第10話 入れ墨
黒い影のような悪魔、シャドーデーモンは俺に大物を垂れながら、真っ黒い指を町の方向に向ける。
教会から見えるデーバ町は、建物が壊されて人がバタバタと倒れていた。
「貴様たちは我が力によって、そこの人間どもの様に死ぬのだ。そこの神に仕えるような薄汚い神父も、人間の分際で手こずらせおったが、我が魔界を攻撃し、数多くの仲魔を滅した罪、貴様たちの死をもって……」
おやっさんを侮辱されたことと、町の人間を殺されたことで、俺の心はプッツン切れた。
この外道は生かしておけねえ!
ヤローの話が終わる前に、俺は怒りに任せて背中に背負った木刀を右手に持って駆けだし、思いっきり奴の影のような体めがけて突きを放つ。
「貴様!?」
シャドーデーモンは人間の俺を下に見ていたようで反応が遅れたのか、喉元に突きをまともに喰らう。
喧嘩は、先手必勝。
体が若いせいか、転生前と比べてキレやすくなっているようだが、それ以上に体のキレがいい。
それと大物垂れる暇があったら、さっさと攻撃することだクズ野郎。
しかし体が影で出来ているのか、俺の突きが奴の喉をすり抜けて、逆に奴の左手が俺の木刀を掴む。
どうやら、こいつは自分の意志で自由に影に変われるようだ。
「効かぬは雑魚めが!」
今度はシャドーデーモンが黒い影のような右手を俺に向け、火炎魔法を放つ。
その威力に、俺の体が数メートル吹き飛ばされ、顔と腕に火傷を負う。
「我が体は打撃攻撃など一切無効。貴様なかなか人間にしては素早いようだが、いつまでもつか……」
奴が言い終わる前に、俺は木刀を地面に放り投げ、右手で水、左手で風をイメージし、「水切り」を放った。
シャドーデーモンは俺の魔法を躱しきれねえでようで、左手が切断される。
「ぬおおおおおお、貴様また私が話をしている途中に! 人間の分際で高等魔法など!」
よし、武器は効かねえが、この悪魔には魔法は通用するようだ。
この魔法なら、岩でも鉄でも真っ二つにできる。
これは転生前に刑務所で服役中、読んだ本に書いてた工業機械、「ウォーターカッター」をイメージしたもの。
魔法とは術者の想像力をどれだけ活かせるかだと俺は思う。
「クズ野郎、次はテメーの首をすっ飛ばしてやるぜ!」
俺は悪魔にとどめの一撃を繰り出そうと、両手に魔力を集中させる。
「?」
だが、今ので俺の魔力量が空になった。
なぜだ?
魔力が万全なら、まだ一発こいつにカマす余力が残っている筈なのになぜ。
「すごいぞマサヨシ! おい悪魔め! 我らに詫びを入れるのは今のうちじゃぞ!」
ヤミーが俺に駆け寄ってきて悪魔を挑発する。
ていうか、今は俺とコイツの殺し合いなんだからこっち来るんじゃねえよ、どこまで空気が読めねえ頭スイーツなんだこのガキ。
「我もさっき見たが、魔界魔法なのが気に入らぬが、なかなかやりおるのう」
ん? こいつ今なんて……。
あ。
怒りで冷静さを失っていた俺は、もう既に「熱風」を2発撃ったことを忘れていた。
そうだったあああああああああ
ちくしょう、ヤミーにカッコつけようとして、日課のランニングで、雑魚に魔法連発しすぎちまったかあああ。
「人間の分際で生意気な!」
今度は、シャドウデーモンが右手を空に掲げると、魔力を練り上げ、巨大な火球を具現化する。
野郎、俺達まとめて焼き尽くす気だ。
ヤミーは今は人間になっているから、あんなもん食らったら怪我じゃすまない。
「死ぬがよい、大火球」
俺はとっさにヤミーに抱き着いて地面に伏せた。
奴の魔法で、俺の僧侶服の上着が一瞬で燃え、背中に大火傷負う。
だが、この野郎になめられねえため、痛えだの苦しいだの、絶対に口になどするもんか!
「マサヨシ!」
ヤミーは俺を呼び、狼狽する。
何とか無事なのようだが、今の一撃で俺は動けないでいた。
「はっはっは、人間の分際で少しはやるようだがもう貴様は終わりだ」
喉の器官が焼け、息をするのも苦しかったが、俺は根性で立ち上がり、木刀を手にする。
そして悪魔を返り睨みつけて啖呵を切る。
「何勘違いしてんだクズ野郎! てめー俺にまだ切り札あるのを忘れてねえか?」
「貴様、あと一撃で死にそうなくせに切り札だと?」
「そうよ、この俺とヤミーがテメーんところの前線基地をぶっ壊したのを忘れてねえか?」
俺の掛け合いで、奴の体が一瞬ビクッとなったのを見逃さなかった。
この俺、マサヨシ様は掛け合いと博打の駆け引きで負けたことはねえんだ。
「おいクズ野郎、10秒待ってやる。今のうちにさっさと失せやがったら、見逃してやる」
「き、貴様は私をあの攻撃でチリと化す気なのか!」
へっへっへ、この馬鹿ビビってやがるな。
喧嘩と掛け合いはビビったほうが負けよ。
「マサヨシ、もう我には……」
俺は咄嗟に、ヤミーを振り返りアゴで指図する。
(オラ、さっさと逃げろ。おめーがこの喧嘩に付き合って死ぬことはねえ……。俺がまた冥界に逝ったら、すぐに閻魔大王様におめーさんを救護させるよう言うから)
小声で俺はヤミーに言った。
この野郎が俺の掛け合いにビビッて引けばいいが、追い詰められてこっちに攻撃してきたら、まず間違いなく俺達はぶっ殺されちまう。
それにこのちんちくりんが、頭スイーツのガキだろうがなんだろうが、女の前で無様な真似を晒すなど、このマサヨシ様の器量は不細工じゃねえ!
「おら、クソヤロー10秒やるぜ! 10、9、8、7、6、5」
「ぬうううううう、人間の分際でぇぇぇ」
その時、ヤミーは何を思ったのか立ち上がる。
「我は閻魔大王が妹、冥界第五法廷第二等審問官ヤミーである! そこの人間と我に対する、今までの狼藉を詫びれば、お前の命と引き換えに、我が身柄を貴様の手柄とする名誉を与えよう!」
ちょ、何言ってんだコイツううううううう。
せっかく掛け合いが成功しそうだってのに、この頭スイーツがああああ。
逃げろって言ったじゃねえかよ、馬鹿野郎おおおお。
「何? 貴様があの閻魔大王の妹だと? 嘘を吐くな、貴様には閻魔の証たる角が無い!」
だよなあ、そりゃあすぐに気が付くわなあ。
だって、見た目が喪服みてえなの着てる、ただのちんちくりんのガキなんだから。
「貴様達は確かに、私を吹き飛ばす力を持っているかもしれん。だが、私は敵ながら圧倒的な力を持つと言われる閻魔大王を尊敬しておるのだ! その尊敬する者の妹を騙るとは小癪な人間め! 刺し違えても殺してやる!」
おいいいいいい、すげえよ閻魔大王様、敵側の悪魔からも尊敬されてるうううう。
けど、あんたの妹とそのカリスマのせいで、どう考えても俺達死ぬ流れになっちまったあああああ。
「ちくしょうが! 早く逃げろヤミー」
俺は両手で木刀をもって、下段の構えで悪魔に駆け寄る。
こうなりゃ俺の気迫で野郎をビビらせてやる。
シャドーデーモンは、右手を鋭い爪に実体化させ、俺の喉元目がけて攻撃してきた。
あの手で、おやっさんや町の人間をやりやがったのか! 許せねえ!
「マサヨシ!」
ヤミーが俺の名を叫んだ瞬間、俺の体が光に包まれる。
転生する前、俺が創造神とか言う神様に受けた光のようだ。
そして俺の持っていた木刀が、白の柄で鍔の無い日本刀へと変わる。
俺が転生する前に、抗争で愛用していた、長ドスだった。
俺は下段の構えから長ドスを斜め上方向に、鋭い爪の攻撃を弾き飛ばすと、返す刀で悪魔の右手首から先を切り落とした。
「ギャアアアアアア」
俺に斬られたシャドーデーモンが、耳障りな叫び声をあげる。
「マサヨシ、お主背中に兄様が! 兄様の絵が!」
背中に閻魔大王様の絵? 絵だと?
そうかい、転生前に入れ墨入れときゃあよかったなと思ったが、こんな形で夢が実現するとは最高だぜ。
どうやら、俺の背中には閻魔大王の入れ墨が入ったようで、さっきの光の影響なのか、気力がみなぎって来る。
「悪魔野郎、この町や俺のおやっさんに手を出した罪、俺の背中の閻魔様に詫びるがいいぜ」
俺はシャドーデーモンの両足を斬り飛ばすと、野郎は絶叫しながら地面を転げまわる。
「マサヨシ、今じゃ! 冥界魔法を唱えるのじゃ!」
冥界魔法?
教会の書物にも書かれていたが、どんな魔法かは俺も知らないが……。
そうか、ヤミーは冥界の神だからこの魔法を知ってるのか!
「教会の前に、掃除で使う水瓶があるじゃろう、この悪魔が放り込まれるイメージでダムドと唱えるのじゃ! 冥界魔法は魔力が無くとも撃てるはずじゃ!」
「封印!」
俺が冥界魔法を唱えると、シャドーデーモンは切り飛ばされた手足ごと、教会の前の壺の中に吸い込まれるようにして消えていった。
「今じゃ!」
ヤミーは壺に駆け寄ると、壺の傍に置かれていたふたを両手に持つと、素早く壺にふたをする。
なるほど、封印魔法だったか。
「出せぇぇぇ人間め! このシャドウデーモン負けたわけではないぞぉぉぉ」
悪魔が負け惜しみを言ってるが、俺はそれを無視して、すぐにおやっさんの下に駆け寄る。
頭部と腹部の出血が酷く、かろうじて意識はあるようだが、このままでは死んじまう。
「ヤミー! 教会に行ってくれ! 俺の部屋の机が残ってれば、引き出しに魔力を回復できる聖水が何本か残ってるはず」
ヤミーは、俺に頷くと壊された教会の中に入り、持ってきた聖水を俺の体にかけた。
俺はおやっさんに両手を当てて、神への祈りと共に、回復魔法を使う。
おやっさんが治れば、町の連中も回復できるはず。
「マサヨシよ、傷を負っているな。どれ、私の回復魔法を」
「いいです。それよりもお父さんの傷を治す方が……」
「マサヨシよ、私はいいのだ。町の人達を早く治してあげなさい」
俺は、傍らにいたヤミーを見ると、ヤミーは俺の気持ちを察したのか、町の方向に向けて走り出す。
生存者がいれば、やつが教えてくれるだろう。
「今、あの子が生きている人を助けに行きました。もう少しで頭の傷も……」
「もういいのだ、マサヨシよ。私はな、本当は死ぬべき人間だ」
「え?」
死ぬべきって、おやっさんは俺や町の連中を助けてたのに、なんでそんなこと言うんだ。
わけがわからねえ、この人が何をしたって言うんだ。
「私は元々、王国の騎士で色々酷いことを人にしてきた。そして貴族を切り殺して出奔し、罪を逃れるためにこの西の果ての教会で神父も殺し、神父の息子と偽って、ずっと身を隠してきたのだよ」
「しゃべらないでください、もういいですから」
「神父になりすまし、町の人を救ううちに、罪人の私が本当に神父になった気がして……お前を拾って……」
おやっさんが罪人だと、じゃあ俺はなんだ?
俺なんて転生前に、散々非道をしでかして、外道と子分に言われて死んだ極悪人だ。
「罪人なんかじゃない! 俺はこの世界に転生する前は極悪人で、けど俺は貴方に救われて」
「私は、お前を育てたから救われたんだよ。私が犯した罪は決して許される事ではない。けど私は救われたんだ。マサヨシは優しい子だから、私の様にこの世界の人々を救ってはくれないか?」
俺はいつの間にか泣いていた。
転生前に渡世のオヤジが死んだときや、母親が死んだとき、子分が死んだときだって涙の一つすら流さなかったのに、どうしてか涙が止まらない。
俺が唯一人の死に涙を流したのは、俺がヤクザになる前死んだ、俺を心配してたおまわりだけだった。
「マサヨシ、だめじゃ! 町の人間はもう」
ヤミーは小走りでこちらに戻って首を振る。
俺はおやっさんに回復魔法を唱え続けるが、魔力が空になってしまった。
「ああ神様、マサヨシをどうかお助けに……。この世界が、あなたに見捨てられなくて本当によかった」
おやっさんは、涙を流しながらヤミーに言うと、笑顔でそのまま息を引き取った。
「だ、大丈夫じゃマサヨシ! 人はいずれ死ぬ。そこの罪人も地獄に行き、いずれは転生して……」
ヤミーが言い終わる前に、俺は立ち上がり、振り返るとヤミーの頬を張った。
一瞬ヤミーは何が起きたかわからない顔で俺の顔を見る。
「てめー、いい加減にしとけよこの野郎! それがこの人に言う言葉か! この人はお前に、神に感謝しながら救われて死んだんだ‼ 人の気持ちがわからねえような奴は、目障りだからどっかに消えちまえ馬鹿野郎!」
俺は吐き捨てるように言った。
すると、ヤミーは顔を紅潮させ、涙をポロポロ流して俺を見る。
「そんな、わ、我はお主のために言ったのに、そんなつもりじゃ、う、うああああああああん」
この俺もこの閻魔も結局は未熟者の半端者。
人の気持ちがわからねえのは、どうやら俺も同様のようだ。
住人が誰もいなくなった、仁義なき世界の町で、ヤミーの泣き声だけが響き渡った。




