第42話 偽装破門
「!?」
俺は唐突に目を覚ます。
すると、また目の前に、俺をじっと見る閻魔大王様の大きな赤ら顔があった。
俺はすぐに起き上がり正座する。
ああ、そういえばこんな事前にもあったな。
「お呼びでしょうか? 親分」
俺が言うと、親分は無表情で、着物の裾から葉巻を取り出す。
そして、葉巻を口に咥えようとした。
「失礼しやす!」
すっと俺はその場を立ち上がり、閻魔大王様の玉座のすぐ前まで赴く。
閻魔大王様が葉巻を咥えたその瞬間、俺は頭を下げる。
そして、左手を添えながらそっと右の人差し指から燃焼魔法を使う。
閻魔大王様は、少しだけ首を傾けて、俺の即席ライター魔法で葉巻に火を着けた。
「マサヨシよ、お主精霊界の領域に踏み入れたようじゃな?」
ああ、全部お見通しか。
しかもその様子じゃあ、あんまりよくねえ話のようだな。
声がいら立ってるもの。
「へい、何かまずい事でも?」
まあ、十中八九まずい事なんだろうな。
俺が踏み込んだのは、精霊界の管轄する領域だ。
神界や冥界、人間界の管轄を超えているだろう。
親分は、葉巻の煙をふうとため息のように吐いた。
「まあのう、精霊界とは協定を結んでおる。創造神様以外の神は、あそこに口出しはできぬこととなっておるし、ましてやこの我と、我が子の契約をした人間のお主が、精霊の眷属を仲間に入れたり、あの世界の精霊の王に意見するなど、筋が通らん」
ああ、なるほど。
関西の極道が、関東の組織と表向き協定を結んでいるようなもんか。
これに触れると、最悪両組織が喧嘩状態となる。
まずいな。
「なんか抜け道とかないのですか? やらかしたアタシが言うのもなんですけど」
「ふむ、思いつかんな。お主は今すぐ亜人と精霊の領域からは手を引いたほうがよいじゃろう」
くそ、俺がせっかく組を持とうって思ったのに、つまずいちまった。
上が縄張り荒らし認めてくれねえと、撤退するしかねえ。
それに、ドワーフのあの力を借りねえと、来るべき王都の決戦で負けちまう。
どうしたもんか?
ん? 待てよ。
「親分、こうしてはどうでしょう? 親分は俺のサポートを一旦打ち切り、精霊界との協定違反の破門として、勇者とか関係ねえように、するのはいかがです?」
「お主! 本気で言っておるのか!? ただの人間なら、ますます精霊の王など話を傾けんぞ!」
だが、これが今とれる最善の策のはず。
多分俺の予想じゃ、このまま行けば神界と精霊界の喧嘩になるだろう。
そして、あの世界で魔界のみならず、神界と精霊界の三つ巴の喧嘩になる。
そうなりゃ、ヤミーは責任取らされて、神界から魔界送りよ。
絶対に阻止しねえと。
「後、念には念を入れてヤミーと狛魔犬兄貴は、一旦冥界に戻すのも手です。その間に、俺が精霊王とやらと話、つけてきますんで」
俺が言うと、閻魔大王様が唸りながら右手で頭を抑える。
たぶん、色々と考えているんだろう。
ていうか、頭痛起してるようにも感じる。
「そもそも、お主。あの世界で精霊王と名乗るものが、どこの誰で、どんな者か知っておるのか?」
あ……。
そうだよ、わかんねえよ。
何でそんなめんどくせえ野郎の、領域に足踏み入れちまったんだ俺ええええ。
やべえ、かなりやべえヘタ打ったぞ俺、どうするよ。
嘘ついてもばれるから、正直に言おう。
「すいません、知らないで調子乗りました」
「大馬鹿者が!」
親分の怒号が飛んだ。
その瞬間、俺の魂がどこかにすっ飛びそうになる。
「全くお主は、勝手にあの世界に、亜人を加えた転生前のヤクザ組織を作り直すと、馬鹿なことを考えたり、勝手に精霊の眷属と喧嘩したり、一方の勢力に肩入れしたり、問題ばかり起しおって。まあいまさら言ってもしょうがあるまい」
ああ、おっかねえ。
この人、いや神がブチ切れたの初めて見たわ。
魂が消えるかと思った。
「それで、あそこの世界で王を名乗ってる精霊はフューリー。憤怒を司る精霊で、凶暴な頑固者じゃ。精霊界でも問題ばかり起して、あの世界に飛ばされた厄介者じゃぞ」
うわ、すげえ面倒くさそう。
それこそ精霊界から、半分破門されたような奴だろ。
その精霊、凶暴につきってか。
だから、亜人連中が喧嘩しまくってるんだよ、そいつのせいで。
おまけに魔王軍にもあの世界侵略されてるし、アホだろ。
「その精霊王フューリーの情報って、なんかありませんか? その、優位に立てるような」
「まず直接戦闘は、絶対にお主レベルでは絶対勝てんじゃろうな。あやつに勝てる神も少ないだろう」
うわあ、神が勝てねえとか無理だろ。
直接喧嘩するのは、絶対に避けるべきか。
「なんか苦手なものとか、嫌いなものとかないんですか?」
「ふむ、人間とか大嫌いじゃな。あと自分の意の沿わぬ眷属に、苛烈な仕打ちを与えおる」
うわあああああ。
ますます面倒くせえよ、そいつ。
だからホビットらが、あんな仕打ちをあの世界で受けてんのか。
「じゃが、突破口は無いことはない。あやつ、お気に入りの精霊は、あの世界の最初の部下である、イフリートじゃ。お主は、その眷属を打ち負かして仲間に入れたのじゃろ? あやつは、エルフという眷属と、シルフという精霊が、住居の泉を独占してる状況を、快く思っておらんようじゃ。そこに付け入る隙はあるじゃろうて」
ほう?
そいつはいいことを聞いたな。
隙はある事はあるのか。
「わかりやした。その精霊の特徴はなんでしょう?」
「怒れる子供みたいな、女子じゃ。すぐかんしゃくを起こすようなの」
ほほう?
なるほど、精霊でも女は女だ。
女の扱いは慣れている。
「わかりやした。それと最後に教えていただきたいことが」
「なんじゃ? 申してみよ」
俺は最後に最も気になる事を聞いてみよう。
それは、あの世界に、俺の業に引き寄せられたゆかりのある転生体が、全て現れたかどうか。
もちろん、名前もどんな奴も、親分は教えてくれねえだろう。
「うむ、お主の言おうとしていることは、言わんでわかる。一人を除き、あの世界ですでに会っておる」
一人を除き?
俺を愛してるがゆえに、浄化できねえ魂とやらは俺に関わってきそうなはず
「うむ、それはじゃな。お主を愛するがゆえに、あえて顔を合わせられないのじゃ。お主を一目見たいと思っているかもしれぬが、そういう条件じゃった。そしてあやつは、お主の存在をすでに把握しておる。お主にひどく、罪悪感を抱いておった魂じゃった」
誰だ?
おそらく転生体は、ニコとあの姫さんで間違いねえだろう。
だが、俺が顔を合わせてないが、俺をすでに知っている人物?
何者だ?
「ふむ、我の口からは言えぬ。ただしそれは、転生前のお主と魂がつながり、最も近しい者じゃった。これしか我は言えぬ。あとは、自分で考えるがよい」
わからん。
候補は、おふくろ、ヤス、それとあと一人。
「お主、今はそれ以上は考えんほうがよい。辛く苦しむことになる。命令じゃ」
「へい! すいやせん」
今はまだわからねえほうが都合がいい、という事か。
まあいいだろう、それじゃあ。
「親分、アタシを破門にしてくだせえ! あと、ヤミーと兄貴を頼んます。精霊王フューリーとの交渉事が成功した段階で、アタシの破門を解いていただければ幸いです」
俺が成功すればそれでよし。
ダメなら、神界や冥界は俺のことを知らぬ存ぜぬと、シラ切ればいい。
難しいかもしれねえが、今はそれしか思いつかねえ。
念のため、ニコとレオーネ、コルレオーニは、いつでも逃げれるように準備させよう。
だが、難しいかもしれねえ。
ニコは絶対に、あのメリアって子を救うと決めてる。
ならば俺が成功するほかねえし、ホビットを助けるためだ。
それにおよお、エルフの女を手に入れねえとな。
「今、邪心がしたの。お主の悪い癖じゃぞ? どうもお主、地獄に行ってないから業が抜けてないのか、転生前の世界を引きずり過ぎとる。よく考えないと、それもお主を苦しめる業となるから、ゆめゆめ気を付ける事じゃ」
「へい、すいません」
親分はそういうが、しょうがねえよ。
俺の前の人生は50年以上ヤクザやってきたんだから。
それに、今回の交渉事が成功しねえと、王都にいる魔王軍将軍にも勝てねえ。
肚は決まった、次の目的地はトワの大森林、精霊王フューリーのいるトワの泉だ。
「決心は固いようじゃな。よし、わかった。マサヨシ、お主は今から我が子でもなければ、神界とも冥界とも一切関りが無いこととする。よいな?」
「へい、お願いしやす」
こうして、俺は元の世界に戻る事となった。
そして、この偽装破門とヤミー不在の状況が、亜人世界で最大の危機を生むことになるのは、その時の俺には思いもつかなかった。




