Humming -ハミング-
落ち切った幕のそで。
(字数:1,004)
木漏れ日のまばゆさに目をさました。
下草のはえる木の根の合間に横たわっている。
苔むした幹の根元は冷たくて心地がよかった。
木立ちを吹き抜ける風も涼やかで、つい長くまどろんでいたらしい。
息苦しさがないのを確かめ、体を起こす。
不自然に痛むところはない。動悸が続いている気配もなかった。
手を見れば焦点も合う。
ただ少しだけ、腰のうしろのあたりがだるい。
最後に薬を飲んだのは、今日の夜明けだ。
それから森の外周にたどり着き、背の高い草原との境をずっと歩いてきた。
踏みあとをたどっていけば、街道に出られる。
そう聞いて、今日中に街の火を見られるかもしれないと思い、はやる気持ちもあった。
だからきっと、急ぎすぎただけ。
それでも、念のため薬の量は増やしておくべきなのかもしれない。
見送ってくれた若い薬師の、やさしすぎて思いつめた顔を思い出す。
脇に置いていた荷袋をおもむろに引き寄せた。
今朝も確認した薬の残量を、もう一度見ておきたい気持ちになったのだった。
おそらく薬草を探して寄り道をするべきときも近づいている。
同じ薬草を街の薬屋で扱っている可能性は、なくはないとも聞いていた。
急ぐべきか、さまようべきか。
胸の奥の火がしぼんでいくような心地がする。
耳をくすぐる風が、今は少し冷たく心細い。
荷袋の中をあさっていて、ふと、袋の外に結わえてある紐が目にとまった。
短くまとめた紐の先には、握って隠せるほどの小瓶がぶら下がっている。
透明なガラス越しに見えるのは、糸で輪にした二つの毛の束だ。
干し切った藁のようにあたたかい色の輪と、それをもう少し薄めて穏やかにしたような、亜麻色の輪。
紐をほどいて手に取り、陽にかざすと、それはどちらも瑞々しい花びらのように明るく輝き始める。
フィオールは目を細め、ふっとやわらかく微笑むと、おもむろに頷いた。
「そうね。行けるところまで行きましょう。いっしょですものね」
立ちあがる。
小瓶を提げた紐は首にかけた。
荷袋を背負い、拾った木の枝を杖にして、踏みあとをまた、たどり始める。
横目に見える木立ちの合間を、明るい色の何かがただよっていた。
風に流され、ひらひらと陽の下にまろび出てきたのは、小さな小さな二羽の蝶たち。
黄色い翅と、白い翅。
じゃれ合うように舞いながら、道の行くまま、どこまでも翔んでいった。
No one knows where the humming ends,――
――until "the Last Gaokerena."
ご観読いただき、まことにありがとうございました。
『いつか荒野のガオケレナ ~呪わしの亜人は秘薬を喰らい、されど薬師はカルテをつづる~』
これにて完結となります。
お帰りの際は、お足下にお気をつけて、お忘れ物がないようお確かめくださいませ。
なお、この作品を第一部とし、第二部以降を製作するシリーズ化の構想もございます。
本作のエンディングは、いかにもバッドエンドの様相で、ハナ自身の言うとおり、彼女たちには何もできなかった、してきたことに意味がなかったと見えるやもしれません。
解釈はお任せ致します。
いずれにせよ、彼ら自身はまだ健在で、そして次の物語はすでに始まっています。彼らの呪いが解けない限り、旅は延々と続いていくのです。
しかしながら、皆様へのお届けはまだ遠く先の話。
諸事情により、次作はシリーズ外作品となることを、あらかじめご了承いただければと存じます。
いつか、続編として、ハナたちの旅の続きをお見せできる日が参りましたら、
そのときは、みなさまと再びお会いできることを、心より、狂おしいまでに願っております。
重ねて、この作品の登場人物たちの行く先と、みなさまのいつかの今際に、
安らげる光と淀みのあらんことを。
ヨドミバチ





