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青い鳥を探して

作者: あやあき

都内某所。

 閑静な住宅街に、一軒の大きな洋館がある。

 近所の子供達にはドラキュラが住んでいると囁かれている。が、実際住んでいるのは私立探偵である。

 探偵の幼馴染みであった瑠衣が「おっはよー!」と午前九時に声を掛けたが誰も出ない。探偵が昼夜逆転生活をしているからである。

「怜哉の奴、また寝てるわね」

 しょうがないんだから、と頬を膨らませながら瑠衣は合鍵で玄関を開け、洋館に足を踏み入れる。持参したスリッパに履き替えて――洋館だがそこは日本風なのだ――周りを見、瑠衣は溜息を吐く。

「もう……また埃溜まってるじゃない。よく住めるわね、こんな所に」

 直に幽霊屋敷と呼ばれるわよ、なんてぼやきながら、真っ直ぐと二階へ向かう。

 目的地は家主の寝室。瑠衣は勢いよくドアを開けて、「れーいーやー! 朝よー!」

 しかし、部屋の奥にあるベッドはもぬけの殻だ。

「あら?」

 首を傾げる瑠衣の後ろから、「こっちだよ」と声が掛かる。

 振り返れば、そこには全身真っ黒な男。黒から覗く肌だけが蒼白い。

「怜哉! もう起きてたの?」

 瑠衣の問い掛けに、黒崎怜哉は首を振る。

「否、さっきまで一階のソファで寝てた。そしたら、闖入者が大声で入ってくるし、その上ドタドタ音を立てて寝室に行くし……。不快で堪らない目覚ましだったよ。しばらく見ない間に太ったんじゃない?」

「うるさいわね!」

 瑠衣は怜哉を足蹴するが、実際二キロ太っていたので強くは言えない。

「相変わらず野蛮だなぁ、ちょっとは女らしくしたらどうなんだ」

「じゃあ、怜哉こそ女扱いしなさい。レディーが起こしに来てあげたのよ。お礼として朝食を振る舞うべきでしょ?」

「だから太るんだ」

 ボソッと呟かれた言葉はしっかりと瑠衣の耳に入っていて、怜哉は両頬を引っ張られた。



 一人暮らしの男の作る朝食を期待してはならぬ。

 瑠衣はそれを心に刻んだ。

 瑠衣の目の前には湯気が立っている白ご飯の上に、黄色に輝く生卵が乗っている。俗にいう、卵掛けごはんだ。

「……いつもこんなの食べてるの?」

「こんなのとは何だ、こんなのとは。これでも豪華仕様だ」

「はぁ? じゃあ怜哉、いつも何食べてるのよ?」

「十秒チャージのゼリー」

「あっきれた」

 瑠衣が脱力すると、怜哉はムスッとした顔をして、「だからありがたく食え」

「はい、はい」

 シンプルであるけれど、口に入れるととても美味だ。

 やっぱり私も日本人ね。

 なんて考えながらも、瑠衣は誓う。

帰る前に、怜哉の食習慣を直さなきゃ。

「で? 何の用で来たんだ?」

「何も用がなくて来ちゃ駄目?」

 首を傾げ、見上げるようにして怜哉を見る。

 必殺、可愛子ちゃんポーズ。

 それを見た怜哉は、フンと鼻を鳴らす。必殺どころか、掠りもしなかったらしい。

 その事に気付いた瑠衣が頬を膨らませるのを見て、怜哉は楽しそうに笑った。

 してやられたようで癪だ。

 そう思った瑠衣は、持参していた切り札を出した。

「私ね、今日来たのは怜哉の様子を見に来ただけじゃないのよ。ある話があってきたの」

「話?」

 喋りながらも、怜哉は食事をする手を止めない。

「頼まれたのよ、ある人から。逃げ出した青い鳥を探して欲しいって」

「青い鳥ぃ?」

 素っ頓狂な声を上げ、「せめて種類を特定したらどうなんだ」と続けて文句を言う。そして食事に戻ったが、瑠衣が何も言わないので、怜哉は慌てた様子で口の中に入れた卵かけご飯を飲み下す。

「まさか、僕に探させようと思ってるんじゃないだろうな?」

「そのまさかよ。今、暇でしょ?」

「暇じゃないさ。毎日が忙しくてしょうがないくらいだ」

「嘘。天川さんに聞いたわよ、毎日閑古鳥が鳴いてるって」

「閑古鳥は置いといて、何で天川さんが出てくるんだよ」

 天川というのは怜哉の年上の友人だ。瑠衣も何回か会った事があるが、人のいいという印象が強い。実際、今回訳を話してから怜哉の近況を尋ねると、丁寧に教えてくれた。

「怜哉ったら、いつも私に嘘を吐くじゃない。だから先手を打ったの」

 怜哉は頬杖をして、大きく溜息を吐いた。

「それで? 何で青い鳥を捜さなきゃいけないんだ?」

「そんなやる気なさそうにしないでよ。れっきとした依頼なのよ?」

「誰からの依頼なんだよ。依頼者次第では断るぞ」

「某女優よ」

「はぁ? 何で女優から……もしかして」

 怜哉はあからさまに嫌な顔をして訊いた。

「雨木さんが一枚噛んでるとか言わないよな?」

「ピンポーン! 凄いわね、何で分かったの?」

「なんとなく厭な予感がしたんだ。それより、何で雨木さんともコネクションがあるんだよ……」

 顔を両手で覆って嘆く怜哉に、瑠衣は噴き出しそうになる。

 雨木さんの言った通りね。

 瑠衣は雨木と会った時の事を思い出す。

 怜哉の知人である男は、某女優が脱走したペットの鳥を捜していると瑠衣に話した。そして、密かに探偵に依頼しようとしている事も。

 天川から怜哉の探偵業は閑古鳥状態だと聞いていたため、怜哉にやらせてみては、と瑠衣が提案すると、「そのために君に連絡したわけさ」と微笑まれた。

 雨木さんは優しんですね、と言えば、雨木はケラケラと笑った。

「そうじゃねぇよ、嫌がらせだ。奴は俺の事嫌ってるから、俺が斡旋した仕事だと知ったら、……な? しかし、瑠衣ちゃんが持ってきたとすれば、あいつも受けざるを得ない。面白いだろ?」

 ライターはにやにやとあくどい顔で笑っていた。

 瑠衣も雨木の言葉が嬉しくて笑ってしまったのだけど。

「ちなみに、もう引き受けてしまったから、キャンセルにすると探偵社の名に傷がつくわよ」

 瑠衣が言うと怜哉は唇を歪ませ、眉間に皺を寄せる。

「僕を嵌めて楽しいか?」

「嵌めるって何よ! 私は閑古鳥の鳴いてる怜哉に仕事を持ってきたのよ? 感謝されこそすれ、そんな事言われる筋合いなんてないわ!」

 怜哉は恨めしそうに瑠衣を見つめていたが、瑠衣の方も負けじと怜哉の顔から目を逸らさない。暫くして、怜哉が根負けした。

「分かった、引き受ける」

 ぱあぁっと顔を明るくする瑠衣から視線を外し、怜哉は溜息を吐いた。



 それから数時間後。

 瑠衣は洋館の中を駆け回っていた。

「あーっ、もう! 何でここはこんなに汚いのよぉ!」

 手に持つ掃除機で吸い取った埃はあまりに多く、何度も中身を綺麗にしなければならなかった。

 家主は鳥探しに、残された瑠衣は洋館内の掃除を言い付けられていた。

「私も鳥捜しに行きたかったのに! 怜哉ったら!」

 怜哉は出ていく時、付いていこうとした瑠衣を手で制した。不思議がる瑠衣に、怜哉は言ったのだ。

「お前、泊まってくつもりなんだろ? ただで泊まっていけると思うなよ。代金はここの掃除だ。いいな?」

 思い出したら、なんだか苛々してきた。

「なによ、『いいな?』って! 確かにただで泊めてもらおうと思ってたけど、別にいいじゃないのよ、それで!」

 愚痴と吸い取った埃はどんどん溜まっていく。

「久し振りに会えたのに、ろくな話もしてないし……」

 瑠衣の居所は大阪にある。元々は東京に住んでいたのだが、仕事の都合で大阪に住む事となったのだ。

 そのため、怜哉と会えるのは三ヶ月に一回程度。

 その一回が、これだなんて……。

 しかし、思い返せばいつもこんな感じのような気がする。

 仕事なんて持ってこなければよかったかしら。けど、閑古鳥が巣食っているのをみすみす見逃すわけにはいかない。

「……全部怜哉のせいじゃないの」

 怜哉が日頃からちゃんと仕事をしていれば、こういう事態にはならない。

「後で引っぱたいてやろうかしら」

 半分本気でそう呟いた時、玄関が開く音がした。

 二階から覗くと、家主が帰って来ていた。

「怜哉ー! おかえりー!」

 大声で迎えると、当の怜哉は不機嫌そうな声で「大声を出すな、うるさい」と答えた。

 瑠衣は構わず、急いで階段を駆け下りて、怜哉の許へ急ぐ。

「だから、うるさい」

「ね、怜哉、鳥は? 青い鳥は、捕まえれたの?」

「ああ」

 怜哉は右手に持っていた大きな荷物を掲げる。被せてあった布を少し上げると、鳥籠と、その中にいる青い鳥が見えた。

「本当に捕まえてきたのね! どうやって探したの?」

 尋ねると、怜哉は笑みを浮かべる。

「それは企業秘密だな」

「ケチ!」

「うるさいなぁ、ちゃんと捕まえてきたんだからいいだろ?」

 そう言われては、瑠衣も追及する気が削がれる。なので、怜哉から件の青い鳥に関心を移す。

「これ、何ていう鳥なの?」

「コンゴウインコ」

「へー、よく知ってるのね」

「まあ、今の世の中は情報社会だからな、ネットで検索を掛ければすぐに出てくる」

「それもそうね」

 瑠衣はコンゴウインコと目線を合わせようとするが、コンゴウインコはプイと顔を逸らす。もう一度試みるが、また逸らされる。

「……私、嫌われてるのかしら?」

「焼き鳥にされる気配を察してるんだろ」

「失礼ね。食べた事のない鳥は食べないわよ」

 瑠衣の発言を聞いて、怜哉は同情したような顔をしてコンゴウインコを見た。

「……お前、鶏じゃなくてよかったな」



 怜哉が雨木に報告を入れるというので、その間瑠衣は放っていた掃除の後片付けをしていた。それを終え、階下へ戻ってくると、怜哉がソファでふんぞり返っていた。

「……どうしたのよ」

「依頼、破棄された」

「はぁ? どういう事よ」

「俺が訊きたいところだ。雨木さんによれば、見つかったとしてもそれが本当にうちの子か判らないから要らない、と依頼人から伝えられたらしい」

「でも、依頼してきたのはその人よね?」

「ああ。雨木さんは『ま、芸能人ってのは自由気ままだからなぁ』って笑ってたよ。見事にただ働きをさせられた」

「じゃあ、この子はどうするの?」

 瑠衣がコンゴウインコを指さして尋ねると、怜哉は肩を竦める。

「保健所行きかな」

「可哀想!」

 瑠衣は怜哉の肩を掴んで前後に揺する。

「そんな殺生な事言わないでちょうだい! こーんなにも可愛い鳥さんなのよ? それを殺すなんてー!」

「僕は殺すとまでは言っていないよ」

「保健所行きなんて、殺すと同義じゃないの!」

「引き取り手が見つかるかもしれないだろ?」

「引き取り手がいなくて、殺処分されるかもしれないわ!」

「じゃあ、どうしろって言うんだ」

 呆れ気味に怜哉が呟くと、瑠衣は大きい眼で怜哉を捉えて言う。

「私達が飼う!」

「私達って、僕も入ってるのか?」

「勿論よ!」

「やだね、僕は自分で生きるだけで手一杯なんだ。肉親でもない異種の世話なんて御免だ」

「怜哉の薄情者! よくそんな事が言えるわね!」

「そういう瑠衣はどうなんだ?」

「私? 私だったら喜んで飼うわ!」

「じゃあ瑠衣が飼えばいい」

「そうするわ!」

 瑠衣は鳥籠を自分の許に引き寄せ、コンゴウインコと目を合わせようとする。が、やはり逸らされる。

「鳥の方は嫌がってるぞ」

「そんなの気にしないわよ! 私がこの子を飼うわ!」

 相変わらず目を合わせてくれないコンゴウインコに心が折れそうになる瑠衣だったが、鳥籠は離さない。

「……まあ、僕としては飼えと強要されるよりはいいからな。鳥には悪いが、瑠衣に引き取ってもらうか」

「なによ、もしかしたら凄く照れ屋な子なだけかもしれないじゃない」

「もしかしたら、って言ってる時点で可能性はないだろ」

「もうっ、怜哉は飼わないんだから口出ししないで!」

 キッと睨むと、怜哉はおどけたようにホールドアップする。それに満足した瑠衣は鳥籠をソファに置き、その隣に自分も座った。

「そういえば、掃除はもう終わったのか?」

 怜哉の問い掛けに、瑠衣は「勿論」と自慢げに答える。

「ちゃーんと、隅々まで掃除したわよ」

 本当は三分の一残っているのだけど。

「――ていうか、怜哉。私が来ない時にもちゃんと掃除しときなさいよ、そのうち病気になるわよ?」

「不幸な事に、僕は家の中の掃除の仕方を習った事がないんだ。実家では母親がやってくれたし、家を出てからは瑠衣がやってくれてるからな」

「呆れた。私やおばさんは家政婦じゃないのよ?」

 瑠衣は怜哉に左手の掌を突き出し、薬指に嵌められたリングを指さす。

「それに、私は怜哉の奥さんなのよ? もっと尊んでもいいじゃない」

「尊べと言われたって、物心付いた時からずっと一緒にいた幼馴染をそんな目で見れないだろ」

「けど、恋愛対象では見たわよね」

「そっちだって同じだろうが。それに、『怜哉に嫌われたくないー!』とか言って泣きついてきたのはいつのお前だった?」

「怜哉こそ、『瑠衣と離れたくないー』って泣いてたくせに!」

「おい待て、それいつの話だ」

「怜哉が五歳の時」

「よく憶えてるな! 僕なんてそんな昔の事は憶えてないぞ」

「だって、ずっと怜哉の事好きでしたからねー」

「あー、はいはい、解ったから、解ったからそんなドヤ顔するな、僕が恥ずかしい」

「えへへっ、私の勝ちー」

 嬉しそうにピースサインして見せる瑠衣に、怜哉はクスッと笑う。

「子供みたいだな」

「うるさいわねー。子供がいないからよ? 何なら作る?」

「莫迦」

「耳赤くして言われてもねー」

 勝ち誇った瑠衣がにやにや笑っていると、怜哉が徐に立ち上がる。

 どうしたのかと瑠衣が怜哉を見ていると、彼女の夫は妻に覆い被さるようにして、キスをした。

 怜哉が顔をどかすと、真っ赤になった瑠衣の顔が露わになる。

「怜哉の莫迦!」

「ははっ、僕の勝ち」

 こんな事で嬉しそうに笑う怜哉の方が、よっぽど子供っぽい。

 瑠衣も噴き出すように笑ってしまった。

 仲睦まじい夫婦の様子を、青い鳥だけが見つめていた。




〈終〉

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