第46話 赤ヘル軍団
エルフは、自然科学や薬学調合、植物素材、そして弓の取り扱いのプロフェッショナルである。
エルフの騎士団は、大森林の水辺に生える腐食に強い建築素材にも使われる、全長120センチ以上の長弓を装備しており、その矢は、大森林にいる極楽オオガエルやポイズンスライムといった、猛毒モンスターの毒素を混合し、対象を確実に殺傷する猛毒の矢や、敵を生け捕りにするために用いられる、大森林のツル植物に加え、ネムリゴケ、そしてイビルトレントといった、凶悪な植物モンスターから抽出した、麻酔効果のある睡眠矢など、様々な矢を使いこなす。
矢尻については、凶悪なモンスターやドワーフの硬質な鎧に対抗するため、土魔法で雑に生成した金属だが、千枚通しのように形成して極めて貫通力が高く、これに風魔法を乗せて威力を倍加させていた。
さらに、矢のコントロールは、風の妖精シルフの力と、自身の風魔法を用いて、ホビットの大鷹の羽で細かい弾道コントロールが可能であり、熟練のエルフならば有効射程が1キロを超え、対象を確実に仕留めることも可能であり、こうでもしなければ武装したドワーフを仕留めることなど不可能である。
エルフ騎士団精鋭は、女性だけで構成されており、伝説のエルフの女王を崇拝し、女王の美しい赤色の髪を模した、赤いベレー帽や、ヘルメットのような赤い兜を装備していた。
そして、エルフ騎士団とホビット国に駐留していた、王国最強の精鋭騎士集団、ロイヤルガード隊二個中隊が、平原で衝突したが、結果は王国ロイヤルガード隊の惨敗だった。
彼らの装備している剣と銃火器では、エルフの装備している長射程の弓の前に全く歯が立たなかった。
そして、ロイヤルガード隊と共に奮戦していたレオーネを見て、エルフの女長老カランシアは、思わず目頭を押さえ涙を流す。
「女王陛下じゃ。赤毛に青い瞳の美しい太陽の装備、背格好も武器も凛とした佇まいも、女王陛下そのもの、違うのは耳の長さだけ。このカランシア、2千年間貴方様のお帰りをどれほどお待ちしたか……」
レオーネの姿は、エルフの伝説の女王と酷似していた。
彼女はエルフの女王の生まれ変わりであった。
人間の王国に嫁ぎ、人間として一生を終え、この大陸の名前の由来となった、精霊界のアルフヘイム行を拒否し、人間として天界に召され、その後、転生して王国伯爵家令嬢として生を受けたのだ。
「皆の衆、女王陛下じゃ! 女王陛下が帰還した。女王陛下を傷つけることなく、エルフ王国に帰還させるのだ」
カランシアは、エルフ騎士団精鋭に命令を下し、特殊矢で狙撃を命じる。
レオーネのヒヒイロカネの甲冑の隙間に、スナイパーの放った矢が突き刺さる。
「ああっ、マサヨシ殿……」
麻酔効果を持つ矢であり、レオーネはその場に昏倒した。
そして、エルフ騎士団の圧倒的な力に恐怖した、商人コルレオーニを尻目に、レオーネはエルフ王国へ拉致された。
「勇者様の従者、伯爵家レオーネ・ド・コルネリーア様が拉致された! ロイヤルガード精鋭は、急ぎホビット平原の北側にある大森林に赴き、奪還するのだ!」
ロイヤルガード隊長の命令を受け、王国最強の騎士たちが大森林に潜入する。
剣と銃を持ちながら、うっそうとした大森林に足を踏み入れると、大森林は広大なジャングルと化しており、目の前を遮る植物や、毒性の生物、そしてコカトリスの集団が空を飛ぶ、緑の地獄。
「助けてくれ! ちくしょう! 助けてくれえええ」
「こんなところで死ぬのは嫌だあああああ」
「騎士の、ここは騎士の戦場ではないいいいい」
「卑怯者めえええ、それでも貴君たちは誉れあるエルフ騎士団かああああ」
王国騎士精鋭たちは、ジャングルのあちこちで断末魔の悲鳴を上げ、一人、また一人とエルフ騎士団精鋭の麗しき乙女たち、赤ヘル軍団の餌食になる。
ある者は、猛毒の弓矢で狙撃され、ある者は猛毒の底なし沼に通じる落とし穴にはまり、ある者は、ワイヤートラップが仕込まれた、猛毒を塗った木の鋭い枝が跳ねて足に刺さり、そしてある者は、同僚の騎士を助けようとして、搬送しようと負傷者を動かした瞬間、爆発性の植物アブラの爆弾がさく裂して、吹き飛ばされ、王国騎士団精鋭小隊は全滅した。
レオーネは、ジャングル内を風魔法によって高速移動したエルフ達に運ばれ、トワの大森林の泉のほとり、木々と石組みでできた、美しいエルフ王国の、中央にある玉座の間にて目を覚ます。
「ここは?」
レオーネは辺りを見回すと、石と木で組み合わせた神殿で、石壁にはロウソクで火が灯り、目の前には、赤いヘルメット状の兜や、赤い帽子をかぶったエルフの乙女達が跪いている。
「耳が尖って、あれはエルフ? 私は一体」
「お目覚めになりましたかな? 我らエルフを導く太陽の女王、我らがアイナノア陛下」
レオーネの傍らに、黒のローブを着た高齢のエルフ女性が立っていた。
見ると、目に涙を浮かべている。
「私はお前たちの女王ではない! 私はデヴレヴィ・アリイエ王国伯爵家にして教会枢機卿ラウール・ド・コルネリーアの継承者、太陽の聖騎士レオーネ・ド・コルネリーアである!」
レオーネが言うと、エルフ達から歓声が上がる。
「やはりそのお声、太陽を司る我らの女王陛下に相違ありませぬ。このカランシア、あなた様が生まれ変わり、エルフ王国にご帰還されるのを、どれほどお待ちしていた事か」
――だめだこいつら。私が何を言っても話が通じない。
レオーネはため息を吐く。
すると、玉座の間に黄金の鎧を着て、金の王冠を被ったエルフの少年が入ってくる。
「ババ様、この方が、あの伝説の我らを導く女王でしょうか?」
レオーネが見やると、自分と瓜二つの顔と目の色をした、エルフの少年だった。
見た目から判断すると、まだ成人はしていないように見える。
違うのは耳の形と髪の色で、彼の髪の色は美しいブロンドをしていた。
「女王殿下、我が孫にして、この国の王グルゴンでございます。我が孫と婚姻を結んでいただき、精霊界への誓いと共に、今の精霊王を打ち払い、今こそ栄えあるエルフ王国と騎士団の復活を」
レオーネの理解が追い付かない。
エルフの王と婚姻?
何を言ってるのだと、レオーネの顔が紅潮し怒りの色に染まる。
「ふざけるな! 私の想い人は、神と共にこの世界の救済に参った、気高く美しい、私の愛しき勇者マサヨシ殿である! エルフ風情が、私と婚姻など口にするな、汚らわしい」
レオーネの言葉に、エルフ達が一斉に青い顔をして、不安に慄く。
彼女は、エルフ達の心の不安を、的確に抉ってしまったのだ。
そう、エルフの女王は人間の英雄と結ばれ、エルフ王国を去ってしまったのだから。
「なぜ、どうしてですか女王陛下? 私たちをまた捨て置かれ、人間のもとに行ってしまうおつもりですか? 私たちはもう、あなたに捨てられ、あの恐ろしい精霊の王に振り回されるのは嫌だ」
カランシアが泣き崩れると、エルフの騎士団が皆涙を流した。
エルフ王はうつむき、歯を食いしばるようにして、女たちの悲しみの涙に耐えている。
マサヨシから聞いた話のとおりかもしれないと、レオーネは思う。
この精霊の領域を歪めて、亜人同士を戦わせて滅びの道へ向かわせていたのは、精霊王フューリーではないのかという、マサヨシの明晰な頭脳が推測したとおりの現状のようだった。
騎士の成り立ちをレオーネは思い出す。
弱き者を守るための剣となり、悪に立ち向かう崇高な思想だった。
そして、マサヨシが二人きりの時に話してくれた、任侠道を思い出す。
この哀れなエルフ達を導くのは、任侠道しかないと彼女は決意した。
「エルフ達よ、安心しなさい! 騎士の崇高な魂を復活させるため、勇者マサヨシ様の従者、レオーネ・ド・コルネリーアは、弱きを助け、強きを挫く任侠道の精神に則り、亜人達と人間を守るための剣、騎士団復活を宣言し、勇者様と共に、悪しき精霊の王に立ち向かう事を決めました」
レオーネは、鞘から朱音色に染まった、ヒヒイロカネの合金でできたブロードソードを鞘から抜き、掲げると、騎士団復活の宣言を聞いたエルフ達から歓声が上がる。
カランシアは涙を流した。
ようやく、あの忌まわしい精霊の王から解放され、かつての美しい世界が戻ってくるのではないかと。
すると、エルフの女騎士の一人が大慌てで王座の間に入ってくる。
「申し上げます。大森林で大規模な山火事が発生し、凶悪なモンスターの集団が、大挙してエルフ王国に向かっております! どうか、急ぎ対応を!」
レオーネとエルフ達全員が、王宮の外に出ると、大森林の北側の地と空が真っ赤に染まり、黒い煙が上がっており、炎と煙で追い立てられた大量のモンスター達が、この王国へ侵攻している気配も感じる。
「騎士隊は二手に分かれ、消火活動隊とモンスター討伐隊を組織し、対応しなさい! それとエルフの未成年の子供たちは万が一を考え、火の手やモンスターが来ないような場所へ退避を」
レオーネが、エルフの女王になり切り、エルフ達に指示を飛ばす。
聖騎士として、異端審問官達を率いていた彼女の経験が活きていた。
そしてレオーネを守護するため、エルフ王グルゴンとカランシアが控える。
すると、白い紙が大量にエルフ王国に舞い降りてきた。
レオーネが拾い上げると、大学時代に見たアレクシア王女の美しい字でこう書いてあった。
「今回の大火事は、トワの泉を独占する、エルフへのイフリートの怒りである……」
ーーなんてこと、ロイヤルガード隊を攻撃された王女殿下は、怒りに燃えて勇者様をも利用してエルフ王国を滅ぼす気だ。
レオーネは思い、エルフ達をなんとか助けようと思考を巡らす。
そしてこの様子を、遠巻きにサタン王国不死隊の、悪魔の面々が眺めている。
エイムは、舞い落ちるビラを拾って内容を読む。
「うーん、まずいことになったにゃあ」
「まずいわね、火とか苦手なの私」
「エイムと新人以外、炎に耐性が無い者も多い、俺もダメだし」
「不死身って渾名されても、みんな弱点あるしね」
不死隊の面々が口々に呟く中、機械化した悪魔がぶるぶる震え出す。
「あいつだ、あいつの仕業ブヒ。あの悪魔のような極悪勇者の仕業ブヒ。あ、あいつレーダーによると、もう、近くにいるブヒよおおおおお、先輩達、ここは自分が食い止めるブヒから早く逃げてええええ」
機械化したオークデーモンが叫ぶと、精鋭部隊の不死隊の面々も恐慌状態となる。
まさか勇者が、我々の存在に気が付き、森に火を放ちモンスターの集団を利用して、エルフごと、我々を滅ぼそうとするとは、やはり噂通りの極悪勇者だと不死隊は戦慄する。
そしてこれもおそらくこれも陽動で、本命は勇者が仲間にしたという、ドワーフ達と精霊イフリートと共に、不死隊の面々を炎とモンスターの挟み撃ちにして奇襲する事だろうと推測した。
「僕は新人のバックアップするから、みんなはまたあとでにゃ」
「そう、じゃあ一旦引くわね、熱いし」
「暗殺は別の機会も考えておこう」
不死隊の面々が、次々と大森林から逃げるように姿を消す。
「新人君、安心するにゃよ。僕もいるし、君も大幅にパワーアップしてるんだから」
エイムは、オークデーモンに、笑みを浮かべながら四つ足で臨戦態勢で待機する。
そして、機械化されたオークデーモンは、マサヨシの探知を開始した。
一方、マサヨシ達はドワーフの前線基地にて、エルフ王国への潜入を試みる。
エルフ達がモンスターへの対応と、消火活動に追われているだろう今がチャンス。
「よおし、野郎共! 今のうちにエルフ王国へ赴き、トワの泉まで一気に行くぞ!」
マサヨシを先頭に、ガルフのドワーフ兵団とニコとメリアが後に続く。
一刻も早く、囚われの身のレオーネを保護しておかないと、人間嫌いの精霊王に、殺されでもしたらたまらないと、マサヨシは思い歩を進める。
すると、王国入り口付近にさしかかると、マサヨシ達は、赤いヘルメットのような兜を被った集団と出くわした。
「な? ドワーフ。貴様ら、こんな時に!」
「兄者まずい、あいつらエルフの精鋭、レッドキャップ隊じゃ!」
ガルフが叫び、エルフ騎士隊の乙女たちが殺気立つ。
マサヨシは、エルフ達の容姿をじっくりとうかがう。
――胸は多少貧相だが、腰が括れててケツもそこそこあって、モデル体型、そしておいおい、こいつは驚いたぜ! 美形とは聞いてたが、こいつら全員、俺好みのマブい女ばかりじゃねえか、ぶっ殺すには惜しい。
マサヨシはにやりと笑う。
よおし、ここは一つ男を見せてやろうと、マサヨシは木刀と小太刀をニコに預け、弓を構えるエルフ達の前にゆっくりと歩いていく。
「よう、お姉ちゃんら。こんなところにいちゃあ、あぶねえぜ?」
エルフ達は、初めて人間の男を目にした。
王国騎士団の戦闘では、遠距離からの狙撃だったので顔をまじまじと見たことはない。
そして、マサヨシが着る衣服に驚く。
虫モンスターの、絹糸で編まれた上等な生地を、植物の塗料で濃紺に染め上げ、細かい柄が入る今まで見たことが無い、自然的な美しい服を着ており、巻いている帯を見ると、これも植物で染められ、美しいラメが光って見える山吹色をしている。
そしてマサヨシの顔をエルフ達が見ると、数少ないエルフの男に匹敵するか、それを上回るような奇麗な顔立ちをしており、エルフにはない、黒い髪と黒い瞳をして、微笑みながらこちらに歩いてくる。
エルフは、本来自然や文化を愛する種族であり、衣食住も植物をうまく取り入れ、森の生活に合わせたライフスタイルを好む。
そしてエルフ騎士隊が見たマサヨシは、エルフの理想を体現するかのような美しい美男子。
うっとりして、思わず弓を構えている事を忘れてしまうような感覚に陥る。
「あ」
エルフの一人が思わず声を漏らし、引き絞っていた弓を射ってしまう。
しかし、マサヨシの左胸に命中した弓は、はじかれるようにして地面に落ちる。
透明の硬質な希少金属、アンオブタニウム製ボディアーマーの効果だった。
マサヨシは、弓を射ったエルフまで近寄り、弓を握る右手をそっと両手で包み込むようにして、握ると、エルフの青い瞳を見つめ、優しく微笑む。
「まいったぜ。弓は胸に命中しなかったが、俺のハートは射抜かれちまった」
マサヨシが言うと、エルフの乙女は頬を赤く染めてその場でへたり込んだ。
そして、もう一人のエルフまで近寄り、微笑むと、もう一人のエルフも弓の構えを解いた。
「おお、やるなマサヨシ!」
拒魔犬はマサヨシに賞賛の言葉をかけ、ニコとメリアは小首をかしげて様子を見つめていた。
ドワーフ兵団の面々も呆然と、状況を見つめる。
「君たちの王様と、色々話をしたい。この通り武器も預けたんで案内してくれるかい?」
マサヨシが言うと、エルフの女騎士たちはマサヨシをエルフ王国へ、先導したのだった。
カープ女子可愛いですよね(白目)




