初日
私はごく普通の大学3年生だ。文学部だけど公務員学校とのダブルスクールをしてて、それなりに忙しい毎日を送っている。部活もしてて、オケで楽器を弾くこともある。色んなことが積み重なって、今は本当に忙しい。
そして、そんな私に「彼氏」という存在はいなかった。おひとり様だ。20歳なのになぁ。
まぁ、人よりもオシャレに気を配れてない自覚はあるし、当然と言えば当然なのだ。仕方ない。少し残念だなぁくらいの気持ちでいた。慎ましく生きていたはずだったのだ。そこへ、やって来たのがミカヅキだった。
あの日は中々眠れなくて、よく分からない焦燥感に駆られていた。風の音が気になって、換気扇の音がうるさくて何度も寝返りをうっていた。目を閉じているのに眠れない。
「寝れない。いっそ誰か話し相手になってくれればいいのに」
そんな独り言に返って来たのが
「お任せあれ。初めましてお嬢さん。我こそは通りすがりの暇な人。名をミカヅキといいます。是非是非、私が話し相手に。」
という言葉だった。
勢いよく起き上がって、窓の方向を見ると、長身に紺の浴衣をまとった男のシルエットがあった。
初夏になったからと、窓を開けたのが祟ったらしい。
とりあえず電気をつけて男を確認する。一重のシュッとした感じの、顔まで和風な男だった。好みではない。ニコニコと立っている感じからして多分、殺意やら敵意はないと思われた。よし、穏便に帰ってもらおう。
「どちら様でしょう...?良かったらお帰り願いたいのですが...」
「いやぁ、帰るのはちょっと...。お嬢さん、話し相手とか欲しがってたじゃないですか。どうです?私。」
「不審者はちょっとご遠慮願いたいですね、通報してもいいですか?」
私はそう言ってスマホをかざす。
侵入罪みたいなので、しょっぴけないかな。
すると、男は困った顔をして、
「通報してもいいですけど、辛くなるのは貴方ですよ。今の私が見えるのはきっと貴方だけですから」
「...どうしてそんなオプションが私に?」
「この前、伏見稲荷にご友人といらっしったでしょう」
「行きましたね」
「その時に、貴方石に蹴つまずきましたね?」
「あれは膝小僧をぶつけて痛い思いをしました」
「それで私の封印が解けたため、お礼に参った次第です。ご理解頂けましたかな?」
私は少し考えた。確かに和風男の言ったことは事実だった。神社の石を蹴飛ばして、こけた記憶がある。こんな、6畳ほどの狭いアパートにいつのまにか男に忍び込まれていた、と考えるよりは、怪異の類と考えた方がしっくりくるかもしれない。でもそれはそれとして、居座られるのは困る。
「あの...質問なんですけどお礼を金銭とかで頂くことは不可能でしょうか」
「そんなに高位のモノではないので無理ですね。そこにいるだけで精一杯ってやつです」
「あんた何者なんだよ」
「物の怪の類と考えてください。貴方が嫌がる事はしないし、貴方を祟る事も出来ない小物ですよ私は。人畜無害、ただいるだけ。そんな気にせずいきましょうよ、晶さん」
「私の名前まで把握しているのか...」
ここまで話して、私はようやくこれは夢ではないかという可能性に思い至った。朝になれば、このニコニコ細目男は煙のように消えているかもしれない。
「そうそう、私は夢ではありませんからね。でも、夜も更けて来ましたし、今日は一度帰ります。また晩に会いましょうね。最初に名乗った通り、私はミカヅキです。ほら、呼んでみて呼んでみて」
「ミカヅキさんですか...」
勢いに押されて呟くと、ミカヅキは満足そうに笑って消えてしまった。なんだったんだろうか、本当に。釘を刺されてしまったから、夢でない事は確実なのだろう。明日も会うのか、と思うと悩ましい気がした。
でも何より眠いという気持ちが勝ってきて、私は全てを明日に棚上げしたまま、眠りに落ちてしまった。




