ノスタルジックパスポート
僕の世界は暗く、何にもない。
ただ生きて、ただ歩く。それだけの世界。 そんなある日、それはやってきた。
「あなたにこれを差し上げます」
突然目の前に現れたのは自称天使。
驚く僕は無視をして、押しつけるようにあるものを渡してきた。
なんでも、子供に戻れる紙切れらしい。
「なんで僕に?」
「あなたがつまらなそうに歩いていたからです」
そんなに適当でいいのかよ────という疑問はそっと心にしまって、僕は言った。
「じゃあ、早速使わせてもらうよ」
「承知しました。さあ、目を閉じて」
自称天使の簡単な指示に従うと、じわじわ意識が遠のいていく感覚に眩暈を起こしてしまいそうになった。
それでも数秒後、ふわりと鼻をくすぐる甘い香りにつられて瞼を開くと、驚いた。
透き通るような青い空にふわふわと気ままに流れていく雲。暖かなやわらかい風に吹かれて揺れる色とりどりの花の匂いが、甘い香りの正体だとわかった。
子供の頃って、こんなに綺麗なものを見ていたっけ。
急に、胸が苦しくなった。心臓がぎゅっと誰かに握られているようで、涙も自然と溢れ落ちる。
でも、ずっと奥の方に仕舞ったまま忘れていた何かが僕の心を温めていた。
「今も同じなんですよ」
自称天使の声が聞こえてくる。
「もう、忘れてはいけませんよ」
その声は、優しかった。
◇ ◇ ◇
次の瞬間、僕は布団の上で目覚めていた。
「……夢か」
なんだかリアルな夢だった。まだあの花の香りが漂っているようだった。
涙の跡に気付いて、少し恥ずかしくなった。男が夢見て泣くなんて……。
背伸びをしながら起き上がり、いつものように部屋のカーテンを開けて室内を明るくする。
ふと思いついて、普段は放っておく窓を開けてみた。
そして、空を見た。
「…………」
────ああ、本当だ。
僕のレンズが曇っていただけで、今も昔もこの世界は、なにも変わっていなかった。
・fin・
実は人間は眼球も日焼けをしていて、実際大人は子供の頃見ていた風景より色褪せたものを見ている。
みたいな話をどこかで見た時に書いたものです。
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