第76話 空爆
アスモデウスは、無残な姿に変わり果てた魔王軍総司令部の前で崩れ落ちそうになるが、部下の手前そんな事は許されないと思い、唇を噛み締めながら、両こぶしを握り締め、必死で耐えていた。
アスモデウスは、三日前から現在に至るまでの事を思い出す。
人間共の空爆があり、雑多な装備で立ち向かってきた兵士達を、魔王軍で打ち払った後だった。
「ふん、人間共たわいなし!」
「さっさと人間滅ぼして魔界に帰りてえ」
「ハロウィンまでには帰れるだろ?」
「勇者がなんぼのもんじゃあああああ」
久しぶりの勝利に、魔王軍の面々は勢いづいていた。
しかしアスモデウス含めた上級将校たちは、これは威力偵察であると分析する。
魔王軍の防空体制や、攻撃部隊の実力を見るためのデモンストレーション。
おそらく、この後本格的な攻撃が控えている筈。
そして、こちらが先に攻撃を受けた以上、宣戦布告するよりほかはない。
アスモデウスは決心した。
「人間側の共和国に赴き、宣戦布告してくれる!」
宣戦布告の通達文章を作成し、三日後の夕方アスモデウスは魔王軍の攻撃態勢を整える。
「くそ、参謀本部大将に連絡をつけようにも、全然あの女通信に出ない! 人間のくせにその能力を買われて魔王軍入りした筈なのに、元帥である私の通信に出ないとは何たる怠慢か! あの女、終わったら軍法会議にかけてやるぞ!」
アスモデウスは、マサヨシの小指を口に咥えながら憤慨した。
赤い瞳に、アレクシアが抱くマサヨシへの思いに嫉妬の炎を燃やしながら。
攻撃完了まで、あと24時間はかかるが、その前に宣戦布告の手順を踏まなければ、軍規違反になると、アスモデウスは考えた。
アスモデウスは、共和国連邦大統領府へ赴き、マサヨシの仲間である大統領の前に姿を現す。
「魔王軍総指令元帥、アスモデウスである! 勇者マサヨシは何処か!?」
「マサヨシ兄貴は不在ですが、言伝があれば、このコルレド・コレイニ承りましょう」
この人間、私をまったく恐れていない。
それどころか、うっとおしい小娘が来たと言わんばかりの目付きをしている。
この私を門前払いにするなんて、残虐勇者め!
見せしめに、この人間を殺してやろうか!
アスモデウスは思いながら、魔力を高める。
「ハア……アスモデウスさんとおっしゃいましたっけ? このポートランド共和国連邦大統領であり、勇者マサヨシの一の舎弟である、このコルレド・コレイニの対応に何か不足でも?」
……この人間!
私を見る目が、歴戦の将校のような顔つきに変わったと、アスモデウスは警戒心を抱く。
小男の風体でアスモデウスも油断していたが、この男もまた勇者の仲間なのだ。
アスモデウスも、負けじとコルレドをじっと見据え、そしてすうっと息を吸う。
「人間達に告ぐ! 貴様たちは我ら魔王軍が打ち倒す敵であるとして、宣戦を布告する! なお、攻撃は24時間以内に実施! せいぜい抵抗をすることだな、人間共よ!」
「宣戦布告ですか? かしこまりやした。兄貴、いや全人類に伝えましょう」
こうして、アスモデウスによる宣戦布告が行われた。
そして大急ぎで、氷の大陸に戻り、魔王軍総司令部の地下指揮所に向かう。
この地下の指揮所は、魔界の大戦時に作られたシェルターを模しており、たとえ地表で大魔王が攻撃魔法を放っても、この司令部に傷一つはつけられないだろうと、アスモデウスは考えていた。
そして、指揮所はサタン王国の最新科学で、高度な部隊連携や兵員把握が可能となっている。
アスモデウスの能力を遺憾なく発揮できる、まさしく魔王軍の中枢とも呼べる場所。
地下の空間は広大で、万が一の場合、兵士たちの避難所にもなる鉄壁の要塞。
すると、アスモデウスの水晶玉にアレクシアから連絡が入る。
「ごきげんよう、アスモデウス閣下。ついに人類攻撃の準備が整ったわけですね、私は共和国連邦とは表向き和平を結び、情報収集中ですが、彼らは油断しているので、挟撃でも行いましょうか?」
なんだそれは?
そんな話は聞いていないと、アスモデウスは憤慨する。
勝手に人間共と和平など結ぶとは、先ほど宣戦布告をしてきた私の面目はどうなると。
「参謀本部大将! 貴様は軍を何だと思ってる! 報告を事前に私に入れよ! こちらからも幾度も連絡したのだぞ!」
絶対にこの女は、軍法会議にかけてやる。
あの残虐勇者に付きまとう、人間の女めなどとアスモデウスは思いながら。
「今は亡きベルゼバブ宰相が独自に計画していた、特別軍事機密の作戦中につき、すみやかな報告ができず申し訳ありません」
そうだった、この女はベルゼバブ妖魔部に引き抜かれ、魔王軍の特務を、一手に引き受けていたのだったと、アスモデウスは思い出した。
「まあ良い、貴様にも先ほど連絡ようとしたが、魔王軍総司令部が攻撃にあったのだ。奴らは共和国軍服に身を包み、空爆をしてきた。先に手を出したのは向こうである」
「かしこまりました。それでは、参謀本部大将として、ご意見いたします。こちらは目下情報収集中ではありますが、共和国内も混乱状況。第三者からの謀略の可能性も」
アスモデウスは、アレクシアからもたらされた情報を分析する。
確かにその線もないわけではなかった。
勇者ガイウス、神界よりもたらされたもう一人の勇者。
だが、奴の情報が少なすぎる。
そして、攻撃対象を見誤れば二人の勇者によって、魔王軍は壊滅的なダメージをこうむる可能性がある。
伝説の大魔王と、神の奇跡を起こした張本人から復讐されれば、魔界が消滅の危機に。
敵は一人に絞り、まずは自分がよく知る、あの残虐勇者を何とかする方が先。
「大将、元帥命令だ! そんな確証が無い以上、共和国を敵勢力と断定し、貴様も総司令部へ招集を命じる! 以上!」
これでよいとアスモデウスは思い、指令室の椅子にドカッと座る。
そして、もしもあの残虐勇者ならば、宣戦布告に乗じて苛烈な攻撃が予想される。
「魔王軍全軍に告ぐ! これより我が軍はデフコン2、最高度の防衛準備状態に移行せよ。防空体制をとり、第二次空爆に備えるのだ!」
アスモデウスがとった指揮は完璧であった。
これならば、勇者はそう簡単に基地を攻撃できない筈だと。
しかし、アスモデウスは見誤っていた点がある。
一つはマサヨシの魔力が、自身の業の救済活動で大幅に高まっていた事。
一つは参謀本部大将であるアレクシアが、マサヨシに完全に寝返ってしまっていた事。
もう一つは、マサヨシが世界最大の犯罪組織ヤクザの中でも、抗争経験豊富な、指折りの武闘派ヤクザとして恐れられていたのを完全に見誤っていた。
そして、宣戦布告から数時間後、魔王軍にとって悪夢の空襲が始まる。
「元帥閣下! ご覧ください、氷の大陸の北側で強大な魔力反応を確認しました!」
アスモデウス直属の連絡将校である、タイガーデーモンがレーダーを指し示す。
「何だと!?」
上級将校の悪魔達が確認すると、レーダーの魔力数値が爆発的に上昇する。
これはまるで、魔王軍将校クラスを遥かに超えて。
「総員、デフコン1に移行せよ! 元帥命令だ! 敵から攻撃が来る!」
司令部の緊張をよそに、アスモデウス獣騎軍たちは、雑談しながらカードゲームに興じていた。
「おいおい、空襲警報とか鳴ってんぞ?」
「どうせ、飛空艇から雑魚魔法撃ってきてパパッと来て終わりだろ」
「まったくよお、人間どもめ。おい、早くコールしろよ?」
空を見上げた悪魔の一人が、吸っていた魔力補給用の煙草を口からぽろっと落とす。
そして震える指で上空を指さした。
「あ? 空?」
悪魔達は空を見上げて絶望した。
空から降ってくるのは、無数の隕石群。
真っ赤な炎に包まれた巨大な石の塊が、大気圏上空から降り注ぐ。
「攻撃だああああああああああ」
「うわあああああ、あんなのありかよ!」
「来るぞ! 対空防御何やってんだよ!」
「いやだ……死にたくねえ! 死にたくねえよ! おかあちゃあああああん!」
無数の隕石群が、魔王軍総司令部に降り注ぎ、大爆発を起こす。
屋外の野営施設どころか、半径数キロにも渡り隕石群が降り注ぐ。
その攻撃範囲、距離にして半径30キロ超。
そしてのその衝撃は、地震のように地下の司令部をぐらりと何度も揺らす。
「総員被害状況を報告せよ! いったい何が起きている!」
アスモデウスが部下の上級将校たちに問いただす。
「HQ、HQ!」
すると悲鳴にも似た、現場の悪魔からの通信魔法の呼び出しが、司令部にもたらされた。
「こちらHQ、情報おくれ!」
「隕石だ! 無数の隕石が降り注いできて! うわ、まだ来る! 助けてくれ、助けてくれ畜生! 地獄だ! 外は地獄のようだ!」
そしてプツッと通信魔法が途絶えた。
司令部は、震撼する。
その魔法は、魔界の大戦で魔界各国から禁止された、禁呪法メテオ。
大量破壊攻撃魔法であった。
「アスモデウス閣下、獣騎軍航空隊より術者の映像と音声入ります」
司令部のモニターに映っていたのは、勇者マサヨシだった。
「なあ!? やはりあの残虐勇者か!」
「元帥閣下! 勇者より再度大幅な魔力反応を確認! 空爆、第二波来ます!」
「総員、炎魔法と土魔法の使い手は、基地にある対空防御、ファランクスを使え! 隕石を迎撃せよ! 上級将校たちは、隕石を航空隊と共に撃ち落とすのだ! 急げ!」
「勇者め、大量破壊攻撃魔法など使うとは。条約違反だぞ、残虐勇者め!」
アスモデウスは、憤慨しながら司令部で指揮を執る。
本来はアスモデウスが、最上級魔法で防御するのが手っ取り早いのだが、戦闘中、指揮官は司令部を離れられないという、軍特有のジレンマに陥っていた。
「ベリアル親衛団! 命令だ! 空爆終了後、貴様らはすみやかに共和国連邦に赴き、首都攻撃を命ずる!」
「嫌です」
アスモデウスの命令に、ベリアル親衛団所属の連絡将校、アークデーモンがきっぱりと拒否した。
「我々近衛隊の団長は、ベリアル総監です。元帥閣下に指揮権はありません」
「ぐぬぬ……」
アスモデウスは唇を噛み締めて、怒りに震える。
その肝心のベリアルが、一向に司令部に来ないんだがと。
一方、地上では悪魔達が奮闘していた。
一般兵士は、震えあがってしまっており、将校である幹部たちが対応せざるを得ない。
「邪魔だ! 兵卒どもよ、対空兵器のファランクスの力は伊達じゃねえ!」
象の頭をした悪魔が、対空兵器で隕石群を迎撃し始め、獅子の頭をした上級将校が、幾重にも防御魔法を張り巡らせて、配下の悪魔を身を挺して守っている。
飛行能力に長けた鳥や翼竜のような悪魔達が、必死に隕石に攻撃魔法を加えていた。
しかし、奮闘むなしく、隕石群が魔王軍総司令部に降り注ぐ。
「ハッハー、往生しろや! クソ野郎共!」
司令部のモニターから、勇者マサヨシの悪態が聞こえてきた。
その顔は、悪魔真っ青の邪悪な笑いに満ち溢れて、高笑いが聞こえてくる。
「くそ! あの極悪勇者め! 条約違反の大量破壊魔法を放ち、攻撃の手を休めぬとは、なんて奴!」
アスモデウス以外の上級将校達は、マサヨシの姿を見るのは初めてである。
そして、悪魔達は戦慄する。
眼帯を左目にして、着物姿の外見は、申し分のない美青年だが、その口調は完全に自分たちを殺しに来ており、美しい顔が邪悪に歪む表情をした、悪魔以上に悪魔らしい勇者の姿に戦慄する。
虜囚となった悪魔には、死よりも恐ろしい過酷な仕打ちが待ち受けていることも報告されていた。
ある者は、四肢をバラバラに切断されてツボに封じられた後、井戸に沈められ石化された件。
またある者は、高圧電流を流され、首を切断された後、排泄物まみれにされた件。
「あれが……我々の敵……勇者?」
「本当に勇者、なのかアレは!」
「100年前の救世主よりも凶悪、いや極悪そのものではないか!」
「あれが地獄から来た極悪人……」
魔王軍上級将校達は口々にマサヨシを恐れ、恐慌状態に陥る。
100年前に従軍した将校達は、100年前の救世主と比較する。
正々堂々と、真正面から天界魔法や神霊魔法で立ち向かってきた、美丈夫。
その精神性と気高さは、魔王軍の武人達も尊敬するほどであった。
しかし、今回の勇者はあの伝説の大魔王が送り込んだ、ヤクザな地獄の罪人。
「落ち着け! 落ち着くのだ! うろたえるな! 魔王軍人はうろたえないッ!」
アスモデウスは、上級将校たちに命令するも、完全に士気が打ち砕かれている。
すると、レーダー波にまた強烈な魔力反応が表示される。
「第三波来ます! 元帥閣下、ご指示を!」
レーダー観測員がアスモデウスに報告する。
このままでは、魔王軍が崩壊してしまう。
その時アスモデウスは閃いた、ここは広大な地下のシェルター空間。
「総員! 地下司令部に撤退せよ! 繰り返す、地下に撤退せよ!」
アスモデウスの命令で、兵卒たちは一斉に地下に殺到する。
その途中、パニックになり将棋倒しや、基地通路上に悪魔達の流れが滞留して圧死する、兵卒の悪魔達が続出し、まさに魔王軍総司令部は地獄のような有様に変わっていた。
「大気圏に、高熱源体が具現化! 巨大な金属の塊が現れました……あの形状は……アスモデウス閣下! 司令部の放棄を進言します! 勇者はこの司令部に攻城兵器魔法を撃ち込む気です!」
「な、なんだと!? ま、まずい! 全軍、地上に撤退せよ! 繰り返す! 地上に撤退!」
アスモデウスは、うろたえながら、魔王軍に地上へ撤退するよう指示を出す。
「高熱源体、音速の壁を越え、超音速でこちらに……間に合わない! 直撃来ます!」
その時、上級将校のゴリラ顔の悪魔が司令部に、土の防壁魔法を唱える。
「うほおおおおおお、ゴリラパワアアアアアアッ、元帥閣下、ご武運を!」
准将である、ゴリラデーモンが魔力を最大にして防御する。
「すまん! 准将! 総員退避、退避!」
司令部から、アスモデウスを始めとした上級将校たちが退避する。
「やっぱ無理ウホ……」
ゴリラデーモンのつぶやきと共に、ミサイルの形状をした金属の塊が、魔王軍総指令本部に突き刺さり、基地内部と岩盤を、冥界の紫色の炎を噴出しながら突き進む。
「ぎゃああああああああああああああああ」
多数の悪魔達が、冥界の炎に焼かれて一瞬で蒸発する。
そして、地下の司令部や武器弾薬庫もろとも燃やし尽くした後、魔王軍総司令部は大爆発を起こした。
その損害、総指令本部の40%に及び、魔王軍の死傷者は約半数にも及ぶ。
一般の軍隊では、部隊全体の損害率、おおよそ部隊の3割、戦闘担当の6割を喪失すると、組織的抵抗が出来ない事から全滅と捉えられる。
そして、最上級将校1名戦死と、戦闘継続不能な最上級将校負傷1名。
補給部隊の責任者も戦死し、精鋭部隊の武器弾薬も焼失した状態。
つまり、今回の空爆により魔王軍総指令本部全体の損害率を加味すると全滅判定。
魔王軍の敗北だった。
現在臨時の司令部指揮所が、吹雪吹き渡る屋外に設置されており、妖魔部情報将校がアスモデウスに、次々と耳を疑うような被害報告をもたらす。
「報告します! 獣騎軍死傷者多数! ガーゴイル航空団損傷軽微なるも、レオン・デーモン少将重傷、ゴリラ・デーモン准将戦死、ウルフドッグ空挺大隊損傷率30%以上、インプ・バイコーン騎兵連隊死傷者多数、補給部隊統括のエレファント・デーモン大隊長中佐戦死、ライガー獣魔歩兵師団の死傷率50%超、各精鋭部隊については、ナーガドラグーン騎兵小隊、シルバーフォックス特殊作戦中隊、レオパルド機械化大隊の装備も、武器弾薬庫が破壊された影響で満足な装備が……」
「もういい! スペクター・デーモン少将! 紙面で寄こせ、うっとおしい!」
アスモデウスは情報将校に怒鳴りつけ、紙面で被害状況を確認すると、顔面蒼白する。
「ごきげんよう、アスモデウス閣下、これは酷い有様ですね。責任はどうとるおつもりでしょうか?」
司令部に到着したアレクシアは、無表情でアスモデウスに告げる。
マサヨシに情報漏洩したのは、ほかならぬ彼女なのに。
――どうしよう……こんな損害、もはや戦闘継続は無理。ベリアルが来るまで時間稼ぎしか道はない……。
「参謀本部大将、貴様は急ぎ王国に帰還し、妖魔部を率いて、共和国連邦に侵攻せよ!」
「かしこまりました」
アレクシアはため息を吐く。
普通の指揮官ならば、参謀本部長は司令部に残り、戦略を練るのだが、アスモデウスは狼狽して焦燥しきっており、そこまで頭が回らないようだ、このポンコツはとアレクシアは内心思う。
そして、せっかく自分がこの司令部に残って、魔王軍へ更なる情報混乱に貶しいれようとしたのにと。
「本国に連絡を取りつけよう……増員が無ければ、いや魔界各国の同盟国の支援が無ければ、この勇者には勝てない……メフィスト外務大臣に情報を……」
アスモデウスは、ポツリと呟いた。
以降サタン王国が、魔界各国の代理となり、戦線は更に混とんとしていく。
敵側から見た、ヤクザのマサヨシは、極悪そのものですね。
合掌




