第86話 父と子 後編
ニコの正体はマサト。
佐々木正人、転生前の俺の実子で、生まれながらの殺し屋だ。
佐々木組は、俺が潰した組。
京子は俺が殺した組長の一人娘。
あいつの恋人になったフリして、人生を壊した女。
佐々木組は地下に潜り、俺を殺す機会を伺ってた。
自分達の縄張りを奪い、組長を殺し、そして娘の人生を弄んだ俺を。
しかし、奴らは俺の知らない間に壊滅した。
ヤスがこいつらの動きを察して、人知れず消してたんだ。
優秀すぎるよ、ヤスの野郎。
だが京子は諦めなかった。
自分の最高傑作のマサトを、刺客として、俺に送り込んだ。
オギャーと生まれたマサトは、母親の京子から子守歌の代わりに、俺への憎しみをささやかれ、絵本の代わりに格闘技を図解した本を読み聞かされ、学校に行くような年代になると、京子の命令で、佐々木組の残党の野郎から、ドスやチャカの手ほどきを受けて、殺人マシーンのようになってた。
強いわけだよ。
あっちの世界で、ガキだが悪魔野郎や大人の騎士とも戦えるわけだぜ。
そしてマサトは、ずっと俺の行動を見ていた。
俺を殺す機会をずっと伺っていた。
女の所から朝一で、若い衆に車で送ってもらって、俺が組事務所の入り口につける瞬間、あいつはただのガキを装って、急所にドスをねじ込むつもりだった。
そこに俺がふいに声をかけた。
なあ、ボウズおめえ、何で毎日ここにいるんだよ? ってさ。
マサトは俺に気づかれたと思ったようで、母親、京子の所に行く。
肝心の俺は全然、こいつが刺客だと気が付かなかったが、気づいた奴がいた。
ヤスだった。
あいつは兄貴分の俺と組織を守ろうとして、マサトを追いかけ、チャカ持って、京子をぶっ殺し、そしてガキながら、刃物持って向かってきたこいつを……。
俺の心の中に、マサトの今わの際の映像がフラッシュバックする。
母親の京子を撃ち殺された、悲しみ。
そして、お母ちゃんと叫びながらチャカ持ったヤスに、立ち向かった絶望。
ヤスがすまねえって言いながら、マサトに鉛玉を撃ち込んだ最後の瞬間。
マサトの未練は、父親の俺を殺せなかった未練、母親を守れなかった未練。
そしてマサトが、ニコがこんな事になったのは、ヤスのせいじゃない。
道具を持っていたとはいえ、ヤスはガキを殺した事に心に傷を負っていたようだった。
あいつは、俺と組のために思ってやった事だから、悪いのは、てめえの出世欲の為に、京子をハメてあいつの親を殺して、人生を狂わして、俺達のガキが、人殺ししか考えられなくなっちまって、俺の組に消されて……。
全部俺のせいだ。
死んじまった方がいいよ、俺なんか。
いや、死ぬべきだ。
あの可哀そうな世界を救う資格なんて、俺にねえ。
自分がガキの時に酷い境遇に遭って、ガキへの非道は許さねえなんて、異世界で任侠掲げてイキがってて、蓋を開けてみたら、てめーが生んだ実のガキを不幸に追い込んでたなんて、ちくしょう……。
何だったんだ俺の前の人生は?
なにが、親分だ、日本一の極道だ、世界の救済だ、勇者マサヨシだ!
渡世の子供も、自分の子供も前世で不幸してたんだからさあ、死んじまいてえよ……。
けど、俺は閻魔大王の親分から、生きて向き合えと命令され、俺が守るべき世界には、必要としてくれる野郎らがいる。
だから、あの世界にいる愛する兄弟たちを、子分達を、女たちを、そして俺の中に少しだけ芽生えつつある、任侠道の心を信じる!
こいつは、マサトは、ニコは絶対に俺が救って見せる!
マサトは、ニコはオークデーモンとの戦いで最初に会ったが、あの豚野郎のケジメとして、あいつにナイフを差し出した。
こいつは、それを拒否した。
俺は、あいつの言葉を思い出す。
「お前なんか殺しても、お父ちゃんは帰ってこねえ。お父ちゃんは孤児だったオイラを育ててくれた優しい人だった。オイラはお前なんかと違う」
そう言って泣き崩れた。
マサトの魂は殺しなんか望んでねえ。
こいつの性根は、男気溢れる正義の心。
俺なんかよりも、ずっと正しい心を持ち合わせている。
「マサト、いやニコよ、まずはこの石積みを完成させようや? 親分命令だ」
そして、石を積みながら二人で、話をした。
あの世界の事。
どうやってあの世界を救うか。
人々を幸せにするには、どうするか。
いまさらこいつとは、父と子の関係にはなれねえけど、血よりも深い親子の絆なら、こいつとは築いてきたつもりだ。
そして、俺のしでかした過ちの、ケジメをつけなきゃならねえ……その為には。
「親分、この俺を佐々木京子の魂へ、お送り願いやす」
俺が言うと、体が光に包まれる。
そして、俺が一番気になっていたことを念じると、親分から心配ないとの回答があった。
そういうことなら、これから俺のケジメとスジが通せるってもんよ。
そして俺の体が、どこかに転送された。
ここではない、どこかの原っぱのような、公園のような場所だった。
あの世界ではなく、地球でもない、どっかの赤い空の星で、京子はすでに転生していたらしく、肌が青くて髪が赤い、小さな女の子になっていた。
「お嬢ちゃん、ちょっと頭に手を触れるが、いいかな?」
俺は、京子が転生した女の子に触れて、京子の魂の残骸のような思念体を発見した。
「よう、俺だ。清水正義だが、俺を覚えているか?」
京子の魂には、すでに情念が無くなり、俺の事は覚えていねえようだった。
「ぶしつけで申し訳ねえが、おめえと俺の子のマサトだけどよう、俺に預けてくれねえか? 今度こそ幸せにしてみせるから。それと転生前、おめえさんの心を傷つけちまって、ごめんな……」
京子の魂は、マサトの事には反応したようで、一筋の涙を流して、俺にマサトを託す。
そして京子の転生体の、小さな女の子に頭を下げた後、俺の体は再びマサトと向き合う。
「おめえの母ちゃんに会ってきた。そんで俺は正式におめえの親父だ。今まで通り俺を親として、組を支えてくれ若頭。まずはそこの、石っころを積み上げてくれ、な?」
マサトが、最後の石を積み上げると、魂はまだ天界へ昇天しねえ……。
やはり、父親の事に引っかかってんだな。
普通は、鬼が諭してやって昇天するようだが、どうやらこいつは俺に似て、頑固で根性者のようだからなあ。
こいつの魂が、まだ納得してねえって事だ。
じゃあ、やっぱりケジメつけなきゃなんねえな。
俺は近くにいた、鬼を呼び止める。
「すいませんが、そちらの兄さん、ドスとか持ってねえですか? 包丁でもいいんで」
さあて、これから勇者マサヨシとして、あの世界を救う為にも、外道の清水正義の最後のケジメ、男としてのケジメをつけよう。
そして、俺は鬼達が囲む中、包丁を手にする。
他の子供らに見えねえように、河原の離れた所で、マサトに包丁の柄を向ける。
「ホレ、コレやるよ。実はよお、俺の正体はなあ、おめえがぶっ殺したがっていた、実の親父よ。ケジメ、つけていいぞ」
するとマサトは涙を流しながら、首を横に振る。
そうだよなあ、おめえの事は俺が一番よく知ってるよ、そういう事はできねえ奴だって。
おめえの魂は、ニコとしてあの世界を生きてるものな。
それに、おめえが俺みてえな外道に手を下す必要はねえ。
最初から俺の男を、おめえに見せてやるつもりだったからな。
「それじゃあ、マサト、いやニコよ、俺がケジメつけるぜ。おめえも俺も、転生前は日本って国で生まれて、大和魂ってのを、持ち合わせてんだ。おめえのおばあちゃん、俺の母ちゃんは、世が世ならお侍の家系よ」
俺は、その場で正座して、着ていた着物を脱いで半裸になり、包丁を両手で思いっきり腹にブッ刺した。
「親分!」
「腹を切った!? 何しとんねんワレ!」
「おどりゃあアホか!?」
「死ぬ気かキサン!?」
マサトが叫び声を上げ、周りの鬼どもがビビったみてえで、素っ頓狂な声を上げやがる。
そしていってえええええええええええええ。
ちくしょう、くっそいってえええええ。
昔のお侍さんは、よくできたよこんな事があああ。
「これが……侍にしか……できねえ究極のけじめの取り方……切腹よ……」
俺は呟くように言い、痛みをこらえて、傷口を真一文字に裂く。
そしてもう一度、腹をぶっ刺して今度は縦一文字に腹を裂いた。
そして崩れ落ちそうな体を気合で耐え、泣いているマサトの目を見据える。
「なあ……マサト……いやニコよ……これが父親として……親分としておめえにできる詫びと……けじめだ……。だがよお……おめえは、これからのおめえさんは……こんなことまでして……けじめをつけるような、情けねえ男になるな!」
マサトは、俺の姿をしっかり見据える。
涙を流しながら、あいつが持っている正義の魂と男気の眼で。
「これをもって、俺、マサヨシは極悪組引退を表明する! おめえは極悪組二代目として、弱き人々の盾となり! 悪を挫く刃になれっ! そして、あの仁義なき世界を、大親分として導けええええええええええええ!」
俺がマサト、ニコに、命がけの極悪組引退を表明するとあいつの体が光に包まれた。
マサトの魂はニコに変わり、俺を見つめながら天界へと昇っていく。
そうだ、これでいい。
これからは、あいつら若衆の時代。
今後の俺は、あいつらの為に一侠客として、勇者として極悪組を支えてやる。
そして……痛えんだけど……。
そろそろ助けてくれねえかな……。
俺の意識が、遠のく瞬間どこかに体が飛ばされる。
親分と、ヤミーが見つめていて、そして、お不動さんも姿を見せていた。
その場に俺は正座したまま。
「見事じゃ! お主の意地、しかと見届けた! 大儀であった!」
親分は、直立不動になり俺にねぎらいの言葉をかける。
ヤミーは、駆け寄り神界魔法らしき魔力で、俺の体力を回復してきた。
「マサヨシ、お主、あのまま死んでたら、どうするつもりじゃったのじゃ! 本当に……お主ときたら、いつもいつも、自分を責めてばかりで……」
うるせえよ馬鹿野郎。
他に、最上級のケジメの仕方が思い浮かばなかったんだよ。
そして、ヤミーが腹の傷の痕跡を消そうとしやがるから、俺はあいつの手を握る。
「な、な、な、何じゃお主!」
これくれえで赤くなりやがって、馬鹿じゃねえのか?
今のはそういう意味じゃねえし、親分とお不動さんの視線がいかつすぎて怖いから、さっさと訳を言わねえといけねえだろうが。
「俺の腹の傷跡は、直すんじゃねえ。これは俺のケジメだ、このままでいい」
俺が言うと、ヤミーはこれ以上の傷の治癒をやめた。
それにさっきのケジメは、今更、左の薬指や中指、いや、腕とか落としても、全然あいつへの誠意にならねえし、これから魔神とかぶちのめしに行くんだから、戦力ダウンになるだろうがよ。
だから、命がけで腹切って詫びるしかなかったんだ。
「すまなんだ、貴様をただの外道と侮ってたわ。さすがヤマが認めた勇者、そしてアースラ殿の転生体だけはある」
お不動さんは俺に頭を下げるが、だからアースラって誰だよっての。
全然意味が解らねえんだが、まさか第三の試練とやらに関わってきてるのか?
その前に、親分に確認がある。
「親分、これにて、冥界の第二試練を終了いたしやした。しかしながら、ニコの魂についてよくわからねえことがありますので、ご説明ねがいやす」
俺が言うと、親分は葉巻を咥え出す。
「失礼しやす!」
すっと俺はその場を立ち上がり、閻魔大王様の玉座のすぐ前まで赴く。
閻魔大王様が葉巻を咥えたその瞬間、俺は頭を下げる。
そして、左手を添えながらそっと右の人差し指から燃焼魔法を使う。
閻魔大王様は、少しだけ首を傾けて、俺の即席ライター魔法で葉巻に火を着けた。
「うむ、すまぬの」
閻魔大王様は葉巻の煙を吐き出した。
そして俺は、元の位置に戻ると再び正座する。
「まず、お主の転生前の息子についての話じゃったな。あやつは、我が従弟のアチャラの領域の一つ、賽の河原において、天界行と転生を拒否し続けた魂じゃった。ここまではお主も理解したじゃろ?」
「へい」
「そしてお主の魂と体を転生させる際、あやつの母親を先に転生させた。それが、あのニコの転生先の育ての父親じゃ。あの子の魂は、父を欲しておったからのう。そして、我があの子を地蔵マンとして説得し、肉体を再構築し、創造神様の許可を得て、あの世界に転生させたのじゃ」
なるほど、育ての父親とやらは京子の魂の転生体だったのか。
おそらく京子は、俺のかわりとして今度はまっとうな教育を、ニコに施したに違いない。
「あの子は地獄の罪人の魂ではない。しかし、お主のせいで本来の天界行ができぬ、悲しい魂じゃった。そして、お主があの子への救いへの道を示したことで、あの子の魂は天界行となった」
ああ、それでマサトの、ニコの魂は天界へと昇って行ったのか。
待てよ、そしたらあいつの魂は今後どうなるんだ?
親分からは心配するなと前もって聞いていたが……。
「うむ、案ずるな。すでに天界へ話が通っておるから、近いうちにあの子は天界より力が授けられ、あの世界救済のためにお主達の元へと帰ってくる。手続きがあるゆえ、時間は少しかかるかもしれんがの」
なるほど、それを聞いて安心したぜ。
極悪組二代目はあいつだ。
あいつに、あの世界を導いてもらう。
俺は、そのために刀を振るう、ただの一侠客でいい。
「そしてマサヨシよ、お主にはこれより、第三の試練、最後の試練を受けてもらう!」
「へい、わかりやした!」
ついに来た。
清水正義としての業を清算し、俺が迎える第三の試練。
これを受けねえと、あの世界は救えねえと、親分は前に言ってた。
「お主には、本来の魂のあり方について向き合ってもらう! もっとも、お主の元の魂を知ったのは、お主が転生した後じゃがの。お主はこれより、心の奥底におる我が友アースラの魂と向き合うのじゃ!」
アースラ……。
お不動さんも口にした、俺の前世のその前の何者かの事か。
そして俺は、親分から最大の試練、神にして大魔王にして人でもあった、三つの顔を持つと言われる、伝説のアースラとの対話を迎えることになる。
すいません、ほぼ毎日の更新でしたが、諸事情により行進速度遅れます……。
え? 謝罪はいいから、おめえも、マサヨシのように腹切って詫び入れろって?
いやいやいやいや、無理です無理ですって!
勘弁してください、すいませんでしたー _○/|_ 土下座




