第85話 父と子 前編
やはり、このガキ……最初に会った時のニコに似てる。
肌の色と背丈以外はそっくりだ。
記憶の奥底で顔がモヤがかかってたが、ようやく思い出した。
こいつは……やはり俺のガキだ、間違いねえ。
目元や顔の形が、なんとなくガキの頃の俺を彷彿とさせる。
ガキは、俺を一瞥すると、また積み石の方に向き合う。
そして、自分の積み石がある程度の高さまで来ると、蹴飛ばして崩し始めた。
何やってんだ、あいつ。
すると、それを見ていた鬼たちがうつむいて、涙を流し始める。
「あやつ、自分で積み石を!」
地蔵マンの着ぐるみを被ったヤミーが、ガキに近づこうとした。
「ならん、あやつに任せるのじゃ。おい、罪人! あの子の魂を救うのが第二の試練じゃ。こんな塔など最初から、我の賽の河原で、完成させるつもりないのじゃからな」
お不動さんが、出てきてヤミーの前に立ちはだかり、俺に告げた。
本当の第二試練、それは俺が転生前に残したガキの魂の救済。
そして、それはニコの魂を救うという事。
「ヤミーここは俺に任せてくれ。この試練、絶対に成功させてみせる」
俺が言うと、お不動さんとちんちくりんの地蔵マンは姿を消した。
さあ、どうしたものか。
ニコの事ならわかるが、あいつの事は全くわからない。
とりあえず、話しかけてみるか。
「よう、ぼうず。なんで積みあげたもんぶっ壊すんだい?」
ガキは何も答えなかった。
俺がガキに近寄ろうとすると、賽の河原の鬼たちが俺の肩を掴む。
「おうチンピラァ、おどれはこっちや」
「ワシらとちょっとお話しよか?」
「ここじゃ、ふうが悪いけ、のう?」
河原のほとりから少し離れた、子供達から見えねえところで、俺はボコボコに鬼に殴る蹴るされる。
あれだわ、多分さっきの件のケジメか?
いや、違う、これは情念が混じった、本気でケジメいれてるヤキの入れ方。
「おどれがあの子の親か!? このボケ、カス、コラァ!」
「わりゃあ! ええかげんにせえよゴラァ!」
「あがーに、あの子がいちがいなったんは、お前のせいじゃ!」
「あの子が成仏できへんのはおどれやボケ! 死ね! 死にくされ!」
あのガキの事か……。
お不動さんは言ってた、俺が犯した業の中でも最悪な非道だと。
そして、親分は言ってた……真実を知れば俺の精神が耐え切れないだろうと。
だが、俺が犯した前世の最後の罪、これに向き合ってけじめをつけてやる。
「その辺にしておけよ、貴様ら」
俺のヤキを止めてくれたのは、魔獣の姿になった兄貴だった。
兄貴……すまねえ。
「公爵様、せやけどこのチンピラ……」
「ワシらこがぁな外道許せませんぜ」
「こいつ、いてまう許可もろうてええでっか?」
「私がやめろと言ったのだから、やめだ。私をなめてるのか貴様ら?」
兄貴が一喝すると、鬼たちは一斉に兄貴の前に正座する。
兄貴、マジで冥界じゃ顔役なんだな、あっちの世界では犬っころの姿してるけど。
「マサヨシよ、この鬼たちはあの子の面倒を、百年以上も見てきたのだ。親である貴様は、こ奴らからこのような仕打ちをうけてもしょうがないのだぞ? わかるな?」
百年以上?
そんなにも長く、俺のガキの魂は成仏しやがらねえのか。
多分、俺が生み出したなんらかの未練のせいで……。
「わけを、話していただいてもよろしいですか? 兄貴」
「できぬ、これはお前が解決すべき試練。さあ、マサヨシよ、今こそ全ての罪を清算するのだ」
こうして、俺は自分のガキと向き合う。
何から話せばいいんだろうか、俺は極道の親になったことはあるが人の親になった経験はねえ。
そして、俺はこいつに何一つ親らしい事をしてやれなかった。
無様で哀れに死んだ、清水正義としての俺は。
冥界魔法で心を読もうとするが、かたくなにコイツの心は閉ざされたまま。
「お兄ちゃん」
「あん?」
すると、ガキの方から俺に話しかけてくる。
「オイラ、夢を見てたんだ。こことは別の、違う世界の夢。オイラは村のお父ちゃんに育てられて、でもお父ちゃんは悪魔に殺されて、そしたらお兄ちゃんとそっくりな人、親分が色々助けてくれて、友達が出来て、好きな女の子もできて旅をする夢、楽しかったけど女の子を守ろうとして、目が覚めちゃった」
それは夢じゃねえよ。
俺と、おめえの大事な冒険の記憶だ。
そして、こいつに確かめねえといけねえことがある。
「なあ、ぼうず、名前なんて言うんだ? お母ちゃんの名前は?」
「オイラの名前はマサト、佐々木正人。お母ちゃんの名前は……京子」
佐々木京子、まさかこいつは、俺とキョーコのガキか!?
そして、こいつの名は正人……俺の名前の一文字を入れたのか、あの女。
俺があいつの人生をぶっ壊しちまったのに……。
あれは、俺が組を持つ前の話だった。
20歳の時、俺はジゴロのマサと呼ばれてて、派手に夜の街で遊び回ってた。
もう目に付く女は、みんな口説き回って俺の女にしてやったね。
そして飽きたら、兄貴分にその女あてがうか、赤線の女衒屋に売り飛ばしたりしてた。
アレだ、俺の若い時はトルコって言ってた、ソープランドとかに女売るのね。
それと、ヤスと一緒に夜の街でチンピラ相手にかつあげするのが、20歳の俺のシノギだった。
手っ取り早く金になったからな。
一応、街の人間の相談に乗ってやったり、年寄りとか子供とかも助けてやったよ?
特にガキが困ってるのは見過ごせなくてな。
借金のキリトリとか、ダフ屋とか、競馬や競艇とかのノミ屋の手伝いもしてた。
けど、自分で言うのも何だが、転生前の若い時の俺はクズよクズ、はっきり言って。
当時、俺のいた組の縄張り繁華街で、いくつも組があった。
そして俺の組よりもでかかった組が、佐々木組だった。
あいつは、キョーコは佐々木組の組長の一人娘で、まだ学生だった。
いい女だったよ、俺が言うんだから間違いねえ、激マブの上玉だ。
そんでな、うちらの組はどうしても佐々木組の縄張りが欲しかった。
当然そうなれば、抗争よ。
そして俺は女衒のジゴロなんかで食うよりも、抗争で男を上げたかった。
だって、手っ取り早く金になるとはいえ格好悪いだろ?
そして俺とヤスの伝説の始まりだった。
もうね、俺もヤスも派手に暴れたよ、名前売りたかったからな。
銀幕で見た、健さんみてえによ。
そして、俺は佐々木組の組長の命を取りたかった。
当時の抗争は、相手の親分の命取っちまったら、後から出て来る、よその組の仲裁人が困るっていうんで、褒められたもんじゃなかった。
だが、あそこの縄張りを手に入れて、相手の親分の命とったなら、俺の組内の評価は上がり、若頭もヘマして懲役でいなかったから、その席に座るのも夢じゃねえと思ったのさ。
そこで利用するために俺が近づいたのが、京子さ。
あいつは、男を知らねえウブな女だったからな、コマすのは容易だった。
ヤミーとの最初の裁判の時、ふいにあいつの事を思い出したぜ。
そして、俺は身柄隠してる組長の佐々木の居場所を聞き出して、ぶっ殺した。
俺が人生最初に犯した殺人だった。
人をぶっ殺す感覚?
若手の刑事や、世間知らずの検事とか、世間一般の素人さんは良心の呵責とかねえのかって、よく聞く話だ。
はっきり言う、ねえよ、ほとんどな。
俺は組の為に仕事をしたって満足感と、自分が上り詰めるこれからの極道人生の足しになって、ぶっ殺した奴へ、俺の為にありがとうって気持ちだったぜ。
ていうか、人ぶっ殺すのに一々良心の呵責に苛まれてたら、武闘派ヤクザなんてやってけねえっての。
だが転生前、年を経るたびにふいに思い出した。
俺がぶっ殺した野郎達の事を。
多くの屍の上に、今の俺があるって気持ちさ、わかるかなあ?
俺がぶっ殺した奴、俺の命令で命を落とした若衆たち。
そして俺の組織のせいで、不幸になって死んでいった人たち。
あいつらにだって人生や、やりたいことだってたくさんあっただろう。
それを俺は、奪ってきちまったわけだ。
組の為、子分達の為って言い訳してた、俺の欲の為に。
今思うとはっきり言って、クズのような人生だ。
あの世界の子分共や、女共には言えねえ俺の裏の顔よ。
口では、勇者だの任侠道やら世界を救うなんて言っているが。
ていうか言えねえよ……俺を思ってる奴らに、前の人生でどんなクズな事をしてきたかなんて。
だから、あの世界の俺の子分達には、こんな外道にはなってほしくねえ。
親心でもあり、切なる俺の願いだ。
ヤミーは、そんな俺の極悪な部分を知っている。
知ったうえで、こんなクズの俺に惚れちまったようだ。
だから、あいつには俺なんか相応しくねえ。
神として、女として幸せになってほしいからな。
おっと、話の続きだったかな。
その後、うちらの組は佐々木組の縄張りを奪った。
そして、功労者の俺は組織の中で頭角を現し、若くして若頭補佐、名目上の若貸しの幹部になったよ。
そんで1年も経たないうちに俺は組の若頭になり、30前に組を任された。
その後の、京子の足取りはよくわからなかった。
俺は、あいつの親の仇だったし、警戒はしていたよ。
だって、佐々木組の残党も姿を消しちまったしね。
だがいつしか、俺は京子の事なんか忘れちまってた。
そして、俺が念願の自分の組を手に入れて、しばらくした日……。
このガキが、俺の組の事務所に現れた。
そうか、こいつは俺の、京子の子供だったのか……。
どうして俺の前に現れたんだ?
「なあ、マサトだっけ? いや、ニコよ、おめえが、見たのは夢じゃねえ。俺はおめえの親分、俺の最愛の子分だ。だからよお、おめえの心のうち、見せてくれねえか?」
マサトは、俺の目をじっと見る。
そして、俺を見て静かに涙を流してうなずいた。
思い出してくれたようだな、じゃあ、おめえさんの心の中、覗かせてもらうぜ。
「いくぜ、深淵」
俺は冥界の上級魔法を使って、こいつの心の中を見る。
こいつの人生に、何があったんだ?
そして、俺はこいつの人生をすべて垣間見た。
……死のう、俺みたいな外道は死んじまったほうがいい。
俺は踵を返し、三途の川に飛び込んで死のうとした。
すると、俺の意識が飛び、閻魔大王様の元にくる。
そうか親分は、俺の為に……。
「すべてを、理解したようじゃのマサヨシよ」
親分は、葉巻を加えて煙を吐く。
とても、悲しそうな顔をしている。
「へい、自分みてえな外道は、死んじまったほうがいい、魂の消滅を……」
すると親分は、葉巻を吐き出し、立ち上がって俺を思いっきりぶん殴った。
「逃げるな! 貴様が生み出したあの子を救わんで、あの世界を救えるのか! この試練、逃げることを許さん。死んで楽になろうと思うなよ貴様」
親分は俺の襟首を掴んで顔に引き寄せる。
この親分の命令は絶対だ、だが俺の心は、転生後初めてにして、最大の壁にぶち当たった。
俺がしでかした、転生前の清水正義の最大の過ちに。
マサト、ニコよ……すまねえ。
俺はあの世界を救う資格がねえかもしれねえ、それだけの罪を犯しちまってた。
そして、何より許せねえのは、それを無自覚にやっちまってた事。
自覚してる罪ならば、向き合う事は可能。
だが、これは……。
「親分、俺は、どうすればいいんでしょうか? どんなケジメの仕方をしても、あいつに」
「貴様で考えるのじゃ! これは、貴様が犯した最大の罪じゃ! 我が救うのはたやすいが、第二の試練、最後のお主の罪の清算、これができねばお主は、本来の魂のあり方と向き合えん。己の心を、正義を、そしてあの世界におる貴様の愛する者たちを信じよ、それがこの試練を達成する鍵じゃ」
「へい、わかりやした。それでは、お願いしやす」
俺の体は、賽の河原に戻り、マサトと向き合う。
こいつは……。
俺を殺すためだけに生まれてきた。




