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第一章 魔界と魔族1

 とある小さな村の食堂。そこに三人の少年少女がいた。三人の少年少女が腰掛けた円形状のテーブル。そこに並べられた、十人前にもなる料理。それら大量の料理を次々と口に運びながら、三人の少年少女はこの度の成果について雑談を交わしていた。


「ふむ。まさか噂の真相が爺さんの浮気にあろうとは考えもつかなんだな」


「ビックリだよね。その浮気が巡りに巡って、村中がサンバを踊ることになるなんて」


 ウニのようなボサボサ髪の少年の言葉に、ポニーテールの少女がこくりと頷く。骨付き肉を口に加えたまま腕を組んで、ウニ頭の少年が悩ましげに眉間に皺を寄せる。


「しかもそのサンバが進化して、邪悪神の復活儀式になるとはな。恐ろしいことだ」


「そうだね。もぐ……もりょふりょふるろろろべもふもろんで……ごくん。だよね」


 ウニ頭の少年に、今度は小太りの少年がこくりと頷く。料理と一緒に自分の手をも口に運んでいる小太りの少年に、ウニ頭の少年が「しかり」と同意を示す。


「何を話しているか分からんが……その通りだ。しかし邪悪神とは結局何だったのだ?」


「水回りに出没する黒いアレじゃない? あたしもすっごく苦手なんだよ」


 体を震わせるポニーテールの少女に、ウニ頭の少年が「なるほど」と思案顔を作る。


「俺はてっきり、ガチョウになりきり池を泳いでいた変人を指していると思っていたぞ」


「あれは驚いたね。もぐ……ふへろほろほろべっとろんだーごろんき……ごくん。だよ」


「ふむ。さてはお前、分からないことを良いことに適当なことを話しているな」


 ウニ頭の少年がそう指摘すると、小太りの少年が何食わぬ顔でまたこくりと頷く。まるで反省の色もないが、ウニ頭の少年もそこを追及する気がないのか、何も言わずにまた食事に手を伸ばした。するとその時――


「――む?」


 ウニ頭の少年がパンを掴んだ手を止める。表情を変えたウニ頭の少年に、訝しげに目を瞬かせる二人の少年少女。ウニ頭の少年の瞳がちらりと横に移動する。


「……この魔力の気配は……セーレか?」


「え? セーレってあの悪魔セーレ?」


 ウニ頭の少年の呟きに、目を丸くするポニーテールの少女。ウニ頭の少年が見つめている先に視線を送り、少女がきょとんと首を傾げる。


「あたしには何も感じないよ? 気のせいじゃないのかな?」


「今はその気配も消えている。ほんの一瞬だけだ。その気配を感じたのは」


「セーレって放浪癖がある悪魔だよね。この魔界に帰ってにいふろもろふもふ」


 小太りの少年の言葉――話の途中でまた料理を口に含んだ――に、ウニ頭の少年は悩ましげに首を捻る。しばしの沈黙。ウニ頭の少年が何か決断するように小さく頷いた。


「お前たちは先に帰っていろ。俺が一人で少しばかり調査してみよう」


「一人で大丈夫なの?」


 心配そうに眉を曲げるポニーテールの少女に、ウニ頭の少年がふんと胸を反る。


「むろんだ。心配は無用。好奇心が猫を殺すとも言うだろう?」


「死んでるじゃん」


「俺たちコボルトにとって無知とは罪だ。セーレの情報が得られる可能性は無視できん」


「……ごくん。それで場所はどこなの?」


 小太りの少年の質問に――


 ウニ頭の少年が瞳をキラリと輝かせる。


「オレアンダー森林だ」



======================



 人気のない商店街。その通りにある古びた電気店『流王電気店』。そのマスコットキャラである『リュウオウくん』の着ぐるみを着て、自分は店先で客引きをしていた。


 するとそこに、栗色の髪をした一人の少女が通りを歩いてきた。文庫本に視線を落として歩いているその少女は、自分と同じ高校に通うクラスメイトであった。


 クラスメイトとはいえ、その栗色髪の少女とは会話もしたことがない。そもそも少女が誰かと会話する姿も見たことがない。うろ覚えの記憶では、少女は教室で常に独りきりであり、喧嘩ばかりで悪目立ちする自分とは対極にいる、目立たない存在であった。


 特に友人というわけでもないため、当初は栗色髪の少女を無視するつもりだった。だが彼女が歩いている通りの先で、クレーン車に吊るされていた室外機が傾いていることに気付き、咄嗟に少女へ駆け出した。そして室外機が落下したと同時に少女に抱きつき――


 直後、視界が白く塗りつぶされた。


 これが経緯だ。なぜこのようなことを頭に思い浮かべたのか。それは困惑していたためだ。これまでの経緯を改めて頭の中でなぞり、現状を確認する必要があった。


 室外機はおおよそ十メートルから落下した。あと一瞬後には、自分の体に室外機が落下してくるはずだ。だが一秒、五秒、十秒と経過しても、覚悟していた衝撃が訪れる気配がない。そのことを訝しく思いつつ――


 流王真治はいつの間にか閉じていた瞼を、ゆっくりと開いた。


 そして――


「……あ? んだよ、これは?」


 目の前の光景に呆然とする。


 開かれた視界に広がるのは、薄汚れたアスファルトに、外壁が細かくひび割れた建物の連なる古ぼけた商店街――ではなかった。四つん這いの姿勢で呆然とする真治の、その視界に映し出されたものは――


 背の高い雑草が生い茂る地面と、青々とした葉をつけた樹々が連なる光景であった。


「……ここは……どこだ?」


 我ながら間の抜けた疑問だ。だがそれ以外の言葉も思い浮かばず、真治はくるくると視線を巡らせて、周囲に起立している樹々を怪訝に眺めていた。するとここで――


「……さっさと、どいて」


 何とも刺々しい声が、自身の体の下から聞こえてきた。


 一度きょとんと瞳を瞬かせ、真治はちらりと視線を下す。四つん這いの姿勢でいる自身の体の下に、一人の小柄な少女が寝転んでいた。毛先のカールした栗色の髪。ひどく不機嫌そうに半眼にされた栗色の瞳。ヘの字に曲げられた唇。その少女は――


 室外機に潰されそうになった、話したこともない同級生であった。


「おお。よく分かんねえけど、お前も無事みてえだな」


 陽気にそう話す真治に、栗色髪の少女の眉が不機嫌に曲げられる。今にも舌打ちしそうな気配を覗かせつつ、少女が「何言ってるの?」と口を開く。


「無事も何も、アンタが押し倒してきたんでしょ。とにかく早くどいて。警察呼ぶから」


 スカートから携帯を取り出す栗色髪の少女。彼女のこの行動に、「ち、ちょっと待てよ!」と真治は慌てて立ち上がった。少女が大きく溜息を吐いて、服をパンパンと叩きながらゆっくりと立ちあがる。そしてあくまで携帯は手放さずにぐるりと周囲を見回した。


「何ここ……どうなってるのよ?」


 周囲の樹々に眉をひそめる栗色髪の少女。彼女の疑問に、真治は重々しく腕を組む。


「俺の推測によれば……ここは森だ」


「そんなこと見れば分かるわよ。馬鹿なの?」


 ギロリとこちらを一瞥してから、栗色髪の少女が自身の携帯に視線を落とす。


「……電波が入ってない。これじゃあ警察が呼べないじゃない」


「おいおい。だから警察を呼ぼうとすんなって。俺はお前を助けようとしたんだぞ」


 両腕をパタパタと振る真治に、栗色髪の少女が怪訝に眉をひそめる。だがすぐに「……ああ」と何かを思い出したように、少女が栗色の瞳を僅かに見開いた。


「そう言えば、何か上を見ろだとか騒いでいた奴がいたわね。あれがアンタ?」


「おうよ。お前に室外機が落ちてきたからよ、こうガバッと助けようとしたわけだ」


 両腕で抱きしめるジェスチャーをして、言葉足らずな説明を補完する。「確かに何か降ってきた気もするわ」と他人事のように呟いて、カールした毛先を指先で弄りだす栗色髪の少女。何とも平然としている彼女に、真治は肩をすくめてみせた。


「礼はいらねえぜ。人として当然のこ――」


「言うつもりもないけど」


 食い気味にそうにべなく告げて、栗色髪の少女が「……それで」と眉間に皺を寄せる。


「助けたついでに、気絶していたあたしをこんな山奥まで連れてきたってこと? こんな電波も入らないような場所に女を一人連れ込んで、一体何をするつもりなのよ?」


「おい勘違いすんな。俺が連れてきたわけじゃねえよ。俺も気付いたらこの場所にいつの間にかいたもんでよ、驚いてるところだ」


「じゃあ何? 誰かがあたしとアンタをこの山奥に捨てたって言うの? 馬鹿らしい」


「確かにヘンな話だがよ……とにかく俺は何も知らねえよ。信じてくれって」


「そんな恰好をしている奴を、信じられるわけないでしょ?」


 栗色髪の少女の言葉に首を捻る。だがここで真治は、自分が流王電気店のマスコットキャラ――リュウオウくんの着ぐるみを着ていたことを思い出した。


 着ぐるみで姿を隠した男に突然押し倒されて、さらにいつの間にか森の中に連れ込まれていたとあっては、少女が警戒するのも無理はない。リュウオウくんの短い手足をパタパタと振りながら、真治は「違う違う!」と自身の潔白を主張した。


「これはバイトの衣装だよ! 流王電気店のリュウオウくん! 知らねえか!?」


「……知らないし」


「貴方の街に流王電気。貴方の心に流王電気。とにもかくにも流王電気。知らねえか!?」


「だから知らないし」


 瞳を尖らせる栗色髪の少女。店のキャッチフレーズ――振付ありバージョン――も知らないとなると、この着ぐるみの正当性を主張するのは難しいだろう。どうしたものかと思い悩むこと十秒弱。真治は唐突にあることを思い出して、「おお」とポンと手を打った。


「そうだ思い出した。お前あれだろ? 確か――芹沢(せりざわ)(あかね)だ!」


 この言葉に、これまで苛立ちしか覗かせていなかった栗色髪の少女の表情に、僅かな困惑が浮かび上がる。細めた栗色の瞳でこちらを睨め上げつつ、少女がぽつりと言う。


「……あたしはポポローチ・シュナイダーよ」


「いや明らかに嘘だろ!」


「……誰? あたしと会ったことあるの?」


「俺だよ俺……っても、この恰好じゃ分からねえけど、同じクラスの流王真治だよ!」


 ポンポンと着ぐるみの胸を叩く真治。リュウオウくんのつぶらな瞳に見つめられて、栗色髪の少女――芹沢茜が記憶を探るように唇に指先を当てる。おおよそ五秒の沈黙。茜が「ああ」と人差し指を立てた。


「確かうちの校庭によく入ってくる薄汚れた犬がそんな名前だったわ」


「違うわ!」


「間違えた。よく校庭に入ってくるのは犬じゃなくて、薄汚れた中年男性だったわ」


「それはただの不審者だろ!」


「じゃあもう、薄汚れていればそれが流王真治ってことでいいわ」


「良くねえよ!」


「同級生の名前なんて覚えてなんかないわよ」


 散々こちらを弄んだ後、さらりとそう答えてくる茜。肩をがっくりと落とす真治に、彼女が「まあいいわ」と気のない様子で息を吐く。


「それで見ず知らずの同級生さん? あたし家に帰りたいんだけど、いい加減に悪ふざけは止めて、帰り道を教えてくれないかしら?」


「だから知らねえって。本当に俺も気付いたら森の中にいたんだよ。俺だってバイトに戻らなきゃいけねえのによ……っとそうだ、GPSでこの場所分からねえのか?」


「そんなのもう試してるわよ。馬鹿なの?」


 呆れたように嘆息して、茜がこちらに携帯の画面を見せてくる。その画面には、流王電気店周辺の地図が映し出されており、黄色い噴き出しで「位置情報の検出に失敗しました」とメッセージが表示されていた。


「どういうわけか、電波もGPSも有効にならない。何これ? 本当に日本なの?」


 苛立たしげに携帯をポケットに戻す茜に、真治はふと思いつきを言ってみる。


「確か漫画とかで読んだことあるぞ。これはあれだ……えっとハゲ隠し(・・・・)だ!」


「……もしかして神隠し? 馬鹿でも頭の悪い発言は極力控えてくれない?」


「お前よ……ちと口が悪いぞ」


 教室で誰とも話さない根暗な生徒。そんな印象であった茜だが、どうやらその性格は根暗というよりも陰険という表現が正しいようだ。彼女の半眼にされた視線も、その吐き捨てるような言葉遣いも、ひどく攻撃的で他人に対する思いやりがまるで感じられない。


(黙ってれば結構可愛い顔してるのによ、もったいねえな)


 何にせよ、ここで茜と口喧嘩をしても事態は好転しない。真治はそう気持ちを切り替えると、ない知恵を必死に絞り出そうとした。首を捻ることしばらく――


 彼はついに素晴らしい推測を導き出す。


「あれだ! 最近はやりの異世界転生(・・・・・)とか、そんな奴じゃねえか!?」


「……イセカイ?」


 怪訝に首を傾げる茜。どうも異世界という存在を知らないらしい。真治は自分優位の話題だとふんぞり返ると、着ぐるみの短い人差し指をピンと立てた。


「最近の流行だとよ、人は死んだら別世界に転生するって話なんだよ。つまりここは俺たちがいた世界とは異なる世界で、だから携帯もGPSも使えねえんだ。きっと」


「……それって仏教の世界観にある、天国とか地獄とかそういう話をしているの?」


「仏教っつうか……ああっと、漫画とかアニメとかそういうヤツだよ」


 この真治の言葉に、茜が露骨なまでに表情を渋くして落胆の溜息を吐いた。


「何だ……漫画の話か」


「異世界には滅茶苦茶強い怪物がいてよ、一度でいいから連中と喧嘩してみてえんだ」


「もういい。アンタと話していても頭が痛くなるばかりで埒が明かないわ」


 着ぐるみのまま拳を素振りさせる真治に、額を手のひらで押さえた茜が呆れたようにそう呟く。言葉を遮られ、やや気分を害した真治は「んだよ」と声を尖らせた。


「そんな文句ばっか言うならよ、お前もなんか考えてみろよな」


「さあ。まったく分からないわ」


 あっさりと答える茜。「おい」と突っ込む真治に、彼女が気楽に肩をすくめる。


「0か1か。白か黒か。十分な情報もないうちに結論を出そうとするのは、不確定性を許容できるだけの頭がない証拠であり、つまり馬鹿のすることよ」


「……ふかくてい……ああっと、よく分かんねえけど、結局どうすりゃいいんだよ」


 着ぐるみの首を傾げる真治に、茜が周囲に視線を巡らせながら淡々と話す。


「あたし達を森の中に運んだ人間がいるのなら、その目的がどうあれ、このままあたし達を放置するとも思えないし、ここで待っていればいずれ姿を現すんじゃないかしら」


「何もせずにジッとしてろってのか? んん……だけどよ、もしハゲ隠し……じゃなくて神隠しとか超常的なもんが原因なら、ここで待っていても誰も来ねえんじゃねえか?」


「まだそんな異世界とか何かを信じてるの? そんな可能性の低い推測を――」


 そう茜が唇を尖らせた、その時――


 近くの茂みから怪物(・・)が飛び出てきた。


「――へ?」


 話をぶつ切りにして、茂みから出てきた怪物を見つめる茜。仏頂面をしていた彼女が、栗色の瞳をぽかんと丸くするその姿は、中々に可愛らしいものがある。だがそんな彼女を悠長に眺めている余裕などなく、真治は着ぐるみ越しに――


 茂みから姿を現した怪物を鋭く見据えた。


 一言でその怪物を説明するなら、それは二足歩行のトカゲであった。全身に緑色の鱗が並んでおり、漫画でよくあるレザーアーマーと無骨な剣を装備している。縦長の頭部にぎょろりとした金色の瞳。頬まで裂けた口からは鋭い牙と細長い舌が覗いていた。


 太い尻尾でベシベシと地面を叩きつつ、怪物がその金色の瞳を輝かせる。


「オレアンダー森林は我らリザードマンの縄張り。そこに立ち入る貴様らは何者だ」


「……何よこいつ? これも着ぐるみ……には見えないけど……どういうこと?」


 慌てふためくまではないものの、明らかに動揺を顕わにする茜。栗色の瞳を不安定に揺らしながら後ずさる彼女に、怪物がギラリと眼光を瞬かせる。


「何も答えぬか……ならば貴様の望み通り、何も語らぬ躯にしてくれようぞ!」


 裂けた口を大きく広げて、トカゲの怪物が茜へと迫りくる。悲鳴を上げることも恐怖に目を瞑ることもなく、だが身動きもできず棒立ちする茜。その彼女に向けて、怪物が大きく振り上げた肉厚の剣を鋭く振り下ろした。そして怪物の振り下ろした刃が――


 真治の左腕にがっちりと受け止められる。


 茜の前に割り込んで、怪物の攻撃を受け止めた真治。怪物の剣を受け止めた衝撃に、彼の足元の地面が細かく砕ける。金色の瞳を大きく見開く怪物。真治は着ぐるみの中で「くうう……」と感嘆の息を漏らすと――


 着ぐるみの中でニヤリと笑った。


「この手ごたえ……人間のもんじゃねえな。腕がちょい痺れるなんて久しぶりだぜ?」


「き……貴様。刃を素手で受け止めるなど……馬鹿な。それによく見れば貴様……我らリザードマンと似た姿をしているが、どことなくキュートで愛らしい――」


 何やら呆然と呟いている怪物を無視して、真治は「だけどよ……」と――


 ゆっくりと右腕を上げて、その拳を強く握りしめた。


「まだ足りねえな。全然満足しねえぞ。もっと俺を――楽しませてみろってんだ!」


 声を荒げながら右拳を突き出す。真治の拳に打ち抜かれた怪物が、口から大量の涎を吐き出して後方に勢いよく弾け飛ぶ。周囲に起立した木に激突して、「がふっ」とうめき声を漏らす怪物。怪物の体がズルズルと力なく崩れ落ちて地面にパタリと倒れた。


 ピクピクと体を痙攣させて失神する怪物。人ならば絶命するだろう一撃だったが、どうやらその見た目通り、怪物は頑丈であったらしい。それをとりあえず確認して――


 真治は心地よい息を吐いた。


「いやあ、軽くとはいえ拳で殴るなんざ久しぶりだな。最近はデコピン一発で終わることがほとんどだったからな、やっぱ喧嘩ってな拳を使わなきゃ味気ねえよ」


 そう一人でうんうんと頷いていると――


「……ひとつ思い出した」


 淡々とした声が背後から聞こえてきた。


 くるりと背後を振り返る。そこにはこちらを真っ直ぐと見据えている茜の姿があった。着ぐるみのつぶらな瞳を瞬かせる真治に、茜が冷静な面持ちで言葉を続ける。


「教室にいた時、誰かが噂していた。漫画のようにデタラメに強い男子がいるって。下らないと聞き流していたけど、確かその男子は――天然チート(・・・・・)とか呼ばれてる」


「おお、それ俺のことだよ! チートってなんか卑怯者みてえで好きじゃねえけどな!」


「……あとひとつ訂正がある」


 大きく溜息を吐き、茜が不承不承という体でぽつりと呟く。


「ここは本当に……異世界かも知れない」


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