Epilogue -エピローグ-
謝辞:古口宗さま(@koguti_syuu on Twitter)よりFAとしてタイトルロゴを頂きました(2021,2,28)
「……お薬、少しでも効き目が弱いと感じたら、迷わず量を増やしてください。万一動けなくなると、素材を集めにも行けなくなってしまいますから」
「ええ。よく覚えておくわ。教えてくれた調合の手順も、大事な薬草の見分け方も、きっと忘れない。あなたとした、短い旅のことも」
「……本当に、よろしいのですか? ここに残っていただけるなら、じぶんが――」
「ありがとう。でもね、いいの。ずっとあこがれだったんだから」
「……」
「じゃあね、薬師さん。楽しかったわ。どうか、お元気で」
「……はい」
お元気で――
患者が帰るときは、必ずそう言って送り出す。
けれど、丘をくだっていく細い背中が、藪へ分け入って、木立ちの奥へ見えなくなるまで、ハナはとうとうその言葉を口にできなかった。
高く昇る陽の下、木のない丘を覆う草原を、風が渡っていく。
降るはずのない雨が、頬を伝い落ちる。かみしめる奥歯の熱を削いでいく。
髪が張りついて、うながすようにおとがいをくすぐった。
やむなくほどけた唇は、凍えたようにわなないて、ようやく吐き出せたのは、うわずるだけの呼気。
「なにも……なにもできませんでした……」
か細く、ただ流れていく。
こぶしを握る気力すらもなく、今に膝をついて、まぶたを閉ざしてしまいたいと望んでいた。
それでも叫ばずにいつづけたのは、となりにたたずむ彼を感じていたからだろうか。
風に揺るがず、ただ影を落とし、彼はそこに立ち尽くしていた。
立ち枯れてなお雨を待つ大樹のように。
小鳥もとまらないその枝の合間に、しかし、初めて風のほかの音色を得たのだろうか。軋むように重たい声が呼応した。
「おれは……ひと粒の丸薬でいい。そう生まれついたように……誰かのためじゃない、ただ一人のための丸薬であれば、それで」
ハナはもう一度、奥歯を喰いしばる。
見あげずとも目に浮かぶ、彼の鋭利な琥珀色の瞳。
ただ一つを見つめ、揺れず、惑わず、わき目も振らず、決して光の在り処を見失わない、よどみなく昏い双眸。
誰の瞳をも覗き込まなければ、覗き込まれることもない深淵。
奪われることも。失うことも。
置いていくことも。置いていかれることも。
わかっている。
ハナにもわかっている。
それでも――
「それでもじぶんは、薬師でいたいです……!」
しゃくりあげそうになる喉を締めつけ、今一度奮い立ち、乾いた地を踏みしめる。
いつかぬかるむその場所に、根を張り枝葉を広げられると信じて、涙は流れるままに任せ、ただ、今は仰いで、木漏れ日の外をにらんでいる。
「……」
彼はもう、なにも言わなかった。いつものように。
だれかの消えていった木立ちの合間を、そうしていつまでも眺めつづけていた。
※この部分は、第二章全話投稿後、第1部分として割り込み投稿されました。
時系列的には最終章(第四章終幕)のその後にあたります。仕様として冒頭に配置致しました。次話からが本編となります。
お読みいただき、ありがとうございました。
『いつか荒野のガオケレナ』へようこそ。
ヨドミバチ