それは、まるでおとぎ話のような《前編》
少し長くなったので二回に分けました(^^;)
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「出動要請?」
ある日の昼下がり。住み込み先の雇用主から告げられた内容に、カーラは切れ長の灰色の瞳をひとつ瞬かせた。
顎の辺りでそろえられた前下がりのボブベースの赤みの強い茶色の髪に、ややきつめにも感じられる毅然とした印象の顔立ち。二十代後半とおぼしき外見の彼女は女性にしては身長が高く、その肢体はしなやかな筋肉に覆われている。
護衛業務も担う彼女は腰に長剣を帯びており、えんじ色の短衣に黒いレギンス、こげ茶色のショートブーツといった格好だ。
そんな彼女の視線の先で、はしばみ色の髪に同色の瞳をした青年がにこやかに頷いた。
「うん。北の森で見かけない生物の目撃情報が相次いでいるらしくて、その確認をオレ達にしてきてほしいんだって」
さらりとしたクセのない長めの髪を後ろでひとつに結わえた彼の名は、レイオール・ウォルシュ。優男風の甘い顔立ちをしたこの青年がカーラの雇用主だ。彼は白地の長衣に緑色の外套を羽織り、繊細な細工の施された短い杖を腰に差している。
彼は十年前の不幸な事故で零落したウォルシュ家の現当主であり、弱冠二十七才の若さでこの街の評議会入りを果たした魔法都市アヴェリアの若手注目株で、回復と防御に秀でた高位の呪術師でもあった。
まだまだ復興途上にあるウォルシュ家の使用人は現状住み込みで働くカーラのみで、屋敷というにはささやかな大きさのこの家には現在、彼らの他に十年前の事故でレイオールが養育義務を負うことになった三人の子供達が暮らしている。
レイオールの父親の違法な研究によって、人とは違う見た目と能力を有して生まれてきた彼らがこの街で人として不自由なく暮らしていけるよう、評議会の前代表スレイドは晩年まで力を尽くし、その協力を得て、レイオールもまた子供達を隠すのではなく、積極的に街へ連れ出して人々の目に触れさせ交流を図るように努めてきたのだが、それは想像以上に苦難の連続だった。
自らが魔人と人間の間に生まれた半魔であることを公表したカーラは、子供達と共に外へ出て様々な矢面に立った。
「皆が私達を怖がるのは、私達のことを何も知らないからだ。私達がどういう者なのか知ってもらえれば、次第に周りの反応も変わってくる。だから堂々としていよう。私達はありのままの姿で存在しているだけで、何ら悪いことはしていないのだから」
子供達が街の人達から心ない言葉を浴びせられたり、理不尽な仕打ちに遭って泣く度、カーラはそう言って傷ついた子供達を励まし、その心に寄り添って、彼らが昔の自分と同じ道をたどらないように尽くした。
それから十年―――理解を示してくれる人も受け入れてくれる人も増え、以前より住みやすい環境になってきたとはいえ、全ての人が「人」として、見た目や人種の垣根なく、当たり前のように暮らしていける世界にはまだ、程遠い。
それを辛抱強く発信し続けて行く為には、自分達が危険な存在ではなく有益な存在であると人々に示し続けていかなくてはならない―――その為カーラやレイオールは街の治安維持部隊で手に余るような案件や、難易度の高い特殊な案件を評議会から請け負い、街に貢献することで人々の信頼を勝ち得ていた。
今回レイオールが持ってきたのもそういった案件だ。
「分かった。向かうのは私達二人か?」
「うん。目撃情報と完全に合致する既存の生物がいなかったらしくて、突然変異種か新種の可能性があるんだって。もし手強い相手だった場合、足手まといになっても迷惑だろうから、今回は互いの安全を考慮して治安維持部隊からの派遣は見送るってさ」
もっともらしい耳障りの良い言葉を用いてはいるが、隊員の中には未だ半魔のカーラに対する根強い偏見を持つ者もおり、隊としては関わらずに済むのであればなるべく関わりたくない、という思惑がそこには透けていた。
実際半魔のカーラの存在だけで治安維持部隊一隊の戦力に匹敵するし、更に変現すればその能力は格段に跳ね上がるので、彼らに下手にウロチョロされるよりはレイオールと二人きりの方が余計な気も労力も使わずに済み、カーラとしてもありがたい。
「まあ賢明な判断だな……それで、その生物の系統は?」
相槌を打ちながら先を促すと、レイオールは少し難しい顔をした。
「植物系で自歩行可能な大型種だって。どんな能力を有しているのかは不明らしい」
「能力が分からないというのは厄介だな……」
そんな話をしていた時、開けてあったドアから三つの人影が顔を覗かせた。
「また仕事の話?」
「カーラ、レイオール、そろそろお茶の時間にしようよー」
「休憩も大事だよっ」
いずれも銀色の髪にすみれ色の瞳をした三人は、レイオールが養育義務を負う件の子供達だ。
十二~十三才といった年頃に成長した彼らは少年が一人に少女が二人で、瞳孔が収縮した猫のような瞳と牙を持つ少年の名はライネル、先端の尖った長い耳と牙を持つ少女はエイメラ、額の真ん中に短角がある少女はアイネスといった。
三人の名前はレイオールとカーラが彼らに負う最初の義務として、大いに悩み考えながら決めたもので、兄妹神とされる戦神・豊穣神・守護神の名にあやかって、三人で協力して生き抜いていってほしいという願いが込められている。
常人より明らかに高い魔力を有していてる三人がその能力を暴走させることなく正しく使えるように、レイオールは暇を見ては彼らに呪術の仕組みや魔力の制御方法、その効率的な扱い方を教え、カーラもまた空いている時間を利用して基礎的な護身術を彼らに叩き込み、子供達が自分で自分の身を守れるように心を砕いていた。
「そうだね、ちょっと休憩しようか」
レイオールの返答に三人の顔がパッと輝き、軽やかな足音と共に、キッチンへお茶の準備に走っていく。
「今日は『グランマ』の看板娘から新作の試供品をもらってきたんだ。あの子達のあの反応、キッチンに置いてあった包みを見たな」
馴染みの菓子店の名前を挙げてクスリと笑ったレイオールに、実は子供達に負けないくらい甘いものが大好きなカーラは、自身の心も浮き立つのを覚えながら表面上は努めて平静を装った。
「そうなのか」
それを知っているレイオールは平静を装いながら目の輝きを抑えきれていないカーラを見て、内心にんまりとしてしまう。
「しかしお前は毎回色々なところから色んなものをもらってくるな……私はそんな経験、数えるほどしかないのに」
そう感心してみせたカーラに対し、レイオールは実に軽い調子でバッサリと切り捨ててみせた。
「はは、社交性の違いだね」
ムッと眉をひそめてレイオールをにらみつけるカーラの視線を余裕で受け流してみせる彼の目線は、この十年でわずかに彼女より高くなっている。
「ふん、お前のはほぼ女限定の社交性だろうが。あんまりあちこちでいい顔をしすぎて、いらん敵意を集めるなよ。浮名を流すのはほどほどにしておかないと、そのうちいつか刺されるぞ」
「んー、モテる男はツラいよねぇ。見た目も良くて実力もあって、社交性も兼ね備えているなんて、どうしたって敵意集めちゃうもんなー。でもご心配なく、世の女性達を誤解させるような言動は取らないように慎んで、ちゃんと一線引いているから」
謙遜を知らないレイオールの物言いにカーラはげんなりと白い目を向けた。
「ああ、自分には長年想い続けている相手がいて、その本命以外誰も好きになることが出来ない―――だったか。私はそれのせいで二次被害を被っているんだが」
それはレイオールが女性達から寄せられる好意を避ける為に使っている常套句だった。
それ自体は事実であって、レイオールなりの誠意であることは間違いないと実情を知るカーラは理解しているのだが―――だが、その本命がとうの昔にカーラと同じ半魔の男と結ばれ、現在は人妻となって子宝にも恵まれていることを知らない街の人々は、それが一緒に暮らすカーラのことではないのかと面白おかしく憶測してくるので困っているのだ。
実際のレイオールの本命は、月の女神の名を冠する明るく快活な太陽のような女性であって、こんな自分とは何もかもが正反対のタイプだというのに―――。
それが何とも重苦しく澱のように胸の底でわだかまっていて、カーラとしてはどうにもいたたまれない気持ちになるのだが、そんな彼女の心中など察するに至らないレイオールの回答は、いたってのんびりとしたものだった。
「カーラには悪いけど、甘んじて受けといてくれないかなぁ。それが一番問題なく落ち着くんだよね」
「……。女の方は大方それで済むかもしれないがな、男の嫉妬というやつも見くびらない方がいいぞ。何にしろ用心した方がいい」
実際、現在のレイオールには敵が多い。
若手で台頭してきた彼を快く思わない者は多いし、評議会の古株の中には彼の父親と確執があった人物もいて、ウォルシュの息子というだけで目の敵にしてくる輩もいる。
人間の彼が半魔のカーラや異端の子供達と暮らしていること自体が気に食わない連中もいる。
レイオールが目指す、全ての人が「人」として、見た目や人種の垣根なく、当たり前のように暮らしていける世界―――それを頭ごなしに否定する、保守派の人々もいる。
―――うん、見事に敵だらけだ……。
改めて考えると溜め息をつきたくなるような現状だが、当のレイオールはそんなカーラに軽く微笑んで、もう少し気楽にいこうと言わんばかりに彼女の肩を優しく叩いた。
「心配してくれてありがとう。いざという時は頼りにしているから、どうかオレのことを守ってね、オレの騎士様」
「誰がお前の騎士だ」
すげなく答えながら、自分に躊躇なく触れてくるこの青年に頼られるのは悪い気はしないと思っている自分がいることを、カーラは知っている。
そんな会話を交わしながらキッチンに併設されたダイニングに足を踏み入れると、かぐわしい茶葉の香りがして、お茶の準備を終えた子供達がテーブルを賑やかに囲みながら二人を待っていた。
「あっ、来た!」
「早く座ってー」
「ねえ、もう包み開けていい?」
―――今でもふとした瞬間に不思議に感じられることがある。
当たり前のようにカーラの分も用意されたテーブル。中央にはさっきレイオールが話していた包みが置かれていて、気の置けない温かな空間に、明るい声とたくさんの笑顔が溢れている。その中に、自分もいる。
いつの間にかその光景が日常のものとなっている現状に、カーラはここが確かに自分の居場所になっているのだと不意に実感し、不思議な感覚に捉われるのだ。
それは、彼女がずっとずっと求め続けて、でもどんなに努力しても届かなくて、どう足掻いても手に入れられないものなのだと、一時は完全に諦めていたものだったから。
それが今、この手にある奇跡。
それを手繰り寄せてくれたのは―――……。
肩に残るレイオールのぬくもりにそっと意識を戻しながら、言われずとも守るさ、とカーラは心の中で呟いた。
レイオールはこの大切な場所の要なのだ―――何者からも、絶対に守り抜いてみせる。




