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メモリーストリート  作者: 三月 ゆな
一章
7/7

探し探され

セランとシャウアは町の隅から隅まで散策していた。


「まさかあの泥棒犬の探索なんて、ね」

「家主の大事なものが前にとられてなぁ」

「なんでとられたの?玄関先の物までとるから、玄関に置いてたものとか?」

「違うよ。前に俺いないときに用事で出てたみたいでさ。落としてとられたらしい」

「そうなんだ。どんなの?」

「ペンダントらしい」


とても大切な…。

最後にシャウアは小さく呟いた。


それにセランは「そうなんだ」と返し、隣を歩きながらもシャウアの表情を横目で見た。

今朝と変わらないはずの笑顔がどこか寂し気に瞳に映るものだから、セランは何度もその横顔を横見してしまう。

探し物は果たしてシャウアにとっても大切なものだったのだろうか。と考えながらも、少し気になった会話が頭を何度もよぎった。


シャウアと共に生活する、あの家の家主は戦争で大けがをしたと先日聞いた。そして大きな怪我をして人目を避ける生活をしていることも彼は教えてくれた。顔にしろ体にしろコンプレックスをかかえ、人目を避けている人物が用事で家を出ることがセランには考えられなかった。


「早く探さないとね」


その一言を明るく振舞って言うのが精一杯だった。

それにシャウアもはにまむように笑って頷いてくれたことにセランは内心胸を撫で下ろし。ああよかった、まちがっていない。と内心呟く。

疑問はあるも身内間のことを聞くことはあまり良くないのだろう、そう思ったのだ。


賑わいはじめた昼下がりの港町。行きかう賑わった声が右から左へと。左から右へと。飛んで空気を震わせた。


(昨日、あれだけ探しても見つけられなかったからな…。彼に手伝ってもらうか)


顎に手を当て、セランはふむ。ふむ。と決めたというように首を小さく縦に振る。

そしてほらにシャウアの手を掴んだ。

咄嗟のことで抵抗できずシャウアはされるがまま路地裏に連れ込まれる。


「なんだなんだ!」

「静かにして!」


驚くシャウアの口を優しく塞ぎ、セランは「しー」と前のめりで息を小さく吐きながら言う。

そのためか自然と身体は前のめりの態勢となってしまい、密着してしまいそうな距離感だった。


まるで悪戯を考え付いた子供のような無邪気な笑顔だった。対してシャウアは微かに顔を赤らめ、何度も「わかった」と言わんばかりに頷き返した。

それを確認し、セランは手を放す。


「アッシュ」


セランは背後を振り向き、自身の影をこつり、と鳴らした。

すると、セランの足元から続く影が大きく左右に揺れ動き。大きく揺れた人型をとっていたものから姿を変え、一瞬ではあるが犬の姿へとかわりセランの影と分離したのだ。

その光景にシャウアは驚きの声をあげ、ぐるりと影が円を描くと大型犬のような…。黒くしなやかな毛並みの、気品のある狼が現れたのだった。琥珀色の瞳は数度、瞬きを繰り返し、セランの姿をとらえるとその手にすり寄りる。


「影が、分裂して…オオカミがでてきた…」

「この子は精霊獣だよ。子供の頃から一緒なの」

「えっ。精霊獣って危ないんじゃないのか…!」

「それは、まあ魔導士でなければね」


驚き、呆けるシャウアにセランは狼、もといアッシュの頭を優しく撫でながら言う。

現れたアッシュはセランの手に頭をあえてさするようにしており、はたから見ても飼い主とその動物のそれと同様になついていた。


「まどうし…魔導士……。誰が?」

「私だよ。わ・た・し!」

「財布とられてるのに?魔導士ってみんな知的で優秀な人ばかりだと…」

「バカにしてる?明らかにしてるよね?遠まわしにバカにされてるよね?」


信じられないと言わんばかりのシャウアにセランは眉を寄せ、ぎこちない笑みを浮かべる。


魔導士とは。まず、この世界中に巡り、循環する《生命源マナ》からできた粒子が具現してできた欠片ある《フラグメント》を使用し。様々な人々の生活に使用できるよう研究や術式を造り出し、個々の目的で活用する者だ。

そして何より、魔導士の正しい役目としてはだ。

マナが多く循環する場には《精霊》という、人には視認できないが存在が多くいるとされている。このマナに流れる悪質物を精霊は自身で浄化し、過ごしやすい自身の生活の場をつくるとされている。つまりは自然の維持とされているが、それは精霊個々にあった量で浄化ができればの話だ。

この浄化活動が足りず、マナが溢れれば緑豊かな自然であった場所が突然砂漠に変化してしまうなどの様々な自然災害に見舞われ。又、悪質なマナを多く吸収してしまった精霊は凶暴化し、膨大な力の増幅のせいで人間に視認される《精霊獣》となってしまうのだ。一度、精霊獣になってしまえば二度と精霊には戻れずマナばかりを更に取り込み厄災をもたらす存在となってしまう。

そしてそういった場にフラグメントが結晶化していることが確認されている。

精霊と同じようにマナも目に見えぬもの。浄化が間に合わずマナが形を形成したものがフラグメントだ。精霊から精獣に変異したように、フラグメントは形を成した悪質物体。

そんな悪質物体を使用し、精霊獣を増やさないように。また精霊に戻れない精霊獣を使役するのが魔導士なのだ。


「このフラグメントはある程度、使用すれば微粒子となりマナの循環の中へと戻る。魔導士はフラグメントを術式で浄化できるようにできる存在。そして群れから逸れ戻れない精霊獣を使役し、役目を与えることの出来る世界共通の資格をもっている人のこと」


まあ、でも術式さえあれば精霊獣は使役できるけどね、と付け加えセランは誇らしげに鼻を鳴らす。それに「そうだそうだ」と答えるようにアッシュも同じように鼻をふんす、と鳴らすのだ。


「はい、先生。でも精霊獣って理性がないって聞いたことがありますが実際はどうなんですか?」


挙手をしシャウアは尋ねる。

それにセランは待ってましたと言わんばかりの自慢気な表情で「よろしい。お答えしましょう」と言う。


「魔導士は精霊獣に魔道術式を使い、悪質物体…つまりは体の中の大量のマナをフラグメントに変換し、その体からでた巨大なフラグメントを街や都市の維持核に使ってただしく浄化しマナへと変える。そして悪質なマナがなくなった精霊獣を術式の元、主従関係をつくり新たに精霊獣が出た時の対処に協力してもらうためにパートナーとなってもらうのだよ」

「でもこの狼小さくないか?もっと獣って感じのデカいのイメージしてたけど普通の狼と一緒ぐらいの大きさだし…」

「精霊獣は元は精霊。姿はそれぞれ違うのは当たり前!アッシュは出会った時からこれでかわいいでしょ?」


それはいったん置いといて、とセランは二度アッシュを呼ぶ。

セランの考えていることが分かるのかアッシュは、セランの影の中に戻る。するとセランの影はアッシュの姿となり、その影は町の中を駆け抜けた。


「見つけたみたいだね」

「最初からそれで探してたらよかったのでは…」

「あの日はお腹がすいて頭が働いてなかったの!」


行こうとセランは歩みだす。その後を追うようにシャウアもついていくのだった。





セランたちがやってきたのは町を抜けた先にある森の中だった。


そこは人の出入りのない森ゆえに、人的道はなく。小さく草木を掻き分け出来た獣道のみ。

伸びる影はそんな獣道の中へ続いていた。


「子供の私たちならぎりぎり通れそうだね」


親指を立ててセランはシャウアに言う。

その表情は「いけるいける。よし行こう」という圧のある笑顔だった。


シャウアはその圧に負けたのか、はたまた諦めたのか。


「はいはい」


と諦めたように返答するのだった。



獣道は子供が通れるぎりぎりのスペースだった。四つん這いで進んでいくと、茂みの先に辿り着く。

そこは小さな池を中心とした動物たちの広場のような場所だった。野兎や狐などは人であるセランたちに気が付き一目散に逃げる中、太々しく寝ている見覚えのある犬の姿が目に入る。


体についた草や土ぼこりをはらい、セランたちは目を合わせる。いたね、と頷いてアイコンタクトを送りゆっくりと近づく。


そして「せーの」と二人は呼吸を合わせ、一気に距離を詰めて、捕まえたのだ。


犬、ことセランの財布を盗んだ黒もじゃ犬は深く眠ていたのか二人に気が付かず、捕まってから抵抗する。

しかし、抵抗むなしく犬の方が先に諦め。べろりとその大きな下でシャウアの顔をなめ上げた。尻尾を振る姿から遊んでもらっていると勘違いしているようだ。


犬の抵抗がないことからセランは手を放し、シャウアはべたつく自身の顔を乱暴に拭う。


「あった!私の財布!!」


犬の後方に盗まれたと思われる物が散乱しており、セランは自身の財布を手に取り涙ながらに歓喜した。


「脱☆無一文」と財布を掲げ喜ぶ。


それにシャウアは若干、引いていた。


「に、してもだ。本当に人懐っこいなぁ…」


尻尾を振りながらシャウア達を見つめる犬を撫でながらシャウアは言う。

それにセランも確かに、と首を振る。元々飼い犬だったのか、と考えが巡る。町にいた犬ならシャウアでも多少のことを知っているだろうが、何も言わないことから別の町から来たのではと予想をつける。


「あ、あった。あった」

乱雑する物の中からシャウアは一つ物をとり、服の内側にしまう。


(探していたものってなんだったんだろう…)


セランからはしまったものが何かは見えなかったし、それを詮索する気もなく。その行動を横目で見るだけだった。


影に潜んでいたアッシュは目的を果たすとセランの影に潜り、水が揺れるように波紋を静かに起こし、姿を消した。


「お互い探し物は見つかったし。盗まれた物も返せるね」


どう運ぼうか、とセランはシャウアに尋ねる。

それにシャウアは顎に手をあてて考える。


スコップ、小さなボード、籠、釣り竿、縄。などなど。

中には腐りかけの果物もあり、まずは整理から始まりそうだった。


『なら、私が町まで“瞬間移動(テレポート)”でお送りしましょう』

「本当?助かるなぁ…。え?」


突然の優しい声色にセランは硬直する。

女性とも男性ともつかない声だった。


セランは瞬間的にシャウアを見るも、シャウアも驚いた様子で首を横に振っていた。

なら…誰だ…。そう思い、辺りを見渡すも誰もいない。


いるとすれば一匹の泥棒犬のみ。


勢いよく犬を見ると、犬が優しく笑ったように見えた。


『その前に“約束”を』


そういうと犬は一つ、頭をさげた。

その瞬間だった。


犬を中心として霧が広がり、それは瞬く間に拡散し。


セランとシャウアを包み込む。


霧が広がり、セランはシャウアの姿をとらえることすら出来なくなり。判断が遅れたと焦る。

悪意のない声だった。


いや寧ろ、その異様な一匹の犬にセランは驚き、硬直していたのだ。


だって。だって。あの子は…。


『暇つぶしに盗んでしまってごめんなさい。でもあなたを待っていたの…』


男性とも女性ともつかない声はどこまでも優しく。

一匹の犬は霧の中で姿を変え、微笑む。


--精霊だ。


人に見えるように姿を変えていたんだ。とセランは認識する。

セランのその考えを固定するように。一匹の犬…。もとい精霊は静かに頷き、姿を消した。



濃ゆい霧の中。うまく視野が効かず前後の感覚もうまくとれなかった。

セランは共に行動していたシャウアを叫ぶように呼ぶも、その返答はなかった。


これはまずいのでは。


そう疑問が芽生えた刹那だ--。


強い豪風が一つ…。


セランの細身の肉体はぐらりと傾き、膝をつき。視界を守るため腕を盾に風を防ぐ。

強かった風は一吹きごとにその威力を弱めていき、それと同時に濃ゆい霧は薄くなり、晴れていった。


細めた瞳を徐々に開き、光が今度は差し込んできた。


慣れるまで数度の瞬きを繰り返し、狭い視野で光景を見たセランは言葉を失う。


それは。


そこは。


美しい世界だった。

ーーーーたくさんのコスモスが咲き、さざ波の音が優しかった。


なぜか、涙がこぼれた。


広がるその光景は、悲しいぐらい美しく…。


酷く胸の内側を掻きむしるような小さく。ひどい痛みがしたからだ。


この場所を知っているような気がした…。

懐かしい、と無意識に呟く。


そして、セランは視界の隅にシャウアの姿をとらえた。


「シャウア」


涙をぬぐいセランはシャウアを力強く呼んだ。

それにシャウアは驚いたようにびくりと反応し、セランの方へ振り向く。セランは駆け寄り、怪我がないかどうかを確認し。無事なことを確認すると安心し息を大きく吐く。


「なんだよ、ここ…」

「………たぶん」


眩しすぎるとさえ思える光景に目を細める。

セランは間を置き、言うのだ。


ーーー精霊の住処かな。と。

あくまでもセランの予測でしかなかった。

なぜ精霊が盗みなどしたのかもわからない。まるで誘い、呼ぶような行為も。


しかし、そんな事さえどうでもどうでもよく思えてしまうのは…。


「なんでなんだろう」


口から自然と零れた疑問はさざ波の音と共に消えていく。



夕暮れ時--。


盗まれたものは持ち主の元に戻っていた。

突然、持ち主の頭上に現れ落ちてきたのだという。


俄かに信じがたい話に聞こえるが、セランとシャウアはなぜなのか理由を知っていた。精霊はその後、姿をまったく出さず。セランはこれは珍しいと思い。


一つ、その場に自由に出入りできるよう《魔道術:影渉り(シャドウステップ)》をあの場所に設置した。


もちろんこれはセランとシャウアだけの秘密だ。


もし自身以外の人間にばらし、悪用や精霊からのしっぺ返しを恐れたからだ。ならば忘れてしまえばいいという考えもあったが、なぜ姿を見せない精霊が自身の生活環境に人間をいれたのかセランにはどうしても疑問だった。


意味のある行為だった、としか思えなかった。


だからこそ念のための、移動用の魔道術を使い。言葉一つで移動できるようにしたのだ。

それは一緒に行動していたシャウアも同様で、言葉一つでシャウアにもあの場所にいけるようにした。


理由は不明だが、二人はあの場所を誰にも言わないと約束をし、時々調べるという名目で遊びにいければと考えていた。


(まるで秘密基地みたい)


なんて少し子供っぽいことを思いながらセランは嬉しそうに笑う。そんなセランを見透かしたようにシャウアは悪戯っぽく笑い「秘密基地だな」などとからかい半分と嬉しさ半分で言う。

それにセランは横目で睨む。


セランは少しだけ冷たくなった空気にぶるり、と体を震わる。


そして次の光景に大きな瞳をめいいっぱいに開き、表情を強張らせたのだ。


時が、止まる。


…否、秒針ですら停止したように思えるほどの。ゆっくりとした時間の流れがだった。

人々の行きかう声も遅く、何を言っているのかが理解に不可能なほど。


「やあ」


背後から聞こえた声にセランは振り向く。


そこには、桃色髪の16歳ほどの少年が一人いた。


少年は小さな笑みを浮かべいうのだ。


「賢者殺し」と。


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