竜也の仕事
「あははは!! それでルナちゃんにビンタされたんだ!!」
「……もう笑わないでくださいよ」
「……ごめん」
カヤは朝食の時、竜也がルナにビンタされた話を聞いて大笑いした。
ルナは竜也とメアの話を聞いて反省している。
「ほっぺた赤ーい」
「きゅー!」
メアとシロは仲良く竜也の顔を見ている。
オリガとマヤは片付けをしていた。
「……はあ。それはさておき今日も仕事探しに行かないとダメ、ですよねぇ」
「テンション低いねー」
「……そりゃ面白そうな仕事なさそうですからね」
「リュウヤ君、仕事っていうのは普通は面白いものじゃないんだよ」
「……せっかく異世界に来たのに」
竜也はこれからバイトを探しに行くのが嫌だった。
まだ異世界っぽいものをご所望だった。
「……カヤさん、昨日のあの転生者の事なんですけど」
「んー?」
「知ってましたよね? あの転生者のこと」
「そだねー」
「聞いてもいいですか?」
「ダメって言ったら?」
「そんなに深く追求するつもりないんで話したくないなら別にいいです」
「んー、別に話してもいいんだけど、ちょっと長くなるかもしれないからね。仕事終わって今夜なら話してもいいかな」
「……わかりました。……それじゃあ仕事探しに行きますか」
「いってらっしゃーーい」
「そういえばメアって仕事受けられないんですよね?」
「そだよー」
討伐対象だった者が奴隷となりギルドで仕事を受けることができるようになるにはそれなりの時間が必要である。
特に何事も無くギルドから安全と判断されるまでは仕事は受けられない。
「じゃあメアはお留守番かなぁ」
「やだ!!」
「仕事受けられないんじゃ着いてきても仕方ないだろ」
「やだー!! ……1人にしないって言ったもん」
「うぐっ。そう言われると困るんだけど」
「まー、いいんじゃない? リュウヤ君が受けた仕事手伝うぐらいならできるだろーし」
「……そうですね。じゃあ一緒に行こっか」
「うん!」
「きゅー……」
シロがうるうるとした目で竜也を見ていた。
「……はいはい。じゃあシロも行こっか」
「きゅー!」
「リュウヤは甘いな」
「……ほんと」
結局竜也はルナ、オリガ、メア、シロのメンバーでギルドに向かった。
ギルドに着いた竜也は早速パソコンで仕事を探す。
竜也がパソコンを使えるので使い方を学ぼうとしないルナとオリガはシロと遊んでいる。
メアは物珍しそうに竜也と一緒にパソコンを眺めていた。
「なにこれー?」
「そっか、メア、文字知らないのか」
「うん」
「……また今度教えてあげるよ」
「ほんと! わーい!」
メアは嬉しそうに無邪気に笑った。
そんなメアとは裏腹に竜也はあまりよろしい表情ではなかった。
……昨日はあんまりちゃんと見てなかったから気付かなかったけど、なんだよこれ
……魔族の扱いが悪い
竜也は今日は真面目に見ていたので仕事内容や報酬を見て魔族が冷遇されているのに気付いた。
仕事内容が過酷なものだったり、報酬が低かったり、そもそも仕事を受けられなかったり様々だがとにかく魔族の扱いが悪いことはわかった。
……カヤさんが言ってた平等じゃないってのはこれか
……仕方ないっちゃあ仕方ないんだろうけど、気分はよくないな
……うーん、どうしようかな
同じ仕事を選んでも魔族のルナとオリガの扱いはひどいかもしれない。
そうなることが竜也には許せなかった。
でもお金は必要で仕事はしなければいけない。
竜也はそのジレンマをどうしようか悩んでいた。
……やっぱりあの話受けるか
「ルナ、オリガ。ちょっといいか?」
「……見つかったの?」
「早かったな」
「きゅー!」
竜也に呼ばれたルナたちは竜也のもとに来た。
「いや、いい仕事が無くってさ」
「……そうなの?」
「えー、じゃあどうするんだ?」
「カヤさんのあの話覚えてる?」
「あの話?」
「……店の手伝いのこと?」
「そうそれ。その話やっぱり受けようかなと思って」
仕事を受ける話になった時にカヤは竜也たちに自分の店で働かないか誘ってくれていた。
カヤたちが住んでいる工場のような建物は家と同時に店でもあった。
カヤは自身の恩恵、そしてマヤはその頭脳で元いた世界の物の販売、及び修理などを行う店をやっていた。
この世界にはなく便利で、さらに仕入れ代などが不要であり格安の値段で売っているその店は大繁盛だった。
それにカヤ目当てで来る客も多い。
そのおかげでカヤたちはお金に全く不自由していなかった。
マヤは男客が来るのが嫌なので裏で修理をしているため、接客などはカヤがやっていた。
繁盛しており客も多いため忙しいカヤは竜也たちに聞いてみることにしていた。
しかし竜也はお金は自分で受けた仕事で稼ぎたいと言って断っていた。
実際はその時はまだ異世界っぽい仕事があってそれを受けたいと思っていたことと、お金さえもカヤたちに頼りきりになるのは良くないと思ったからだ。
「……じゃあ戻るの?」
「そうだな」
「それならちゃっちゃ戻ろうか」
「あー、俺は残るよ」
「……どうして?」
「何もかもカヤさんたちの世話になる訳にもいかないからな。俺ぐらいはちゃんと仕事受けるよ」
「……いい仕事ないんでしょ?」
「あー、俺1人ならそれなりに良さそうなのがチラホラあったからさ」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。だから皆はカヤさんたちのところで働いて」
「うーん、それならリュウヤは残して帰ろうか」
「……わかった」
ルナは疑っていたようだが竜也の言うことを聞くことにした。
ルナとオリガが帰ろうとしてもメアとシロは竜也から離れない。
「メアたちも早く行かないと」
「やだ! リューヤと一緒がいいの!」
「きゅー!」
メアとシロは竜也にしがみつく。
「ワガママ言わないの」
「メア、リューヤのお手伝いするの!」
「きゅー! きゅきゅー!」
「ダメだって。言うこと聞きなさい」
「お手伝いするのー!」
「きゅー!」
「……2人とも言うこと聞かなきゃダメ」
「そうそう」
どうしても離れないメアとシロを見かねてルナとオリガが話しかける。
竜也では説得できないと思ったのだ。
「……リュウヤが困ってる。……ワガママ言っちゃダメ」
「リュウヤは強く言えないからな」
「悪かったな」
「うーー……」
「きゅーー……」
「……ほら、帰ろ」
「メア、シロ行こう」
「……早く、帰ってきてね」
「……きゅー」
「わかってるよ。メアたちもカヤさんたちのお手伝い頑張るんだよ」
うなだれるメアとシロに竜也は優しく言った。
ルナたちはメアたちを引き連れてカヤたちの店へ向かった。
「……ふう。悪いけどメアたちもひどい扱い受けるかもしれないからな」
竜也はメアたちもただの手伝いとはいえ冷遇されるかもしれないことを心配していた。
「……さてと、それじゃあ今日はサクッと終わりそうな仕事にしますかねぇ」
竜也はもう一度仕事を探すことにした。
「……ああは言ったけどやっぱりいい仕事ないなぁ」
竜也はとりあえず皆に帰ってもらうために嘘をついていた。
実際は待遇のいい仕事もあるのだが内容が気に入らないものばっかりだった。
「……仕方ない。この辺の中から選ぶしかないか」
「あのリュウヤ様でいらっしゃいますよね?」
「え? はい」
竜也が諦めて仕事を絞ろうとした時に誰かに話しかけられた。
振り返って見てみると受付にいた人だった。
「なんでしょう?」
「あの、リュウヤ様に直接仕事の依頼が来ております」
「俺に?」
「はい。詳しくはこちらをご覧下さい。では」
受付にいた人は竜也に紙を渡すと受付に戻っていった。
「えーっと、どれどれ」
竜也はすぐにその紙の内容を読む。
依頼主は未来都市アルスタンの役所で仕事内容は街のパトロール、詳しい説明は役所でするというものだ。
……役所?
……なんで役所からこんな依頼が?
俺はまだ1つしかまともに仕事をこなしていないのに
……ま、いっか
とりあえず行ってみよ
竜也は考えるのも面倒なので役所に向かうことにした。
受付で役所の場所を聞き、向かった。
……しかしまあほんと都会だなぁここは
竜也は役所に向かう途中、街中を色々と見ながら歩いていた。
飲食、娯楽、サービス、その他様々な店があり、まるで元の世界の街中を歩いているかのようだった。
違うのは魔族がいることと、人が少ないことぐらいかな
ま、元の世界が無駄に多いだけなんだけど
竜也は2つの街の違いを考えていた。
竜也は役所に着いた。
役所も元の世界のような造りをしており先ほど見てきた店のように派手ではなく、素朴で厳格な様子が伝わってくるようだった。
中に入った竜也は受付で紙を見せると部屋に案内された。
その部屋は管轄長室と書かれていた。
「失礼します」
部屋に入ると案内してくれた人は部屋にいた人に竜也を連れてきたことを告げると部屋を出た。
竜也はとても柔らかそうな来客用の椅子に座るよう言われると周りを見ながら座った。
至る所にかなりの量の紙が積もっていた。
「あー、君がリュウヤさんですね?」
「はい、そうです」
部屋にいた人物は自分の椅子に座ると竜也に話しかけた。
それなりに歳をとったおじいちゃんだが、体はしっかりとしていて威厳のある顔をしていた。
「私はこの都市の管轄を任されているクラークと申します。この度リュウヤさんにはこの街の治安を守っていただくべくご依頼致しました」
「……はあ。なんでまた?」
「リュウヤさんもご存知の通りこの街は人と魔族が一緒に暮らしていましてね、表向きは両方にとっていい街なんですが、やはりまだまだお互いを理解しきっていないのか、どうしても小競り合いの様なものが多発するのですよ。ケーサツの力もなかなか及ばない所もございます。そこで転生者であるリュウヤさんに抑止力のようなものになっていただきたいのです」
「……魔族を抑えろと?」
「いえ、違います。私はこの街で人も魔族も平等に住めるように目指していますから。リュウヤさんは転生者であり、そして魔族とも仲良く暮らしていると聞きまして。両方の立場に立ってもらえると思ったのです」
「……なるほど。具体的には何をすればいいんですか?」
「リュウヤさんはご自由に街をパトロールしてください。我々が何か事件などがあればリュウヤさんにご連絡し、そちらに向かって頂き対処していただきます」
「そんなものでいいんですか?」
「はい。争いを抑える転生者が街にいるというのが大事ですからね。どうかお受け頂けないでしょうか?」
「うーん、なんで俺が今更やるんでしょう? カヤさんやマヤさんがいたのに」
「もちろんあの御二方にもお願いしましたが断られてしまいまして……」
「……理由はお聞きになりました?」
「…………ええ、武力で人々を押さえつけるような真似は嫌だと」
「ふーん。……それじゃあ後は1番大事な報酬の方なんですが」
「これはリュウヤさんにしかできない仕事ですので、弾ませて頂きます。月々10万ゴールドでどうでしょうか?」
「じゅ、10万!?」
元の世界で考えたら月100万ってこと!?
この程度の仕事で!?
明らかにおかしいだろ!!
「……貰いすぎでしょ。何か隠してます?」
「いえいえ滅相もございません。当然の金額でございます。ここは世界でも珍しい街でこの国も重宝しております。それに別の大陸とのカヤさんの珍しい物での交易もありまして、とてもお金があるのですよ。その街を守っていただく転生者様にはむしろ安いかもしれません」
「……そんなもんなんですか」
「ええ、そんなもんですね」
……明らかに何かおかしいけど、本当にこれだけの仕事でそれだけ貰えるならこれ以上の仕事はないな
……疑ってもキリがないし、考えるのも面倒だから受けさせてもらうか
「わかりました。是非やらせてください」
「おお! ありがとうございます! それではお互いこの街のために頑張りましょう!」
「はい」
「では、早速今日からパトロールをお願いします。パトロールの開始と終了はギルドへご報告ください。こちらから特に指定はしませんがなるべく毎日お願いします。街のものにリュウヤさんの存在を知ってもらうのが大切なので。特に小競り合いが多いのは中心街の方なのでそちらを中心にご自由に回ってください。それではよろしくお願いします!」
「はい」
竜也は役所からの仕事を受けることになった。
何か怪しかったが報酬の凄さと仕事内容が楽そうだったので引き受けた。
竜也はすぐにギルドに向かうことにした。
役所を出る際、受付でケータイを貰った。
見た目は普通のガラケーではあるが電話することしかできないものだった。
竜也はまたギルドに戻ってくると受付に役所の仕事を受けたこと、そしてパトロールを開始することを報告した。
とりあえずブラブラと中心街と呼ばれる所を歩くことにした。
……しかしほんと何企んでんだ、あのおじいちゃんは。
流石に俺に都合が良すぎる……
……うーん
……ま、いっか
こんだけ待遇がいいならしばらくこの街にいて貯金作ってから北の大陸に行く方法を探す旅に出るのもいいな
竜也は特に何も思い付かないので、もはや考えることを止めることにした。
竜也はまだこの街についてよく知っていないので、とりあえず自分が気になった店に入って様子を見ることを繰り返した。
昼前ぐらいからそれを行っているのだが、店の中も街中も特に小競り合いのようなものは見当たらなかった。
というよりも、そもそも人や魔族があまり見当たらなくなっていた。
……なんかどんどん人も魔族も減ってきているような?
どうなってんだ?
竜也は不思議に思いつつも特にすることもなく、ただ街の食べ物などを楽しんだだけでラッキーぐらいにしか思わなかった。
もう夕方になっておりだいたい街の地理などを把握したので、竜也はパトロールを終え、帰ることにした。
ギルドに報告し、帰路に着こうとした時、例のケータイが鳴った。
「はい、もしもし」
「リュ、リュウヤ様ですか?!」
「はい、そうですけど」
「た、大変なんです! 街の外れの方で人と魔族の抗争が行われているんです!」
「……はあ、わかりました。とにかく向かいますね」
「お願いします! もうこの街のほとんどの人と魔族がそこに集まって争っているみたいなんです!」
「ええ!」
竜也は緊急事態だと察し、言われた場所に大急ぎで向かった。
この街のほとんどの人と魔族が争っているなど只事ではない。
竜也は全速力で走った。
くそっ!
何があったんだよ!
そして、走っている時にあることに気付く。
……あれ?
この道通ったことあるような?
……え、もしかして俺が向かってる場所って
竜也は嫌な予感がしてきた。
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竜也は目的地にもうすぐ着きそうだった。
近づけばザワザワと大勢の声が大きくなってきた。
竜也はこの時にはもう確信していた。
竜也の向かっている場所が自分の知っている場所であることを。
そして目的地に到着した。
「……やっぱりか」
そこはカヤたちの家だった。
どちらかと言えばカヤたちの店先と言った方が正しい。
そこで人と魔族が真っ二つに割れ、何やら言い争っていた。
両方ともかなりヒートアップしている。
「いったいなんでこんなことになってんだあああ!!!」