第11話 二つのけじめ
ヤミーは、泣きながら壊れた教会に入って行った。
あいつは、あいつなりに死の神だった立場で俺に気を使っていやがったのに、あいつの気持ちを無下にしちまったようだ。
転生前に泣かした女はごまんといる俺だが、今回の件は自分を恥じた。
そして人の気持ちを推し量るのは難しい。
親分と言われた俺でさえ、難儀した。
だが、あの時はもう少し器用にできたんだが。
いや、結局失敗したから、組が内部分裂して子分に殺されたっけ。
なんかあれだな、肉体が若いせいか、どうにも感情的になりやすいから注意しねえと。
それに俺の背中の閻魔大王様の入れ墨は、どうやら一時的なものらしく、消えちまってて、長ドスも元の木刀に戻ってしまった。
またあの状態になるのは、何か条件が必要なのかもしれない。
それに、あのヤミーがいくら性悪のどSとはいえ、これからする事は、あいつにはあまり見せたいものじゃないしな。
ガキの教育上、大変よろしくないヤクザのけじめを、これからつけるからだ。
俺は、聖水を一本使い、魔力を回復させる。
そして自分の体に回復魔法をかけたら、体の痛みが少し和らいだのを感じた。
とりあえず、これから少し重いの運ぶから、念のためシャキッと回復しねえとよ。
そして俺は、シャドーデーモンが封印された壺の前に立つ。
「どっこらしょっと」
悪魔が入った重さ70キロ以上はある壺を両手で抱え上げながら、教会の裏の井戸まで歩きだした。
俺も魔法で水を作れるが、今回は多少水が多めにあったほうがいい。
この異世界の水は、たまに血の様に濁って飲めなくなる時もあるが、俺が別に飲むわけじゃねえし、もうこの教会の井戸は誰も使わねえだろうし。
「に、人間よ。わ、私の負けだ。この壺から出してくれればお前たちのことは見逃してもよい」
「あ? 何を勘違いしてんだてめー? 別にもういいぞ、その件は」
悪魔野郎のくせにいちいち大物垂れやがって、その態度がいつまで続くかな。
俺は井戸から水を汲みだすと、案の定水の色が血の様に変色して、生臭い臭気を放ってやがった。
本当にむかつく世界だぜここは。
「おめーさんもあれだけ動き回ったから、喉乾いたろ? ちょっと一服してよ、水飲もうや」
俺はそこら辺の草木の葉や枝を壺の前に集めると、最小限に魔力を抑えた火炎魔法を放つ。
この壺は土で出来てやがるから、火には強いが、このけじめは少し長くなりそうだ。
こういう長丁場なケジメは、煙草を一服してえ。
転生前に健康のためと、女共が嫌うからやめたけど、この最低の異世界に煙草なんてねえし、困った話だぜ。
「ん? ちょっと待て人間。この中熱いし、焦げ臭い! き、貴様まさか」
「おお、なんか周りが燃え始めてきたな。誰かさんが町で暴れたから火事になっちまったぜ」
俺は鼻歌交じりで、井戸桶に貯めた水を、壺の前でバシャリとこぼす。
「おおっと、すまんな。火を消そうと思ったら、周りの地面が燃えてきちまってそっちにかけちまったわ」
「人間め、早くこちらに水をかけるのだ! この程度では私は死なぬまでも蒸されてたまらん」
俺は井戸から水を汲みあげ、また同じように地面にこぼし、その工程を何度も繰り返えした。
そして土魔法を使って地面の一部を粘着性が極めて高い粘土や、細かい砂利に変え、その辺の棒っ切れでかき混ぜる。
「早くしてくれ! もう壺の中熱すぎてかなわん」
「自分、不器用ですから……」
「不器用すぎるだろ! 早くしてくれ、熱い! 熱い!」
んだよ、俺が尊敬する健さんの名台詞だぞ?
もっとこう、気の利くことを言いやがれ悪魔野郎がよお。
「じゃあ、次は水くれてやるからおめーさんはその、魔王軍地上攻撃隊とやらの話をしてくれや」
「で、できぬ! 仲魔を裏切るくらいなら死んだほうがマシだ!」
「あっそ、じゃあ水やらねえ」
俺は鼻歌交じりで、再び地面を棒っ切れでかき混ぜ、20分後くらいで壺の中から悲鳴がし始めた。
「熱い! 熱い! 熱い! 水をくれ! 水をくれれば話してやる! そのかわり命だけは助けてくれ!」
何言ってやがんだこいつ?
許すつもりはねえよ悪魔野郎が。
「てめーこの野郎、調子のいいこと言いやがって! お前が殺した人間のなかにも、助けてくれって泣いていやがった奴だっていやがっただろう! てめーはもう俺がぶち殺すことに決めたんだよ!」
町の人間やおやっさんを殺し、この世界を地獄よりも悲惨な目に合わせたこいつらの罪は重い。
この俺が閻魔大王様に代わって裁いてやる。
「嫌だ! 死にたくない! 死ねば人間の貴様と違って私は消滅してしまう! 頼む、お願いだ」
「ふーん、あっそ。いや、もう水とかどうでもよくなってきたわ。俺はおめーの悲鳴が心地ちよくてよ、もっとそのぶっ壊れたラジカセみたいな声聞かせろや?」
俺は悪魔に言った後、ワザと聞こえるように高笑いする。
「き、貴様は悪魔か! 頼む、お願いだから水を頼む! 話すと誓う、お前と契約する!」
悪魔はテメーだろうが、馬鹿野郎。
ようやく泣きが入りやがって、おせーんだよ悪魔野郎が。
まあいい、この悪魔から情報を引き出してやるぜ。
俺は、そっと壺のふたをずらすと、覚えたての冥界魔法を唱える。
「オラ水だ、封印」
呪文を唱え、井戸の水を壺の中に少し入れて、すぐにふたを閉める。
「くさっ! なんだこの水は! 生臭! うぅ、しかもたったのこれっぽち。だが助かった」
「よし、まずお前は魔王軍で何してて、あっちの幹部や親分の話しろ」
俺が悪魔に促すと、観念したかのように自分の組織について話し始めた。
この悪魔が言うには親分はルシファー。
別名サタン……すげえ大者来ちゃったよ。
俺も転生前に漫画やら本で見たことがある。
魔王軍は、俺がいた極道組織みたいに、上意下達が取れてる集団のようだ。
こいつの話によると、
参謀本部の「ベルゼバブ妖魔部」
最大勢力の「アスモデウス獣騎軍」
少数精鋭の「マーラ不死隊」
最強部隊の「ベリアル親衛団」
この4つの軍団で構成されるという。
「で、おめーは魔王軍のどのポストなんだよ?」
「偉くもないし下っ端でもない、妖魔部所属の特務小隊長で、下士官職の諜報員だ………」
んだよ、せっかくさらったのに、若中に毛が生えたくらいの三下かよ使えねー。
軍団長クラスの悪魔なら、人質程度にはなると思ったのに。
「よし、地上部隊と、参謀本部がある前線基地との連絡はつかねえってのは嘘じゃねえんだな」
「当然だ、我々悪魔はいかに下等な人間風情でも契約は絶対。我々は契約者に嘘はつかん」
なるほど、悪魔は契約相手に嘘をつかねー姿勢なのは感心だ。
どうやらヤクザみてーに、自分たちのプライドや掟は守る根性者の集まりのようだ。
だが前線基地の参謀本部と、地上部隊と連絡が遮断されてるってことは、当然親分がいる魔界にも情報遮断がされてると見た。
これは悪くない流れだ。
うまくいきゃ、軍団長クラスの命取れたかも知れねえ。
「よし、正直に話したおめーさんは殺さねーでおいてやる。お前が俺のおやっさんや町の人間を殺して、俺の仲間に危害を与えようとしたことは、この俺マサヨシの名において水に流してやろう」
「人間、私を殺さないでくれるのか?」
ああ殺さねえ、だがけじめはつけてもらう。
ある意味死んだほうがマシのけじめをよ。
ちょうど地面を棒で練り込み続けてたら、いい感じになってきたし、そろそろ頃合いか。
「それにしても人間よ、壺の中に水を少し入れてくれたのはその、感謝する。だが水が沸騰してきて熱すぎて状況が一向に良くなってないような」
当たり前だろこの悪魔野郎。
壺を火にくべてやがるんだから。
しかし、悪魔ってのはかなり生命力が高いことが今回の件でわかったし、これから先も戦うとなると、かなり根性がいる奴らなのは間違いない。
「でも死なねえんだろ? それくらいじゃよ」
俺はこっそり、音もたてずに壺のふたを最小限の風魔法で外す。
高火力の魔法より、俺にとってはこっちのほうが気を遣うし難しい。
「そうだ、私の場合強力な魔法や斬撃が当たれば死ぬが」
「そいつはいいや、封印!」
今度は壺の中に、水と砂利を混ぜ合わせたものを、壺の中いっぱいに入れて封印した。
そして封印と共に風魔法を応用して、壺にふたをする。
「人間、また水を加えてもらい、感謝する。だがしかしこれ土砂が多すぎて飲みにくいのだが」
「おおそれな! 人間界ではセメントって言って、テメーみたいなの沈めるのうってつけなんだよ」
「………え?」
長い沈黙の空気が辺り一帯を覆い、たき火がぱちぱちと立てる音だけが周りに響きわたった。
「いやだああああああ、出してくれ! 死にたくない! 助けてくれええええ‼」
「ジタバタすんじゃねえ三下が! 約束通り殺さねえがケジメはとるぞこの野郎!」
悪魔が絶叫する中、待つこと一時間と少し。
ようやく、俺特製のセメント詰めが完成した。
若い衆の時は、兄貴分から作り方を教えられ、組織のためいろんなものをドラム缶に詰めてきたっけ。
俺は壺を持ち上げようとするが、今の力じゃ重たすぎて持ち上がらない。
「はあ、神よ、能力向上」
俺はため息をつきながら、初歩的な神霊魔法を唱えると、筋力が一瞬だけ上がり、コンクリ詰めの壺を井戸の中に放り込んだ。
明日は無理がたたって筋肉痛になるに違いない。
「おーい、悪魔野郎。運があれば、そのうち出れるかもしれねえから。セメントいてな!」
俺が声を掛けると、井戸の中からシクシクと女々しい悪魔の泣き声が聞こえてきた。
ダメ押しに残りのセメント井戸に流しとくか。
いつ出られるかはこいつの運しだいだが、俺の刑期8930年よりはマシだろうよ。
さて、悪魔のけじめもついたし、もう一個のけじめの方もつけなきゃな。
教会へ戻ると、俺の部屋があったベットの上で、ヤミーは体育座りみてーにちょこんと座ってやがる。
ちんちくりんな姿がさらに縮こまり、まるで妖怪座敷童みてえだ。
「おい、ヤミーよちょっといいか? あの時はお前の気持ちも考えてやらず、俺が悪かったよ、すまなかった」
俺が詫びを入れて声を掛けても、一向に俺の顔を見ようともしない。
女ってのはこうなると面倒くせえ。
話しかけても、うんともすんともしなくなる。
こういう場合放っておいて明日にでも声をかけてやるか?
こいつじゃ無くて、性欲旺盛の俺好みのマブい女なら、強引に事でも及んで何回か愛の言葉でもかけてやりゃあ、半分くらいの確率で元鞘に収まるが、残りの半分は他所の男がいいって、愛想つかして出ていき、俺の男の矜持が傷つくかどちらかだが……。
だがあいにく俺は、閻魔大王様の妹に手を出す気も無ければ、ロリコンじゃねえ。
昔、兄貴分の女に知らねえとはいえ手を出して、ぶっ殺されかけたこともあったし、色恋沙汰で間違え起こして、消されちまったり破門になった極道はごまんといやがる。
組織内で許可なく人の女や姐さん、妹さん、娘さんに手を出すのは極道社会ではご法度中のご法度で、そこら辺はカタギの世界よりもモラルはあるだろうよ。
「飯だけは食えよ、あとで作るから。準備ができ次第明日にはここを出る」
俺はそれだけ言って、教会を出た。
さて、おやっさんや町の連中を埋葬しなきゃ。
おやっさんがいない今、俺しか神父がいない。
俺の僧侶服は上が焼けちまったから、おやっさんの持ってた正式な僧侶服へと着替えた。
神父としての最初の埋葬の仕事が、親の埋葬と生まれた町の人間達とは皮肉なものだ。
埋葬は夜までかかり、町の人間がアンデットにならないよう、俺は地中深く仏さんを埋葬する。
そして、最後におやっさんの亡骸に抱き着き、親子の別れをして墓に埋葬した。
星空の下、祈りの言葉を唱えて十字を切り、俺の神父としての最後の仕事は終わりを告げた。
碑文にはこう書いておこう。
「神に使えし神父達、神の奇跡を目の当たりにし、神に看取られ感謝の中この世界を去ると」




