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第二章 魔王選抜トーナメント4

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 縄でぐるぐる巻きに縛り上げられ、大木に上下逆さまに吊るされたジョゼフ。少年を尋問すると、少年は意外にもあっさりと盗んだ下着の場所を吐いた。


 隠し場所から運んできた山積みの下着。そこにリザードマンの女性たちが群がり、各々自分の下着を回収していく。その光景を何の気なしに眺めていると――


 その集団から何食わぬ顔で、上下一式の下着を手にした茜が出てきた。


「あれ? おい茜、もしかしてお前も下着を盗まれていたのか?」


「だったら何?」


 不機嫌そうに栗色の瞳を半眼にして、茜が下着をこちらから隠すように背後に回す。


「昨日、アリエルに制服と下着の洗濯を頼んだのよ。汚れっぱなしだと気分悪いから」


「ああ……だから今日一日、お前そんな寝間着をずっと着てたのか」


 下着泥棒の捕獲に彼女が協力的だったことも、自身が被害者であったからなのだろう。それを理解したところで、真治はふと重大な事実に気付く。


「……え? てことは茜。お前いまその服一枚で、下着はなにもつけて――」


「それ以上話したら――殺す」


 ギロリと眼光を輝かせる茜に、真治はぐっと固く口を閉ざした。以前ならば冗談で済む言葉だが、魔法を会得した今の彼女ならば、冗談で済まされる保証がない。


 服を脱がずに器用に下着を装着する茜。意外にもピンク色の可愛らしい下着をつけ終えた茜は、無表情の中に満足げな気配を浮かべて、小さな胸をパンパンと叩いた。そして大木に吊るされたジョゼフへと視線を移し、彼女が天気の話をするような気軽さで呟く。


「さて――下着泥棒を殺しましょ」


「だから冗談に聞こえねえって」


 とりあえず自身の下着を回収したアリエルも含めて、三人でジョゼフのもとに近づいていく。自分の立場を弁えていないのか、大木に吊るされながらも何やら楽しそうに体を揺らしているジョゼフ。真治は呆れて嘆息しつつ、少年の目の前で立ち止まった。


 プラプラと左右に揺れたジョゼフが、真剣な表情で口を開く。


「この俺の周期Tを求めよ」


「やかましい」


 ジョゼフの提示した問題を一蹴し、真治は悩ましく腕を組む。


「こいつどうすればいいんだ? 警察……とかここにはねえんだよな?」


「ケイサツ? えっと……すみません分からないです。それも種族名でしょうか?」


「どうでもいいわ。決めるべきはすぐに殺すか、じっくりと殺すかの二択でしょ?」


「とりあえず俺の縄を解いて、全員がしばし目を閉じるというのはどうだろうか?」


 なぜか余裕のある態度で、こちらの会話に加わってくるジョゼフ。当然ながら少年の提案など却下だが、下着泥棒とはいえ少年を私刑にするのも後味が悪い。どうしたものだろうかと悩んでいると、茜が小さく溜息を吐いてぽつりと言う。


「……アンタたちコボルト族は、トーナメントの運営管理しているんでしょ? もし上位にいる魔族の情報を教えてくれれば、その縄を解いてあげてもいいわよ」


 茜の思いがけないその交換条件に、「おお」と真治はパチンと指を鳴らした。


「トーナメントに興味なさそうだったのに、良いこと言うじゃねえか、茜」


「ないわよ馬鹿ね。繰り返すけど、あたしは別の方法を探すつもりよ。だけどせっかくだから、アンタの下らない保険も多少期待できるようにしておこうと思っただけ」


 茜のこの交換条件に、ジョゼフが揺らしていた体をピタリと止める。


「基本的に他者のランキングを公表することは規則に反する。自身の力を誇示するため、自らランキングを公開する者もいるが、俺たち運営管理がそれを語ることはない」


「……残念。それが捻じ切られる前の頭部が話した、最後の言葉になるのね」


 ジョゼフの頭部をガシリと掴む茜に、少年が「まあ落ち着け」と言葉を続ける。


「とはいえ、俺もこのまま頭部と胴体が離ればなれになることを良しとはしない。そこでだ、ランキング上位者の情報を、ある条件と引き換えに提示してやろう」


「……条件なんて言える立場?」


「まあそう言うな。簡単な話だ」


 ジョゼフがゆっくりと息を吸い込んで――


 キラキラと瞳を輝かせた。


「うふ。あたしぃすごくエッチィな女の子なのぉ。そんないやらしいあたしにぃ、ご主人様のご奉仕させてくださいぃ」


 妙に体をくねらせながら、背筋を這いずるような甘い声音でジョゼフがそう呟いた。上目遣いにこちらを見つめる不気味な少年に、呆然とする真治と茜、アリエルの三人。冷たい沈黙がしばし流れた後、少年が何事もなかったかのように、いつもの調子で言う。


「そこの小娘、この言葉を俺に向けて言え。そうすれば情報をくれてやる」


「……はあ?」


 栗色の瞳を凶悪に鋭くさせて、茜が怒りを押し殺したような声音で言葉を返す。


「なんでそんな気持ち悪いことを、あたしが言わなきゃいけないの?」


「先程ひどい目に遭わされたゆえお返しだ。ただ言うだけだ。簡単なものだろう?」


「……じゃあ情報なんていらない」


 ぷいっとそっぽを向く茜に、真治は「おいおい!」と慌てて腕を上下に振る。


「こんな簡単なことで情報が貰えるんだぜ? 止めるなんてそりゃねえよ茜」


「ふざけろ死ね。こんな頭の悪い言葉なんて言えるわけないでしょ」


「ほう、貴様さては恥ずかしいのか?」


 茜の眉がピクリと揺れる。全てを見透かすように、ジョゼフがウンウンと頷いた。


「この程度の言葉で羞恥を覚えるなど、意外に乙女なのだな。いや自意識過剰なのか?」


「……下らないから言いたくないだけよ」


「下らないなら言えばいい。小娘に何のデメリットもなく情報が手に入るのだぞ?」


 茜の眉がまたピクピクと揺れる。そんな彼女に、ジョゼフが「照れちゃって可愛いぃ」とさらに刺激を与える。茜が何かを堪えるように嘆息し、ぽつりと言う。


「……アリエルが代わりに言うわ」


「ええええええ!?」


 狼狽するアリエル。だが「それではダメだ」とジョゼフがすぐに頭を振った。


「普段から言いそうな奴が言っても意味がない。小娘だからこの言葉に価値が生まれる」


「普段から言ってませんよ!」


 顔を赤くして否定するアリエル。だが彼女の言葉など、茜もジョゼフも聞いてなどいなかった。まるで剣を斬り結ぶように、視線を交差させる茜とジョゼフ。異様な緊張感が場に流れる。沈黙を続けることしばらく、茜がこほんと咳払いをして死んだ目をした。


「ウフ。アタシスゴ――」


「棒読みは許さん。一字一句、ニュアンス、ポーズ。全てを違わずにやれ」


 ジョゼフの指摘に、また冷たい沈黙が流れる。いつものように茜の表情には感情が浮かんでいない。だがその体が僅かだがプルプルと震えていることに、真治は気付いていた。


 長い、あまりに長い沈黙。この静寂が一生続くのではないかと思えた、その時――


 茜がついに覚醒の時を迎える。


「うふ。あたしぃすごくエッチィな女の子なのぉ。そんないやらしいあたしにぃ、ご主人様のご奉仕させてくださいぃ」


 茜が全力で声を発した。上目遣いにされたキラキラと輝く栗色の瞳。煽情的な曲線を描いた腰の捻り。耳の奥をくすぐるような甘い声。会心の出来だ。茜はきっぱりと可愛い少女を演じてみせた。だがしかし――


 現場には冷たい空気だけが流れていた。


 誰もリアクションをしないまま、時間だけが過ぎていく。言葉を言い終えた姿勢で、体を硬直させている茜。それを黙したまま見つめる真治とアリエル、そしてジョゼフ。あまりにも重い静寂が流れる中、森から聞こえてくる小鳥のさえずりがよく響いていた。


 遠巻きに眺めていた村人から、パラパラとした拍手が鳴らされる。その申し訳程度の音に、硬直していた茜の肩が怯えるように小さく震えた。ジョゼフが息を吐き――


「まあ……いいだろう。情報をくれてやる」


 不承不承という体でそう話した。


 茜がさっと姿勢を戻して、くるりとこちらに背中を向けた。特に変わった様子のない茜。だがその彼女に現れた小さな変化にふと気付き――


 真治は恐怖に背筋を凍らせた。


「あ……茜。お前……耳が赤いぞ」


「……黙れ」


 茜らしいぶっきらぼうな言葉。だがこの時ばかりは――


 その悪態も弱々しく掠れていた。

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