第71話 舎弟 前編
俺達は、約3か月ぶりに王国に帰還する。
コルレドは同行したがっていたが、奴は共和国連邦の大統領様だ。
万が一があるから、絶対連れて行かねえ
それに俺は話し合いに来たわけじゃねえ、外道に堕ちた、俺の元最愛の舎弟にして子分の、ヤスに引導を渡しに来た喧嘩だ。
皆には、この喧嘩の立会人になってもらう。
俺とヤスの一対一の喧嘩だからな。
ヤス……。
あいつとは、前の世界で50年近く一緒に苦楽を共にした。
初めて会った時はいつだっただろうか。
俺が駆け出しの時で、野郎は事務所で盃貰う前で丁稚してた時だったかな?
最初は丁稚のくせに、年上で生意気そうだったヤスをぶちのめした。
なぜなら、こういう住み込みの小僧の教育は、末端の若衆の務めだったからな。
「何で、てめえみてえな野郎が、ヤクザやりてえって言いだしたんだコラ? おう?」
俺はまだ未成年だったが、年が上のヤスに恫喝いれる。
そう、こいつは22でヤクザやりてえって言って、入ってきたやつだった。
聞くと、なんと東京大学を中退してきた、親が官僚様のおぼっちゃんだったようだ。
学校すらまともに通えなかった、俺からしてみりゃ不思議だった。
今じゃ大学卒業して渡世に足を踏み入れるヤクザも珍しくないが、当時としては異色で、仮に東大中退でも、雇ってくれる企業なんてごまんとあるのに、なんでヤクザってな。
「実は、僕は貴方に憧れて、この世界に足を踏み入れました」
何のことかわからなかったから、とりあえず一発くらわして訳を聞く。
俺は覚えていなかったが、奴は東大の空手部だったらしく、190センチのガタイでパワーがあったため、部のエースで、全国大会なんかにも出てる野郎だった。
そして地元が俺と同じで、ある日地元に帰ったら、組にも入ってねえチンピラに、目が合ったの合わねえだので、からまれた。
奴は大会控えてたから、問題を起こしたくねえって思って、土下座して謝ったらしいが、ボコボコに殴る蹴るされる。
そんで、ちょうど任侠映画かなんかを見て、意気揚々と映画のセリフを呟きながら通りがかった俺が、ヤスが殴る蹴るされてるところを見て、チンピラが天下の往来で、いきがってんじゃねえボケと思って、そいつらに、任侠映画のセリフ言いながら殴る蹴るよ。
ヤスは、それで俺に惚れちまったらしい。
大学辞めて、親に勘当されてうちの組に入ってきたようだった。
「覚えてねえな。まあいいや、おめえとは縁ができちまったし、面倒見てやるよ」
それが、ヤスと俺の出会いだった。
俺は自身の左手、義指つけてはいるが無くした小指を見つめる。
そう、あれは転生前に小指を無くした時の話。
当時俺が組を持ったばかりの時、若い衆が東京の組織にさらわれて殺された。
そりゃあ当然だよ。
俺らシマ荒らし、してたもの。
それが発端で、舎弟頭にしてたヤスが、東京の組織のお偉いさんを、殴り殺す事件を起こす。
さらわれて始末された野郎は、俺のお気に入りの若衆だった。
裏で敵対しているとはいえ、その組織とは本家が盃交わしていた関係だったから、俺は当事者である舎弟のヤス連れて、手打ちを視野に入れた交渉事に向かうが、もう向こうさんは俺達を殺す気満々よ。
裏の世界ってのは、血のバランスシートってのがある。
命のやり取りをして殺生した場合は、それに見合うだけの命が必要となる。
ヤスがぶっ殺したのは、組織の中堅の組長。
そして、それに見合う対価は、当時売り出し中だった俺の命ってわけだ。
本家は、俺の報告聞いて俺の命がとられた段階で、それを大義名分に東京進出して抗争するつもりだった。
あとで知った話だがな。
そして、あれはかなりハードな交渉事だった。
だって、俺の命取ること前提の交渉なんだもの。
理屈なんて通じるわけねえだろっての。
その時ヤスは、パンツに隠してたドス取り出して、啖呵切ったのさ。
「俺と兄貴は、いずれ極悪組、そして日本のトップになる器量だ! お前たちのような東京の三下の組長の命なんざ、屁でもねえが、俺の命が欲しけりゃくれてやる」
と奴はドスを自分の首に向けて、兄貴、後は頼みますとか、やくざ映画みてえな台詞言いやがって、カッコつけたから、俺はドス取り上げてその場でヤスを殴る蹴るよ。
もうね、向こうさん口をあんぐり開けてやがんの。
何やってんだこのボンクラ共みたいな。
「すいやせん、ブサイクな真似ばかりで申し訳ねえので、俺の命と引き換えに、指で勘弁してもらいませんか?」
俺はそう言うと、ドスで小指落とした。
今は小指なんて、落としても金にならねえなんて言われてるが、当時は小指イコール自分の命と同じ。
向こうさん、しまったって顔しやがったよ。
「てめえみてえな、若造の指なんかいらねえよ馬鹿野郎!」
「カッコつけてんじゃねえぞ、この野郎!」
もう、向こうさん何なんだこいつらって言う目で、罵声浴びせてきたのね。
そしたら、ヤスがそいつらボコボコにすんの。
「日本一の極道になる、兄貴の命と同じ重さの指じゃ不足か!」
ヤスがもう、動けなくなった、相手の幹部を蹴り続けてんのね。
その光景みて、俺大爆笑しちまったぜ。
結局、向こうの若い衆が出てきて、大乱闘して全員ボコボコにしちまった。
小指無くして、血が止まらなくて、痛えってのにさ。
こうして、俺の指と引き換えに、東京の組織との大抗争はお流れ。
それで、その話を聞きつけた、伝説の極道と呼ばれた本家の大親分の組長が、面白がって俺を呼びつけて、直参の盃を降ろしてくれた。
今思えば 懐かしい話だよ。
「マサヨシよ、大丈夫か? 辛くはないのか?」
ヤミーが、心配そうな顔して聞いてくる。
「辛いな、けどしょうがねえよ。俺が生んだ業だ」
俺達は、首都デヴレヴィからはずれにある軍港に到着し、女王アレクシアが先頭に立って出迎える。
「よう、元気だったか?」
「お待ちしておりました、マサヨシ様。こちらの方々も前に拝見しましたが、マサヨシ様のお仲間ですね」
アレクシアは、俺の極悪組のメンツを見やる。
レオーネは目を伏せた。
まあ、こいつの場合王国の大公だから、俺達が支配する共和国連邦にいたら、立場ないもんな。
「そう、舎弟が一名来れなかったが、こいつらがこの世界の極悪組の執行部よ! ニコ、若頭として挨拶しろ!」
ニコがアレクシアに仁義を切る。
その時のアレクシアの目に、一瞬浮かんだのは、嫉妬の情念の炎。
「どうだい? 転生前は廃れちまってたけど、うちの若頭はよくやんだろ?」
「ええ、可愛らしいですわね」
なんだとこの野郎。
こいつニコをガキだと思ってなめてんな。
俺の若頭なめやがって。
「いやあ、転生前のおめえさんよりも、男気があって、よく働いてくれんだよ。親殺しとかしちまう、どっかのボンクラよりもよ」
アレクシアの目に浮かんだのは、怒りの色で、ハンカチを取り出すと、右目をこすり始める。
本来のアレクシアなら、笑って流すだろう。
だが、この野郎反抗的な目をしやがって。
やはりこいつ、ヤスが主導権を握ってる。
「そうですか、色々とお話を聞きたいですわ。歓迎いたしましょう、王宮へどうぞ」
俺達は馬車で王宮へ移動する。
馬車の中は、俺とヤスの二人きり。
その間の街道は、騎士達全員が頭を下げてる。
数十万、いや100万以上の数の騎士と、兵士達。
村々からも徴兵しやがったな。
てめえの虚勢のために、弱い立場の平民らも駆り出して、大物気取りやがって。
「よう、俺はよ喧嘩しに来たんだ。こいつら帰らせろや? 農作業とかあんだろうがよお」
「喧嘩? いつでも出来るではないですか? これは私のあなたへの誠意です」
俺は馬車の中で立ち上がって、ヤスの前に立つ。
「いらねえよ、そんな誠意なんかよお! てめえ親だった俺に意見しやがって。なめてんのかこの野郎!」
俺はヤスの頬を張り、美しくセットされた、髪の毛を引っ掴み、外に顔を出させた。
「こいつら見ろコラ! どっかの畑から連れてきた野郎らだろ! こんなくだらねえことでカタギ集めやがってコラ。てめえは極道としての、最低限のわきめえも出来なくなったのか!? ふざけんなボケ!」
俺はヤスに怒鳴って、引っ掴んだ髪を放り投げるように馬車の中に転がす。
アレクシア、いやヤスの、美しいプラチナブロンドがボサボサになり、目を伏せ、水晶玉で解散するよう指示を出した。
アレクシアならしょうがねえが、ヤス。
てめえなら話は別だ。
徹底的にてめえの、極道としての面子やプライドを、ズタズタにしてから、喧嘩させてもらうぜ。
王宮に着くと、早速晩餐会が開かれて、パーティ会場の席に着くと、貴族の女共が服を脱がされて、全裸のまま涙目でダンスを踊っていた。
あまりにも悪趣味な光景に、レオーネは顔を伏せて、ヤミーは嫌悪感剥き出しの表情をする。
舎弟頭のガルフは構わず酒を飲み、子分共がボケーっと、しながらその光景を眺めた。
「どうでしょう? マサヨシ様。転生前は、よく宿を借り切って、あなた様が好きだった催しです」
ああ、懐かしいなあ。
温泉宿を丸ごと貸り切って、スーパーコンパニオンのお姉ちゃんらかき集めて、色々と楽しいことを組の連中とやったもんだぜ。
だがなあ、商売女なら別にいいが、こいつらカタギの貴族の女共だろう? ふざけやがって。
俺はパーティのテーブルを蹴り上げて、ひっくり返し、啖呵を切った。
「てめえ、服着させて返せ馬鹿野郎! いちいち俺の癇に障ることしやがってコラ! けったくそ悪い! おめえら、部屋に戻るぞ!」
俺は床に唾吐いて、会場を後にする。
振り返ると、ヤスが体を震わせて、唇を噛み締めていた。
どうしょうもねえ外道に、堕ちやがってるな。
俺は用意された部屋の明かりを暗くし、闇に右目を慣らせながら、道具の手入れを行ない、水晶玉の通信は入れっぱなしにしている。
組の連中には、何があってもいいように、完全武装をさせてな。
すると、部屋のドアからノックがした。
もうそのノックの仕方から、誰かはわかるぜ。
「入れ」
すると、下着姿のアレクシアが入ってきた。
「今日は、申し訳ありませんでした。私が夜伽をしますので、どうかお怒りをお静めください」
おお、すげえなこりゃ。
まるで天使様のような、可愛らしさだぜ。
中身ヤスだけどよ。
アレクシアなら抱いてやってもいいが、ふざけた茶番しやがって、この野郎。
「おお、そりゃあすまんな。それで、これはアレクシアが望んでいることなのか?」
するとヤスはビクっとなって俺の目を見る。
気がついてねえと思ったか?
このマヌケが。
「なあ、アレクシア。俺とおめえが、こういう関係になって、愛を確かめ合うには、もうちっと、段取りとかムードとか、こいつみてえな邪魔が入らねえ方がいいだろ?」
すると、ふいにアレクシアの右目から、涙が溢れ落ちる。
どうやらあいつは、まだヤスに意識を全部、乗っ取られてはいないようだ。
「いつからですか?」
「選挙前日の時だ。てめえ、よく小難しい格言なんか使いやがってたな。この世界でうちらの国のことわざとか使うの、俺とてめーだけだろう? それでもう、ピンときたよ」
俺がにやけて言うと、ヤスは笑い出した。
「やはり、マサヨシ兄貴はすげえ男だ。このクソのような世界で、あんた眩しく輝いてる。まるで昔のあの時のように、最高にカッコよくていい男になってますぜ」
俺はヤスの回答を鼻で笑う。
「てめえは、どうしょうもねえ、最低の外道に成り下がってやがるけどな。俺をガッカリさせやがってこの野郎。いつからだ? いつからこの子の中で活動してた?」
俺の質問にヤスは、とびきりの邪悪な笑みを浮かべる。
「このお嬢さんはね、物心ついた時から、意思薄弱で感情が乏しかった。上の兄弟達からも、イジメられてて、親はゴミのような目で見てた子だが、知能と魔法の才能はずば抜けてた。もったいねえじゃないですか? だから色々手を貸してやりました」
だから、幼少期から悪魔野郎と戦えたのか。
そして今のアレクシアが形成された。
「この子はね、全てを憎んでましたよ。生まれが立派でも、幸せとは限らねえ。だから、もっと自分の才能を活かせって、心の中で囁いたんです。お前なら魔界を支配する魔王になって、この世界の連中を、見返せるって」
アレクシアが魔王軍になった理由。
それはこの世界への復讐。
そういう事か。
「そして俺は兄貴が、転生していた事を知ってた。だからきっと役に立つと思ったんです。魔王軍を支配して、この世界を治めちまえば、兄貴は楽に世界を手にできて、救済できるとね」
なるほど、人類だけを裏切ったわけじゃない。
この子とヤスは、俺のために全てを裏切っていたのか。
やはりこいつが描く絵図は違う。
そして俺は知っている。
おめえが何のために、転生したのかもな。
「そして俺はこの子にこうも囁いた。いずれお前の運命の王子様が現れて、愛してくれるだろうと。傑作でしょ?」
ヤスが、アレクシアの事を嗤うと、アレクシアの右目から、涙が流れ出した。
「笑えねえし、つまんねえことばっかり言いやがってコラ。ふざけんなこの野郎! てめえ、人間を、この世界の連中をなんだと思ってんだ!」
俺が啖呵を切ると、ヤスの顔が鬼のような表情に変わった。
「だったら、あんたが6代目になった時、何で俺や直参連中、枝の連中を、愛してくれなかったんですか! 死ぬ前まで女と金と保身ばっかで!」
今度はヤスが俺に啖呵を切り出す。
そうだな、そういえばそうだったよ。
最低の外道だったな。
「悪かったと思ってるよ……」
俺はふいに目を伏せ、頭を下げた。
こいつの言い分は、なんら間違っちゃいない。
「6代目極悪組は、あんたと俺の子供みたいなもんだったのに……。どうして愛情を注いでくれなかったんですか……。なんで、この世界の連中ばっかり……」
ヤスも目を伏せて、左目から涙を流す。
「決着をつけよう、ヤス」
俺も涙目になって震え声で呟いた。
そして今度こそ、お前の魂を救ってやる。




