第二章 魔王選抜トーナメント2
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異世界に移動した直後の場所。樹々に囲まれた森の中。オレアンダー森林。その森を縄張りとする魔族。トカゲに酷似した種族。リザードマン。真治と茜の二人は今、そのリザードマンが暮らしているという、森の中にある小さな村にいた。
村の名前はリザードマン村。何の捻りもない名前だが、一般的に魔族は同種族で固まり生活をしていることが多いため、このように種族名で表すことが多いのだという。
村を収めているのは、ダニエル・リザードマンという中年の男だ。リザードマンでない真治と茜が、こうして村の中を自由に歩き回れるのは、長であるダニエルの口利きによるものである。さらに彼は、二人が一拍できる空き家を紹介し、そして今日――
この世界についての質問に答えてくれる約束となっていた。
ダニエルの家は、周りの家よりも一回りほど大きい木造の平屋である。玄関の前で立ち止まり、扉を軽くノックする真治。すると待ちかねていたように、すぐに建物から声が返されて、扉がパタンと開かれた。
扉を開いたのは碧い髪を腰まで伸ばした女性――アリエル・リザードマンであった。
「お待ちしておりました、シンジさんにアカネさん」
そう声を弾ませて、アリエルがニコリと柔らかな微笑みを浮かべる。
アリエル・リザードマン。その名前が示す通り、彼女もまたリザードマンであり魔族の一人だ。だが彼女の見た目は、人間の姿と酷似していた。艶やかな碧い髪に濁りのない金色の瞳。滑らかな白い肌に、その白肌に映える薄紅色の唇。大きく突き出した胸に、きゅっと締められた腰。なんとも人間の女性らしい体つきだと言える。
しかしアリエルは、他のリザードマンと同様にお尻から太い尻尾を生やしており、その背中は緑色の鱗に覆われていた。このことから、彼女が紛れもないリザードマンであることが分かる。アリエルの話によると、高い魔力を有する隔世遺伝体の魔族は、人間に酷似した姿――彼女の言葉では悪魔に酷似した姿――になるのだという。
とはいえ、ぱっと見では人間の女性とアリエルに大差などない。否。むしろ一般的な人間の女性よりも彼女は魅力的だろう。その抜群の容姿もさることながら、彼女の浮かべる無邪気な微笑みに見つめられては、男ならひとたまりもないはずだ。
因みにアリエルの今の服装は、くるぶしまで隠れるワンピースという、可愛らしいものであった。だがどうしたところで、昨日の彼女の姿――裸に白シャツ一枚という刺激的な姿が脳裏を掠めてしまう。むろんそんな姿で出迎えられても困るのだが――
(意地になって目を逸らさずに……ちゃんと目に焼き付けておけば良かったかな)
そう落胆する思いもあった。
そんな真治の邪な考えなどには気付かず、表情をキラキラと華やがせるアリエル。なぜか頬を僅かに紅潮させた彼女が、跳ねるようにぱちんと手を鳴らす。
「良かった。実は様子を見に行こうかと迷っていたんです。お二人にお貸ししていた小屋の方から、すごい音が聞こえてきたので。お二人に何かあったのではと心配で」
「ん? ああ、その音か。それはあれだ、茜が原因だよ」
首を傾げるアリエル。真治は隣で仏頂面をしている茜を指差し、言葉を続ける。
「いや茜がな、部屋に無断で入ったってんで手から怪光線を出して大変な目に――」
ここまで話しをして――
真治はある重大な事実に気付いた。
「――ってそうだ! どうして茜の手から怪光線が出てくんだよ! おかしいだろ!?」
「……ようやく訊いてきたわね」
ひどく悲しいものを見るような目つきで、茜が深々と嘆息をする。
「いの一番に訊かれると思ったのに、よくもここまで素通りできたわね。馬鹿なの?」
「我ながらすごいとは思う。それで何なんだよあれは?」
着ぐるみのつぶらな瞳を瞬かせる真治に、茜がまた深々と溜息を吐いて――
「魔法よ」
さらりとそう答えた。
あまりに軽く言われたため、その意味をすぐには理解できなかった。アホウ? カホウ? キホウ? サホウ? チホウ? ヒホウ? マホウ――魔法? 思考をぐるぐると空回りさせる真治に、茜がカールした毛先を指先で弄りながら、淡々と言葉を続ける。
「だから魔法よ。昨日アンタも見たでしょ? ダニエルが魔法で炎を出したの」
「いや……ええっと……ん? 茜。お前って魔法使いだったのか?」
間の抜けた疑問だったのだろう。茜が「馬鹿らしい」と呆れたように肩をすくめた。
「昨夜覚えたの。寝る前に本を読みたくてね、アリエルに適当な本を借りたのよ。その一冊に魔導書? みたいのがあったから、興味本位で学んでみたの」
「昨夜って……ええ!? アカネさん! たった一晩で魔法を習得しちゃったんですか!?」
金色の瞳をまん丸にして驚愕するアリエル。尻尾をピンと立てる彼女に、茜が何でもないように頷く。いまいち話についていけない真治は茜に率直に尋ねた。
「ダニエルのオッサンの魔法……あのなんちゃらアミーとか言うやつだよな? よく分かんねえけど、魔法ってそんな簡単に覚えられるものなのか?」
「そうね。わりと簡単かしら」
「そんな簡単なら俺にも教えてくれよ。魔法が使えるなんて面白そうじゃねえか」
「と、とんでもないです! シンジさん! 魔法の修得は簡単じゃありませんよ!」
胸を高鳴らせる真治に、アリエルが慌てた様子で手をブンブンと振った。
「魔法とは悪魔様より伝承された、世界を書き換える秘術です! 本来であれば、何十年という歳月と突出した才能をもってして、ようやく会得できるものなんです! お父さんも悪魔アミー様の魔法を完成させるのに、三十年以上かけたと話していました!」
「さ……三十年もか!?」
ぎょっと目を見開く。アリエルが頷いて、慄くように金色の瞳を震わせる。
「魔法の術式も十センチもの厚さになる魔導書を一字一句覚える必要がありますし、何よりも魔法を構築する際の緻密な魔力の操作が非常に困難なんです。どれだけの才能に優れた魔族でも、手のひらに小さな火を灯すのに五年かかるとされています」
アリエルの説明を半分も理解できないが、とにかく魔法は大変であるらしい。じろりと茜を見やる真治。彼の不満な視線など意にも介さず、茜が淡々と呟く。
「あたしは簡単だったけど。馬鹿なアンタには大変なのかもね」
「……お前な、もうちっと謙虚にならねえと可愛げがねえぞ?」
「そんなの、どうでもいいわ」
本当にどうでもよさそうに嘆息し、「それで」と茜がアリエルをちらりと見やる。
「話を聞かせてくれるってことだけど、それって玄関先でやるのかしら?」
「あ……申し訳ありません。どうぞお入りください。お父さんも中で待っていますので」
アリエルがぺこりと頭を下げて、真治と茜を慌てて部屋に招き入れた。
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「おお、よく来てくださいましたな。どうぞ、席に着いてください」
リビングに通された真治は、テーブルの席に腰を下ろしているアリエルの父親、ダニエル・リザードマンにそう促された。ダニエルの言葉に頷いて、彼とは対面となる席に腰を下ろす真治と茜。アリエルもまたダニエルの隣に座り、こちらに小さくお辞儀する。
大きな着ぐるみを窮屈に縮めて椅子に座る真治に、ダニエルがニカリと笑みを見せる。
「昨日はよく眠れましたかな?」
「おお、ばっちり熟睡できたぜ」
「……埃臭い。最悪だったわ」
素直な感想を述べる茜。だがダニエルは気分を害した様子もなく、カラカラと笑う。
「なにぶん急でしたのでな、あのような空き家しか用意できなかったのです」
茜の愚痴を笑い飛ばしたダニエルが、隣のアリエルを一瞥した後に頭を下げる。
「改めて昨日は失礼しました。娘の恩人であるとは露知らず斬りかかるとは申し訳ない」
「謝る必要ねえぜオッサン。楽しい喧嘩ができて俺は満足してんだからよ」
「喧嘩馬鹿。下らない」
小さく溜息を吐く茜。ダニエルが「そう言って頂けると助かります」と、碧い髪をパンパンと手のひらで叩いた。そして唐突に、金色の瞳をキラリと輝かせる。
「ところでものは相談ですが、アリエルとの結婚を真剣に考えては下さらないか?」
「おおお、お父さん!? 急に何を言っているの!?」
顔を急速に赤らめるアリエル。狼狽する彼女を無視して、ダニエルが言葉を続ける。
「娘も良い年齢ですからな。下手な男に捕まるよりも、シンジさんのような強き男に貰って頂けるなら、父親としては安心できる。悪い話ではないと思いますが」
「そ、そんなこと急に言われて、シンジさんも答えられるわけ……ないですよね?」
口調をやや落として、アリエルが探るように金色の瞳をこちらに向けてくる。頬が紅潮しているためか、彼女の視線がいやに熱っぽい。戸惑うようにゆらゆらと揺れるアリルの尻尾を何の気なしに眺めつつ、真治は「はあ」と悩みながら答える。
「俺はともかく、アリエルが嫌がってるなら無理だろ。ほらこんな顔を赤くして怒――」
「嫌がってなんかいません!」
バンッとテーブルと叩いて、アリエルが勢いよく椅子から立ち上がった。彼女の突然の大きな声に、ぽかんと目を丸くする真治。我に返ったように表情をはっとさせたアリエルが、しおれていくように椅子に座り直し、より一層と顔を赤く染める。
「イヤとか……そういうのじゃないです。ごめんなさい。大きな声を出して……」
「……ああ……別に構わねえけどよ?」
顔どころか全身まで赤くして顔を俯かせるアリエルと、その娘の姿を見て何やら嬉しそうに頷くダニエル。何だかよく分からない。自慢ではないが空気を読むのは苦手なのだ。そう困惑していると、彼以上に空気を読まない茜が「ねえ」と苛立たしげに呟いた。
「いつまでこの下らない話題を続けるの?」
「お……おお、そうですな。後は若い二人にお任せして、本題に入りましょう」
「……お父さんの……バカ」
消え入りそうな声で呟くアリエル。ダニエルがコホンと咳払いをして瞳を引き締める。
「お話しの前にまず、昨日お二人から聞いていたことについて再度確認させてください。お二人はここから遠く離れた小さな島の出身者であると、そうお伺いしましたが」
「ええ、そうよ」
淡々と答える茜。その彼女の様子に、真治は内心で冷や汗を掻いていた。
ダニエルとアリエルには、自分たちが異世界の住人であることを話しておらず、田舎の小さな島出身の魔族ということにしていた。それを主導的に話したのは茜で、後に二人きりの時にその理由を尋ねると、彼女は小馬鹿にしたように肩をすくめてこう言った。
「信じてもらえるか分からないし、下手すれば警戒されるだけでしょ。馬鹿なの?」
どうやら小馬鹿ではなく普通に馬鹿にしていたようだ。何にせよ昨日二人と話し合った結果、この世界の情報を引き出す件については茜に一任することになっていた。
(俺は嘘が苦手だからな)
すぐ表情に出てしまうのだ。事実、ポーカーフェイスの茜と異なり、すでに真治は表情を引きつらせていた。もし着ぐるみがなければ、ひどく怪しまれたことだろう。
平然とした調子の茜に、ダニエルが「ふむ」と思案するように僅かに眉をひそめる。
「島の名前は確か……ポニ……えっと――」
「ポニーロンブルグシュナイダル島よ」
きっぱりと答える茜。もちろんデタラメの名前だ。なぜ彼女はこうも息を吐くように嘘が吐けるのだろう。ある意味で尊敬する真治を他所に、ダニエルが話を続ける。
「そう……その名前でしたな。しかしそのような名前、やはり地図には在りませんが」
「地図にもないド田舎なの。こいつも普通に話しているけど、普段は訛りまくりよ」
「え? あ……そ……そうでげす。普段はこげな話し方っちゃぼっけらほい」
突然話を振られて、急きょなぞの訛りを演じてみせる真治。何だか余計に怪しまれそうな気もしたが、とりあえず誤魔化せたのか「なるほど」とダニエルが頷いた。
「そのような場所であれば、トーナメントについてご存じなくとも不思議ないですな」
「昨日もトーナメントがどうとか言っていたわね。それって何なの?」
栗色の瞳を鋭くさせる茜に、ダニエルがこくりと頷き、茜の質問に答えた。
「この魔界に存在する全魔族を対象にした、魔王を決定するためのトーナメントです」
茜の眉が小さく跳ねる。「少し詳しく話します」とダニエルが言葉をさらに続ける。
「数百年に一度、不定期に開催される魔王選抜トーナメントですな。ランキング形式で999位までランクが定められており、参加者となる全魔族がランキング1位を目指し、一対一の決闘により勝敗を決めるのです。そしてトーナメント終了時、ランキング1位の座に着いていた魔族が、栄えある魔王の称号を受けることができます」
「つまり魔族の中で誰が一番強いか決めよってことか? 面白そうじゃねえか?」
茜から余計なことを話すなと釘を刺されていた真治だが、ダニエルの話した内容に思わず歓喜の声を上げていた。キラキラと瞳を輝かせる真治に、ダニエルがニヤリと笑う。
「さすがシンジさん。何とも豪傑だ。ランキングが上位になれば決闘も熾烈を極めます。ですがそれに臆するようでは、闘争を本能とする魔族とは言えませんからな」
真治は魔族ではないのだが、こちらの反応が甚く気に入ったのか、ダニエルが嬉しそうに何度も頷いた。だがそんな笑顔ではしゃぐ二人に対して、茜はひどく冷めた表情をしている。「下らない催しね」とぽつりと呟いて、彼女が栗色の瞳を半眼に細めた。
「そんな馬鹿なトーナメント。一体誰がやろうなんて言い出したのかしら?」
「アカネさんも知っているはずですよ? 序列1位の悪魔――バアル様です」
怪訝に首を捻る茜。ダニエルが「まさか」と驚きに目を丸くする。
「バアル様を――悪魔を知らないのですか?」
「田舎者なので」
「いやはああ! いねかもんでごぜえませえ」
茜に指差され、全力で田舎者を演じる。何だか涙がこみ上げてきそうになるが、その甲斐あってか、ダニエルが「な、なるほど」と引きつり笑みを浮かべてくれた。
「悪魔って魔族とは異なる種族なの?」
「似ているようで厳密には異なりますね。悪魔とは数十万年前から魔界に存在する魔族の始祖にあたる方々です。現在において、魔族には数千もの種族が存在していると言われていますが、それら全てが悪魔を起点として分岐されてきたものなのですよ」
「数十万年……何か途方もないわね」
眉をひそめた茜に、「おっしゃる通りです」とダニエルが苦笑する。
「比較的長寿の魔族であろうと、せいぜい千年が限度ですからね。もっとも数十万とはバアル様のような最古参の悪魔であり、数百歳とまだ若い悪魔も存在しますが」
「それで……その枯れたバアルおじいちゃんが、どうしてトーナメントなんて開くの?」
ダニエルが「おじいちゃん……」と渋い顔をして、すぐにこほんと咳払いをする。
「残念ながら、はっきりしたことは分かっておりません。しかし恐らくは、魔族をより一層繁栄させるためではないかと考えられています。それを目的にバアル様は、このトーナメントと呼ばれる仕組みを、魔法により魔界に組み込まれたのです」
「魔法でトーナメントを組み込む?」
「昨日、私とシンジさんが決闘する際、どこからか声が聞こえてきたでしょう。あれはバアル様の魔法により構築された法則です。物が落下するのと同様、世界法則としてトーナメントの規則が魔界に適合しているのです」
とどのつまり魔法がトーナメントの審判をしていると考えれば良いのだろうか。難しいことは分からないが、それが可能なら人件費が浮いて助かるというものだ。
茜が「魔界全てを魔法の影響下にね」と難しそうな顔で呟いた後、質問を続ける。
「どうして魔王を決めることが魔族の繁栄につながるの? 魔王の具体的な役割は?」
「魔王とは新たな世界を切り開くものです。具体的には選抜した部下とともに異世界に旅立ち、そこに私たち魔族の新たな居住地を作ることが主な役割となります」
「――異世界!」
思わず身を乗り出す。こちらの過敏な反応に、ぎょっと目を見開くダニエル。一気に興奮を高めた真治は、立ち上がった勢いそのままに言葉を重ねようとした。だが――
「――ぐげっ!?」
テーブルの陰で茜に足を払われ、テーブルに顎を強打する。喋ろうとしていたため少し舌も噛んだ。苦悶にうずくまる彼を無視して、茜が淡々とダニエルに尋ねる。
「異世界にも別の種族が暮らしているでしょ? どうやって魔族の居住地にするの?」
「古典的なやり方では、やはり武力による支配でしょうか。しかしそれはあくまで一例であり、最近は力のある異世界も多いので、平和的解決を望む魔王もいるそうです」
「はっきりしないのね」
「いかんせん、異世界に旅立った魔王とは連絡を取ることがありませんからね。極端な話で、異世界でただのんびりと過ごしている魔王がいたとしても不思議ないでしょう」
「……異世界って沢山あるのよね。どうやって旅立つ異世界を選ぶの?」
「幾つか魔王の希望を尋ね、それに見合う適切な異世界が選ばれるそうです。好みとなる異世界を選ぶのに、一年以上の時間を掛ける魔王もいるそうですよ」
「おいおい茜!」
痛みから復活した真治は、椅子ごと茜を背後に引いて、ダニエルとアリエルから距離を空けた。不思議そうに目を丸くする二人には何も説明せず、真治は茜に声を潜める。
「俺よ……すっげえ良いこと考えちまったぞ」
「だいたい予想つくけど言ってみれば?」
「魔王になれば好きな異世界に旅立てるんだろ? ならよ、俺たちのどっちかが魔王になれば、元の世界に戻れるんじゃねえか?」
顔を近づけひそひそ話をする真治に、茜が栗色の瞳を半眼にしてぽつりと言う。
「アンタはただ喧嘩したいだけでしょ?」
「いやそれもなくはねえけど――なあダニエルのオッサン! その魔王を決めるっていうトーナメントはいつまで続くんだよ!?」
「それは何とも……正確な日程などは決められていないのです」
「つまりすぐにでも帰れる可能性もあるってことじゃねえのか? なあ茜?」
両拳を握りしめてやる気をアピールする真治に、茜がひどく煩わしそうに唇を曲げる。
「……逆に永遠に帰れないかもね。そんな不確定な方法は反対なんだけど」
「ならこうしようぜ? トーナメントが続いている間もよ、俺たちの世界に戻れる方法がないか探そう。そんであればその方法で、なければトーナメントに期待する。どうだ?」
「……こういう時だけ頭が回るのね」
茜が少し思案する素振りを見せて、はあと溜息を吐く。
「勝手にすれば。あたしは手を貸さないけど」
「やりぃ!」
着ぐるみで器用に指を鳴らし、真治はまた茜を椅子ごと押して、テーブルの前まで彼女を運んだ。一連のやり取りに目を丸くするダニエルとアリエルに、茜が淡々と話す。
「この馬鹿がトーナメントに参加するみたい」
「おお、やはり参加しますか! シンジさんならば必ず上位に食い込むことでしょう!」
「任せとけダニエルのオッサン! 誰が相手だろうと負けやしねえからよ!」
「良かったなアリエル。シンジさんとの新婚旅行は異世界になりそうだぞ」
「も、もう! お父さん! 余計なことを言わないでったら!」
また顔を赤く染めるアリエルと、そんな娘にガハハと笑うダニエル。だが真治はすでに、その二人のやり取りなど聞いていなかった。彼の心は、これから始まるだろう魔族との命を懸けた喧嘩に、否応なく高鳴っていたのだ。
(確かダニエルのオッサンが36位だったか!? オッサンよりもすげえ奴があと35人もいるのかよ!? 堪んねえなオイ! 魔界ってな良いところなんだなあ!)
そう胸中で呟いて拳を素振りする真治。やる気を見せる彼に、ダニエルが話を続ける。
「ではトーナメントの運営に、シンジさんの登録手続きをしておきましょう」
「え? 手続きがあんのか? そういう面倒クセエの苦手なんだけどな」
「登録しておくと、お店などで優遇されることもあるので便利ですよ。とはいえ、ランキングは申請がなくとも獲得できますから、手続きは名前だけとなりますが。トーナメント運営はコボルト族が担っているので、彼らに連絡を――」
するとここで、玄関の扉がバタンと開かれた。話を中断して、開かれた玄関に視線を向けるダニエル。真治や茜、アリエルもまた彼に倣い、玄関に視線を向けた。
玄関の扉を開けたのは、白シャツにロングスカートのリザードマンであった。アリエルとは異なり、トカゲに酷似した姿のリザードマンであるが、スカートを履いていることと、ほんの僅かに胸に膨らみが見えることから、恐らくは女性なのだろう。
大きく肩を上下させて、荒い息を吐くリザードマンの女性。その様子から彼女が急いでこの場に駆けつけたことが分かる。何かあったのだろうか。そう眉根を寄せていると、リザードマンの女性が唐突にギロリとこちらを睨みつけ、指を突きつけてきた。
「見つけたわよ! この下着泥棒!」
女性のこの言葉に、ダニエルとアリエル、そして茜の視線が、真治に集中した。