第20話 悪い酒
「ぶひひひひ、おい! 女二人早く来い!」
クソが、多分豚野郎の声だな。
もうなんていうか、言動からして豚っぽいし。
それにこの声色、絶対に人間じゃねえな。
なんか喉から声が出てるってよりも、別の器官で出てそうな感じ。
ああ、アレだ。
胃から出る、不快なゲップのような声だ。
「ほれ、さっさと行くのじゃマサヨシ子!」
はあ? マサヨシ子って何だコノヤロー。
マサ子なのか、ヨシ子なのかどっちかにしやがれ馬鹿野郎。
ていうか、完全にヤミーも一緒についていく流れ出来てんじゃねえかよ。
せっかくこの俺様が、健さんみてーに覚悟決めてやがるのに。
毎度毎度、この馬鹿はやらかしやがるが、しょうがねえ奴だぜ。
なんか起きたら、義理もあるし全力で助けてやる。
じゃねえと、多分俺が閻魔大王様にぶち殺されるからよ。
そして、豚野郎の屋敷の中を歩き、豚野郎の部屋の前にくる。
廊下には鎖につながれた女子供が、布切れ一枚着させられて床に座らせられていた。
この光景には、さすがの性悪ヤミーも、嫌悪感むき出しの表情をしている。
そりゃあそうだ、こんなもん見せられてなんとも思わなかったらよ。
俺は多分、人の気持ちが理解できねえ奴って、またひっぱたいてるだろう。
だが、今は何とかこらえてほしい。
そして、豚野郎の部屋が開かれた。
うげ、何だこの部屋くっせええええええええええ。
酒だ、酒くせえ!
転生前に酒好きだった俺でも、この臭いには参っちまう。
臭いだけで酔っぱらっちまうよ!
あれだ、アル中特有の部屋の臭いだわコレ。
「ぶひひひひ、おお! この地上の者と思えぬ絶世の美女!」
全身黒ずくめで、身長2メートル以上、体重300キロは軽くありそうな黒ずくめのデブがいた。
その体形は、まるで有名SF映画に出てきた、カエルの親玉みてーな感じだ。
ヤクザもんには恰幅がある野郎らは多い。
その中には、元相撲取りで喧嘩で名をはせたやつらもいるが。
それをはるかにこの野郎は上回ってそうだ。
部屋の中央に漆黒のじゅうたんを敷いて、真ん中で胡坐かいてやがる。
村の盗賊共が言ったとおり、黒ずくめのフードでツラが見えねえ。
手に持ってるのは、ひょうたん見てーな盃だ。
周りにも酒瓶が転がって……。
――ていうか、酒瓶転がりすぎじゃね?
部屋の中見回しても、酒瓶だらけじゃねえかこの部屋。
間違いねえ、もう夜明け前なのにこの野郎、ずっと酒かっくらってやがる。
どんだけこの馬鹿、酒が強いんだよ。
俺も若い時、相当飲んで舎弟や女に迷惑かけた口だが、尋常じゃねえぞこいつ。
今まで色んなヤクザ者と酒飲んできた俺だが、こんなに酒が強そうな野郎は初めてだ。
ヤスの野郎も飲めたが、こいつはそれ以上だ。
ていうか、酒で潰してぶっ殺す俺の絵図、これ行き詰ってね?
しかもあれだ、デブすぎてナイフじゃ刃が通らねえ。
おいヤミー、不快そうな顔して鼻つまんでやがるがやめとけ!
この酔っ払いが因縁つけてきやがったら面倒くせえから。
「ぶひ、小さいほうの美女よ! どうしたのだ!」
ほうら来やがった、酔っ払い特有の面倒くせえ絡み酒が。
「くさい、しゃべるな豚めが! 鼻が曲がるし不快じゃ! 死ね!」
「なぁにい?」
だあああああああああ、言いやがったこの馬鹿たれがあああ。
思っててもそれ、酔っ払いに言っちゃダメな喧嘩文句だわ。
ヤクザもんが、夜の街で喧嘩する時の、売り言葉だってそれえええ。
ちくしょう、かくなる上は。
「あらあ、素敵な、お、か、た。ご指名ありがとうございますマサヨシ子です」
俺は不快な悪臭をこらえて、酒瓶を置き、さりげなく豚野郎に近づく。
そして両手には、とっさの水魔法で少し濡らしたハンカチ。
これを、そっとおしぼりのように豚野郎に差し出した。
「おお、よく来たの。大きい方の美女よ! 人間の女にしては少しでかいの」
「あらあ? 体もよく育ってますのよ。おほほほほ」
よし、こうなりゃあホステスばりの接客で隙見つけるしかねえ。
夜の女共を相手にしまくってきた、俺ならではのこのやり方。
そこのちんちくりんには、到底無理な手法よ。
「ぶひひひ、おお! 形の良いケツ。どれどれ」
野郎、当たり前の様に汚い手で俺のケツ揉みやがって。
テメーみてーなのが、俺がケツモチしてた店で、ホステスにこんなマネしやがったら、店からとっとと追い出して、少なくとも料金の10倍以上とる!
払えねえなら木刀でぶち回した後、若い衆と車で山に拉致って、重機使って山に埋めちまうぞ。
「あらあ、いやーん」
俺はあくまで演技で、ケツをぷりんぷりんと振る。
殺してえ、さっさと殺してえぞこいつ。
おい、ヤミー、てめえなんて目で俺を見やがるんだ。
ちげーって、これは演技だっつうの。
「おお、ちょっと固いがいいのう、いいのう」
「ああーん、よく言われますの」
今度は胸倉まさぐってきやがって。
危なく、隠し持ったナイフがバレるところだ。
ていうかこいつの手が、明らかに人間じゃねえよやっぱ。
豚だ、豚の豚足だわ。
酢味噌かけて食っちまうぞ馬鹿野郎。
だが、この野郎いい感じで乗ってきやがったぜ。
俺が何で僧侶服着てんのかもつっこんでこねーくれえ、のぼせやがってる。
あと最悪、この豚野郎の殺しは、また別の機会も考えとかねえとな。
喧嘩は引き際も大事だ。
だが、このマサヨシ様はただでは転ばねえぞ?
ここは一つ、魔王軍の情報でも引き出しまくってやる。
できるホステスは聞き上手ってな。
「すごい立派なお体ですわね? まるで鍛え抜かれた軍人さんみたいですわ」
「ぶひひひ、実は俺こう見えても軍人様よ」
「すごーい素敵ー」
おめーみてえなクソデブの、人間の兵隊なんかいるわけねえだろうボケ!
大方、多分魔王軍のなんちゃらって野郎だろうよきっと。
「いやーん、でも素敵なお顔が見えなーい。ねえ、フード取って下さらない?」
「おお、いいぞお」
フードをめくると、やっぱり豚だった。
いや、豚というより剛毛なイノシシか?
あとアゴの牙がすげー長い。
「あーん、素敵ぃ。軍人さんらしくてカッコイイ!」
「ぶひひひひ、可愛い女め!」
なわけねえだろう、豚野郎!
とんかつにして食っちまうぞ。
「すごーい、軍でなんのお仕事してるの?」
「おお、それはなあ」
豚野郎は酒に酔った勢いで、ペラペラと情報を話し始めた。
この豚の名前はオークデーモン。
魔王軍地上攻撃隊アスモデウス獣騎軍、補給小隊長中尉。
配下にはモンスター達が多数いるようだ。
ていうか、こいつ仕事と同僚や部下の悪口ばっかじゃねえか。
シャドーデーモンはマヌケだが、悪魔野郎にしては一本筋が入った感じの野郎だったのに、この野郎は全然そんな感じがしねえのな。
酒は人の本性を現すとはよく言うが、人がいねーところで、組織や仲間の悪口ばっかり言って、ペラペラと情報垂れ流す野郎は、極道社会じゃ一番信用されねえカス扱いされる。
まさにこいつがそうだ。
しかも、こんなに物資を無駄に消費してる馬鹿に、軍で使う物資の補給なんざ任してるんだから、きっとアスモデウス獣騎軍のトップは、人を見る目がねえポンコツ野郎に違いない。
しかし、この豚が言うには、将校と下士官の戦闘能力は雲泥の差があるとの事だった。
そんで、この豚は見かけによらず将校らしい。
あのシャドーデーモンは、下士官でマヌケだが根性者だった。
だが、あいつ以上となると厄介だな。
「それでー、オークデーモン様はすごいカッコいいですけど、その獣騎軍のトップの方ってどんな人なんです?」
俺はさりげなく、オークデーモンの体を撫でながら訊ねる。
野郎、体脂肪かと思ったら全部筋肉じゃねえか。
全身ガチガチのガタイしてやがる。
確かに、イノシシの瞬発力はすげーって言うがこいつ素早さも力も高いな。
「おお、あのお方はだな。あんなクズの掃き溜めみたいな、獣騎軍には似つかわしくない部下思いで……」
よし、こいつのポンコツ上司の情報もいただいてやるぜ。
その時、パカンといきなり俺の後頭部をはたいた野郎がいた。
強烈な一撃で、頭の中で火花が飛び散る。
ちくしょう、まさか他の悪魔野郎に俺の素性がバレたのか?
俺は、恐る恐る後ろを振り返った。
「まぁさぁよぉしぃ、ヒック!」
後ろにいたのは、ろれつが回らず、しゃっくりしたヤミーだった。
このガキ、顔真っ赤にしてやがる。
やけに静かだなと思ってたら、部屋の空気で酔っぱらってやがったか。
しかも、喪服みてえな着物が着崩れてやがるし。
ていうか、その貧相な胸元しまえっての。
いくら女好きな俺でも、ガキのそのザマは目のやり場に困るって。
そして、俺が作ったマサヨシ鬼殺しスペシャルを、一気に飲み干しやがる。
ていうか、酒乱か? 酒乱なのかこのガキ。
絶対に酒飲ましちゃダメなやつかこれ。
「なんだ、小さい女め! 俺がアスモデウス様の事をマサヨシ子に話そうと……」
「だぁれぇがヒック、ちんちくりんじゃあああああああ」
豚野郎が何か言う前に、ヤミーは豚の顔面に右足蹴りの一撃を加えた。
「ぶひいいいいいいいいいいいいいいいい」
豚野郎の巨体が、一瞬で部屋の隅まで吹っ飛び昏倒した。
ていうかやべええええ、こいつ人間形態でもつええええええ。
いままで力をセーブしてたのか?
確かにガキのくせに力強いなって思い当たる節があったが。
まさか酒でそのセーブしてたのが理性が飛んで……。
俺は恐怖の目で、酒で乱れたヤミーを見た。
すると、今度はヤミーが涙目になりやがる。
「なんで我をかまわんのじゃ、こんな醜い豚めといい感じで話おって、ヒック! 我の事が嫌いになったのか? マサヨシィ、う、うわああああん」
だああああああ、酒乱の次は泣き上戸かこいつ!
面倒くせえ、本当に面倒くせえええ。
「いや、そんなことはねえって! お前の事は好きだよ」
無論、閻魔大王様の妹という立場でって意味だが。
「ほんとか!」
ヤミーは小走りで近寄ってきて今度は抱き着いてきやがった。
俺は思わずこいつに、押し倒される。
「おいおい、ガキのくせにそういうマネ……ん?」
「スー、スー、スヤー」
散々酔って暴れた後、寝ちまったよこいつ。
まったく、いい気なもんだぜ。
「さてと」
俺は酔って寝ちまったヤミーを右腕で抱え、気を失ってる豚野郎を見る。
ヤミーにやられて寝てるところ悪いが、けじめつけさせてもらうぜ。
俺は左手で火炎魔法を放つ。
「燃焼」
俺が転がってる酒瓶と豚野郎に放つと、アルコールに反応して勢いよく燃える。
よし、あとは。
「火事だー! 姿勢を低くして逃げろー!」
俺は首に鎖がついた女子供を豚野郎の住処から避難させる。
煙に巻かれちまう前に、急がせねえと。
俺が女子供を豚野郎の家から批難させ、外に出た瞬間風魔法で更に炎を強くする。
豚野郎は、朝日と共に住処ごと炎に包まれた。
「へっ、最後に呑んだ酒は高くついたようだな豚野郎」
俺は地べたにペッと唾を吐きながら言った。
まあ、それは転生前の俺もだが。
「勇者様! あの野郎は?」
盗賊の指示役が俺の下に駆け付ける。
「成功だ! 女子供を避難させて、あとは村のモンスター共をぶっ潰すぞ!」
「わかりやした! おい野郎共、あいつらやっちまうべ!」
盗賊達は、ナイフや雑多な農機具をもって、モンスター退治を開始した。
俺は、馬車まで酔ったヤミーを両手で抱え、そっと馬車の中で寝かしてやった。
「ありがとよ、おめーさんのおかげであの村の連中、やっと畜生から人間に戻れる」
俺はヤミーに感謝して、木刀とブロードソードを装備した。
「よっしゃあ、この喧嘩勝ちだ! おらぁ、雑魚モンスター共! 死ねやぁ!」
俺が、朝日を背に勝ちどきを上げながら、オーガなどの残党を退治する。
一匹斬り二匹斬り、着実に数を減らしていく。
さすがにこいつらは、力が強いから死人が出かねない。
村人共も、盗賊稼業をしてただけあってゴブリン共を追い詰めていく。
「ぶひいいいいいいいいいいいいいいい!」
その時だった。
炎に包まれた屋敷から、巨大化したオークデーモンが現れた。
皆さんお酒には気を付けましょう




