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朱殷(しゅあん)の麒麟  作者: 退紅ほまれ
序章
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第二話  責務

 その世界の西地方には、語り継がれる伝説があった。

 「国が戦乱や災害にみまわれた時、麒麟の才士が現れ、民を救うであろう。」

 この伝説は、実在した人物が元となっている。まだ齋国が三国に別れていた頃、今はなき(じゅん)国の話である。その年、大干ばつにより作物が育たなくなり、飢饉が起きた。人々は犬や猫では足らず、赤子を喰う者まで出た。この事態を憂えた王が、身分を問わず解決できる者を探した。そして現れたのが、麒麟の才士であった。

 何せ、三国統一よりさらに何百年も前の話である。その者の出自や本名、性別すら今では分からない。だが、その者は見事国を救った。非常時に民へ配給できるよう、備蓄する倉庫を立て、治水により国を立て直したという。彼|(もしくは彼女)がいつも好んで着ていた着物の色と、(あざな)から一字取って、民は「朱殷(しゅあん)の麒麟」と呼んで慕った。

 それから、国に大事があった時、「叡智に富み、徳に優れた傑物」のことを「麒麟の才士」と呼ぶようになったという。




 薄暗い洞穴は、等間隔で松明が焚かれているものの、足場が悪く歩きにくい。洞穴に入ってからもう大分歩いたが、先導する少年が歩を緩めることはなかった。これまでの道程で、足はすでに棒のようだったが、これから自分たちが全うしなければならない責務のことを考えると、緊張で痛みも感じなかった。

 凱駻(がいかん)は、ちらと後ろを歩く袁瑞(えんずい)を見た。緊張で顔が強張り、視線をちらりとこちらへ向けたものの、何を言うでもなく、黙々と足を進めている。

 「きっと、ここに来たことを後悔してるんだろうな。」

 凱駻もさして何を言うでもなく、前を向いて歩いた。少し前を歩く少年の後ろ姿を、ただ見つめながら歩いた。頭の上部で一つくくりにした白髪が、ゆらりゆらりと歩くたびに揺れる。洞穴は下も舗装されておらず、凹凸で小石等もあったが、不思議と少年の足音は聞こえない。それが嫌でも少年を人間でないもの、この世の者ではないように思わせて、凱駻の心をざわめかせた。

 突如、少年が歩くその先に、光が見えてきた。眩しさに目を細めて薄暗い洞穴を抜けると、天井が高い、明るい広間のような部屋にたどり着いた。いや、「洞穴を抜けた」という表現は、正しくないのかもしれない。その広間もまさしく洞穴の中なのだ。高い天井にはいくつも天窓があり、地上の陽を取り入れて明るい。天井は入口のそれと同じく、彫刻が施された大小の岩で舗装され、床は乳琥珀色の大理石が敷き詰められていた。

 「こちらへどうぞ。」

 広間の中央には、石を研磨して作ったであろう四角い机と、向かい合う形で片側に椅子が二つずつ。その椅子も机と同じく石でできており、艶やかな灰色をしていた。少年はその机の前に立ち、凱駻たちを招いた。

 「こちらでお待ち下さい。当主を呼んで参ります。」

 椅子のひやりとする感覚を尻に感じながら、凱駻は無言で頷いた。「当主」というのが、凱駻たち現世の者が呼ぶ「洞主」のことであるのは知っていた。十年前にここへ来たときも、案内の者がそう言っていたからだ。「当主」とは、血縁であれ師弟であれ、一族の長という意味であろうが、凱駻は十年前もこの聖山で二人の人間にしか会っていない。案内をしてくれた若い女と、(くだん)の洞主と。

 「あんな子どもがいるのだから、もしかしたらこの洞穴には、仙女の血をひいた者が沢山いるのかもしれないな。」

 凱駻は、洞穴内で形成された村のようなものを想像した。各家庭ごとに住居があって、もしかしたら店のようなものもあるのかもしれない。そんなことをぼんやり考えていると、隣に座る袁瑞が小声で話しかけてきた。

 「それで、洞主様にはご誕生した王太子殿下と王女殿下の御名を頂くのですよね。」

 そわそわと落ち着きがない袁瑞の様子に、凱駻は苦笑しながら頷いた。

 「そうだ。代々王族にお子が生まれると、洞主様に御名をつけてもらい、行く末を占ってもらうのが慣わしだ。」

 三国統一を果たした折、宗謙(そうけん)王のお子に仙女が御名を授けたところ、そのお子も名君になった。それからと言うもの、この三百年の間、王族にお子が生まれると、聖山に使いの者を送って御名をもらい、占いをしてもらうのが慣わしだった。

 「陛下も待ちに待ったお子ですから。王命を拝する時の陛下のお顔、俺一生忘れないと思います。」

 袁瑞の言葉に、凱駻も「俺もだ。」と素直に頷いた。現在齋国を治めているのは、第十二代国王、羅謐(らひつ)。即位後すぐに王妃を迎えたが、婚礼から十年経っても懐妊しなかった。針治療にお灸、様々な薬まで試したが懐妊できず、医官も匙を投げていた。それが突如、去年の暮れに懐妊の兆しが見え、つい三日前に双子の兄妹が生まれた。

 「俺はまだ嫁さんももらってないので、自分の子どもなんて想像できないんですけど……。陛下の喜ぶご様子を見たら、こんな感じなのかなって。任命式の時のお顔を見たら、絶対にこの任務をやり遂げなきゃって思いました。」

 凱駻も任命式の時を思い出していた。王族の誕生は国の慶事。聖山への使者を任命するにも、盛大な式が催された。政が行われる玉座の間では、玉座の前に王が立ち、玉座がある台から三、四段階段を下った場所に凱駻と袁瑞がひざまずいた。その両端に官吏たちが並び、祝詞(しゅくし)を繰り返し大声で叫んだ。両端からの大声を浴びる中、王が何やら口を動かした。

 「よろしく、頼む。」

 声は聞こえなくても、凱駻には王が何を言ったか理解した。王にとって嫡子がいないのは致命的。下手をすれば世継ぎ争いが起きかねない。そんな重圧に耐え、ようやく誕生した我が子。「なんとしても無事に育て上げなければ。」眉間に皺が寄り、緊張した面持ちの王からは、並々ならぬ覚悟を感じ取った。だから凱駻は、なんとしても責務を果たさねばならない。

 「来るぞ。」

 広間の奥、凱駻たちが通ってきた洞穴とは別の通路から、白髪の少年が姿を現した。先ほどと同じ不気味な笑顔を顔に貼りつけたまま、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。少年のすぐ後ろ、少年より少し小さい姿が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。杖をつく腰の曲がった老婆だった。白髪は頭の上部でお団子に結い上げ、着ている着物は少年のそれと同じく真っ白だった。

 「良い予言が頂けますように。」

 凱駻と袁瑞は、近づいてくる老婆を見つめながら祈った。どうか、どうか。陛下に良い知らせができますように、と。

 

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