第67話 母と子
「!?」
俺は唐突に目を覚ます。
すると目の前で、いかついでっかい顔が俺の顔を見つめていた。
「うおおおおおおおおお」
俺は叫び声をあげ、心臓が止まるような思いをしてその場に正座した。
「久しぶりじゃの、マサヨシよ」
閻魔大王親分だった。
やっぱ怖ええよこの人、いやこの神様。
「お呼びでございましょうか、親分」
俺が言うと親分は、着物の裾から葉巻を取り出す。
そして、葉巻を口に咥えようとした。
「失礼しやす!」
すっと俺はその場を立ち上がり、閻魔大王様の玉座のすぐ前まで赴く。
親分が葉巻を咥えたその瞬間、俺は頭を下げる。
そして、左手を添えながらそっと右の人差し指から燃焼魔法を使う。
親分は、少しだけ首を傾けて、俺の即席ライター魔法で葉巻に火を着けた。
そして俺は、元の位置に戻ると再び正座する。
「左目を失ったそうじゃの? 大事なくてよかったわ。それに、お主の業で引き寄せられた、全ての哀れな魂と、あの世界で再会した様子じゃな」
ああ、そういう事か。
ヤミーは、俺の心が壊れてしまうのではないかと心配していた。
だから、俺の心が壊れる前に親分から冥界に呼び出されたという事ね。
狛魔犬兄貴の計らいもあって。
「親分の心遣いありがとうございやす。私も一人を除き、あいつらの素性がわかりやした」
親分は葉巻の煙を吐き出した。
「その前に、我はお主に詫びなければならぬことがある。この話は今しがたヤミーにもしたが、酷くショックをうけおっての。お主、我の話が終わったら、あやつを慰めてやってはくれぬか? 迷惑をかけて本当にすまん」
閻魔大王親分は、俺に深々と頭を下げた。
俺も平身低頭で頭を下げる。
「頭を上げてくだぜえ。親分ほどの方が、頭をこんなに下げるとは、よほどの事が起きたんでしょう」
俺が言うと、親分は苦虫をかみつぶした顔になる。
親分のこんな顔を見るのは初めての事だった。
「まず単刀直入に要件を話す。あの世界で現れた、勇者ガイウスなる存在は、まぎれもなく本物の勇者じゃ。神界が送り込んだのう」
は? 何だそりゃ。
だってヤミーはあの時、神界法に抵触するからあり得ないと。
「そう、神界法の盲点を突かれたのじゃ。あの世界の元々の担当神はアテネ。知恵と戦いの女神で、あやつの担当神としての任期は切れておらなんだ。しかし、神界法ではあの世界に送り込める勇者は、神の名において一人のみ。あやつは100年前に救世主を召喚しており、それは不可能であると思えたのじゃ」
マジか、法律の目をくぐったってのか。
頭が回るな、その女神さんは。
しかしどうやって?
「そう、じゃからあやつは、別の神の名義で歴戦の勇者を転移させたのじゃ。あやつには様々な名前がある。ミネルヴァの名義で、すでに天界から転生して生まれ変わった英雄の男を、転生前の記憶を無理やり植え付け、あの世界に転移させおった。それが勇者ガイウスの正体じゃ」
うわ、ヤクザ顔負けな脱法のやり方だろそれ。
無茶苦茶やりやがるな。
「そしてお主は冥界からあの世界に転生し、我が妹もお主のお付として、同行させた。これは創造神様の許可も得ての事じゃが、本来神界法では転生や転移は神界から送り込むのが、常道じゃ。つまりあの世界には、勇者が二人おる。本来はありえぬことじゃ」
「なぜそんな事に?」
大体想像はつくが、俺はとりあえず聞いてみることにする。
すると、親分の顔面に無数の血管が浮かび上がる。
やべえ、怖すぎる。
「簡単な事じゃ。外様の我と妹の力で、罪人だったお主によって世界を救済されおるのが、我慢ならぬと神界の神々が画策した陰謀じゃ。全く小物ばかりで頭にくる話じゃて」
ああ、やっぱり。
俺、優秀だからなあ。
鉄砲玉でも嫌がらせでもなんでもやるって、転生したけど成果出しまくってるし。
「それでの、アテネの性格からお主とガイウスは、じきに相まみえることじゃろう。神界法には、勇者同士の対立の罰則はない。そしてお主に閻魔大王の名において命令する、お主は冥界の代理として敗北は絶対に許されん。お主は、神界の代理たる勇者ガイウスの妨害と魔界に勝利し、あの世界を救済するのじゃ!」
「へい、わかりやした! 是が非でも勝利いたしやす!」
冥界の代理として神界の代理との戦いに勝利。
ますます事態が混迷してきたな。
そして、俺の業の影響で転生した魂達は俺の前に全て……。
「ふむ、一人を除きお主にはあやつらがなぜ、あの世界に転生したのか話してやろう。創造神様のご許可を得たからの。1名については、最初に担当したのが我ではないゆえ、守秘義務が生じる。それに事実を知ってしまった場合、お主はおそらく、精神に異常をきたすだろうからの。よいな?」
「へい、ありがとうございやす」
なるほど、多分秘匿されているのは、ニコの事だ。
あいつ、一体何者なんだ?
「まず一人は、お主が先ほど会った人物。もうお主は、誰だかわかっておるな?」
「へい、あの人、教王様はアタシの母、清水正代の転生体でしょう」
間違いない、あの人は前の世界で俺の母親だった人だ。
たちんぼで生計立てて、男の欲に溺れて、俺を散々虐待した挙句にシャブに狂い、自殺したおふくろでおそらくは間違いない。
そして俺の業に引き寄せられて、この世界に転生し、目が不自由な姿で生まれ、恵まれない子供のために活動してて、俺の存在にうっすら気が付きながらも、おふくろの魂の影響で、今まで合わす顔が無かったから、姿を見せなかったのだろう。
「そうじゃ。あやつは地獄の刑期が満期近くなり、転生させようとしたところ、お主の存在がネックとなり、あの世界に転生させたのじゃ。すでにあの世界で善行を積んでおり、おそらく今度は天界行となるじゃろう」
そうか、おふくろの奴は次は天国に行けるのか。
よかったな。
「ふむ、危ない所じゃった。あやつの、清水正代の魂が具現化し、あの場でお主が、転生前の自分の子であると気が付いた場合、危うく世界救済前に死ぬところじゃったわ」
「へ?」
救われると死ぬ? どういう事なんだ一体?
「お主も覚えている筈じゃ。転生後に親代わりになったあやつが、回復魔法をお主がかけ続けても、助けられなかったことをのう」
「!?」
俺は親代わりになってくれた5代目のおやっさん、お父さんの件を思い出した。
そう、あの人は自分は救われたと言い残して、死んでしまった。
俺が回復魔法をかけ続けたのにもかかわらず。
ということは……。
「そうじゃ、お主をあの世界で育てた男は、途中から人格を前世の魂が侵食し、あやつそのものになっておったのじゃ。そして、お主が出会った教王の中にいる、あの者の魂の中の清水正代が具現化した場合、あやつの魂と共に、ソフィアも天に召されるじゃろう」
なんでだよ……。
俺は涙を流して、親分の話を聞く。
酷い、こんなことあんまりだ。
「何が酷いと申すか! 貴様はそれだけの罪を、業を犯してきたのじゃ! 確かに転生前、お主の魂が歪んだのは、あやつのせいじゃ。しかし、お主は自分の親が酷い有様になった時、何をした! 死ねばよいなどと思い、親であるあやつを捨てたのじゃ! だからあやつは絶望して身を投げたのじゃ!」
親分は、俺の生前の行いを叱責する。
確かにそうだよ、俺はシャブに狂ったおふくろを見捨てた。
そして、おふくろはあの世界に転生してやってきたんだ。
自分が生前出来なかった、かわいそうな子供達を救うという使命をもって。
「あやつは転生前にお主の事を知ると、合わせる顔が無いと恥じ、目が見えないように転生させてほしいと我に頼み込んだ。そして、あの世界に転生したのじゃ。我は、あの哀れな清水正代の魂だけを救う方法をお主に伝授する。清水正代には業はあるが、あの世界のソフィアなる乙女には、罪はないからの」
「へい、よろしくお願いします」
俺はおふくろに心の中で詫びながら、親分より冥界魔法の秘技を教わった。
「次に、あやつの魂じゃったな。我も印象深い魂じゃった」
ああ、俺を転生前に殺した愛する子分であり、最初の舎弟。
滝沢康ことアレクシア。
「ふむ。あやつは地獄の刑罰を持っても浄化できなかった、稀代のワルじゃ。ごくまれに、ああいう魂が100年単位で出てくるので、あやつの存在はよく覚えておる」
うわ、あいつ閻魔大王様にそこまで言わせるほど極悪なのかよ。
「長い話になる。お主、あやつの話を聞いてショックを受けぬよう心せよ」
親分は、ヤスの話をした。
俺はあいつの話を聞くうちに、なぜあいつの真意に気が付いてやれなかったのだろうかと、あいつを歪めちまったのは俺だと涙を流す。
「わかりやした。それでは自分はこれで」
「うむ、大儀であった。それではあの世界に帰るがよい」
親分が右手をあげると、俺の意識が再び遠のく。
まずは、おふくろから救ってやろうと思いながら、あの世界に俺の意識は戻った。
「マサヨシ! しっかりしろ! マサヨシ!」
ロンの兄弟が俺を揺さぶっている。
傍らには、心配そうに駒魔犬の兄貴が、俺を見つめていた。
どうやら、雨が降っているみたいで、俺の体は冷え切っていたようだ。
まあ、この程度じゃあ健康優良児の俺は風邪なんぞひかんがな。
「兄弟よ、すまねえ。俺は教王さん、ソフィアさんに謝らなきゃあならねえ」
俺はむくりと体を起こす。
この世界の雨は、俺が転生した時は酸性の雨だったが、状況が好転し普通の雨になっていて、石畳やアスファルトから漏れ出す、雨の臭いも転生前に嗅いだ臭いそのままになっていた。
「日を改めろ、こんなずぶぬれで、あの人に会ってどうするんだ」
「どうしても大事な事があるんだ。兄弟も立ち会えよ」
俺は教王さんに面会を願うが、侍従たちに断られる。
まあ、そうだよな。
俺はあの人を、そして彼女の中のおふくろの心を傷つけた。
だが、会って話をしねえといけねえことがある。
俺はロンと目配せし、侍従に当身を入れて気絶させ、教王室の中に入る。
すると、教王ソフィアは寝室のベットですすり泣いていた。
「なあ、兄弟? 生まれ変わりってのを信じるかい?」
「信じるも何も、兄弟は生まれ変わったからこの世界に来たんだろ?」
「まあな、あの人は転生前の俺の大事な人だった。ちょっと行って救ってくる」
俺は親分が教えてくれた冥界の上級魔法の一つを唱える。
すると、幾重にも俺の体の周りに魔法陣が具現化した。
「いくぜ、深淵」
俺はソフィアの深層心理、魂の奥深くまで侵入する。
この魔法は、相手の魂の奥底に潜入し、相手の心を読み取る魔法。
戦闘でも使えるだろうが、今回は戦いじゃない。
俺の母ちゃんの救いでもあり、俺の救いの為でもある。
そして、彼女の心の深層に1人、泣いている女がいる。
長い黒髪に端正な顔立ちをした女、俺の母親、清水正代だった。
「こんな所にいたのかい? 母ちゃんよ」
俺が声を掛けると、おふくろの体がビクリと反応し、こっちを一瞬見た後にすぐに目をそらす。
「俺さあ、母ちゃんに話したいこと、たくさんあるんだ。馬鹿やってヤクザになっちまって、それがもとで死んじまって、でもこの世界でいい奴らに沢山会ってさ」
俺が近づくと、おふくろの叫びが頭の中でこだまする。
私はお前に会いたくない!
お前を見る資格などない!
もう私にかまわないでくれと。
おふくろの記憶の断片が、次々俺の頭の中に浮かんでくる。
何不自由ない、名家の生まれだった事
戦争で、空襲を受けた結果、両親や親戚全員が死んじまった事。
夜の街で、外人の駐屯兵相手に売春をする日々。
望まぬ形で、父親が誰かはわからない俺が生まれたこと。
そして、そんな俺に愛情を傾けようとしても失敗する日々。
男たちに囲まれるも、孤独だった俺に向ける愛憎の念。
俺がサツや社会に連れていかれ、引き離された夜の記憶。
孤独を紛らわすために、シャブに手を出した悲しい日々の記憶。
シャブで狂いながら、ヤクザになった俺を気にかける日々の記憶。
そして孤独にさいなまれ、俺が生まれた団地の屋上から身を投げた最後の日の記憶。
美しかったおふくろの頭がザクロみたいに、砕け散った最後の瞬間。
そして冥界の裁判と、地獄での浄化の苦しみ。
ああ、そうだよなあ。
理由はどうあれ、シャブで頭がおかしくなっちまった、おふくろを捨てたのは俺だ。
だけど、これだけは言いてえんだ、母ちゃんよ。
「俺を生んでくれて、ありがとう」
おふくろ、母ちゃんはすすり泣いていたままで、俺の顔を見ようとしなかった。
「俺さあ、どうしょうもねえクズのヤクザに育っちまったけどさ、この世界でいろんな奴らと会って、みんな勇者って言ってくれて俺を頼ってくれて、この世界と、お母ちゃんを救ってやりてえんだ。だからさあ、顔を上げてくれよ、母ちゃん。頼むよ……」
俺は涙を流していた。
頼むから、俺を見てくれよお母ちゃんよお。
俺、この世界にきて少しは人様の役に立てる男になったんだ。
あんたが胸を張れるくれえの。
「ありがとう、マサヨシ。生まれてきてくれてありがとう、そしてごめんなさい」
母ちゃんが俺を見て、涙を流して振り返った。
俺はお母ちゃんに駆け寄り、体を抱きしめる。
そして声を上げて泣いた。
まるで、ガキの頃に戻ったように。
「俺も……生んでくれてありがとう。そしてごめんよお……お母ちゃん……。じゃあな母ちゃん、愛してるよ。そしていつかまた会おう、昇天」
俺は、冥界の上級魔法を唱え、天界に昇天するおふくろを見守った。
迷える魂よ、安らかに。
そして俺は、ソフィアの心から離れる。
ソフィアは俺の顔を見て、緑と茶色のオッドアイの目を見開き、涙を浮かべる。
片方の茶色の目は、おふくろの目の色だった。
「ああ、マサヨシ司祭、そしてロンさんのお顔が見える。世界の色や、形が見える! 勇者様!」
俺の体に、ソフィアは抱き着いた。
おふくろの魂は祝福されながら、天に昇っていった。
次はヤス、テメーの番だぜ。




