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「風太、潮干狩りに行かないか」
「しお・・・?」
「潮干狩りだ」
「しおひがり・・・」
こてんと小首をかしげながら見上げてくる。
なんて愛らしいんだろうと身もだえしつつ、恭介は潮干狩りについて説明を続ける。
「海であさりを取るんだよ。スコップ持ってって。前に海水浴に行ったろ?」
「うみ・・・ふうた、たのしかったの」
「そう、その海だ。今度は水に入るんじゃなくて、砂をほじってあさりを取るんだ」
「あさり?」
「貝だよ、貝。風太好きだろ、貝の入ったスパゲティー」
「ぽんこれ!風太、ぽんこれ大好きっ」
「ボンゴレ、な」
なんて会話をしたのは数日前。
今日は早朝から千葉までやってきた。
潮干狩りは時間勝負だ。
夜明け前に家を出て、すいすいとあっという間に海岸に到着した。
連休明けの平日ということもあってか、道路が物凄く空いていたのもラッキーだった。
こういう時、フリーランスでよかったと思う。
「風太、着いたぞ」
「ふを~~~~~っっっ」
「おい、走んなよ、転ぶぞ」
「うみっ。きょおすけ、うみなのっ」
「落ち着けって。そんな急がなくても海は逃げないから」
海に興奮してぴょんぴょん跳ねる風太は、もう待ちきれないとばかりに恭介の手を引っ張る。
早朝とはいえ、日差しはそれなりに眩しい。
そういえば5月は一年で最も紫外線の強い時期だと、どこかで読んだことがある。
風太のきれいな白い肌が日焼けしないよう、UV50の日焼け止めを持参している恭介は、そのあたり抜かりがない。
ピンクのトレーナーにデニムのサロペット姿の風太は、誰の目から見ても愛らしい。
ちらほら見える潮干狩り客たちも、思わず振り返って「あの子、かわい~」などと言っている。
そのたびに誇らしくなる恭介だ。
長靴を履いていてもこんなに可愛いなんて、世界中どこを探しても風太しかいないに違いない。
真顔でそんなことを思いながら、潮干狩りのベストスポットを探す。
「風太、ここらへんにしよう」
「んん?」
今日は満月だ。
満月の日は沖のほうまで潮が引くから、美味いあさりが取れるのだ。
熊手を風太に渡すと、やり方を教えてやる。
すると、みるみる風太の目が輝き出す。
やはり子供にとってこういったレジャーはたまらない魅力があるのだろう。
「ほれ、やってみろ」
「うんっ」
夢中で砂を掘り始める。
その横で恭介も、目ぼしそうなところを熊手でほじる。
しゃがんだ姿勢を続けるのはなかなか辛いものがあるが、風太はまったく平気なようだ。
自宅でパソコンに向かうだけの生活になったため、すっかり運動不足が板についてしまった恭介とは対照的だ。
やはりジムにでも通うべきか・・・
「あった!きょうすけ、あったよ。かいさん、出てきた」
「おお、すげえな。じゃあこのスコップで掬ってバケツに入れろ」
「うんっ」
面白いように取れるあさりに風太は興奮冷めやらぬ様子で、次々にスコップで掬ってはバケツに入れていく。
時おり「ふっ」とか「ふお~」とか言いながら、夢中で砂をほじる姿が可愛くて、恭介は自分の手を動かすことをすっかり忘れてしまった。
それでも結構な量のあさりが取れた。
これだけあれば、二人で食べるには十分だろう。
「風太、砂ほじりはその辺にして、次はあさりを洗おう」
「あらう?」
「ああ、そのままだと砂だらけだろ?だからここであさりを洗っておくんだ。そしたら家に帰ってから砂抜きする時も楽だしな」
「すなぬき・・・」
「ずっと砂の中にもぐってたからな、貝の中に砂が入ってるんだよ。そのまま食べたら砂が口の中に入ってきてジャリジャリするぞ」
「じゃりじゃりはいやなの」
「だろ?だから砂抜きするんだ」
「ふ~ん」
洗ったあさりをクーラーボックスに移す。
「あっ」
「どうした?」
「かいさん、うごいた」
「そりゃあ、いきてるからな」
「いきてるの?」
「そうだぞ。あさりもハマグリも、みんな生きてるんだ」
「おくちからべろ~んてでてきた」
「砂抜きするともっとべろ~んってなるぞ」
「ふを・・・」
何ごとにも興味津々な風太は、これからもこうして色んなことを学んでいくのだろう。
人間の子供みたいに学校に通わせることはできないが、なるだけ色んなことを体験させてやりたい。
なんてことをぼんやり考えていると、クイクイと腕を引かれる。
「なんだ、どうした風太」
「あれなに?」
「ん、どれだ」
「あれ・・・おうちみたいなの」
「ああ、あれは休憩所だ。ほら、ずっとしゃがんでたら疲れるだろ、腹も減るし。あそこでコーヒー飲んだり甘いもん食ったりするんだよ」
「あまいもん?」
「なんだ、腹が減ったのか風太」
「ふうた、あまいのたべたいな」
「よし、じゃあちょっと休憩するか」
風太が期待するようなスイーツはなかったが、アイスクリームがあったのでそれを食べさせる。
「風太、うまいか」
「うん。きょうすけもたべる?」
「いや、俺はいいよ。風太が全部食べろ」
ひとしきり休憩した後は、車で都内まで戻る。
帰りの道も大して混むことなくスムーズに帰路に着くことができた。
その日の夜は、あさり尽くし。
我ながら料理の腕前も上がったなと思いつつ、冷えた白ワインをグラスに注ぐ。
「やっぱシーフードには冷えた白が合うな~」
「きょうすけ、たべてもいい?」
「ああ、いいぞ。こぼすなよ」
「うん」
ボンゴレは風太の好物のひとつだ。
最初はあさりの身を剥がすのに苦労していたが、もう慣れたものだ。
フォークの使い方も、大人とそん色がない。
元々猫は手(前足)が器用だが、風太の小さな手は大人顔負けに器用に動く。
くるくると長いパスタを巻きつけては、サクランボのような口に運ぶ。
「おいしい・・・」
「だろ?取れたてだからな」
「ぽんこれ、おいしいね」
「ああ、美味いな」
風太と二人で囲む食卓。
この平穏で眩しい日が、永遠に続きますように。
あさりの味噌汁をすすりながら、今日の幸せをかみしめる恭介だった。




