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第二章・第2.5節:side D

 彼の話。



(字数:2135字)

 

 古いテーブルの脚を折る。傷んだテーブルの脚を。無造作にもいで、適当に折り、他の材木と積んでおく。

 おそらくもう使わない。一枚板の天板は割れていたし、裂け目が腐って菌類(きのこ)が巣食っていた。その天板にも手斧を当て、叩く。湿った部分を捨てれば、薪として使える。


 沢のほとりの家はもうずいぶんと片付いた。積まれていたガラクタの山を外へ運び出し、中に物はほとんど残っていない。眠るにはまだ少し不便だが、ガラクタの中にベッドに使えそうな部品がいくつかあった。足りない木材を少々伐り出して来さえすれば、案外早く家具は揃うだろう。

 周りを見渡す。陽の光を遮り枝葉で空を埋め尽くす高い木々が辺りを取り囲んでいる。沢の水音しか聞こえず、涼やかで気持ちがいい。ただいささか暗い。日の通る道を見ながら、どの木を伐るかをおおよそで決めていく。


 元はテーブルだった薪を束ねていると、ちょうど妻が昼食だと言って呼びに来た。そばまで駆け寄ってきて、ごくろうさまと言ってくれる。薪と手斧はひとまず置いて、寄り添うように連れ立って新居へ戻る。とんがり屋根の小さな丸い家。

 扉を開けると、磨かれた床のてかりと塩気のある香ばしい匂いが出迎えてくれる。先にテーブルについていた子どもたちが、木製のスプーンを手にして待ちくたびれていた。遅いと叱られながら息子の隣に座ると、妻がすかさず鍋を運んで来て、目の前の皿へ最初に注いでくれる。手伝わずに森で遊んでいた息子が彼女にたしなめられている。

 家族全員にスープが行き渡り、妻が向かいに座って、召し上がれと言う。今日は慌ただしくて簡単なものになったと少し申し訳なさそうにしていたが、妻の味付けはいつも絶品だ。幼い娘に同意を求めると、元気な声で肯定してくれる。息子はすでに夢中でかき込んでいる。


 心地のいい時間が流れていた。ずいぶんと久しぶりのような気がする。こんな森の奥だが、家を借り受けてみて正解だったようだ。決して大きな家ではない。だが目の前には溌剌とした表情の妻がいて、とても近くに彼女の温かみを感じられる。娘もつられて嬉しそうな表情をしていた。二人の笑い合うさまがとても眩しい。

 ねえ、とうさん。息子が袖を引く。琥珀色の目をからかうように細めて、口がにやけていることを教えてくる。しょうがないだろう、幸せなのだから。恥じらわずそう返すと、そうみたいだね、とまだ含みのある様子でにやついている。素直に同意したいのを照れているのだろうとからかい返してやると、別に、ただ、とうそぶいて――


   「今度の母さんは黒髪なんだね」











 ――目を開ける。


 目の前に湿ったガラクタの山が積まれている。壊れたテーブルや、椅子や、キャビネット。へこんだ鍋に錆びた燭台といったもの。

 陽の差さない暗い森の中で、自分で積んだゴミの山と向かい合って、苔の生えた丸太に腰かけている。


 脇を見れば、沢のほとりの高台に、小さな古ぼけた尖塔風の家がある。ひび割れた窓の向こうには、明かりもなければ人の気配もありはしない。

 一度目をつぶり、眉間をつぶすように揉む。目を開ければ、再び陰鬱な森の景色。


「まだあんな夢を見るんだね」


 声がした。無邪気そうで甲高い。

 ゴミ山の上に、いつの間にか人影がある。

 少年だ。どこにでもありそうな襟のないシャツを着てズボンをはいた、どこかで見たような姿の。


「いつ以来かな? 疾師に初対面で悩殺されたとき?」


 琥珀色の目で見降ろして、少年は勝ち誇るような薄ら寒い笑みを浮かべる。


「あれは正直なかったよねえ、うん。それに比べれば、まあいいんじゃない? ()()()()()


 少年から視線を外し、立ち上がる。まだ材木として使えそうなガラクタが目にとまった。ゴミの山から引きずり出すために、邪魔なものをどかしていく。


「どうして諦めるかなあ」


 今度はすぐそばで声。

 いつの間にか地面に降りていた少年が、足下に立って見上げていた。


「たまには頑張ってみなよ。君が膝をつかずにキスできそうな人は貴重だよ? 最悪力ずくでどうにかできちゃうんだからさ、君なら」

「消えろ」


 言い放つ。できるだけ無機質に聞こえるよう。

 少年はわざとらしく退いて、「うわ、こわー」と愉快げに悪態をつく。


「冗談だよ、さすがにね。んーでもさ、案外向こうは待ってるのかもしれないね? なかなかいなくならないじゃない。見るからに奥手っぽいしさ。押したら一発だったりして?」


 黒木の水屋らしき箪笥を持ち上げてみる。開き戸が反動で開いて、中身が地面に落ちて割れた。土瓶のようだ。


「お願いすればいけると思うなー。ずーっとここにいてほしい、あなたが必要だ、って」

「……あいつが決めることだ」


 静かに言い返す。一瞬口の中が苦いような気がしたのは、さすがに気のせいだろう。


「ふーん。巻き込みたくないんだ? 特別なんだね」

「ッ!」


 思わず横目に睨みつけていた。つまらなさそうに口を尖らせていた少年の顔が、再び喜々と歪む。


「恥ずかしいことじゃないさ。むしろ至極まっとうじゃない? まあでも、君の姉さんの方はどうか知らないなあ。あっちは巻き込む気満々だったりして?」

「……」


 沢の水がごぷりと音を立てる。言い返す言葉は頭に浮かんでいたが、ドリューはそれきり目を伏せると、巨大なるオルクの血統を示す大顎を固く閉ざし、黙々と作業に打ち込んだ。


 来週末次話掲載予定【済】。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 夢……? この少年呪詛くさいなぁ…… まぁもうミスターとハナちゃんなんてスキンシップ(ぶん投げたり担いだり)十分ですものねっ!(なんかちがう
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