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「ふを~~~っ!ゆきっ。きょうすけ、ゆきだよっ」


縁側を飛び下りると、猫の額ほどの庭を風太が所狭しと駆け回る。

家の敷地内は誰にも見られることがないので、猫耳と尻尾を出したままの姿だ。

臙脂色のオーバーオールに黄色のタートルセーター、お尻の部分は尻尾を出せるように恭介が細工をしてある。

風太と暮らすようになってからというもの、恭介の裁縫技術も飛躍的に向上した。

小さなお尻から伸びたフサフサの大きな尻尾が、ピンと立った状態でゆらゆら揺れている。

興奮して喜んでいる印だ。


東京は今年一番の冷え込みで、気温もマイナスになろうかという寒さだ。

夜半過ぎから降り始めた雪が今も、しんしんと積もっている。

こんな日は一歩も外に出たくないと思うのが人間の大人だが、風太は子供だ。

というより猫だ。

しかも、雪国出身のメインクーンだ。

雪を見た瞬間、外に出たそうにうずうずしていた。

縁側のガラス戸を開けた途端にこれだ。


「ゆきだるま、つくるの!」

「ああ、ちょっと待ってろ、そのままだと風邪引いちまう」

「かぜ?」

「ジャンパー着よう。あと、手袋とマフラーも」

「ふを?」


急いで寝間に戻り箪笥の中からダウンジャケットを取り出し、セーターの上に着込む。

風太にも同じ色合いのダウンジャケットを買ってあるのだが、これを一緒に着るとまるでペアルックのようになる。

淡いブルーのダウンを既に雪だるま作りに夢中になっている風太に着せる。


「ほれ、マフラーも巻きなさい」

「うう~」

「なんだ、嫌なのか」

「だって、あついしじゃまなんだもん」

「でも風邪引いたらまずいだろ」

「ふうた、へいき。かぜひかないもん」


もん、と唇を尖らせて不平を言ってくる風太の細い首に、問答無用とマフラーをぐるぐる巻く。

嫌がりつつもなされるがままの風太は、それでも雪を触る手を止めることはない。

ブルーのダウンに焦げ茶色のマフラーが良く似合う。

ここが古い平屋の庭だとは思えないくらい、まるで映画のワンシーンのようだ。


「妖精・・・?」

「へ?」

「いや、なんでもない。ひとりごとだ」


危ない危ない。

なんかもう、風太の愛らしさに思考回路まで溶けてしまいそうだ。

寒さのせいかもしれないな、などと心の中でひとりごちながら、頬を差すような冷気をものともせず雪遊びに耽る風太を縁側から眺める。

膝掛けを出してきたが、それでもこうしてじっと座っているだけでは寒さは紛れない。


「しょうがねえな、ちょっと動くか」


諦めたようにひとつ大きなため息を吐くと、ポンと庭に飛び降りる。


「風太、雪合戦するか」

「ゆきがっせん?」

「そう、こうやって球の投げっこするんだ」

「ふをっっっ」


説明しながら手早く足元の雪を丸めると、軽く風太に投げた。

それが風太の額にヒットする。

予期せぬ展開に風太が驚きの声を上げる。

頬を紅潮させ、ピンクの口を開けた風太は、目を白黒させている。

一瞬何が起こったのかわからないのだろう。

だがしかし、自分の額に軽く当たった冷たい物の正体が何かすぐに理解した風太は、一瞬にして目付きが変わる。


「ふを~~~~~っっっ」


ひときわ大きな雄叫びをあげると、猛然と雪を投げ返してきた。

大きな目がさらに見開き、爛々とした輝きを見せる。

それは獲物を捕らえた野生動物のような、どこか猛々しく挑戦的な目だ。


「あはは、いいぞ!風太!」

「ふをっ。ふをーーーー!」

「やったなぁー、よーし、これでどうだっ」


風太が力いっぱい投げつけてくる雪の球を、恭介はひょいひょいと器用に避ける。

だが、数回に一度はわざと当たって見せていることは、風太にはばれていない。

パスッといい音がして、恭介の投げた球がダウンに当たるたび、「ふをっ」といつもの声を出す風太。

自分ばかりが当てられて悔しいのか、息を荒げながら雪をかき集める。


しばらくそうしていると、だんだんと風太の呼吸が乱れてきた。

肩で息をしているのがわかる。

これはそろそろ休憩にしたほうがよさそうだ。


「風太、疲れたろ。ちょっと休もう」

「ふ・・・ふうた、つかれてないよ・・・」

「いやいや、声がうわずってるじゃねえか。はぁはぁしてるし」

「だ・・・だいじょぶ」

「風太、一旦休憩しよう。あったかいココアでも飲んで。な?」

「ここあっ?」

「そう、ココア。おまえ好きだろ」

「ふをっ」


ココアと聞いて目の色を変えた風太は、一目散に縁側から居間に走って行く。


「おいおい、雪でどろどろのまま上がるんじゃねえよ。しょうがねえなぁ、まったく」


言いつつも恭介の頬は緩みっぱなしだ。

ズボンの裾も雪だらけだったせいで、畳の上がびしょびしょだ。

まあ、後で拭けばいいだけなのだが。

やっぱり、いくら猫とはいえヒトの姿を取っている時は、多少なりとも躾をするべきだろうか。


「お湯を沸かすから、風太、カップの用意をしてくれるか」

「うんっ」

「団子もあるぞ」

「おだんごっ」

「ああ、みたらし団子。好きだろ?」

「うんっ」


温かいココアを飲みながら、みたらしを頬張る。

和洋折衷な組み合わせだが、どちらも風太の好物なのだ。

ココアは、恭介がいつも飲んでいるコーヒーを風太が飲みたがったことから、似たような飲み物というので与えてみたのがきっかけだ。

さすがにまだ小さい風太にコーヒーはないだろうと飲ませなかったところ、風太が拗ねたのだ。

恭介が口にするものは自分も試してみたいということなのだろう。

そこで、同じような色合いのココアにしてみたところ風太がいたく気に入ったので、それ以来風太にはココア、恭介はコーヒーというかたちで落ち着いた。

みたらしは、たまたま近所のスーパーの入り口で売っているものを買ってみたら、これまた風太が気に入ったのだ。


「みたらしにココアって、よく考えたら甘いものダブルパンチだな」

「ふを?」

「いや、風太、口の中甘くないか」

「あまいよ。おいしいの」

「そうか・・・甘いのがいいのか」

「恭介は?」

「俺は、まあ、嫌いじゃないが、やっぱ甘いもんにはコーヒーでバランスとる方がいいかな」

「ばらんす?」


コテン、と小首を傾げる風太が可愛い。

きっとこの後もまた雪合戦をしたがることだろう。

ちらりと窓の外を見ると、雪はやむ気配もなくずんずん降り積もっている。


「猫はコタツで丸くなるんじゃないんだな」


みたらしをぱくつく風太を眺めつつ、コーヒーの程よい苦さに酔いしれる恭介であった。




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