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第一章 魔界と魔族3

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「お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありませんでした」


 落ち着きを取り戻した碧い髪の女性が、そう穏やかに話してぺこりと頭を下げた。彼女の丁重な礼に、真治は「……はあ」と曖昧に呟いて、頭をポリポリと掻く。


 未だに彼女を直視できずに、視線をふらふらと彷徨わせる真治。その彼の様子に気付いたのだろう。頭を上げた女性が、体を揺らしながら頬を赤らめる。


「あの……本当に申し訳ありません。先程のハーピーに服を取られてしまい……私が逃げ出さないようにするために……何とかこのシャツだけは取り返せたのですが……」


 女性はそう話すと、唯一の衣服である白シャツ――先程まで彼女の体の正面を隠していた布――の裾をきゅっと下にずり下げた。残されたシャツ一枚で、必死に股を隠そうとしているのだ。だが股を隠そうと裾を下げれば、襟からその大きな胸が大胆に露出する。それが恥ずかしいのだろう。熟れたトマトのように女性が顔を赤くしている。


 濡れた体に一枚の白シャツ。さらに襟や裾から覗く際どい体のライン。もはや素っ裸よりもエロい気がする。何とか平静を装う真治に、女性がまたぺこりと頭を下げる。


「私はアリエル・リザードマンと申します。改めて助けて頂きありがとうございました」


「リザードマン?」


 碧い髪の女性――アリエルの自己紹介に、茜の眉がピクリと跳ねる。当然ながら、女性である茜はきっぱりとアリエルを直視して、しかめ面で疑問を口にした。


「さっき出会ったトカゲもそう名乗っていたけど……何か関係があるの?」


「トカゲ……えっと、もちろん私たちの種族の名前ですが……どうかしましたか?」


 トカゲという単語にやや眉をひそめつつ、アリエルがそう答えた。茜が小さく首を傾げて、睨みつけるようにアリエルを見据える。


「同じ種族? あのトカゲとアンタとじゃ、見た目が全然違うように見えるけど」


「え……ええ。私はこう見えても、高い魔力を有する隔世遺伝体(・・・・・)ですから、悪魔様に近い姿をしています。ただ尻尾や鱗はありますから、リザードマンだとは分かるかと……」


「悪魔様? その姿に近い?」


「……あの……私何か変なことを話しているでしょうか?」


 不安げに眉をひそめるアリエル。茜が一呼吸の間を空けて、意を決するように尋ねる。


「人間はどこにいるの? できれば人間のいる場所まで案内して欲しいんだけど」


「……ニンゲン?」


 思案するように唇に指先を当てて、アリエルが「それは……」と自信なさげに答える。


「種族名ですよね? すみません。ニンゲンという魔族は聞いたことがありません」


 アリエルの回答に沈黙する茜。茜が口を閉ざしたことで、アリエルがオロオロと体を揺らし始める。しばらくして、「変なこと尋ねるけど」と茜が栗色の瞳を細めた。


「この世界には……魔族? とかしか存在していないの?」


「……それはえっと……どういう質問なのか……もちろん植物や小動物もいますが……そうですね。文明という意味では魔族ということになります。なにせ――魔界ですから」


 茜が「……魔界?」と独りごちるように呟き、ますます顔をしかめていく。


「それは……異世界? とは違うものなの?」


「異世界とは……異なる世界のことですよね? 違うかと言われれば違いますが、異世界の住民からすれば、この魔界も異世界のひとつとなりますよね……」


 ここでアリエルがぺこりと頭を下げる。


「すみません。少し質問の意図が分かりかねて、適切な答えになっていませんよね?」


「……いいえ。結構よ。ありがとう」


 そう話を打ち切り、茜がこちらの腕を掴んで歩いていく。茜に為すがまま引っ張られていく真治。アリエルから十メートルほど離れたところで、茜が「ちょっと……」と声を潜めて尋ねてくる。


「いまいち要領が得られないけど、アンタが説明していた異世界って魔界のこと?」


「……はあ。無理して目を逸らすのも疲れるな。茜はその必要もないから助かるぜ」


「……それセクハラだけど?」


 これまでになくドスの利いた茜の声に、真治は慌てて彼女の質問に答える。


「いやまあ異世界と言っても、世界観がそれぞれで違うからな。カクセイ何たらとかはよく分からねえけど、人間のいない魔界ってのは、漫画でも読んだことあるぜ」


「……まあ、人間が当たり前にいると考えるほうがおかしいのかしら。でもそれが事実ならつくづく厄介ね。さすがに楽しく過ごすってわけにもいかないでしょ?」


「いや? 俺の読んだ漫画だと魔界だろうと楽しく過ごしているぜ?」


「それ一体どういう漫画なの? 呆れを通り越して逆に興味がわいてくるけど」


 半眼でぼやく茜に、「いつか漫画を貸してやるよ」と安請け合いして、話を続ける。


「まあ人間だろうと魔族だろうと、アリエルみたいな連中なら問題ねえだろ?」


「彼女が美人だから性格も良いだろうって決めつけてる? 相変わらず馬鹿ね」


「違えよ……ほら、茜みたいな女だっているわけだし、そんな決めつけはしねえって」


「……悪かったわね。美人じゃなくて」


 凶悪に瞳を鋭くさせる茜。こちらとしては逆の意図で言ったつもりなのだが、どうやら彼女は自身の性格を高く評価していたらしい。決まり悪く頬を掻く真治に、茜が「まあどうでもいいわ」と溜息を吐く。


「確かにさっきのトカゲよりは、彼女のほうが話も通じそうね。なら当初の予定通り、彼女にこの世界の街に案内してもらって、ついでに彼女の所持金をかっさらいましょ」


「お前は鬼か。シャツ一枚しかない女から、さらに身ぐるみを剥ぐってのか?」


「……この世界には娼婦とかいるのかしら?」


「つくづく鬼か!?」


「冗談よ馬鹿ね。何にせよ、アンタが頼めば彼女も道案内ぐらいしてくれるでしょ。馬鹿みたいに感謝しているみたいだからね」


「……命の恩人だったら、普通はそれなりに感謝するもんじゃねえのか?」


「あたしはしてないわ」


 なぜか誇らしげに断言する茜に溜息が漏れる。まあ室外機に圧し潰されそうなところを助けられた、という認識があるだけマシなのかも知れない。バシバシとこちらの背中を叩きながら、茜が急かすように言う。


「ほら、さっさと彼女に頼んできなさいよ」


「お前は一緒に頼まねえの?」


「あたしは人に頭を下げないって決めてるの」


 何とも身勝手な心意気だが、文句を言っても仕方ない。真治はやれやれと肩をすくめると、一人ぽつんと佇んでいるアリエルのもとまで、歩いて近づいていく。


 こちらが近づくほど、恥ずかしそうに頬を紅潮させていくアリエル。必死にシャツを伸ばして体を隠そうとするいじらしい彼女に、真治はつい目を奪われてしまう。


(いや……イカンぞ。こういう時こそ、目を逸らしてやるのが男ってもんだ)


 アリエルからやや目を逸らし、彼女の目の前に立ち止まる。沸騰しそうなほど顔を赤くして、もじもじと体を揺らしているアリエル。彼女の羞恥に染められた気配を感じながら、真治は彼女に話し掛けようと口を開いた。


 するとその時――


「アアアアアアアアアア――アリエルウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」


 どこからともなく絶叫が聞こえてきて、その直後、湖に大きな水柱が上がった。


「きゃあああああああ!?」


「な……何なんだ一体!?」


 突然の水柱に悲鳴を上げるアリエル。その彼女を背後に庇い、真治は湖を睨みつけた。水柱が消えて、大きな波が湖を揺らしている。その円形に広がる波の中心に――


 レザーアーマーを着用した、筋骨隆々の男が一人立っていた。


「アリエル! 先程お前の悲鳴が聞こえてきたが、無事だろ……うか……?」


 筋肉男の無駄に響き渡る野太い声。それが尻窄みに小さくなり掠れて消えた。ポカンと目を丸くしてこちらを見つめている筋肉男。その男を真治もまたポカンと見つめる。しばしの沈黙。するとここで背後から、アリエルのぽつりとした呟きが聞こえてきた。


「お……お父さん?」


 アリエルの呟きに、真治は「へ?」と改めて筋肉男を観察する。うなじで束ねた碧い髪に、切り傷のような鋭い金色の瞳。確かにそれら特徴は彼女のものと酷似している。


(アリエルの父親……つまりこの男もリザードマンとかいう魔族なのか?)


 人間の姿をした魔族。否。アリエルは悪魔の姿だと話していたか。何にせよその筋肉男もまたアリエル同様に、体の各所に鱗が並んでおり、太い尻尾が生えていた。


「五キロ以上離れた村にいたはずなのに……まさかここまで駆けつけてくるなんて」


 驚き半分、呆れ半分の口調で呟くアリエル。つまりこの筋肉男は、悲鳴を上げた娘を助けるために、この場に現れたということか。先程の湖で上がった水柱は、恐らくこの筋肉男が崖から跳び下りて、着水した時の衝撃で生まれたものなのだろう。


(ってことは、この筋肉野郎は敵じゃねえってことか)


 安堵しながらも少しばかり落胆する。先程の怪物との喧嘩が消化不良だったのだ。


 だがそれはいいとして、先程から筋肉男が硬直していることが気に掛かる。呆けたように口を開けたまま、金色の瞳を見開いてこちらを見つめている筋肉男。否。こちらというよりも、その男の視線はこちらの背後――


 裸にシャツ一枚という、あられもない姿をした自身の娘に、一心に向けられていた。


「……あ」


 ふと予感がして声を漏らす。するとまるでそれを合図にしたかのように――


 筋肉男が分厚い剣を腰から引き抜いた。


「おお、おのれえええええ! よくも私の可愛いアリエルにふしだらな真似を!」


「え? あ、いやお父さん。違うのよ。この方は私を助けてくれ――」


「許さん! 絶対に許さんぞ! これよりダニエル・リザードマンは貴様に――」


 娘の声を遮り、目尻に涙を浮かべた筋肉男――ダニエル・リザードマンが――


 声高に宣言する。


「決闘を申し込む!」

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