第92話 組長最後の日
俺の姿を見た農場の奴らは、どうして早く助けに来なかったと、俺の事を罵倒し始める。
普通だったら、助けてくれてありがとうの、一言でも言ってきやがるのに、この世界の奴ら本当にしょうがねえ奴らばっかだよ、この世界らしいけどよ。
そして教会の幹部だった奴らが、咳をし始めると、一斉に群衆が咳をした奴らを、汚物を見るような目で、サッと距離をとって避け始める。
確か、兄貴やヤミーから報告があった疫病ってやつか?
まずこいつを何とかしねえと、世界救済どころの話がなくなるぜ。
「マサヨシ様、私この病に心あたりが」
アレクシアが、伝染病について説明を始める。
自分の前世、ヤスだった時の記憶にあった、清水正義が死んだ後、世界的に流行した近代稀に見る最悪の伝染病の話。
「コロナって言うのか? その病気」
「はい、前世の私もかかった恐ろしい病です。感染者と他の人が関係を持つと、次から次へと広まっていく、最悪の伝染病です」
人と人とが関係を持つと広まる伝染病。
人間関係をぶっ壊す最悪のウイルス。
「このウイルス? ですが、恐ろしいのは、無症状の潜伏期間が長いのと、風邪の症状から始まり、その病にかかった何割か、例えば元々体が悪かったり、体の抵抗力が落ちると、一気に肺に炎症を引き起こし死に至ります。そして何より恐ろしいのは、そのウイルスがもたらす社会的影響」
アレクシアは、ヤスの記憶を元に説明する。
そのコロナとかいうのは伝染力が強い。
罹患者がでた街を封鎖して予防しようにも、経済活動も止まって失業者が世に溢れ、7代目体制になった極悪組をはじめとした日本全国の極道組織は、シノギになる夜の街でウイルスが蔓延し、飲み屋やお姉ちゃんの店やらなんかが、ウイルスの影響で店仕舞いをくらって行ったようだ。
つまり極道のシノギに多大な影響を与えちまうって事か。
それにヤクザの大半が、ウイルスが怖くて極道なんかやってられるかって、お姉ちゃんとかと飲みに行きやがって感染したケースもあるだろうなあ、予想だけど。
ヤクザの半分くれえは不健康の塊みてえなもんだし、そのコロナにかかって、きっときつい思いをした奴らもいただろうよ、かわいそうに。
アレクシアの話によると、その影響で、シノギが厳しくなった小さい組織は潰れるか、弱小化していき、大きいところが生き残り、一番金と力を持ってた極悪組が、最終的に日本全国の極道組織を統一したって事だった。
いや……ヤスの事だから、多分そのコロナに罹らせた半グレとかの鉄砲玉とか、他所の組織に送り込んだりとかしてそうだが、まあいいや。
それでカタギ達の商売なんかも、萎縮しちまって似たような状況に陥り、世界的な大不況になって、滅茶苦茶な状況になっちまったらしい。
そして、感染者は社会から隔絶されて、状態が良くなるまで完全隔離されるが、肝心の病院も感染が広まったり、患者が多すぎて病院機能がパンクする、いわゆる医療崩壊ってのが起きちまい、大問題になったそうだ。
こうして社会全体で経済活動も営めなくなり、ウイルスの影響で、死人や貧乏人が増え、人と人との距離が開いて、社会全体が不安定化していったらしい。
そんな、社会というか世界をぶっ壊しちまう可能性がある、そのコロナみてえな伝染病が、俺の世界、いや全ての世界で蔓延しているという事か。
「それで、それは治るのか!?」
「はい、前世でウイルスに効くという薬が何種類か出来て。ただしそれがどういった仕組みで出来るのか、私には……」
まあ、医者でも薬学者でもねえからわかるわけねえわな。
そしてますます俺の怒りがわいてくる。
ガイウスと魔神共にはただのケジメじゃ足りねえ。
徹底的に俺の恐ろしさを思い知らせてやる。
だが、その前にこのウィルスの対策を取らなくては。
思いつくのは……。
「なるほど、じゃこれから取る手段は三つだな」
「はい、三つです」
一つ目は、この伝染病とその対策を周知する事。
二つ目は、治療法を探し出す事。
三つ目は、ウイルスの原因をぶっ潰す事。
しかしどうやって……。
「ええ、それをどうやってやるかです。残念ながら、マサヨシ様は、敵の情報操作により、今や魔王軍と通じた人類の敵となってます」
そう、俺はガイウスの策略で、もはやこの世界の人類の敵、指名手配犯みてえなもんで、信頼性なんてねえような状態で情けねえ話だ。
「ケホ、ケホッ、マサヨシ……様? マサヨシ様が、さっきの虫たちを?」
俺を呼ぶ声がしたので振り向くと、教会の教王のソフィアだった。
咳をしてて、頬が痩けちまってて、メロンみてえな胸も少し減って、髪も皮膚もボロボロで、誰だかわかんねえくらい痩せ細ってた。
「ああ、俺だよ教王さん。元気……でもなさそうだな? 助けに来たぜ」
「マサヨシ様……私、ガイウス様が言ってた事……げっほ、ケホ」
彼女が息を吸う度に、ヒューヒュー聞こえ、苦しそうにしている。
たぶん、俺の予想じゃ気管か肺を患ってる。
この世界の神霊魔法と天界魔法の使い手が、この様子だと……この世界の奴らはこのままじゃ。
「ああ、そこにいるアレクシアも魔王軍だったが、もう魔王軍は俺が潰した。代わりに魔神とやらが暗躍する、大魔王軍がこの世界の脅威になってて、頭目はガイウスだ」
「げっほ、げっほ。私……マサヨシ様が魔王軍と通じてるのは……ケホッ、そんな事はないと……けっほ、でも私は優しいガイウス様を……ケホ、ケホ信じて……この世界を……うう……うううううう」
ソフィアはその場で泣き崩れる。
俺は、怒りで両のこぶしをぐっと握り締め、涙をこらえる。
こんないい女をペテンにかけた、あの野郎は絶対に許さねえ。
ヤミーもアレクシアも涙をこらえていた。
「行こう、世界を一緒に救おうや」
農場は、虫達に食い荒らされて今の状態じゃダメになっている。
ウィルスに加え、これでは食糧危機も起きるだろう。
大魔王軍の奴ら、この世界を本気で滅ぼす気だ。
そして俺は水晶玉を取り出した。
「よう、コルレド。俺だ、マサヨシだ、今からそっちに戻る」
俺達は旧魔王軍、今はアスモデウスの私兵と化した軍団の艦船を呼び寄せた。
この農場の奴らを、洗脳されてた子供らも避難させる。
俺の新しい拠点の、東の大陸にな。
「フューリー、そういうわけだからこの大陸を、留守を頼むぜ」
俺は頭の中で、フューリーと会話する。
するとあいつ、思いっきり不機嫌になった。
「わかったけど、あんたもしかして、あのアースラと同化したの? あいつ昔の戦争中、精霊界を散々コケにして、名だたる大精霊達も泣かされたり、私のお気に入りの魔力増強ブレスレットとか、魔法防御のブローチとか盗んで、高笑いしてたから、あんたも一緒に殺していい?」
うわ、こいつとも因縁あるのかよアースラの奴。
本当に、やりたい放題やってやがったんだな。
だが、いいことを聞いた。
「おいおい、勘弁してくれよ。俺はマサヨシで、あいつじゃねえ。とにかく、この大陸を頼んだぜ、精霊王さんよ」
こうして、俺は悪魔達の戦艦に乗り込もうとした時だった。
気配がするな、悪魔野郎の気配が二人。
この反応は、前にも感じたことがある。
「よう、隠れてねえで出てこいや、てめえらも大魔王軍だろ?」
すると、地面に同化してたスライムと、そのスライムに包まれてた、猫耳でセーラー服着た、マーラー不死隊の悪魔エイムが俺達の前に現れる。
「勇者、僕たちお前の暗殺指令をマーラー様に受けてたにゃ。今は大魔王軍の指令で、この世界にまた転移してきたんだにゃ」
ああ、こいつらやっぱり俺を付け狙ってきやがったか。
その、悪魔マーラー……いや、今は魔神マーラーの命令で。
「けど、僕たちもう、あの人の命令聞きたくないにゃ。僕達、見ちゃったんだにゃ、魔界の諸王をマーラー様が暗殺して、大邪神を復活させるの。マーラー様は全ての世界を壊すきだにゃん、魔界すら」
俺は、冥界魔法を使ってコイツの心を覗き見た。
確かに嘘はついてねえ。
そして、俺はスライムの悪魔の方を見やった。
「ボ、ボクは わるいスライムじゃないよ。友達のエイムと一緒にマーラー様の凶行を見て。勇者さん、ボクたちも連れてってほしい。ボクたち、故郷の魔界が壊されるのいやだから」
なるほどな、こいつらにはこいつらなりに、故郷への思い入れがあるってわけか。
ていうか、このスライムそこら辺のスライムみてえに、クソ雑魚っぽいんだが。
本当に、魔界の特殊部隊員かよ。
「おい、スライム野郎。俺はエイムの強さは知ってるが、てめえは何か役に立てるのか? 雑魚っぽいけどよお」
「違うにゃ、スランちゃんは凄いんだにゃ! 戦闘は他の隊員に劣るけど、あらゆる状態異常も効かないし、仲魔を癒せて生命力が凄い高い、魔界でも数千年に一度の割合で現れる、不死身のようなスライムの最上位種なんだにゃ」
マジか、見かけによらずに使えるじゃねえか。
あらゆる状態異常が効かないねえ……癒し……ん?
「おい、スライム野郎。もしかして、それウイルスとかにも効くのか?」
「え? うん、たいていの状態異常なら取り込ませてもらえば治せるけど」
よっしゃあああああああ!
こいつ使える、すげえ使えるぜ!
俺は、戦艦の中で手始めにソフィアをスランに取り込ませた。
すると、スライムが布切れ一枚になったソフィアの体にまとわりついて……。
うん、いい! いい目の保養だぜこれ。
するとソフィアの顔色がもとに戻る。
「ゆ、勇者様、私の喉が、息をしても痛くない……体が、治った!」
すげええええええええええええ。
このスライム野郎すげええええええ。
「おい、このウイルスの正体わかったか? 薬とかできそうか?」
「うん、これはウィルスに邪悪な呪いが加わったタチの悪いものだけど、多分、ウィルスのRTA遺伝子複製を阻害してやって、呪いに打ち勝つ意志さえあれば……ボクに水をたくさんくれれば、その薬を体で合成できると思う」
マジか? 水か、よおしそれなら。
「おい、フューリー。人助けだ、力を貸せ!」
俺は、スライムに手を突っ込んで、精霊魔法でありったけの水をスライムに流し込む。
すると、大量の飲み薬のようなものが、スライムの体にストックされたようだ。
これで、この世界の奴らが救える。
俺の渡世人の意地、任侠道、弱きを守る思いを、達成できる!
あとは、強きワル連中を挫いてぶっ潰す!
そして、俺達は砂漠のような荒野の東の大陸に、降り立った。
地下にドワーフ達と悪魔達が掘った、都市を建設中だそうだ。
そして俺は、建設中の都市区画で極悪組の面々を集める。
「おめえら、今戻った。ガルフの事は残念だった、ブロンド!」
「はい!」
こいつ、しばらく見ねえうちにいい顔になってやがる。
やるべきことを見出した、男の顔になっていやがるぜ。
男子、三日会わざれば刮目して見よってやつか。
遠い昔の前世で誰かに教えたことあった気がするが、もう忘れちまった。
「若頭代行、ご苦労だった。本当に苦労をかけたな、そして男になった」
「はい……」
ブロンドは涙を流しながら俺を見る。
そして俺は、新しくドワーフ王になったガイを見やる。
「ガイ! ガルフの事、お悔やみ申し上げる。おめえも、マシュも、オルテも、よくぞブロンドを支えてくれた!」
「はい……」
三兄弟は、目を伏せて涙を流すのを必死にこらえていた。
この状況で一番泣きたいのは、こいつらだろうに。
こいつらも成長している、ブロンドに負けじと。
「それと、レオーネ。こいつらの面倒を見ててくれたようだな、ありがとう」
俺が頭を下げると、レオーネも静かに頭を下げた。
エルフの女達も、静かに頭を下げ、その後ろでラウールの親父さんが静かに見守っている。
「コルレド、おめえにはさっさと連邦の大統領に返り咲いてもらうぜ、いいな?」
「へい! わかっとりやす!」
力強く、俺に応える。
こいつが、多分一番人間としての器量が成長したかもしれねえ。
最初に会ったときは、クズの商人だったが、この世界を任せられる器に目覚めている。
「ニコは、じきにこっちに戻ってくるはずだ! 俺はこの場で極悪組初代を引退し、二代目はニコだ! だが俺はこの組の先代の相談役として、一侠客として、これからもお前らの相談と面倒を見ていってやるから心配するな」
俺は、この場で引退表明を発表し、新体制へとスムーズに移行させるためにまずは人事を発表した。
「ニコが二代目組長、親分だ! ブロンド、おめえには組のナンバー2の代貸し、若頭を命ずる! ガイ! おめえは舎弟頭として、ドワーフ達と共に、ニコをこれからも兄貴として慕うように。マシュ、オルテはニコの子分だ、あいつをガルフや俺みたいに親として慕え、いいな?」
「はい!」
「ベリアルは? ベリアルも楽しそうだから入れてほしいのだ!」
「おおそうだな、おめえもニコを親分として慕え! 使えそうな悪魔を連れて、あいつを助けてやってくれ、頼むぜ」
「まかせたなのだ」
「コルレド、おめえは俺の舎弟のままで、俺と同様に組の相談役やれ。レオーネ、おめえも相談役だ、いいな?」
「はい」
ロンの兄弟を始めとした客分たちは、静かに俺達の様子を見守っていた。
ヤミーと兄貴も、俺をじっと見てる。
俺は、この二代目極悪組を、愛する者たちを守る、勇者という一振りの刀でいい。
そして、こいつら二代目極悪組がこの世界を導くのにふさわしい。
「いいか! 俺達極悪組が全ての世界を救済するぞ! この世界を、いや全ての世界を滅ぼすために、絵図描いたワル共へ、落とし前つけてぶっ潰す! いいな、野郎共!」
「わかりました!」
あとはニコが戻って来た時点で、この世界を今度こそ救済する。




