央の一団を見る。

 同じ方向に帰る人達で組んで帰ろうというわけか。

「僕は駅東だ。今元泉(いまもといずみ)一丁目だよ」

「ああ、そっちか~、僕は駅西なんですよね~……。そっちの硬いおじさんは、どっちですか?」

 野崎が、俺? と珍妙な顔をした。大根田は吹き出す。

「硬いってのはいいな。お前にぴったりだ」

「うるせーぞ鉄パイプザムライ。坊や、俺も駅西だ。上小曽(かみこそ)だ」

 少年は手を打った。

「僕と美咲ちゃん――あ、この子です――もそっちなんで、ご一緒してもらえないでしょうか」

 いいだろう、と野崎は快諾(かいだく)した。

 少年は渡辺一吉(わたなべかずよし)、少女は上野美咲(うえのみさき)と自己紹介をした。

「本日は本当にありがとうございました。お礼の方は日を改めて――」

 上野が深々とお辞儀するのを大根田は、いやちょっと、と手で制する。

「僕は何も――君を助けたのは、渡辺君と自販機を持ち上げた男の人、それに足柄さんだから――あ、そういえばあの人達は?」

「ああ、見当たらないんですよね。もう帰っちゃったのかな……」

 しゅんとする上野。野崎が腰を屈めた。

「心配するな。家が落ち着いたら、ここに来ればいい。いずれは……情報が集まってきてるはずだから」


 野崎達を見送った大根田は、中央の一団に歩み寄った。

「すいませーん、どなたか今元泉一丁目に行く方はいらっしゃいますか?」

 一番手前に居た中年の太った男性が、いやあと首を捻る。

「私等は裁判所の方に行くんだよ。一番遠い人で、造古学園(ぞうこがくえん)前かな」

「おう、おっさん、俺はそっちに行くぜ」

 声の方を向くと、自販機を投げた男が手を挙げていた。

「ああ、あなたですか! ええっと五十嵐(いがらし)さん、でしたよね? さっき、あの女の子が探してましたよ。御礼が言いたいとか――」

 五十嵐は肩を(すく)めた。

(がら)じゃねえよ。それより、どうだい? 俺と一緒に帰るってのは」

「ああ、それはいいですね!」

 五十嵐はにやりと笑う。

 肩にかけられた白いスーツは、大根田のワイシャツと同じく汚れてくちゃくちゃになっていた。厳めしい顔は笑顔になると一層凄味が増すように思える。


 な、なんか、この人――怖いな。


 大根田は少し顔が強張るのを感じ、すぐにいかんいかんと頭を振る。


 人を見た目で判断するのはダメだ。

 特に今みたいな状況では。

 大体、この人は俺を救ってくれたじゃないか。


「確か、大根田さんだったよな? あんたスゲエよ」

 い、いやいや、と手を振って大根田は五十嵐と肩を並べて歩き出した。


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