第72話 舎弟 中編
「場所、かえようぜ」
俺が立ち上がって部屋を出ると、極悪組全員が直立不動で整列してた。
レオーネが、アレクシアの純白のドレスを手に持ち、俺に手渡す。
「服着とけよ。その格好だと目のやり場に困って、存分に喧嘩が出来ねえ」
俺はアレクシアが着替えている間に、ニコ達子分に王宮の大型馬車を、かっぱらってくるように命じる。
「親分、オイラ達あの人との話を聞いてた。あの二人かわいそうだ。救ってやってあげて下さい」
ニコは俺に頭を下げ、子分達も頭を下げる。
「ああ、わかってる。おめえ達は、ああいう風にはしねえし、させねえ。ニコ、ブロンド、ガイ、マシュ、オルテ、頼むぞ」
子分達に命じたあと、頭を喧嘩に切り替え、さっきのやり取りや、情は一切捨てる。
そうじゃねえと、勝てる相手じゃねえからな。
こいつは歴代極悪組でも、おそらく最強、生半可な根性じゃ、勝てねえ。
「準備出来たぜ、ドライブしようや」
俺はヤスと共に馬車に乗り込んだ。
そして、俺たちは決戦の場所へと移動する。
行き先は、運転手のニコに伝えてる。
馬車を走らせること1時間、そしてそろそろ目的地だな。
うっすら潮の香りがする。
俺が死んだ海辺の香り。
「ついたぜ? ここなら誰もいねえ。思う存分喧嘩が出来る」
目的地は、王都デヴレヴィから離れた、北の軍港の外れの停泊場の、だだっ広い港で、コンクリを敷き詰めてて、北側には海が広がる。
そして周りを極悪組の面々が囲む。
こいつらは見届け人だ。
そして俺はヤスと対峙する。
俺はヤミーを見ると、あいつは悲しそうな顔をして頷く。
すると俺の体が光り輝き、俺の背中に親分の入れ墨が入った。
そして纏っていた着物をはだけて、ヤスを睨みつける。
「喧嘩おっ始める前によ、てめえに処分を言い渡してやる。滝沢泰、てめえは親殺しの罪で極悪組を破門、絶縁処分だ。これは6代目極悪組、清水正義としての命令だ、いいな?」
「へい」
破門とは、極道社会で重大な処分。
この処分を受けた野郎は、客分はもちろん、縁組み、商談、交遊などこの人間と一切の付き合いをしないようにという通知を、回状回して全国の極道組織に通達する。
要するに、この馬鹿はうちの組で、どうしょうもねえ掟破りしてクビにしたから、この野郎をそっちの組で子分にしたり、交遊したら、うちと喧嘩になるからやめろって通達すんの。
まあ小学生がよくやる、絶交ってやつよ。
破門になった奴は、ヤクザとして食っていけねえし、日の目を見れねえ。
ヤクザ殺すには、刃物鉄砲要らぬ。
紙さえ出せば一発コロリさ。
俺が死ぬ前くらいになったら、いちいち処分の理由を書くことはなくなったし、事務的になったものな。
ただし破門にも種類があって、黒字で回状回す、黒字破門なら、反省してんなら許してやってもいいよって言う、破門の場合が多く、赤字で回状回したら、もう二度とヤクザさせねえって言う、強い効果持つ赤字破門で、これを覆すには、相当な時間と労力と根性や取りなしがいる。
ハッキリ言ってカタギになった方がいい。
絶縁ってのは、もう二度とこいつをヤクザとして認めねえし、見つけたらぶっ殺すぞって意味合いの最高に重い処分で、親殺しの大罪なんかやらかした野郎は、大抵この処分食らって、消されちまう。
「そして、これはこの世界のマサヨシとしての処分よ。ヤス、おめえはこっちの世界の極悪組に、特例として絶縁を取り消し復縁。そしてこの世界を苦しめ、任侠道の風上にも置けぬ振る舞いによる罪で、背中の閻魔様に代わり、俺が引導を渡してやる。抵抗は許可するからよ、喧嘩しようぜ」
「ありがとうございます……」
つまり絶縁を取り消して、身内として処断してやるって意味だ。
「ニコ、おめえ俺の道具預かっておけ。こいつは素手だからよ、俺も素手ゴロで決着つけてやる」
目的は、喧嘩で相手をぶっ殺す事じゃねえ。
アレクシアの心を救い、ヤスの魂を救済した後、あるべき場所へ還してやるのが目的。
当初は、ヤスの野郎の面子や極道としてのプライドを、ズタボロにして喧嘩する計画だったが、さすがはヤス、根性がありやがる。
ならばヤスの野郎を、精神的にも、肉体的にも追い込んで、アレクシアの魂を呼び起こす。
そして、俺は脳内でフューリーに語り掛ける。
「フューリー、最大限に力を上げろ。奥の手を使う」
「ねえ、マサヨシ? どの世界も悲しいことばかり。何で人間は人間同士で争う事をやめられないの?」
こいつもさっきのやり取りを聞いていたのか。
散々人間の為に体張ったのに、人間や精霊界から捨てられた哀れな精霊。
だがなあ、人間の熱い思いだけは止められねえんだ。
「確かに人間は争いをやめられねえ、愚かな生き物かもしれねえ。だけどなあ、生きとし生けるものを、何かを救いたいって気持ちを、一番持っているのも人間だ。こいつらを救いたい、それは理屈じゃねえ、俺の思いだ!」
そして左のまぶたが開き、俺の無くした筈の左目に、精霊の青く輝く瞳が灯る。
精霊化の間は、動体視力を限界に高め、魔法痕跡もすべて看破できる、精霊の目。
「兄貴、いいんですかい? 素手ゴロで俺とやっても?」
「なめんなこの野郎。それによ、てめえの哀れな魂を地獄に送り返した後、このアレクシアは俺の女にしてやるんだ。こんなかわいそうな子、ほっとけるかよ馬鹿野郎」
そう、この喧嘩はヤスの代理として動いていた、アレクシアの本当の心を取り戻す戦いだ。
「はは、兄貴らしい。それでは6代目清水正義、いや、今は勇者マサヨシでしたね。元極悪組7代目滝沢泰、喧嘩させていただきます」
「いいぜ、来いよ。滝沢康! 俺とてめえの最後の喧嘩だ!」
ヤスは両手を天高く掲げ、魔力を高め始めた。
何をする気だ?
精霊眼で上を見上げると、空から地鳴りのような音がした瞬間、大気圏から猛スピードで、無数の燃える炎のでかい岩の塊が落ちてくる。
「流星群」
この野郎! こんなもん、ぶっ放しやがって。
この辺り一帯どころか、ヘタすりゃ王国の半分が消えちまうだろうが!
俺は両手で、精霊魔法と水魔法の魔力を高める。
幸いここは港で、触媒になる海水が豊富。
「水の障壁」
上空に水の分厚いバリアを、幾重にも張り巡らせる。
すると、バリアに当たった隕石のような無数のでっかい火の玉が、水蒸気爆発を起こして、闇夜を無数の閃光が瞬いた。
そして、塩の雨が辺り一帯に降り注ぐ。
ヤスはにやりと笑い、今度は塩の雨を、空中で凝縮して超巨大な塊を作り出す。
野郎、こんなもんを俺にぶつけやがる気か!
「これはどうでしょう!」
猛スピードで塩の塊が俺目がけて、落下してきた。
俺は身体強化と精霊魔法を限界まで上げ、人間の速度を超えて回避する。
すると、ヤスは右手で空手チョップするように、俺が避けた方向に魔法を繰り出す。
俺は、方向転換して空中に上昇した。
「空間断裂」
右手と左手で、幾度も空手チョップを水平や打ち下ろすように繰り出しやがる。
俺は風魔法と精霊魔法の相乗効果で速度をつけて回避した。
精霊眼の力で、事前にどこをぶった切られるのかが見える。
あの野郎、風魔法を限界に高めやがって、空間ごと切り裂いてるじゃねえか。
あんなもん食らったら、体がバラバラにされちまうよ。
そりゃあ、魔王軍の大幹部になれるわ。
それじゃあ、俺も!
俺は空中で魔力を、最大限高める。
今の俺なら可能な、冥界魔法と魔界魔法の組み合わせ!
ヤスの体を、港に落ちてきた塩の塊に封印する。
「冥界の火炎」
ヤスを封じた塩の塊ごと、紫色の炎が覆いつくす。
封印した相手を、燃やし尽くす冥界の火炎!
回避不能な冥界の炎を食らいやがれ!
すると、塩の塊が粉々に吹っ飛び、ヤスの野郎が水の魔法の障壁に包まれている。
野郎、冥界の炎が無傷!?
どんな魔力してやがんだよ、漫画か馬鹿野郎!
「焦熱地獄に比べれば、大したことありません。そして行きますぜ兄貴!」
周りの大気が、ヤスの魔力に反応して一気に周囲の温度が低下しだす。
「野郎共距離をとれ! やべえのが来る! ガルフ、イフリート化してみんなを守るんだ!」
俺は極悪組の奴らに指示し、炎魔法を限界まで高めて自身に纏わせる。
こいつ、なんて魔力してやがる。
そしてこれ以上温度が下がった先は……。
だめだ、これは海に飛び込んだ方がいい!
「絶対零度」
ヤスが限界まで魔力を高めると、周囲100メートルが凍り付く。
水と風の魔力により、周囲の原子の振動が完全に止まり、生命活動を一切許さない極低温状態。
その温度、マイナス273.15度。
これが、この世界を憎んだアレクシアの悲しみと恨みの力か。
って、考えてる暇もねえ!
「くそ! 間に合え! 冥界の火炎」
俺は、自身の体に冥界の炎を纏わせた。
この冥界の炎であるならば、極低温状態でも燃焼できる。
ヤスの魔力もさすがに尽きたようだった。
喧嘩前に、念のための沈黙の冥界魔法をかけていて、よかったぜ。
本来の魔力だったら、この港まるごと凍り付いて、俺達全員ぶっ殺されてた。
「よう、憎しみと悲しみの力を全部吐き出した気分はどうだい? アレクシア。おめえの運命の王子様はまだ生きてるぜ?」
「兄貴、さすがです。俺とこの子の最強魔法が防がれちまうとは……」
「てめえに聞いてんじゃねえこの野郎ぉ! 男と女の語らいに口出すんじゃねえ! てめえはいつもそうだったぜ! 俺が女と一緒にいると一々妬きやがって」
すると、ヤスの顔から一瞬アレクシアの顔に戻り、笑顔で涙を流し始めた。
あの子が戻るまであと少しか、そして俺もじきに魔力切れ……。
ならば!
雪が舞い散る中、全てが凍り付いた港で、俺とヤスはお互いに徒手空拳の構えをとる。
俺がボクシングの構えで、ヤスは左手を俺のあご先の位置に向け、右手は俺の腹にぶち込める位置に構え、お互いにその場でステップをする。
ここからが本番。
ヤスの素手ゴロの強さは、歴代極悪組最強。
誰が名付けたか、ついた渾名は喧嘩師のヤス。
俺とヤスは同時に、お互いの間合いに踏み込む。
ヤスは、初撃の左の順突きを繰り出すが、これはフェイントで左手をぱっと開いて、俺の目を突きに来やがったから、俺は頭突きで目つぶしを潰す。
こいつの常套手段、最初に相手の目を潰しに行く。
転生後も、喧嘩のスタイルは変わらねえらしい。
そしてヤスの繰り出す二撃目の右の正拳突きを、左手で受け流し、俺はバックステップしてから、前に踏み込んで、右のストレートパンチを入れるが、ヤスは上体を捻るスウェーで俺のパンチをかわし、左拳で俺の脇腹の肝臓目がけて、レバーブローを打ち込む。
パンチの衝撃を受けて、一瞬息が詰まるが俺はヤスの顔面に頭突きをくらわした。
お互いの頭がぶつかる鈍い音がして、互いに距離をとる。
すげえぜ、精霊の目の効果。
ヤスの予備動作から気配やら感知しちまって、素手ゴロの実力では劣る筈の俺が喧嘩できる。
「やりますね、兄貴。これはどうでしょう?」
ヤスは、超スピードで動き回り、残像で目くらまししようとした。
だが、攻撃の予備動作を感じて、俺はヤスの本体にワン、ツーとジャブストレートを入れる。
ヤスは怯まずに、俺の右手首に両手で絡みつき、関節を極めたまま、独特の体さばきで両腕を振りかぶりつつ背転して、刀を斬るように腕を振り下ろす。
おそらく、古武道の合気柔術の必殺の一撃、四方投げだ。
などと思った刹那、俺は氷の床に頭から叩きつけられ、一瞬意識が飛ぶ。
ちくしょう、この状態じゃ無ければ脳みそ垂れ流すところだ。
そして、ヤスは俺の右手を掴んだまま、何発も踵蹴りの一撃を頭に加えてくる。
やべえ、死ぬ、死ぬってこれ。
だが、俺は上体を起こしてヤスの右足を掴むと、思いっきり噛みつく。
足の肉を抉り、俺は立ち上がると、お互いに間合いを離してにらみ合った。
「てめえこの野郎、ヤクザの喧嘩に何だそのざまはよお。目ん玉や金玉狙って喉笛噛みついて、ぶっ殺す気合見せろ! 地獄の刑務所生活でボケてんのか!」
「失礼しました、じゃあこれはどうだい? 兄貴」
ヤスは腕をだらりとして、足を肩幅に開き、あごを引いて真っすぐ俺を見据え、闘気が溢れ出す。
うわ、出たわこれ、無の境地の構え。
この構えから繰り出される、変幻自在の技の数々で何十、何百の手練れの極道や、盛り場で暴れるプロ格闘家の奴らも地べたにひれ伏して、時には命をも奪い取る、ヤスの最強の構えだ。
そして、この構えから繰り出されるのは、後の先を極めた、何が飛んでくるかわからない、究極のカウンター攻撃の数々。
だが、ビビるなマサヨシ! ここが正念場!
こいつに封じられたアレクシアに届く、俺の究極の技を見せる時よ。
「へへ、いいねえ、最高だぜ。行くぜヤス、アレクシア!」
俺もヤスの構えを真似して、腕をだらりと下げる。
まっすぐ、一直線に飛びつくためによ。
そして、俺は自分の勘を頼りに、ヤスの必殺の間合いに飛び込んだ。
するとヤスは俺のアゴをぶち抜くような、強烈なフックを繰り出す。
あごの骨が砕けたが、構いやしねえ、このまま前に押し切る!
俺は、ヤスの体をその場に押し倒した。
行くぜこの野郎、そして俺の究極技!
俺はヤスの顔を両手で、優しく包んでやり、唇と唇を重ねた。
「なななななななな、何をやっとるんじゃ! マサヨシ!」
「マ、マサヨシ殿! なんで!」
うるせえ女共が妬いてやがるぜ。
だがよお、もう俺にはこの技しか残ってねえ。
すると、ヤスの左目から一筋の涙がこぼれ落ち、アレクシアの顔つきに戻った。
そしてキスを終わらせて、軽く右手でアレクシアのプラチナブロンドを撫でてやった。
「マ、マサヨシ様?」
「どうよ、お姫様。悪しき力で封じられたお姫様は、王子様のキッスで元に戻る。俺の世界のおとぎ話に伝わる、究極の技さ」
「う、うあああああああああん。マサヨシ様、マサヨシ様」
俺がキザったらしく言うと、アレクシアは号泣して俺の体に抱き着く。
そして、俺はあの冥界魔法を唱え出す。
俺とアレクシアの周りを、無数の魔法陣が包み込む。
「行くぜ、ヤス、決着の時だ、深淵」
俺はアレクシアの深層心理、魂の奥深くまで侵入する。
この魔法は、相手の魂の奥底に潜入し、相手の心を読み取る冥界上級魔法。
そしてアレクシアの心の中に、一人佇む男を俺は見つけ出す。
俺を見ると、男は嬉しそうに、にこりとほほ笑んだ。
「待たせたな、ヤス。さあ、俺とてめえの喧嘩、最終ラウンドだ」




