私のこと
あの頃の私に言いたいことは、未来は先が読めないということ。それは誰もが当たり前のように口にするけれど、実際に起きてみないと実感できないものの1つ。たぶん、勉強はしとけ、っていうのもそういう類の1つ。もっと早く言ってよ、と未来の私に嘆息して、過去の私をバカにする。そんな先も読めなかったのか、と。
でも、と私は私に反論する。言うのは簡単だと。実際は難しいのだと。それが現実なのだと。
「で、進路はどうするの」
「そんな風に言われると、ちょっと、凹むかも」
「なんで」
「愚か者だなって思うから」
目の前の担任が、呆れたような顔をする。
「自分が」
呆れの表情にもう1つ加わる。それはきっと憐れみ。あるいは若者への羨望かもと思ったけれど、聞こえてきた溜め息に、あ、アホな子だ、と思われていると確信する。
「進学は、考えてないの」
「いや、考えては、いるかも」
「どこ?」
「そう言われると、ちょっと」
分かってる。分かっているさ。担任の顔がどんどん、ヒドイものになっていくことに。そして、同時進行で私がいっぱいいっぱいになっていることに。
「じゃあ、どうしたいわけ」
ああ、そんなこと言っちゃうんだ。私の中のささやかな望みが断ち切れる。
例えば先生がもしも、の話をしてくれるとか。そんなことを考えている時点で、きっとこの先の人生を歩む権利みたいなものが、失われている気が、する。
「……とりあえず、またの機会と、言うのはどうですか、ね」
なるだけ下手に出る私。もうそれでしか、自分を発揮できない私。
不甲斐ない。涙が出てくる。そんなことを思いながら、意外と飄々としていたりして。
担任の二度目の溜め息。なんだかとても深いものに思えた。その溜め息が、私を思ってのことなのか、私を見限ってのことなのかは、分からない。とりあえず、ポジティブには考えてみる。そしてそれは一瞬で消失する。
溜め息はきっと、今の私が一番似合う。そんな気がした。
「失礼しました」
自分の教室に向かってそんなことを言うとは思わなかった。失礼しました。確かに私は失礼を犯したのだろう。きっと、この先の人生にはなんら関係の無い、それでも今の私には突然現れた壁のように、果てしない絶望で満たされているのだろう。その絶望はきっと、どこまでもどこまでも、どこまででも消えない気がして、一生付き合っていかなければいけないと思ってしまう。でもきっと、5年先の自分は、そんな壁はもろともしていない気がする。それか、無いものとして、受け流してしまっているか。
何だか後者のような気がして、私は校舎の屋上に向かった。
誰も入れない屋上、なんて言うのは、会ってない約束のようなもの。会えば言うさ。閉まっているね、と。でも会っていなければ、それは自由に過ごせるということ。だから私は、その屋上の扉をくぐる。彼がいることを信じて。信じるというか、まあ、いるだろう、という気軽な気持ちで。
そして案の定、気軽な気持ちと同じように、実に軽く、彼は存在していた。
「やあ、久しぶりだね」
「会ったでしょ。昨日」
「ああ、そうだったかな」
私が会おうとしていた男子は、いつだって適当だ。適当に生きることに全ての人生を賭けているかのような。だから私は聞いてみる。ねえ、適当男さん。あなたにはどんな将来が待っているのですか。
「君はシビアなことを聞くね」
「いや、進路相談というのはいつもシビアなものなんだよ」
私は見てきたように言う。いや、実際見てきたのだから、誰にも文句は言われないだろう。そんな、周りからの文句が出てこないくらい、私は何にも言えていなかったのだから。
「でもさ、シビアなのはその一瞬だったりするんだよね、実際さ」
「え? そういうものなの?」
「そうだよ。実際はね」
でもね、と彼は続ける。
「でもね、そのシビアが過ぎてしまうと、自分でもびっくりするくらい、そりゃあもうびっくりするくらい、自由なんだよ。その自由をどうするかが、君次第、なんだよね」
彼は未来を見てきたように、そう言った。
「なに、それ」
その言い方はあまりに自由すぎて。
自由すぎるからこそ本当にそのような気がして。
本当のようだから、私は自分を見直せる気がして。
「私は、私だから、自由なの?」
彼は頷いた。そして私は知った。
世界は残酷なほどに平等なことを。
世界はあまりに不平等だということを。
世界の優しさには、涙でしか答えられないと言うことを。
「私は、私は」
私は思う。考える。気付いてみせる。未来の私を見返してみせる。
「私は、私は」
無限大の可能性、とまではいかないけれど。
可能な限りの可能性を、自分に託してみようかな、と。
私は、私に、期待した。