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第一章 魔界と魔族4

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『決闘の申し込みを受諾しました。決闘参加者はランキング36位ダニエル・リザードマン、ランキング外未登録となります。参加者のマーキングをいたします』


「は? 何だこの声は?」


 どこからか女性の声が聞こえてくる。だが幾ら視線を巡らせても、声の主はどこにも見当たらない。困惑している間にも、奇妙な声は淡々とした調子で言葉を続ける。


『勝敗は敗北の宣言、または死亡により決定されます。これより決闘を開始します』


 ここでビーと電子音がなり、奇妙な女性の声が沈黙した。状況がまるで分からず、呆然と立ち尽くす真治。そんな彼に、ダニエルの怒気の孕んだ声が掛けられる。


「ランキング外の未登録だと? 貴様……トーナメントに参加をしていないのか?」


「ト……トーナメント?」


 疑問符を浮かべる真治に、ダニエルが構えた剣をわなわなと震えさせる。


「そんな……参加すらしていない弱者が、私の可愛いアリエルを汚すなど――」


 ダニエルが湖から勢いよく跳び、頭上高く舞い上がる。ギョッとする真治に――


「絶対に許さんぞおおおおおおおおおお!」


 ダニエルが剣を振り下ろす。


 胸中で舌打ちをして、真治は両腕を交差するようにして頭を防御した。ダニエルの振り下ろした刃が両腕に叩きつけられる。その直後――


 真治の全身を衝撃が駆け抜け、足元の地面を大きく砕いた。


「――何だと!?」


 こちらが剣を受け止めたからだろう。ダニエルの金色の瞳が驚愕に見開かれる。だが驚いているのはこちらも同じだ。これまでに体験したことのない衝撃。足に踏ん張りを利かせなければ、圧し潰されてしまうほどの強大な力。このような感覚を覚えたのは――


(生まれてこの方――初めてだ!)


 ここで「お父さん」と声が聞こえてきた。ダニエルの娘のアリエルだ。地面に四つん這いの彼女が――砕けた地面に足を取られたのだろう――剣を押しつける父親に訴える。


「止めてよ! この人は私を――」


「言わなくていい! アリエル!」


 真治は咄嗟に声を上げて、アリエルの声を遮った。「え?」と金色の瞳を丸くして、困惑の表情を浮かべるアリエル。父親の誤解を解こうとしたところ、なぜそれをこちらが止めるのか、理解できないのだろう。だが真治は彼女には何も説明せず――


 着ぐるみの中で荒々しく笑みを浮かべた。


(こんな――こんな最高に興奮する喧嘩を止められるなんざ――冗談じゃねえ!)


 体の芯から湧き上がる昂ぶりに、全身がゾクゾクと震える。着ぐるみのつぶらな瞳をギラギラと輝かせる真治に、ダニエルもまた金色の瞳を凶暴に輝かせた。


「おのれ……よく分からんが、私のアリエルに命令するなど――この無礼者が!」


 ダニエルが剣を引き、こちらの脇腹めがけて右足を振るう。左腕をたたんでダニエルの蹴りを受け止める真治。だがその衝撃を受けきれず、体が真横に弾け飛んだ。


「――うぉおおお!」


 思わず歓喜の声がこぼれる。喧嘩で地面から足が離れたことなどついぞない。空中で体勢を立て直して着地すると、足の裏で地面をガリガリと削りながら衝撃を吸収していく。そしてダニエルから十メートルほど離れた距離で、ようやく真治は体を停止させた。


 左腕に残る痺れ。これは明らかに痛みに属する感覚だ。痛覚。なんと刺激的で――


 心躍らされる快感なのだろうか。


「いよっしゃああああああああああ!」


 肺の中から空気を絞り出して、真治は声を上げた。こちらの絶叫に、びくりと肩を震わせるアリエルと、警戒に瞳を尖らせるダニエル。真治は半身の姿勢を取ると、腰を落として右拳を前に突き出した。


「どうした……もうしまいか? かかってこいよオッサン! 続けようぜ――喧嘩を!」


 突き出した右手で手招きをする真治。彼のこの挑発に、ダニエルが鋭い牙を剥いた。


「喧嘩だと? この私と対等のつもりか? 自惚れるなよ小僧が!」


 威嚇するように剣を横なぎに振るい、ダニエルが駆け出す。それと同時に、真治もまたダニエルに向けて駆け出した。瞬く間に二人の距離が詰まる。振り上げた剣を高速に振り下ろすダニエル。真治はギラリと瞳を輝かせると、右拳を突き出し――


 ダニエルの刃を殴りつけた。


「――なっ!?」


 剣を弾かれて体を仰け反らせるダニエル。無防備となったその男の胴体に――


「もう一丁おおおお!」


 真治は左拳を突き出した。


 左腕で鳩尾を防御するダニエル。突き出した左拳が彼の左腕に受け止められる。だが真治は構わずに、大きく足を踏み込んで左拳を振り切った。


 ダニエルの巨体が宙を浮く。驚愕に金色の瞳を見開くダニエル。彼はそのまま後方へと弾け飛び、湖に落下して大きな水柱を上げた。突き出した左拳を引いて、波紋に揺れる湖をじっと見据える。二呼吸ほどの間を空けた後、湖からダニエルが姿を現した。


「……貴様」


 湖に腰を浸けながら、ダニエルがこちらを金色の瞳で睨みつけてくる。ダニエルから向けられる心地よい敵意に、真治は「はっ」と小さく笑い、また半身の姿勢で構えた。


「たいして利いちゃいねえか? そうこなくっちゃな。さあ早く続きを始めようぜ」


 そう挑発してやるも、意外にもダニエルは冷静であった。湖に落ちて頭を冷やしたのかも知れない。金色の瞳を警戒に尖らせて、ダニエルが落ち着いた声音で尋ねてくる。


「何者だ? それほどの力を持ちながら、まるで無名とは信じられん」


「あ? んだよ……喧嘩の途中でどうでもいいこと気にするなよな。ああっと……」


 異世界云々を説明するのも面倒で、真治はダニエルの問いに適当に答える。


「みんなの心に寄り添う流王電気店、そのリュウオウくんだよ。これでいいか?」


「――リュウオウだと?」


 眉をピクリと跳ねさせるダニエル。何か気に掛かることでもあるのか、こちらをじっと見据えたまま沈黙する彼に、真治はソワソワと体を揺する。


「おい、何やってんだよ。早く続きをやろうぜ。まさかこれで止めたりしねえよな?」


 堪らずそう尋ねる真治。喧嘩を催促する彼に、ダニエルが金色の瞳を細めていき――


 ニヤリと笑みを浮かべた。


「リュウオウか……面白いことを言う小僧だ。いいだろう。貴様のその言葉、ただの戯言であるか否か――この俺が見定めてくれる!」


 肉厚の剣を前に突き出して――


 ダニエルが声を高らかに上げた。


「プレジデント・オブ・アミー!」


 するとその直後――


 空間から膨大な炎が突如として出現し、ダニエルの剣を包み込んだ。


「うおっ!? んだよこれは!?」


 ダニエルから強烈な熱風が吹き荒れる。着ぐるみ越しでも伝わる熱気に、真治はじんわりと肌に汗を浮かべた。湖がボコボコと沸騰し始めて、水面から噴き出した蒸気がダニエルを中心に旋回しながら上空へと駆けあがる。


「序列58位――悪魔アミーが構築した、己が武器に火炎をまとわせる魔法だ!」


 通常のそれを遥かに凌ぐ、膨大な熱量を湛えた赤色の炎。不気味なその炎をまとわせた剣を振り上げるように掲げて、ダニエルが金色の瞳を激しく燃やす。


「リュウオウを名乗るならば、全魔力を注ぎ込んだこの一撃を――受け止めて見せろ!」


 ダニエルの剣を包み込んでいた炎が、より猛々しく燃え上がる。湖から噴き出した蒸気が膨れ上がり視界が白く閉ざされる。湖を覆い隠していく蒸気。その奥を見据える真治。瞬間の間。膨れた蒸気が縦に引き裂かれ――


 炎の剣を構えたダニエルが迫りくる。


「うぉおおおおおおおおお!」


 気迫の声を上げて、ダニエルが炎の剣を振り下ろした。触れることはおろか、近づいただけでも、ただの人間など消し炭になるほどの凶暴な熱量。真治はその炎の刃を――


 両手のひらで挟んで受け止めた。


「――馬鹿な!?」


 表情を強張らせるダニエル。普通の人間ならば一瞬にして消し炭なる炎も、普通の人間でない真治を瞬時に焼き尽くすには、足りなかったのだ。


 全身に突き立てられていく炎の牙に苦悶の声がこぼれる。刃を振り下ろさんとするダニエルの怪力。体を焼き尽くさんとする炎。それら脅威に対して、全身を力ませて耐え凌ぐ。一秒にも満たない拮抗。真治はかっと目を見開くと――


 両腕を勢いよく捻り、炎に包み込まれた刀身を破壊した。


「だらぁああああああああああ!」


 両腕とともに体を捻じり込み、圧し縮められたバネを弾けさせるように体を逆方向に回転、右拳を横なぎに振るう。剣を破壊され呆然としていたダニエルの、その側頭部を右拳が打ち据える。ダニエルの巨体がぐるりと回転して、彼の側頭部が地面に激突した。


 衝撃に砕ける地面。その破片が飛び散る中で、ダニエルが金色の瞳を見開いて、大量の息を吐き出した。猛り荒れていた炎が瞬く間に消失し、まるで全てが幻であったかのように、熱風に煽られていた大気が静まっていく。


 半ばでへし折れた刀身を適当に放り捨て、真治は着ぐるみの手のひらを確認する。炎を直接受け止めたというのに、多少なりと焦げ付いているていどで、たいした被害はなさそうであった。もはや着ぐるみが頑丈などという問題でもない気もするが、真治は深く考えないことにして、地面に倒れているダニエルに視線を落とす。


 仰向けに倒れたダニエルが、赤い血に濡れた表情を歪めて、掠れた声で呟く。


「……まさか……魔法を素手で受け止めるとは……貴様……化物か?」


 魔族が口にした最大級のその賛辞に、真治はニヤリと笑う。


「いやあ、オッサンも中々だぜ。暇があったらよ、また喧嘩しようぜ?」


 着ぐるみのつぶらな瞳でウィンクして、真治は親指をぐっと力強く立てた。丸みのある着ぐるみ――リュウオウくん。その愛らしい姿は、死闘が繰り広げられたこの場に似つかわしくないだろう。だからなのか、ダニエルが小さく嘆息し――


 力なく苦笑を浮かべた。


「……おかしな小僧だ」


 するとここで、背後からパタパタと足音が聞こえてくる。戦闘の余韻がまだ残る中、足音にくるりと振り返る真治。彼の丸みのある着ぐるみの胸に、誰かがポスンと飛び込んできた。それは碧い髪を腰まで伸ばした、白シャツ一枚だけの女性――


 アリエル・リザードマンであった。


「アア、アリエル!?」


 アリエルの大きな胸が、グイっと押しつけられる。着ぐるみゆえ彼女の胸の感触こそないが、際どい服装の女性が密着しているというこの状況に、ひどく動揺する真治。体を強張らせる彼に、アリエルが金色の瞳に大粒の涙をためて、プルプルと頭を振る。


「本当に申し訳ありません。お父さんがまさか魔法まで使ってしまうなんて。こんなにも焦げ付いてしまい……なんとお詫びすればよいのか」


「ああ……いや。アリエル。分かったから……いったん離れてくれねえか?」


「私にできることならば何でも致します。どのようなことでも甘んじて受けますから」


「アリエル……お前にその気はねえんだろうけど、その恰好でその台詞はな……」


 アリエルから離れようと後退するも、後退しただけ彼女がまた詰め寄ってくる。しかも狼狽しているのか、シャツを伸ばして股を隠すことも忘れているようだ。間違っても視線を下げないよう注意していると、ふと足元からポツリとした呟きが聞こえてきた。


「こ……これは……まさかアリエル……お前……この小僧と……」


 何か重大な事実に気付いたかのように、大きく瞳を見開くダニエル。彼の呆然とするその声に気付いたアリエルが、眉尻を吊り上げて「お父さん!」と瞳を鋭くする。


「もう! 何て失礼なことをするのよ。この人は私の――」


「みなまで言うな、アリエル。私も自分の過ちに……いま気付いた」


 怪訝に金色の瞳を瞬かせるアリエル。ダニエルがフラフラと立ち上がり、彼女の肩にポンと手を置いた。そして首を傾げるアリエルに、ダニエルが嬉しいやら寂しいやら、何とも曖昧な笑みを浮かべて、「そうか……そうか」と一人で何やら頷き始める。


「お前も……そんな歳か。少し寂しいことだが、認めなければならないな」


「……あの……お父さん?」


「小さい頃から話していたな。お前の恋人となる男は、お父さんよりも強い男でなければならないと。お前はその約束を果たし、これほどに強い者を見つけたということか」


「ここ、恋人!? お父さんまさか――」


「私の――負けだ!」


 狼狽するアリエルを無視して、男泣きしたダニエルが声高に叫ぶ。


「私はお前たち二人の結婚を認めよう!」


 このダニエルの言葉に、アリエルの顔がポンと赤色に染まった。頭から湯気を上げながら、アリエルが必死に口をぱくつかせる。だが動揺しているためか、彼女の口からは熱い吐息がこぼれるだけで、まるで声が出ていなかった。


 一人納得するダニエルと、声にならない弁明を繰り返しているアリエル。フリフリと左右に揺れる彼女の尻尾――なぜか嬉しそうにも見えるが――を眺めつつ、真治はただ呆然としていた。するとその時、またどこからか女性の声が鳴り響く。


『ダニエル・リザードマンの敗北宣言により、未登録の勝利が確定。ランキングが入れ替わり、ランキング外ダニエル・リザードマン、ランキング36位未登録となります』


 それだけを告げて奇妙な声が沈黙した。


「……何なんだ……一体?」


 そう独りごちて首を傾げる。ここでふと気配を感じて、真治は視線を横に移動させた。こちらに近づいてくる女性の姿がある。毛先のカールした栗色髪の少女――


 同級生の芹沢茜だ。


「良かったわね。結婚だって」


 どこかに避難していたのだろう茜が、アリエルとダニエルを一瞥して淡々と呟く。その口調にはからかう調子もなく、ただ事実を口にしているだけのようであった。こちらのすぐ近くで立ち止まった茜に、真治は腕を組んで「むう……」と悩ましく唸る。


「いや……それは困るだろ」


「どうして? 彼女美人じゃない」


 またも淡々と尋ねてくる茜。真治は小さく嘆息すると、遠い視線で空を眺める。


「あのオッサンが義理の親父になったら、喧嘩しにくくなるじゃねえか」


「……そこなのね」


 茜が呆れたように溜息を吐いた。

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