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朱殷(しゅあん)の麒麟  作者: 退紅ほまれ
序章
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第一話  道程

 



 その世界の西には、国が3つあった。3つの国は隣り合い、しばしば領土拡大のため戦が起こった。それも条理であろう、人の欲というものは際限がない。三人の王たちは、西地方統一のため多くの犠牲を出した。十数年にも及ぶ戦の中、突如一人の王が統一を果たした。齊国(さいこく)、国王・宗謙(そうけん)

 物語は、それから三百年後の齊国霊山・建国山(けんこくさん)から始まる。



 鬱蒼と生い茂る草木を掻き分ける手は、すでに枝によって無数の傷ができている。着ている鎧は朝露で濡れており、道なき道を進んでいるせいで葉っぱがへばりついていた。

 「さすが人を寄せ付けぬ霊山、これほど登山するのに苦労するとは。」

 凱駻(がいかん)は隣で息を荒くして座り込む部下を見た。額には玉のような汗が浮かび、鎧は凱駻のそれと同じく葉っぱやら草やらがへばりついている。齋国一を誇る軍・近衛兵のこの様に、凱駻は思わず口が緩んだ。

 「凱駻様、何がおかしいのですか?」

 疲労によって裏返った声を出す部下・袁瑞(えんずい)の声音がまた可笑しく、凱駻は思わず声を出して笑ってしまった。

 「いや、すまない。もう少しで洞主様がおられる御洞だ。頑張ろう。」

 凱駻は袁瑞の腕を引っ張って立たせると、鎧にへばりついた葉っぱを払ってやった。すでに登山を始めて丸一日が過ぎている。夜通し歩き続けて、足はすでに鉛のように重たいが、悠長に休んでいる暇はない。

 「確か、建国草書(けんこくそうし)に出てくる、宗謙王を助けた仙女が、この建国山の主だったんですよね。」

 袁瑞は息を荒くしながらも、嬉しそうに語り始めた。

 「不思議な力によって未来をよんで、宗謙王に助言し、三国を統一させたとか。それでこの山を建国山と呼び、代々この山の主を洞主様と呼ぶ……。」

 三百年前の大戦により、民は疲弊し地は細った。これを憂えた仙女が、地上に舞い降り宗謙王に力を貸したのだという。それ以来、この建国山は王族の加護を受け、ある時期だけ現世と交流できるようになった。

 「やけに嬉しそうに語るな。」

 凱駻の問いかけに、袁瑞は興奮しながら答えた。

 「当然です!子どもの頃から枕元で聞かされていた話に出てくる建国山に、今自分がいるんですから!」

 心なしか元気を取り戻した袁瑞を見て、凱駻は苦笑した。確かに、建国山に登って洞主様に会える者は、この世界でほんの一握りだろう。普段は山は閉ざされ、登山することは叶わない。山の麓の登山口の門は、齋国の兵に守られ、入ることを許されるのは王命を受けた者だけだった。

 「そういえば、凱駻様は以前に登られたことがあるのですよね?」

 袁瑞の問いかけに、凱駻は苦笑しながら頷いた。

 「ああ、十年前にな。……さぁ、おしゃべりは終いだ。明日には王都に帰らないと、洒落にならん。」

 凱駻は自らの鎧に付いた葉っぱを軽く払うと、重たい一歩を踏み出した。



 生い茂る山林を抜けると、灰色の岩肌が覗く山の上部にたどり着いた。ここからは大小の岩をよじ登って行かねばならない。

 「ここからは鎧を脱いで行く。鎧を脱いだら腰に紐をくくれ。岩道はそう長くないが、落ちれば怪我は免れない。」

 凱駻の言葉に、袁瑞は神妙な表情で頷くと、鎧を脱ぎにかかった。

 手頃な岩に手をかけ足をかけ、生きた心地もせぬままたどり着いたのは、大きな岩が山肌が飛び出した場所だった。その大きな岩は研磨されており、少しも凹凸がない。袁瑞はこの場が御洞の入り口だろうと察した。

 「ここでしばし待つ。汗を拭いておけ。使いの者が少しで来るはずだ。」

 袁瑞は目の前の洞穴を眺めた。山肌を削って作られたであろう、その洞穴は、入り口を大小の岩できちんと固められ、岩を削って作られた灯籠が両端に飾られている。よくよく見ると、出入口を固めている大小の岩には、花や鳥獣が見事に掘られていた。

 「ここはもう、現世ではないのか・・・・。」

 座ったまま、ぐるりと四方を見渡す。建国山は齋国で一番高い山である。視線の下には白い雲が広がり、雲の切れ間から山々の頭が少しだけ見えていた。大岩の下を覗き込むと、悪戦苦闘して登ってきた岩道が見え、その下は雲で見えなかった。

 その景色がよけいに現世のものとは思えず、袁瑞は落ち着かずそわそわと手拭いを弄んだ。

 「来た。」

 凱駻の静かな呟きに、袁瑞は握っていた手拭いから視線を前へ向けた。舗装された洞穴の出入口に、一人の少年が立っていた。白い着物は袖丈が長く、袖口に手を隠すようにして腹の前で組んでいるが、それでも地面についている。着物を留める帯も白く、裾も地面につくほど長い。そのせいで靴は見えなかった。年の頃は十歳ほど。端正な顔立ちをしているが、その髪は白色だった。長髪を頭の高い位置で一つくくりにしている。少年は微笑みを顔に浮かべたまま、無言でこちらを見つめていた。

 「(わたくし)は、齋国が近衛第一副隊長、(えん)凱駻と申します。洞主様にお会いしたく、参上致しました。」

 凱駻はよく通る声で、堂々と口上を述べた。その間も少年は、微笑みを絶やさずこちらを見ているだけだった。 微笑みを浮かべたまま無言でこちらを見つめる少年に、袁瑞は背筋が冷えるのを感じた。少年の雰囲気といい、奇妙な髪の色といい、今まで感じたことのない違和感が恐怖だった。

 「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」

 まだ声変わりをし終わっていない、ざらざらとした声で、少年は袁瑞たちを中へと促した。遠ざかっていく少年の背中を、袁瑞はただ呆然と眺めていた。

 「そんな情けない顔をするな。取って食われる訳じゃない。」

 立ち上がろうとしない袁瑞を見かねて、凱駻は苦笑して言った。

 「まぁ、俺も初めてここへ来た時は、驚いたよ。ここは俺たちが知っている世界じゃない。」

 凱駻は袁瑞の腕を引っ張ると、その場へ立ち上がらせた。袁瑞が落としていた手拭いを拾うと、にやりと笑って袁瑞の手の上に置いた。

 「洞主様はあんなもんじゃないぞ。覚悟しておけ。」

 ハハハ、と笑う凱駻の中年皺を見ながら、袁瑞は猛烈に帰りたい気持ちになった。

 「聖山に行ける奴は出世街道まっしぐらって、みんなが言うから立候補したのに……。」

 袁瑞は内心後悔した。近衛兵になってまだ三年。男たるもの、その職についたからには出世をしたい。袁瑞の夢は、国一番と称される近衛軍の総隊長になることだった。まだ一兵士に過ぎない袁瑞にとって、王命を拝して副隊長の供をするのは、その夢への一歩だった。

 「それなのに、こんなあの世かこの世か分からない所に来て、あんな妖怪か人間か分からないような者と会わねばならないとは……。」

 袁瑞は、洞穴へと入って行く凱駻の背中を見た。ここまで来たからには、腹をくくるしかない。袁瑞は重い溜息をつくと、とぼとぼと重い足取りで歩き始めたのだった。

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