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「よい子のみんな、用意はいいかな~?」
「「「はーーーーーい!」」」
「ふをーーー!」
「これからお兄さんと一緒に、元気体操をするよ~。それじゃ、いくよ~ミュージック、スタート!」
「「「わーーーー」」」
「ふをー、ふをーっっ」
ステージの上ではお兄さんと呼ぶにはいささかとうの立った男性が、空元気・・・いや、元気いっぱいに歌い踊っている。
バックバンドの演奏もなかなか本格的で、これがただの子供向けイベントではないことが見て取れる。
全国放送される朝の教育番組の人気ホストである本宮順平は、元アイドルらしいチャーミングな笑顔で広いステージ上を所狭しと駆けながら、右の母子にアイコンタクトを取ったかと思えば、左端で一生懸命踊りの真似ごとをする3歳くらいの女児に手を振る。
子供たちの歓声よりむしろ、付き添いの母親たちの黄色い声援の方が大きい。
さすがは元アイドルである。
風太はステージを一心不乱に見つめながら、すでにテレビで覚えた振付を器用に踊っている。
歌は正直、あんまり上手とは言えないが、風太のダンスはなかなかのものなのだ。
お尻を振り振り、リズムを取る。
この時一緒に揺れる長い尻尾がたまらなく可愛いのだが、外では尻尾と耳は出さない約束だ。
最近は尻尾も耳も、出し入れをうまくコントロールできるようになってきた風太は、こうして見ていると普通の子供にしか見えない。
いや、愛らしさという点では到底普通の子供ではないのだが。
風太の付き添いでやってきた恭介は、実際のところ間を持て余していた。
一緒に踊るなんて気にはなれないし、かといってぼーっと突っ立ってるだけというのもなんだか他の人たちに申し訳ない気がする。
ノリの悪い観客ほど、迷惑なものはないからだ。
だが、周りにいる主婦たちのように、お兄さんに声援を送る気にはなれない。
だって、お兄さんとは言え明らかに自分より十は年上ではないか。
もちろん、若作りしているから30代前半くらいにしか見えないが、やっぱりどこか冷めた目で見ている自分がいる。
なにより、この会場の異様な盛り上がりについていけない。
ふと風太を見ると、大きな目をらんらんと輝かせている。
「風太、楽しいか」
「ふをっ」
風太は恭介の方を見もせず、ひたすら舞台を凝視しながら音楽に身を任せている。
いつもなら恭介が呼びかけるとすぐにこちらを向くのに。
なんだかちょっと面白くない。
そもそもこのイベントに参加することになったきっかけは、年末の放送だった。
来年3月に都内某所でイベントをやります、と番組のエンディングで告知されるのを見た風太が、自分も行きたいと言い出したのだ。
イベント自体は無料だし会場も家から近い。
それならとりあえず、ダメもとで申し込んでみようということになった。
そして年明け、当選のハガキが届いたのである。
その時の風太の喜びようったらなかった。
毎週楽しみにしている番組のイベントに行けるのだから、そりゃ嬉しいだろう。
だがどうしても恭介には、心から一緒に喜んでやれる気持ちにはなれないのだ。
「本宮順平ねぇ・・・」
確かに、元アイドルだけあってなかなかの甘いマスクである。
スラッとした体躯も長い手足も、バランスが取れていて男の恭介から見てもカッコイイと思えるルックスだ。
子供向けの簡単な体操ではあるが、ところどころにアクロバティックな動きを取り入れ、身体能力の高さをアピールしている。
彼が軽くバク転をすると、お母さんたちから黄色い声が上がる。
それに応えてウィンクする様もまた、アイドルらしいと言えよう。
ちらりと風太を見ると、バク転したお兄さんに向かって目をキラキラさせながら手を振っている。
ピンクの頬がさらに赤くなり、薔薇色の唇からは感嘆のため息が漏れる。
少しでもよく見たいと、ピョンピョンと飛び上がる様子は子ウサギのようである。
「なんか、面白くねえな・・・」
思わずボソッと呟いてしまう恭介である。
会場の右手にはグッズ売り場がある。
そこでグッズを2千円以上買った人は、午後に予定されているお兄さんとの握手会にも参加できるという、なかなかあざとい趣向となっている。
もちろん、グッズを買うのは母親たちだ。
品ぞろえはというと、子供向けのものももちろんあるが、エコバッグやらエプロンといったあからさまに主婦層を狙ったものもあり、このイベントの本当の狙いが見え隠れする・・・なんてつい意地悪な見方をしてしまう。
「みんな~、いつもテレビを見てくれてるか~~~い?」
「「「はーーーい」」」
「ふをーーー」
「今日を楽しみにしてた人、手を上げて~~~」
「「「はーーーい」」」
「ふをーーー」
「今日のことはすっかり忘れてた、って人~~~」
「「「はーーーい」」」
「ふをっ?」
「ちょっとちょっとー、みんな、何でもはーいって手上げちゃダメだよぉー(笑)」
ノリノリのMCに会場からドッと笑いが起る。
さすがは年の功、話を盛り上げるのも上手い。
ひとしきり歌い踊ったあとは、ちょっとしたゲームが始まった。
じゃんけんゲームや、動物のイラストが描かれたパネルのようなものを使ってのクイズなど、それなりに趣向をこらしたステージはさすが人気タレントだけはある。
そうこうしているうちにイベントもいよいよ終盤に入り、抽選のコーナーとなった。
「さ~て、お待ちかねの抽選会だよ~。みんな、手元のボールを持ったかい?」
「「「はーーーい」」」
「ふをーーー!」
200名限定のこのイベントは、入場の際に当選ハガキを見せ、その場で手の平に収まるくらいのゴムボールを手渡しされるのだが、ボールには数字が書かれてある。
抽選会で読み上げられる数字の書かれたボールを持っていれば、賞品と交換してもらえるという仕組みだ。
風太は「7」と書かれた黄色のボールを握り締め、わくわくしながらステージを凝視している。
「じゃあ、最初の数字は・・・」
ドラムロールが流れるなか、大きな箱に手を突っ込んだお兄さんが番号札を撮り出すと・・・
「31番!」
番号を読み上げた瞬間、恭介たちの後方で女性の黄色い悲鳴が上がる。
振り返ると30半ばくらいの女性が両手で顔を覆いながら、涙目になっていた。
「31番のキッズ、ステージまで来てくれるかな~」
母親は「うそ」「信じられない」と叫びながらも、幼稚園児くらいの男の子を半ば引きずるようにしながらステージまで歩いて行く。
お兄さんに「おめでとうございます~」とハグされて、失神寸前だ。
子供はきょとんとしつつも、景品をもらったことが嬉しいのかはたまたお兄さんに抱っこされて嬉しいのか、やはり満面の笑みだ。
抽選は計10回やるらしい。
200組限定だから何らかの賞品をもらえる確率は20分の1で、その全員がステージに上がってお兄さんと対面できるわけだから、参加者にとってはなかなか美味しい企画だと言えだろう。
このコーナーが終わればいよいよエンディングだな、帰りにスーパーに寄って夕飯のおかずでも買うか・・・と恭介が物思いに耽り始めた時だった。
「今日最後の番号は・・・おっ、これはすごいね。7番のキッズ。ラッキーセブンだねっ」
一瞬ぼんやりしていたので聞き逃すところだったが、今確か7番と言わなかったか。
ハッとして風太の手を掴むと、「きょうすけ、どうしたの?」と風太が見上げてきた。
「風太、7番だよ。当たったんだよ」
「あたった?」
「7番のかた~~~いませんかぁ~~~?」
「あ、はいっ。います、ここです、ここっ」
慌てて手を上げると、周りのお母さんたちからの視線を一身に浴びることになった。
観客のほとんどが母親と子供という組み合わせの中、ただでさえ恭介たちは浮いているのだ。
なのにまさか、抽選で当たってしまうなんて。
「おお~~~、これは可愛らしいボクちゃんですね。さあ、ステージにどうぞ!」
まるでお姫様をエスコートするかのように手を差し出してくるお兄さんに、ちょっと面白くない感情を抱きつつも、恭介は風太を連れてステージに進んだ。
3段ほどの階段を上る時に、係員らしき男性からボールを見せるように言われる。
こんなところで嘘をつく人間がいるとも思えないが、念のための確認なのだろう。
ステージに上がると風太の興奮がマックスになる。
「ふをっ、ふをっ」
「はい、ボールをくださいね。お名前は?」
「ふうた」
「ふうた君か、可愛い名前だね」
「うんっ」
「じゃあ、これはお兄さんからのプレゼントだよ」
「プレゼント?」
「うん、7番を引き当てたからね」
「あけていい?」
「もちろんいいよ」
もらった袋を開けると、番組キャラクターでもある可愛い恐竜のイラストが入ったタオルが入っていた。
「ふをーーー」
「風太、よかったな。ほら、お礼は?」
「ありがと」
「どういたしまして。これで毎日お風呂に入るんだよ」
「うんっ」
満面の笑みでもらったタオルを嬉しそうに抱きしめる風太。
そんなに嬉しいのか・・・
帰り道、風太の口から出るのはお兄さんの話題ばかりだった。
やっぱり面白くないと思ってしまう自分に、少しだけガッカリしてしまう。
こんなにも楽しそうにしている風太を、心からよかったと思ってやれない己の狭量さに落ち込んでしまう。
「向こうはタレント。嫉妬してどうすんだよ」
「ん?」
「いや、なんでもない。楽しかったか、風太」
「うんっ。ふうた、すっごいたのしかった。おにいさん、おどりじょうず」
「そうだな、確かに踊りも歌もうまかったな」
「ふうたもおどるの!」
「そっか、風太も踊りたいか」
「うんっ」
風太の踊りならいつまででも見ていたいと思う。
ふと、頬を撫でる風の優しさに目を細める。
そろそろ冬も終わる。
春になったらまた、風太を連れてどこかへ行こう。
ピクニックやハイキングも楽しいだろう。
そんなことを考えながら、風太の小さな手を握る。
ギュッと握り返してくる愛しい存在に、恭介の胸はいっぱいになるのであった。




