心を貯めた壺
少女からことのいきさつを聞いた。
少女の名前はメアリー。にわかには信じがたいが、
その見た目とは裏腹に歳は150歳を越えているらしい。
吸血鬼やサキュバスと似たような種族で、人間の心を食べて生きているらしい。
心を全て食ベると人間は死んでしまうので、人間が寝ている時のほんの一瞬だけ心をもらいそれを集めているんだとか。
「それで、持っていた壺は?」
「あれは、ワタクシたちの種族が分け合って食べる分の心を壺に貯めていた壺だったの」
「そうだったのか。そうだと知らず本当に申し訳無い」
僕達は通りかかる店内のお客にじろじろと見られ、
その目線が痛かった。
「店の番ごくろうな!」
丁度、親父が戻って来たので、
店は親父に引き継いだ。
「人目があるから、場所移そうか?」
俺がそう言うと、メアリーさんは黙って
中古の漫画が並んでいるコーナーを指さした。
俺は意味がわからなかったが、
メアリーさんが指し示すそのコーナーまで行ってみた。
「あれ? こんな本今まで無かったのにどうして……?」
その漫画本の表紙には黒地に白い文字で『メアリーさんのお部屋』
とだけ書かれていて、ページを開くまでは、
漫画の本ということさえ気が付かなかった。
俺がその漫画本を手に取り、ページを開くと、
辺り一面眩しい光に包まれた……。
気が付くと俺は、辺り一面モノクロの部屋の中にいた。
その光景はまるで、昭和初期のモノクロ映像のドキュメンタリーを見ているかのようだった。
俺だけがしっかり色がついていて、辺り一面から明らかに浮いている。
【「さっそくだけど、 さっきの続き。
単刀直入に言うよ。
これから言う2つの事についてあたしに無条件に協力しな。
それと、念のため言っておくけど、あんたに拒否権は無いよ」】
さっきまで無口だったこの部屋の主は、
突然乱暴な口調に変わり僕に語りだした。
【「まず一つ目。
あたいが空腹の時はあんたの心を一定時間もらう。
異論は却下。いいね?」】
「心をあげると、俺はその間どうなるの?」
【はぁ~? 答えは『はい』か『いいえ』だろぅが!」】
「そんな乱暴な。 どうなるか教えてくれないと俺も返事ようがないんだよ」
【「……ったくしゃあねぇなぁ~。
心が無い状態っつーのは自主的な気持ちが起こんないっつーだけ。
他人からは、死んだ魚のような目をしたアホな奴に見えるんじゃねーの? 日常生活は送れるからいいじゃん」】
「簡単に言ってくれるみたいだけど……、まあそこはいいや。
一定時間っていうのはどれくらいの時間をさすの?
【「それはあたいの空腹具合と状況によって違う。
2~3分で済む場合もあれば、1週間以上って場合もあるかもね~?
よくわかんね~けどさ」】
「1週間以上って……、そんな~」
【「はぁー? 元はと言えば誰のせいか言ってみろ?」】
「すみません……ごめんなさい」
今度は優しい口調に変わった。
《「いえいえとんでもない。大丈夫ですよ。
2つ目を説明しますね。
あなたには、ワタクシと一緒に心を集める手伝いをお願いしたいのです」》
「その前にちょっと! さっきと明らかに口調違うよね?
さっきからころころ口調変えてどうしたの?」
《申し訳ありません。
実はワタクシは、今のような《白》い性格と、さっきのような乱暴な【黒】い性格の2つの極端な人格から出来ているんです。
普段は心の力でなんとかコントロールしているのですが、
空腹に近づけば近づく程、感情のコントロールが出来なくなるんです。》
「そうだったんだね。君も大変なんだ~。了解。
ところで、心を集めるって、どんな風に?」
《「人間の温かい心を集めるんです。
人間が眠っている時の心を集めてるだけじゃ、
全然足りなくて間に合わないのです。
温かい心は簡単には集まらないですが、その分私達種族のお腹を満たしてくれるんです。
だから頑張って集めれば、心の壺を一杯にできるんです」》
「話はわかったよ。でもさ、人間の温かい心を集めるには
それなりの活動を……」
《「そこは私に考えがあります。
あなたは学生ですか?」》
「は、はい。 高校生だけど」
《「部活は入ってるんですか?」》
「入って無い」
【「よし、決まり!
あんたの学校、ボランティアの部活はあんの?」】
あ~あ。この人、また人格変わっちゃったよ。
「あるけど……」
【「じゃあ、あんた明日からその部活行きな!
それと、あたいもその部活行くからね!」】
「ちょっと待ってよ!
いきなり部活入るっていうのも困るけど、
君はこっちの世界の人間じゃないし、
学生でもないだろ?」
《「そこは大丈夫です。 心の力さえあれば、
私はあんた達の世界の高校生になりすます事が出来ますから」》
【「もちろん、その分あんたの心吸わせてもらうからね!」】
こ、こいつ……、絡みづれぇ~。
こうして、俺の比較的ゾンビな生活は幕をあけた。