真相
(この皆本さんは、動画投稿サイトに多数の動画を投稿しており、サイト内ランキングでは常に上位にいたそうです。強盗のふりをしたドッキリは、これが初めてだったようです。なお、皆本さんにスタンガンを当て死に至らしめた少年は、今も行方がわかっていません。警察は、防犯カメラの映像を解析し犯人の手がかりを探しています……)
テレビで放送されているニュースを観ながら、有村朝夫は虚ろな表情を浮かべ座り込んでいた。
出来ることなら、観たくはなかった。しかし、観ることを自分に強いた。
ニュースによれば、二人組はまだ高校生で、動画投稿サイト内では、そこそこ有名な存在であった。初めは、歌やダンスやゲームの実況などを投稿していた。だが、次第に内容が過激なものになっていく。最近ではドッキリの動画や、意図的に仕組んだハプニング動画などを投稿するようになっていた。
番組内でも、二人の投稿した動画が流れていたが、悪ふざけとしか言いようのないものがほとんとである。コメンテーターは皆、不快そうな表情を浮かべている。
司会を務めるアナウンサーは、神妙な面持ちでさらに語り続ける。二人は昨日、コンビニ強盗のドッキリを撮ろうと考えた。片方が本物の拳銃に似た水鉄砲を構えて強盗の真似をし、もう片方がカバンに隠したカメラで撮影していたのだ。店員が金を出した瞬間、「ドッキリでした! 大成功!」と叫んで逃げるつもりだった。
ところが、ここで想定外の事態が起きる。強盗のふりをしていた皆本留美は、たまたま居合わせた客の少年に攻撃されたのだ。彼女は後頭部に缶詰をぶつけられ、さらにスタンガンの一撃を受けた。スタンガンの電気ショックで吹っ飛ばされ、壁に頭を強く打つ。
皆本は病院に運ばれたが、脳挫傷により死亡してしまった。
番組内では、防犯カメラの映像が流れた。自分の顔が、はっきりと映し出されている。その映像を観た瞬間、朝夫は気分が悪くなった。
さらに画面には、あの時いた店員の姿も映し出されていた。マイクを向けられた彼は、不快そうな表情で口を開く。
(何がドッキリだ。こっちは不景気な中で仕事してんのに、あんなふざけた奴らに来られて、いい迷惑だよ。警察は、いったい何してんだ。ああいう動画を投稿する奴は、みんな取り締まってくれないと困る)
店員は、怒りに満ちた表情で語っていた。朝夫に対するコメントは、一言も放送されていなかった。
朝夫は、どうすればいいのか分からなかった。
正義を行っていたはずの自分。だが、そのために人が死んだ。しかも、彼女のやっていたことは……単なる悪ふざけだった。強盗のふりをして相手を脅かし、その反応をカメラで撮影してサイトに投稿する。
決して、褒められるような行為ではない。だが、殺されるに値する罪ではないのも確かだ。
その事実が、朝夫を責め苛んでいた。
どうして、こうなった?
そもそも、俺は何がしたかったんだ?
考えるまでもないことだった。朝夫は、正義を執行するつもりだったのだ。ところが、現実には罪のない者の命を奪っただけ。
どこから見ても、完全な悪だ。
なぜ、こうなってしまった?
朝夫は、己の心に尋ねた。自分は、間違っていたのだろうかと。だが、答えは出てこなかった。分かっていることは、ただひとつ……このままでは、いけないということだけ。
立花欣也と清田隆介とは、今日も連絡が取れない。あの二人は今、何をしているのだろうか。
せめて、あいつらと言葉を交わしたかった。
ややあって、朝夫は立ち上がった。今、ようやく心を決めた。人は皆、したことの報いを受けなくてはならないのだ。
服を着替え、外に出て行く。
少し歩き、目指すものを見つけた。朝夫は深呼吸し、中へ入っていく。
中に座っていた男に向かい、ペこりと頭を下げる。
「俺は昨日、人を殺しました。逮捕してください」
・・・
白い壁と、白い天井。
今の牧村莉亜夢の目に映るものは、それだけだった。彼は床に座り込み、呆けたような表情で壁を見ていた。
母の愛人であった井上和義を殺した後、莉亜夢は近くの交番に自首した。
警察の取り調べでは、ひとつを除いて包み隠さず話した。その中には、アヤスのことも入っている。刑事に向かい、アヤスとのやり取りを全て話したのだ。
その後、莉亜夢は精神鑑定を受ける。最終的に、莉亜夢は心神喪失状態にあり、責任は問えない……と判断された。
あれ以来、母の恵理子とは会っていない。母と何があったかは、警察にも医者にも話さなかった。
莉亜夢は、ずっと壁を見つめていた。
今になって気づいたのだが、天井に小さな染みが付いている。十円玉ほどの大きさだろうか。この病室に来たのは昨日からだが、確かあんなものはなかったはずだ。
見ているうちに、その染みが動き出した。初めのうちは、震える程度であった。だが、その震えはどんどん大きくなっていく。
やがて、染みは移動を始めた。震えながら、ゆっくりとした速度で壁を進んでいく。莉亜夢は、その様をじっと見つめていた。
床に到達すると、染みは徐々に大きくなっていく。莉亜夢の目の前で、染みは本来の姿を取り戻した。ヘドロのような形に、数本の触手。ガラスの義眼のような瞳。
その瞳は、莉亜夢へと向けられていた。
「アヤス、久しぶりだね。今まで、何してたんだよ」
莉亜夢は、力なく笑みを浮かべる。この怪物の姿を見るのは、何日ぶりだろうか。
「後悔してる?」
うねうね動きながら、アヤスは聞いてきた。相変わらず、声だけは綺麗だ。マイペースな部分も、全く変わっていない。こちらの問いに答えず、逆に質問してくるとは。莉亜夢は苦笑した。
「後悔? するはずないじゃないか。僕はあのままだったら、あいつを殺す代わりに自分を殺してた。間違いなくね」
その言葉に嘘はない。今、莉亜夢は解放された気分を味わっている。あの部屋の中に捕われ、どこにも行けなかった日々。己の狂気から目を逸らし、世間から離れ、片隅で膝を抱えていた。
しかし、今は……。
「そう。だったら、よかった」
アヤスは、うねうね動きながら近づいて来た。莉亜夢は、じっと彼女を見つめる。
「医者に、君のことを話したんだ。そしたら、ウンウン頷きながら聞いてくれたよ。アヤスはどこから来たと思う? なんて、取って付けたような質問までしてきてさ。こっちの話を信じてないの、バレバレだったけどね」
言いながら、莉亜夢は笑った。その時、アヤスは動きを止める。
「莉亜夢くん、今日はね、お別れを言いに来たの」
「えっ?」
困惑する莉亜夢。お別れとは、どういうことだろう。
「私は、元いた場所に帰らないといけないの」
「そうか……帰るのか」
実に、不思議な気分だった。
アヤスがいなくなってしまう。悲しくない、というわけではない。だが、涙が出てくるわけでもないし、ショックを受けて目の前が暗くなる……というわけでもない。
今の自分がどう感じているのか、説明するのは非常に難しかった。
「寂しい?」
アヤスの声は、いつもと変わりない。元の世界に帰れるのが嬉しいのだろうか。
「うん、寂しいな。せっかく友だちになれたのに……でも、君には帰る場所があるんだよね。ここは、君のいる世界じゃないし」
その言葉に嘘はない。
莉亜夢にとって、アヤスは初めての友だちだった。明らかに、人間ではないもの。突然現れ、莉亜夢の心を混乱させ、挙げ句に人殺しまでさせた異形の存在。
にもかかわらず、莉亜夢は今も、彼女に対し親愛の情を感じている。
「そう、私は行かなきゃならないの。残念だけどね」
残念だと言ってはいるが、彼女の口調は変わらない。莉亜夢は、ふと思いついたことを口にした。
「アヤス、君はいったい何者なの? もしかして、悪魔なのかい?」
そう、アヤスを一言で言い表すとしたら、悪魔という言葉以外のものを知らない。
莉亜夢の前に現れ、彼を翻弄し、挙げ句に殺人と……近親相姦という大罪を犯させた。
にもかかわらず、アヤスを嫌いになれない。いや、むしろ感謝している自分がいる。こんなものを、悪魔といわずして何と言えばいいのか。
「ふふふ。悪魔、か。莉亜夢くん、悪魔って何?」
アヤスは、飄々とした口調で聞き返してきた。
「そういわれると、難しいな。強いて言うなら、人に悪いことをさせる超自然的な存在……かなあ」
「じゃあ、君は自分が悪いことをしたと思う?」
「うん。僕は、罪を犯した」
「でも、後悔はしていないのでしょう?」
アヤスの言葉は、静かなものだった。聞いていると、不思議な気分になってくる。
「ああ、してないよ」
頷く莉亜夢。すると、アヤスはうねうね動きながら近づいてきた。
「私たちもね、かつては君たちと似たような姿をしていた。でもね、文明の進歩と同時に、私たちは肉体を捨てた」
「肉体を……捨てた?」
「そう。肉体こそが、あらゆる罪の源。しかも、肉体はいつかは滅びる。私たちは、生命体として次のステージに行くために、肉体を捨て去ったの」
アヤスの途方もない話に、莉亜夢は何も言えなかった。ただ、彼女の話を聞いていた。
「肉体を失った結果、私たちは永遠の命を得て、異なる次元へと到達できた。けれど、その代償は大きかった。私たちは、ゆっくりと滅びようとしている」
「ど、どういうこと?」
ついに、莉亜夢の口から質問が出た。だが、アヤスはその問いには答えず、さらに近づいて来る。
「肉体を捨てた私たちは、生物を超越した存在になった……皆、そう信じていた。だけどね、そうなると存在する理由がない。ただ、意識が留まっているだけ」
アヤスの瞳が、ゆっくりと動きだした。ヘドロのような体の上を、流れるように回っている。
「私たちのリーダーは、ここからさらに上の段階があると信じていた。君たちが、神と呼ぶ存在のようなものになれる……そう考えていた。でもね、上の段階なんかなかったの。肉体を持たぬ私たちには、破壊も創造も出来ない。喜びも悲しみもないし、快楽も苦痛もない。私たちに残された道は、ゆっくりと自滅していくことだけ。私は、悪魔なんて高等なものじゃない。君に分かるような言葉で言うなら、幽霊かな」
そこで、アヤスの瞳は動きを止めた。真っすぐに莉亜夢を見つめる。
「私のいた世界は、君たちが悪と呼ぶものを徹底的に排除してきた。結果、残ったのは幽霊だけ。私は、この世界の方が好きだな。君がうらやましい」
不意に、アヤスの体が縮み出した。みるみるうちに、先ほど見た染みへと戻っていく。莉亜夢は無言のまま、その光景をじっと見つめていた。
これで、アヤスとはお別れなのだろう……だが、莉亜夢の目に涙は浮かばなかった。悲しみよりも、漠然とした寂しさを感じている。幼い頃、楽しみにしていたイベントが終わってしまった時のような──
やがて、アヤスの姿は完全に消えた。莉亜夢がため息を吐いた時、声が聞こえてきた。
「莉亜夢くん、君と話すのは楽しかったよ。感謝の印として、君にひとつプレゼントを用意したの……でもね、気に入らなければ、捨てちゃっても構わないから」
・・・
織田雄一は、目を開けた。
汚い壁が見える。ここはどこだろう……彼は、上体を起こした。いつのまにか、大きなベッドに寝かされていた。
ここ数日の記憶が、完全に途絶えている。ここがどこで、自分は何をしていたのだろうか。
最後の記憶は、知り合いの車に乗っていたはず。おかしな場所に連れて行かれ、そこで気絶させられた──
「お目覚めかな」
不意に声が聞こえ、織田は振り向いた。
そこにいたのは、尾形恵一であった。パイプ椅子に座ったまま、冷たい目で織田を見つめている。
「あ、あんたは──」
「尾形由美の父親だよ。お前は、由美をポン中に変えてくれたそうだな。だから、償いをしてもらおう」
「ま、待ってくれ──」
言いかけた瞬間、織田の顔が歪む。胸のあたりに、強烈な違和感を覚えたのだ。
自分の胸元を見た瞬間、表情が凍りつく……そこには、巨大な乳房が付いていたのだ。
「最近のガキどものじゃ、性転換する話が人気だっていうじゃねえか。よかったなあ、女体化できて」
恵一の言葉に、織田は我に返り股間に触れてみる。だが、あるべきはずのものがない。
織田の顔は、一瞬にして青ざめていく……。
「お前はこの先、その体で償うんだ。おいおい、そんなに心配しなくていい。これからは、たっぷり可愛がってもらえるよ。何せ、ここの連中は女に飢えてるからな」
「ま、待ってください! 俺じゃないんです! イタガキって奴に言われた通りにしただけで──」
「いい加減にしろ。お前の嘘はな、ここじゃあ通用しねえんだ」
・・・
とある日の昼下がり、若い男女がファミリーレストランにて向かい合って席についている。男は安物のスーツ姿で、一見すると冴えない風貌の若者だ。
女の方は、トレーナーにジーパン姿である。美しい顔立ちではあるが、彼女の左頬には長い傷痕がついていた。
「板倉さん、あなたは本当に大した人ですね。まさか、こんなに上手くいくとは思いませんでした」
女の言葉に、板倉恭司はニヤリと笑った。
「ああ。確かに、自画自賛したくなるくらいに上手くいったよ。でもな、全ての絵図を描いたのはあんただぜ、星野さん」
そう、全ての絵図は……今、恭司の目の前にいる星野静香が描いたものだった。
中学生の時、静香は尾形由美と同級生であった。美しい顔とスタイルを持ち、成績も優秀で性格も良い学級委員長タイプ……そんな静香を、快く思わない者も少なからず存在した。
由美もまた、そんな者たちのひとりである。ある日、同級生たちの前で静香に注意された由美は、取り巻きに煽られた挙げ句、子分のチンピラに命じて静香を襲わせた。
静香は二人のチンピラに凌辱され、さらに頬をナイフで切られてしまう。
以来、静香は引きこもりになる。だが彼女の胸の内には、復讐の青き炎が静かに燃えていたのだ。黙って泣き寝入りする気はない。いつの日か、由美に復讐する……その一念だけが、静香を生きながらえさせていたのだ。
時が経ち、准看護師として働きながら復讐の牙を研ぐ静香。そんな彼女と恭司とが出会ったのは、まさしく神の……いや、悪魔の起こした奇跡であろう。静香の狂気と紙一重の執念が、この奇跡を生み出したのだ。
その後、静香が計画を立て、恭司が実行する。闇金に多額の借金があった元ホストの織田雄一に、由美を籠絡させた。由美は、あっさりと織田の言いなりとなり……ポン中にまで堕ちた。さらに、その事実を尾形恵一に進言する。
尾形は悩んだが、恭司に説得され決断を下した。
由美を、一生入院させておくことを。
「しかし、驚いたよ。まさか、あんたが、あそこまでやるとはな。牧村んとこの息子に、井上を殺させるとは思わなかった。なあ、あれはどうやったんだ?」
「あれは、私じゃありません……あの子が、勝手にやったんです。私が手を下す前から、莉亜夢くんは狂っていたんです」
暗い表情を浮かべ、静香は顔を背けた。それを見た恭司は、くすりと笑う。
「そうかい。まあ、俺はどっちでもいいけどな。由美の件を上手く解決し、さらに井上がくたばってくれたお陰で、俺は幹部の座を手に入れられた。あんたは、又吉と由美への復讐を果たせた。俺もあんたも、めでたしめでたしだな……って、何にも頼まねえのかい? 何でも好きなもん食いなよ。ファミレスで申し訳ないけどな」
そう言った恭司を、静香は疲れきった表情で見つめた。
「回りくどいのは、もうやめましょう。あなたは、私を始末するため呼び出したんですよね」
「はあ?」
「今さら、とぼけないでください。あなたのような人が、全てを知っている人間を生かしておくはずがない……それは分かっています。でも私、死ぬのは怖くないんです。あの女に、復讐できましたから、もう思い残すことなんかありません」
冷めた口調で言うと、静香は恭司を見つめた。サラリーマン風の髪型といい、安物のスーツといい、ヤクザらしさなど欠片もない。年齢も、彼女より下である。パッと見には、どこにでもいる冴えない若者にしか見えない。
だが、これは擬態なのだ。彼は、この外見に騙されて近づいて来た者を、容赦なく食らう。恭司は、都会のジャングルに潜む本物の野獣である。そんな者とかかわりあってしまった以上、生きながらえることなど出来ないのだ。
もっとも、後悔はしていない。由美への復讐は果たせた。あの女の死を見届けられないのは残念だが、どの道あいつは死んだも同然なのだ。
恭司の方は、またしてもニヤリと笑った。カバンの中から、分厚い封筒を取り出す。
それを、テーブルの上に置いた。
「今日、来てもらった理由はな、これを渡すためだよ」
「えっ?」
戸惑いながら、封筒の中を覗く静香。その途端、彼女の顔が青ざめる。
中には、札束が入っていたのだ。恐らく、数百万はあるだろう。
「あんたは、大した女だよ。あんたの計画があったから、俺は幹部になれたんだ。だから、あんたには感謝してる。こいつは、ささやかな礼だよ」
楽しそうに語る恭司を、静香は唖然とした表情で見つめる。一方、恭司はさらに語り続けた。
「復讐を成し遂げられる人間なんざ、滅多にいない。たいていは、途中で意思がくじけちまうもんだよ。だがな、あんたは最後まできっちりとやり遂げた。本当に凄いよ。俺は、あんたを尊敬する。これはお世辞じゃないぜ」
そこで、恭司は立ち上がった。
「悪いが、そろそろ失礼するよ……幹部になると、いろいろ忙しくてな。その金で、失われた青春の日々って奴を、少しでも取り戻してくれよ。ただ、俺の邪魔になるようなら殺すけどな」
恭司は片手を上げ、去ろうとした。が、すぐに立ち止まる。
「忘れるとこだった……あのバカ娘をいたぶるのに飽きて、こっちの世界に来たくなったら、いつでも連絡してくれ。あんた、堅気にしとくにゃもったいないぜ。頭はキレるし、意思も強い。それに、そこらのヤクザなんざ比較にならないくらい肝が据わってる。出来れば、俺の片腕になって欲しいくらいだよ」
そう言って、恭司は再び歩き出した。その時、静香も立ち上がる。
「ま、待ってください!」
静香の声に、恭司は立ち止まった。面倒くさそうな様子で振り返る。
「ひとつだけ、教えてください。あなたは、これから何をするつもりなんですか?」
震える声で、彼女は尋ねた。なぜ、そんなことを聞いたのか、自分でもわからない。ただ、聞かずにはいられなかった。
この恐ろしい男は、ヤクザの幹部になった。若くして、裏社会での権力を手にしたのだ。だが、恭司は止まらない。そんなことで満足するような男ではないのだ。彼は、さらに勢いを増して進み続けるだろう。
その先は? 恭司は、何を目指している?
恭司の顔に、愉快そうな表情が浮かんだ。周りの視線も構わず、こちらに近づいて来ると、静香の耳元に顔を近づける。
低い声で、囁くように言った。
「この国を、目茶苦茶にしたい。地獄に変えてやりたいんだよ」
ようやく静香は悟った。
板倉恭司は、人間ですらない。人の皮を被った悪魔なのだ。彼は生きている限り、周りに害悪を撒き散らす。周囲の人間を地獄に突き落とし、振り返ることなく去っていく。
さらに……静香は今、この悪魔に魅入られてしまったことを自覚していた。これ以上、恭司とかかわり合えば、確実に恐ろしいことになる。それは、頭では分かっている。
それなのに、恭司に付いて行きたいと願う自分がいる。あらがうことが出来ない力を感じている。彼の傍に寄り添い、行く末を見届けたいと強く思っている。
この想いは、恋だの愛だのといった使い古された言葉で語れるものではなかった。
あえて言うなら、光に引き寄せられ自ら炎に飛び込む蛾の気分だろうか。




