第25話 業(カルマ)
「!?」
俺は唐突に目を覚ます。
すると、目の前に俺をじっと見る閻魔大王様の大きな赤ら顔があった。
閻魔大王様は、玉座に座りながら頬杖ついている。
「閻魔大王様!」
俺は立ち上がると、若衆のようにビシッと気をつけの姿勢を取る。
ていうか、ここは一体?
紫の炎のロウソクが辺り一面に立ち並ぶが、ここは冥界?
「清水正義、いや今はマサヨシだったか、楽にせよ」
「へい!」
俺は石畳の床にサッと正座する。
「我が妹を通じて、ずっとお主の行動を目にしてきた。なかなかの働き、褒めて遣わす」
「へい、ありがとうございやす」
やっぱ怖ええよこの人、いやこの神様。
まず目がやべえ。
ただ見られてるだけなのに、魂に怖気が走る。
あのアスモデウスなんて、かわいいもんだぜ。
「我はお主に、最初期待しておらなんだ。子悪党がいつ音を上げ、あの最悪の世界で耐えられず、死を選ぶのか様子を見ておったが、見くびっておったわ。すまなかったの」
閻魔大王様は頬杖を解き、玉座から立ち上がると俺に頭を下げる。
俺も正座しながら、土下座するように頭を下げた。
しかしすげえ酷い言いようだぜ。
まあいいや、閻魔大王様も頭下げてきたし。
「頭をお上げくだせえ。アタシも転生して身をもってわかったんですが、あの世界を舐めてやした。まるで魔界のような……」
「そうじゃ、あそこは魔界の一部と化しておったのじゃ。我の生まれ故郷のな」
「え?」
魔界が故郷?
この神様は一体何を言ってやがるんだ?
いや、そもそもこの人は本当に神なのか?
そういえば閻魔って、名前に魔の文字が入ってるから……。
まさか?
俺はハッとして冷や汗をかきながら閻魔大王様を見やる。
この人は、いやこの神はもしかして悪魔なのか?
「心配するな、もうとうに魔界とは縁が切れておる。我は故郷を裏切って多数の同胞を葬り、そして自分の親を殺して、冥界の神になった極悪人。お主と同じじゃ」
閻魔大王様は言いながら、玉座に手を掛けて座る。
おいおい、ちょっと俺の理解が追い付かねえんだが?
なぜ……。
「なぜそんな話を? アタシなんて、大王様から見ればチンケな男ですぜ?」
俺が言うと閻魔大王様は横に首を振り、着物の裾から葉巻を取り出す。
そして、葉巻を口に咥えようとした。
「失礼しやす!」
すっと俺はその場を立ち上がり、閻魔大王様の玉座のすぐ前まで赴く。
閻魔大王様が葉巻を咥えたその瞬間、俺は頭を下げる。
そして、左手を添えながらそっと右の人差し指から燃焼魔法を使う。
閻魔大王様は、少しだけ首を傾けて、俺の即席ライター魔法で葉巻に火を着けた。
「うむ、すまぬの」
閻魔大王様は葉巻の煙を吐き出した。
そして俺は、元の位置に戻ると再び正座する。
俺が底辺の若衆の時に、兄貴分に殴られながら最初にマスターした技よ。
極道の基本中の基本さ。
「お主が信頼に値する人間として、少しだけ我の昔話に付き合ってもらおう。そして、お主に関して重大な話もある」
「その前に質問よろしいでしょうか?」
俺はサッと右手を挙手する。
「許可する、述べるがよい」
「今のアタシの状態は、向こうの世界でどうなっているんでしょうか?」
「案ずるな、心臓はかろうじて動いておる。魂だけ冥界に赴いてもらった」
俺はホッとしながら右手を膝に戻した。
あそこで、もしくたばってたら、ヤミーの馬鹿が悲しむ。
いや、待て!
閻魔大王様が悪魔だったら、もしかしてヤミーの奴も。
「お主が今思ってる事も含めて色々と話そう。我の妹の今の状態も含めての」
なんだ、この人は全てお見通しのようだ。
まあそりゃあ、閻魔大王様だしなあ。
そしてこの人は昔話を始めた。
大昔、どれくらい昔かは知らねえ。
閻魔大王様は、元々魔界の大君主のご長男さんだったという。
そしてこの冥界にいる、鬼も悪魔も骸骨共も閻魔大王様の配下の者達だそうだ。
魔界ってのは元々、悪さした神さん達の流刑地のようだ。
環境が最悪で、モンスターやら凶悪な怪物たちがひしめくやべえ所。
そんな最低な世界で狭い土地を巡って、群雄割拠の戦国の世みてえな場所らしく、魔族同士で戦争ばっかりやってるような所だったようだ。
そう、まるで今俺がいる仁義なき世界の様に。
俺のいた世界もそうだったが、そんな戦争ばっかやってると人が死にまくって、環境破壊が深刻になって人様が住めたようなものじゃあなくなる。
そして、当然そんな世界は嫌だって言って言い出す野郎が出てくる。
それが俺があの世界で敵対してる魔界の王、ルシファーって野郎だったそうだ。
そのルシファーって野郎は、人間界に移民計画ってのをぶち当てた。
これに賛同したのが、閻魔大王様のご両親とかだったそうだ。
だが、人間界は神界やら精霊界の縄張りだったようで、そんな事したら大喧嘩になる。
神さんや精霊さんと悪魔が入り乱れての大戦争が長期間続いたそうだ。
で、その神と魔界の戦いが行われた地こそ、俺の母なる星、地球だったてわけさ。
その戦争で、魔界の大英雄だったのが閻魔大王様で、神々とかどつき回ってたんだと。
おっかねえわけだよ、そりゃあさ。
だが、そんなやべえ魔界の英雄達に神様たちは色々対策したようだ。
いっそ魔界に住めねえんだったら、神界に移住したらどうだ? みたいなさ。
ただしキツイ条件があって、賛同しない魔族の大物らをぶっ殺さなきゃならなかった。
そんで魔界に残りたい派と、人間界に移住したい派、神界に移住したい派にわかれて大戦争になったんだと。
勝ったのは、神界に移住したい派。
その戦いで、閻魔大王様はご両親を手に掛けた。
そしてご両親の忘れ形見が、赤ん坊だったあのヤミーだって話さ。
で、魔界を裏切った閻魔大王様にあてがわれたのは、ヨゴレ仕事。
冥界で魂の管理という、神々がめんどくさくて嫌う仕事を一手に引き受けた。
他にもそんな魔界出身の神はいるらしく、神々もエゲツねえことを思いついたよな。
しかし、俺も組を持ってた時、喧嘩先の奴らがうちの組の軍門に下ってきた場合、いつ裏切るかわかんねえ野郎らには、功績立てるまでは徹底的に外様扱いで、厄介ごと押し付けて飼い殺しにする。
神も人も変わらねえようだ。
こうして閻魔大王様は魔界の大魔王から、冥界上級神となったそうだ。
だが仕事が忙しすぎて、肝心の妹のヤミーは、一人孤独で殺風景な冥界で過ごした。
そして元は神でもない外様だから、他の神々も魔界出身以外はあいつを無視してたと言う。
まあ、そっから先は俺が最初に会った通りのあいつよ。
歪んじまうよな、そんな育ち方しちまったら。
俺も転生前に、おふくろからネグレクトや虐待されたからよくわかる。
ガキは孤独になると、ろくなことにならん。
むごい話さ。
あいつを見る目が変わっちまったよ。
「それで妹さん、自分が大魔王の娘であり、妹だってこと知ってるんで?」
「いや、結局言えなんだ。それと妹の評判は、他の神々から酷く悪くての。創造神様や秘書の大天使殿は庇ってくださっておるが、ゆくゆくは我から離されて、罪人として魔界送りになるところだったわ」
だから俺にくっつけて、あの世界を救わせる旅に出したのか。
あいつに実績作らせて、他の神々から因縁つけられねえように。
いや、待てよ。
でもあいつ、あの世界で2回神の力使って、力を失ったって言ってた。
アレは何だったんだ?
「うむ、あの神界法違反の件だが……」
俺は閻魔大王様に土下座する。
あの件であいつは力を失い、幾度も危機に陥った。
閻魔大王様の逆鱗に触れて、ぶっ殺されても仕方がない件。
「申し訳ございませんでした! アタシがあの時、妹さんに力を使うように……」
「もうよい! 故意ではなく過失なのはわかっておる! 過失だからあのマイナスポイントですんだのじゃ。話を続けてもよいか?」
「へい! どうぞ!」
やべえよ。
今さっきちょっと声色変わったよ。
やっぱり怒ってるじゃねえか。
「我の様に元悪魔であっても、神々の仕事をすることで必ず神性はつく。だから我は上級神となったが、あやつは自分の仕事もせずサボってばっかりおったから、神性はゼロじゃった」
ああ、そうだよなあ。
だって初めて会った時、全然神っぽさを感じなかったよ。
仕事もいい加減だったし、気分で人様を裁いていやがったし。
ただの捻くれた、どSのクソガキだったもんな最初は。
じゃあ、失ったって言う力はまさか。
「ふむ、察しがいいの。あやつが失ったのは大魔王としての力じゃ。神だろうと魔だろうと力には変わりない。その証に、あやつ角が消えおった。しかし、今後のあやつのことを考えれば、ない方がいいやも知れぬ」
なるほど、あいつが失ったのは神の力じゃなくて悪魔の力か。
じゃあ、時折俺に起きる、あの神の奇跡みてえな力はなんだ?
あいつは神の力がゼロだから、本来俺へのサポートができねえ筈だ。
「なるほど、わかりやした。しかし、ヤミーの神としての力がゼロなら、なぜアタシは悪魔との戦いで、背中に入れ墨が浮かんだり、武器の変化が生じたんでしょう?」
「ふむ。もしかしたら、あやつはあの世界で、お主含めた人間より信仰を得たおかげで、自身でまだ制御はできぬようだが、神としての力が生まれておるかもしれぬな」
マジか、あいつ神様の階段上ってるってことかよ。
やったじゃねえか、あいつ。
俺があいつを信じてやって、あの世界であいつの名声売ったおかげだな。
だが、結局あいつの力の発動条件はわからずじまいか。
「実は最初、我もこの身の悪魔の忌まわしい力で、妹を通じてお主のサポートを考えておった。神の力はお主たちが破壊したあの月のせいで発揮できなかったからの」
あいつが最初に月をぶっ壊して結果オーライだったって事か。
じゃなかったら、俺は今頃悪魔にぶっ殺されてたな。
「マサヨシよ、妹を頼む。迷惑ばかりかけるようで心苦しいが」
閻魔大王様は俺にまた頭を下げた。
「へい! わかりやした。 何があっても命がけで守りやす!」
俺も正座したまま即答した。
義理ができちまったから、全力であいつの事は守ってみせる。
これまで通りな。
「それと、お主の事で……」
「閻魔大王様、次の公判時間が」
「この葉巻を吸い終わったら向かう、待たせておけ!」
おそらく閻魔大王様を呼ぶ臣下の声だろうか?
仕事もあるだろうに俺に時間を取っていただき、ありがてえ。
「へい、私めの事で何か?」
「お主、生前の業がかなり高い。そして業には2つあるのじゃ」
閻魔大王様は大きい右手を、ジャンケンのチョキみたいに形を作って、俺に指し示した。
「業、カルマでございますか?」
まあそりゃあそうだろうよ、俺がぶっ殺したり不幸にした人間はごまんといる。
業は深いだろうさ。
「一つは、お主自身の業。お主も心当たりがあろう? 本来罪人は、地獄に落ちて自身の業を浄化せねばならぬのだが、お主は地獄に行っておらぬ。だからあちらで不都合なことが起きるのじゃ」
ああ、向こうの世界で育ての親や故郷の人間がみんな死んじまったり、女に泣かされたり、肝心なところで邪魔が入りまくったり、突然なんとも言えねえ殺意が沸いてきたり、何かをぶん殴りたくなったり、小指落としちまったり、挙げればきりがねえな。
まあ、極道やってる奴なんてみんな業だらけだろう。
せいぜいあの世で苦しめ、他の野郎らも。
「しかし、お主が言う任侠道を貫きさえすれば、多少は軽減はできよう。それに、その業は厄介な事ばかりではないしの」
「へい、精進します」
俺が頭を下げると、閻魔大王様が話を続ける。
「二つ目の業、お主のせいで、冥界や地獄で浄化ができぬ魂達。結果的に、我はあの世界にあやつらを転生させた。お主が地獄に行かず、転生した影響じゃ」
「え?」
マジか、そいつは悪いことしちまったな。
俺が以前ぶっ殺した野郎か?
それとも泣かした女か?
財産ふんだくって破産して死んだ奴だろうか?
ちくしょう、心当たりが多すぎる。
「それは、どんな奴らなんでしょうか? 向こうで謝りてえです」
閻魔大王様は葉巻の煙をふうと吐く。
「名前は言えぬ、それは我も関わった魂の循環と公判手続き、そして刑の執行途中によるものじゃ。守秘義務は絶対に順守せねばならぬゆえ、当事者のお主には伝えられぬ」
マジか、まあそりゃあ仕事上の秘密は絶対守らなきゃあならねえよな。
カタギだろうが、ヤクザだろうが、官だろうが王様だろうが神だろうがな。
「ただし、これだけは言える。この哀れな魂達は愛や強烈な未練のために、お主に救いを求めて魂の浄化のため、刑の途中であやつらが我に望んだことじゃ」
俺に未練を思って、俺を愛するがゆえに魂の浄化もできずに転生した者?
そんな奴いたか?
誰だそれ。
「我はあやつらの魂が浄化できるならば、あやつらの希望を一つだけ叶えて、あの世界に転生させた。一人は、お主が転生する前の時間軸で、転生させての。もう心当たりはあるはずじゃ、例え転生前の記憶を失ったとしても、お主を愛するがゆえに、救いを求めて転生した罪人は」
すでに俺が知ってる人間?
その時、不意に俺の脳裏に思い浮かんだ人がいた。
そうだ、なんとなく俺はあの人の面影を感じてた……。
あの人だってまともな人生じゃねえから、地獄に落ちて……。
「オヤジ? おやっさん、いやお父さん……」
何で、俺は気が付かなかったんだ。
ちくしょう、涙が止まらねえ。
転生前に、俺を極道の世界に引き込んだばっかりに……。
俺は歪んじまって任侠捨てて金に走って……。
最後は息子みてえに思ってた俺に、極悪組を追い出されて孤独に死んで……。
だから、あの世界でも業で罪を犯して、だけど俺の育ての親になってくれて……。
「5代目ぇ、お父さん、ごめんよお……」
俺は目頭を両手で覆って泣いた。
「あやつしかおらなんだ。赤ん坊だったお主をあの世界で任せられた罪人は。そしてマサヨシよ、これからお主は業によって、死よりも苦しい思いをするかもしれぬ。だが、あやつらの魂を救うことで、それはお主の力と、お主の救いにもなるはず。ゆめゆめ忘れぬことじゃ」
「……へい、ありがとうございやす」
俺は泣きながら、頭を下げた。
「もう時間じゃな。我も職務があるゆえ、当分お主に時間が割けなくなる。最後にお主の望むものを一つだけやろう。無論、時間がないし限度はあるが、お主の働きへの我からの褒美じゃ」
「盃くだせえ」
俺は迷わず答えた。
「ふむ、盃とな。 確かマサヨシたちヤクザの風習か?」
「へい、アタシは貴方様に惚れやした。親子の契りを交わしたいです」
俺の申し出に、閻魔大王様は土と火の魔法で白の盃を右手に作り、風魔法で急速に冷却して、水魔法で盃を満たす。
そして盃の水を一口含み、右手で差し出す。
俺は立ち上がり、閻魔大王様の元へ行くと、跪きながら両手で盃を頂戴した。
「本来は酒でも飲みたいところじゃが、これから我も職務ゆえ水で我慢せい」
「へい、頂戴いたしやす」
俺は頂いた盃を両手に持ちながら、一気に飲み干した。
すると、何やら力が沸いた気がした。
「我の魔力を少し混ぜてやった。これで多少はあちらでも働きやすくなるはずじゃ我が子よ」
「へい、ありがとうございやす。このマサヨシ、親分の命により、仁義なき世界と、アタシに救いを求める迷える魂、そして親分の妹ヤミーを、必ずや救って御覧に見せましょう」
「うむ、ではお主をあちらに戻す。色々と大義であった。下がってよい」
「へい!」
親分が右手をあげると、俺の意識はまた遠のく。
俺は決意を新たに、冥界から仁義なき異世界に舞い戻った。
次回第一章ラストです




