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「うわ~美味しい!肉汁がギュッと詰まってる感じ」
「本当に旨いな」
「おにく、おいしいの、おにくっ」
三者三様に感動して舌鼓を打っている。
奮発して買ったステーキ肉は、大好評のようだ。
ひたすら肉と野菜を焼き続ける恭介も、いったん小休止とばかりに額の汗を拭いながら縁側に腰掛ける。
「お疲れさん。どう、いっぱい」
「いただきます」
日下が缶ビールを手渡してくる。
プルトップに指をかけると、プシュッと小気味のいい音が鳴る。
ぐびぐびと一気に飲み干すと、毛穴からアルコールの湯気が出てきそうだ。
昼間から飲むビールほど旨いものはない。
ビールとアイスは日下たちの差し入れだ。
ルカはビールよりシャンパンやワインがお好みなのか、先ほどからグラス片手に肉を頬張っている。
「バーベキューなんて初めてやったよ」
「おいおい、マジかよ」
「日下さんは?あんまりバーベキューとかするタイプに見えないけど」
「俺だってバーベキューくらい一度や二度やってるさ」
ヴァンパイアカップルの会話を聞きながらも、風太の口の周りについたバーベキューソースを拭いてやるのに余念がない恭介は、手元にウェットティッシュが欠かせない。
風太は結構な大きさの肉をぺろりとたいらげると、次はお目当ての魚介が焼けるのを待っているのか気もそぞろだ。
先ほどからチラリチラリとコンロの方を気にしている。
「風太君、なに、ホイル焼きが気になるの」
「ほいる?」
「そう、ホイル焼き。あれはシャケのホイル焼きだよね、恭介さん」
「いえ、鱈です」
「たら!」
「なんだ、風太は鱈が好きなのか」
「たらこ、ふうたすき」
「たらこじゃなくて鱈だ」
「たら?たらこじゃないの?」
「たらこは鱈の子供だ」
「日下さん、デタラメ教えちゃだめだよ」
「デタラメじゃねえだろ、鱈の子だからたらこだろうが」
「えっと・・・確か、たらこは鱈の卵巣じゃなかったですかね」
「らんそう」
「そうそう、たらこは鱈の卵巣。でもって明太子はたらこを漬けたものですね」
「じゃあやっぱり鱈の子供じゃねえか」
「まあ、そうとも言えるけど・・・それにしても恭介さん、物知りだね。日下さんってば、適当なんだから」
「適当で悪かったな」
大人たちが軽口を言い合っている間も、風太はホイル焼きに釘づけだ。
魚介が好きな風太のために、鱈と海老ときのこのホイル焼きをメニューに加えたのだが、そういえば風太はたらこスパゲティーも大好きだった。
「そろそろ焼けたかな」
「おっ、イイ匂いだな。こりゃビールが進むな」
「まだ冷蔵庫にも冷やしてありますから」
「日下さん、どんだけ飲む気なの」
「いいじゃねぇか、どうせいくら飲んだところで酔わねぇんだし」
「酔わないなら飲む意味なくない?」
「んなこと言って、おまえだってさっきからワイン何本空ける気だよ」
「日下さんに付き合ってあげてるんじゃないの」
「お二人、仲良いですねぇ」
ホイル焼きを皿に取り分けながら、恭介はこの二人のヴァンパイアとの不思議な縁を思う。
風太が孤独にならずに済むよう、神様が二人と出会わせてくれたのだろうか。
それとも・・・
「お、ホイル焼きも旨いな」
「白身魚といえばホイル焼きかバターソテーだものね。この海老がなかなか効いてる。恭介さん、料理上手だね」
「風太のために毎日作ってるんで、主婦並みには何でも作れるようになりましたよ」
「そっか。風太君、よかったね」
「ん?」
「恭介さんの作るごはん、好き?」
「うんっ。ふうた、きょうすけのごはんすきっ」
「ふふ、いい返事だねぇ」
魚を頬張る風太の頭をルカがよしよしと撫でる。
褒められてた風太も満面の笑みだ。
輝くような笑顔をルカに向けている。
微笑ましい光景のはずなのに、恭介の胸の奥がざわつく。
なんだろう、この感覚は。
ルカの白い手が風太の金髪に触れるのが、なぜだかどうしても嫌なのだ。
そんな己の感情を押し流すかのごとく、ビールを飲み干す。
今日はちょっと飲みすぎているような気がするが、そうでもしないとこの感情の持っていき場がなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
途中から記憶が飛んでいる。
ふと気が付くと、居間で寝ていた。
ちゃんと布団が敷いてあって、その上で寝ているのだ。
いつの間に眠りこけたんだろう。
そうだ、日下とルカは・・・?
「きょうすけ、だいじょうぶ?」
身を起こすと、縁側で積み木遊びしていた風太がとことことこちらにやってくる。
燃えるような夕焼けが目に痛い。
「風・・・太?」
「きょうすけ、とちゅうでこてんってなったの」
「こてん?」
「るかちゃん、おふとんしいてくれたよ。くさかさんも。きょうすけこてんって」
「ああ、酔いつぶれたのか、俺」
そこまで飲んでいた自覚はなかったが、恐らく飲みすぎて意識がなくなったのだろう。
ルカと日下が介抱してくれたに違いない。
ふと庭を見やると、バーベキューセットもきちんと片づけられてあった。
ゴミも処分してくれているようだ。
何から何まで二人にやらせてしまったのかと、ちょっとバツが悪くなる。
「きょうすけ、だいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと飲み過ぎたな」
「のみすぎ?びーる?」
小首をかしげてこちらを見上げてくる風太をギュッと抱きしめる。
「ごめんな、風太」
「ん?」
つまらない悋気を起こした自分に自己嫌悪だ。
ルカと風太の間に、人ならぬ者同士の絆のようなものを見た気がして、腹を立ててしまった。
そんな自分の小っぽけさに落ち込む。
「ふうた、きょうすけがいちばんだよ」
「え?」
「るかちゃんすき。くさかさんも。でもきょうすけがいちばん」
「風太・・・」
小さな体をギュッと抱きしめる。
風太には何もかもお見通しなのかもしれない。
今の恭介には、風太が全てなのだ。
庇護すべきか弱い存在だと思っていた風太に、実は自分の方が依存していることに気が付いてしまった。
もはや風太のいない人生など、恭介には考えられない。
「ずっといっしょ」
「風太・・・」
「ずっといっしょだよ」
「風太っ」
ずっと一緒。
その言葉に救われる。
「るかちゃん、またねって」
「そうか」
先ほどまで真っ赤だった夕空はもう、薄暗くなっている。
夏もそろそろ終わる。
季節が変わっても、いつまでもいつまでも、風太と2人でこうしていたい。
「ずっといっしょ」
風太の小さな手を握り締めると、胸の奥に幸せが拡がっていくのを感じる恭介だった。




