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朱殷(しゅあん)の麒麟  作者: 退紅ほまれ
第一章
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第十一話  助人

 羅謐らひつ王には、腹違いの兄と同腹の弟がいる。同腹の弟は、煌平君こうへいくん羅慧らけいという。前王の第三子で、文武に優れた兄王とは逆に無口で凡庸な男である。腹違いの兄は煌昭君こうしょうくん羅豪らごうという。羅豪の母は、身分が低い所謂いわゆる賤民で、羅豪は長子でありながら王位継承権からは除外されていた。羅豪は羅謐より先に婚姻し子も成していたが、そもそも王位継承権がない。故に羅謐より先に子ができても騒ぎにはならなかった。羅豪は文武に優れ、温厚で人徳が高い。羅豪も羅慧も、法に従い宮殿の外で生活を営んでいる。

 “王太子を除く十五を過ぎた王子は、宮殿に入るべからず”

 玉座をめぐる争いを避けるため、王は王子が十五歳になる前に王太子を決める。そして王太子以外の王子は、総じて王室行事がある時以外は宮殿への出入りは禁止されているのである。




 「何故なにゆえこの場に煌昭君殿下と煌平君殿下がいらっしゃるのだ。」

 正龍殿の広間は、動揺して騒ぐ文官たちの声がこだまする。がやがやと騒がしい広間の外、朱色で美しく塗りあげられ、金で龍の装飾が施された重圧な扉の先に、二人の男がいた。

 「私がお呼びしたのです。朝廷が落ち着かない今、王太子殿下にはお力添えが必要かと思いましてな。」

 英勲えいくんは下官に二人を通すよう申し付けたが、煌昭君羅豪と煌平君羅慧は一向に動く様子がない。二人を呼びに行った下官は困った様子でこちらに向かってきた。

 「“我々は王族である以上、陛下のお許しなく正龍殿に入ることはできない”と仰せです。」

 伝言を下官から聞いた英勲は、苦々しい表情を一瞬見せたが、「それでは仕様がない。」と朱羅に向き直った。

 「煌昭君殿下と煌平君殿下には、正龍殿ではなく王太子殿下の執務室で補佐して頂けるよう手配します。王太子殿下におかれましては、このお願いを承諾して頂けますでしょうか。」

 朱羅は扉の外にいる、叔父二人を見た。この距離では、顔は見えない。しかし、年に数回とはいえ会っている血縁である。特に羅豪は、朱羅や朱璃を殊更可愛がってくれる、親しい間柄だった。

 「良いでしょう。御史大夫ぎょしたいふの言う通り、叔父上に助言を頂くようにします。ただし、」

 朱羅は英勲の前に降り立つ。若干背が高い朱羅は、間近で英勲を見下ろした。

 「私有地開墾の禁止、父上にお戻り頂いた後は戦線詔勅せんせんしょうちょくを頂けるよう進めます。よろしいですね?」

 英勲はじっと朱羅を見上げたが、「御意。」と小さく呟いた。


 「王太子殿下。」

 朝議が終わって正龍殿から出たところで、羅豪と羅慧が朱羅に礼を取る。羅豪は背丈が高く痩身で、四十路だが肌つやは良く、一見して若く見える。笑うと目尻が下がるのが、より印象を和らげた。

 「叔父上、よく来て下さいました。」

 朱羅は羅豪に笑顔を向け、羅慧に会釈をする。羅慧は背丈が低く、痩身の小男であった。無表情に会釈を返し、一言も発しない。

 「煌平君はこれだから困る。そんなんだから誤解されるのだ。殿下、煌平君は人見知りなので、久方ぶりに会った殿下にどうお声を掛けて良いか分からないのでございますよ。」

 羅豪は、羅慧の肩を優しく叩いた。羅慧は相変わらずの仏頂面だが、いつものことなので朱羅も気にしない。

 「それにしても、陛下がこれ程までに宮殿を空けるなど、珍しいですね。」

 羅豪は眉根を寄せて朱羅を見る。朱羅は困りきったように溜め息をついた。

 「乱が勃発している最中、宮殿はこの有様です。父上にお戻り頂けるよう、私が呂州ろしゅうへ行こうと画策していたところです。」

 羅豪はちらと朱羅を見ると、口元に拳を当て「うーん」と唸った。

 「確かに、陛下の心を動かせる者でないと、行っても意味を為さないでしょう。まずは戦線詔勅を出して頂くこと。これが一番重要です。」

 朱羅は頷き、横目で羅豪を見上げる。父王と羅豪は別腹の兄弟であるのに、顔立ちや雰囲気が良く似ている。父王がまだ名君であった頃を思い出し、朱羅は懐かしさと羅豪の頼もしさに、泣きそうになった。

 「既に鰀路村かんろむらを抑えられているのであれば、瑛州えいしゅう全体が抑えられるのも時間の問題です。こうなれば、呂州に赴く時に軍も随行させ、詔勅を頂くと同時に瑛州へ攻撃を仕掛けてはいかがです。」

 羅豪は朱羅を見る。朱羅は首を左右に振った。

 「それでは法に背きます。軍は王以外は動かせないのですよ。父上がお許しになっても、官吏たちが黙って行かせてくれるとは到底思えません。」

 齋国が統一して三百年。小さな乱や政変はあっても、戦がなかった齋国において、軍の縮小と管理の徹底は仕方のないことだった。

 「殿下、乱の平定も大切ですが、地方官と民のことも考えねばなりません。各地で乱が勃発してはや三月みつき。陛下が呂州に休養に行かれる前に起きた乱については、大司馬だいしばを派遣し、無事平定しましたが、軍を動かせない今、援軍を求める地方官や助けを求める民を無視しているも同然なのですよ。」

 羅豪の厳しい口調に、朱羅は思わず顔を伏せる。すると、ずっと無言だった羅慧が口を開いた。

 「兄上、民を想っているのは殿下も同じです。今は我々が殿下をお支えする時。この後執務室でゆっくり話し合いましょう。」

 思惑と違い優しい口調の羅慧に、朱羅は目を丸くした。羅豪も弟の意外な行動に、驚いた様だった。

 「そうだな。煌平君の言う通りだ。殿下、どうかご無礼をお許し下さい。」

 羅豪は頭を下げる。朱羅は慌てて羅豪の肩を支えた。

 「いえ、叔父上。私の考えが足りぬのです。毎日文官たちとやり合うのに精一杯で。こんな腑抜けた者が王太子とは、本当に情けない…。」

 朱羅は俯いて自分の手を見る。手入れの行き届いた掌は、何も掴めずにいる。幼い頃から時期王者として教育されてきたが、いざ玉座に座しても何の意味も為さない。最近政務を執って分かったことは、ただ帝王学を学んでも文官たちとはやり合えないこと。権利を得る為に策略が飛び交う中、勝者となるには軍権を得ることと、頭の切れる優秀な配下を持つことだ。

 「私はあまりにも無知で、準備不足でした。もうすぐ十三にもなるのに、こんな様では王太子の任を務めることはできません。」

 かと言って、羅謐王には男子が朱羅しかいない。必然的に王太子の座は朱羅のものだ。頼れる兄弟がいればとどれだけ願ったことか。しかし朝廷が混乱を極める今、そんなことを願ったところでどうにもならない。

 「麒麟の才士、と私のことを呼ぶ者もいますが。私はそんな器ではありません。それでも、父上にはお戻り頂き、乱を平定しなければなりません。羅豪叔父上、羅慧叔父上、力を貸して頂けますか。」

 羅豪は、にかりと笑って朱羅の肩を抱いた。

 「もちろんですとも。その為に我々は登殿したのです。」

 羅豪の手は驚くほどに熱く、着物ごしにも熱が伝わる。朱羅は、その温かさにまた涙が滲むのを堪えるのに必死になった。

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